log153.後の祭りの中で
途中で円卓の騎士の乱入などあったが、闘者組合を旗頭とするギルド同盟が挑んだ城砦攻略イベント、その結果は実に上々と言えるだろう。
闘者組合のセードーは超人薬を使用したとはいえ、時間操作を極めたプレイヤーボスを単独で撃破する大金星を上げ、異界探検隊をはじめとするいくつかのギルドは遺物兵装の入手に成功した。
さらに神鉄オリハルコンを入手したスティール達や、光学迷彩装備を入手したホークアイ達など、通常では入手困難なレアアイテムを入手できた者たちもいる。運悪くそうしたレアアイテムに恵まれなかったギルドたちにも、他のギルドがトレードと言う形で交渉を持ちかけたりもした。
もう少し言えば、イベント前にレアアイテム入手絡みの依頼やクエストを受けていた者たちは、それらの解決に本イベントが一助を為したパターンもある。
戦果の程を異界探検隊が所属したギルド同盟に限って言えば、大きな揉め事もなく誰もが満足のいく結果でイベントを終えられたのではないかと思わせるほどだ。
こうした結果を迎えられたのは、アラーキーたち初心者への幸運の三人の助力があったからかもしれないが、やはり同盟に参加した皆がゲームを一心に楽しもうとした結果が大きな実を為したのだろう。
それゆえに。
「えー……では! 先程終わりましたマンスリーイベント、城砦攻略の完遂! 及び、あたし達の遺物兵装入手! ついでに各々のギルドのこれから発展を祝いましてぇー!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
もう何度目になるかもわからない、イベント完了の祝杯を挙げる異界探検隊の中に、カレンやアマテルが混じっているのは当然であるし。
「か、かんぱーい……?」
戸惑いがちにグラスを挙げる、円卓の騎士のアスカが混じっているのもきっと不思議なことではないのだろう。
今の彼女の姿は、円卓の騎士の親衛隊装備ではなく、比較的ラフな軽装剣士姿だ。ベリーショートで纏められたヘアスタイルの、勝気な風貌をした女性である彼女には、豪奢な鎧よりも今の姿の方がよく似合っていた。
彼女は釣り上がりがちな両目を困ったように下げながら、おずおずとマコに問いかけた。
「……乾杯まで参加してあれなのだが、本当にいいのか……? 私がこの中に混じってて……」
「いいのいいの! 結局イベントが終わるまで付き合ってもらったし、あたいが呼んだんだから問題ないよ! なー、マコ!」
「もちろんよ! 今日のあたしは機嫌がいいのよ! 矢でも鉄砲でも何でも持って来いよー!」
ゲームであるはずなのに、すでに酔っ払いのように出来上がったカレンとマコが、肩を組みながら呵呵大笑してアスカの疑問に答える。
その顔にはかなり強い赤みが差し、普段は聞けないような大声で笑っている辺り完全にアルコールが頭を支配している。飲んでいるのははちみつ酒ではあるが、酔いが回るはずはないのだが。
「……大丈夫なのかこの二人……?」
「あー……すでに二次会三次会を経て、だいぶ雰囲気酔いを起こしているかもしれないな……。申し訳ない、アスカさん」
「マコって案外、場酔いしやすいタイプだったんだな……。リアルでも酒はやめといたほうがいいぞ?」
「自分に言われても困るでありますよ……。あ、お料理どうぞであります」
「も、申し訳ない」
リュージの言葉に困惑しながらも、出来上がった料理をちゃぶ台に運ぶサンシター。
小皿に適量盛られた料理を受け取り、アスカは礼を言いながら、ゆっくりとその料理を口に運ぶ。
「……おいしい」
「あったりまえよぉ! なんたってあたしの旦那の手料理だもの! 味わって食べなさい、味わってぇ!!」
「言うねぇマコ!! アッハッハッハッハッ!!」
しらふなら口にしないような台詞を叫んではちみつ酒を呷るマコ。
空いたグラスに、カレンはさらになみなみと新しい酒を注ぎ、マコはさらにそれを呷った。
胡坐を搔くリュージの太ももにしなだれかかりながら、アマテルは呆れたように呟いた。
「楽しそうだねぇ。私はあんなふうには振舞えないなー」
「ならどんな風に振舞えると言うのだ、えぇ……?」
「きゃー」
リュージの太もも枕を堪能しようとするアマテルの首根っこを引っつかんだソフィアは、地獄の低音を喉の奥から響かせながら、アマテルを静かに恫喝する。
アマテルは悲鳴をあげるが、気の入らない様子だ。ソフィアの恫喝もそんなに効き目がないらしい。
怖い顔でアマテルを睨むソフィアを、リュージは穏やかに眺めながら舐めるようにはちみつ酒を味わう。
「んー。怒れるソフィたんも乙ー」
「のんきだねぇ、リュージは……。まあ、いいけどさ」
皆と同じようにはちみつ酒とサンシターの手料理に舌鼓を打ちながら、コータはいつもどおりのリュージの様子に呆れたようにため息をつく。
そのまま摘んだ肉を口に放り込み、しっかりとその味わいを堪能する。
肉の質は鶏肉だが、味は牛肉のようだ。濃い肉の風味に感動しながら、コータはリュージへと問いかけた。
「それで、リュージ。これからはどうするの?」
「んー。ひとまずは遺物兵装とシロの育成に専念かねぇ? 今回のイベントで手に入った経験値で、俺たちのレベルも45くらいには上げられるし、遺物兵装もスキル一個くらい入れた状態にしておきたいしなー」
「こっちの芋もなかなか……ング。遺物兵装を手に入れたのか。いくつ手に入ったのだ?」
サトイモの煮っ転がしのようなものが気に入ったのか、多めに取り皿に装いながらアスカが問いかける。
それに答えたのは、野菜サラダを取り分けていたレミである。
「全部で四つでした! コータ君と私、それにマコちゃんとソフィアちゃんの分です!」
「よ、四つか……。パトリオット相手なら、それも不思議ではないが、よく手に入ったな……」
レミの言葉に、アスカは顔を引きつらせながら頷く。
通常、何十体とレアエネミーを狩りとってようやく一個手に入るのが遺物兵装と言うアイテムだ。パトリオットも、確実に遺物兵装を落としてくれると言っても、確定ドロップで1~3の乱数が絡む。当然数が増えれば増えるほど指数関数的に入手確率は上がっていくのだ。そんなアイテムを四つも手に入れたとなれば、彼女の反応もさもありなんと言ったところか。
アスカの反応に苦笑しながら、リュージは串焼き肉を噛み千切る。
「ま、人数を考えりゃ四つ手に入って万々歳ってとこだがな。全員に過不足なく行き渡ってんだ」
「ん? 彼……サンシターさんの分は?」
「あ、自分は数字の外に。戦闘要員ではないでありますので」
キッチンから顔を出しながらそんなことを口にするサンシター。
エプロン姿が妙に板についている彼の背中を眺め、アスカはそれ以上の追求をやめる。
なんとなく、納得してしまったからだ。確かに彼に武器は要るまい。
自分の分のはちみつ酒を啜りながら、アスカは小さく微笑む。
「しかし、羨ましいな……。ギルドメンバーのほとんどが遺物兵装持ちとは」
「あれ? アスカさん、円卓の騎士っていう大ギルドのメンバーなんですよね? なら、遺物兵装くらい持ってるんじゃ……?」
アスカの台詞に、何かを勘違いしているコータがそう問いかける。
大ギルドと言うものに対する彼の勘違いを察し、アスカは小さく苦笑する。
「フフ……コータ君、だったか? いくら大ギルドとはいえ、そのメンバー全員に遺物兵装を支給するなど、実質不可能だぞ?」
「需要と供給が全然追いつかねぇんだよ。イベントラストのパトリオット戦のくじ引きの熾烈さ、忘れたんじゃねぇだろうな?」
「わ、忘れてないけどさ。円卓の騎士って、イノセント・ワールドのサービス開始当初からあったギルドって聞いたことがあったから、それだけ長い歴史のあるギルドなら、そのくらい当然かなって思って」
リュージたちの言葉に、コータは恥じ入るように言い訳を始める。
確かに、円卓の騎士は歴史の長いギルドであり、かつてはイノセント・ワールド内で一大勢力を誇ったギルドでもある。
その影響力、イノセント・ワールド内での評価を聞けば、コータのような勘違いはある意味しかたがないことだろう。
とはいえ、勘違いをそのままと言うのもよくない。アスカは円卓の騎士の内情を知るものとして彼の勘違いを正す事にした。
「コータ君。確かに円卓の騎士は大ギルドだが、その開設はイノセント・ワールドの開始当初からではないよ?」
「え? そうなんですか?」
「正確には、遺物兵装実装からだよ。まあ、サービス開始から半年目のイベントだったから、ほぼ開始当初と言っても差し支えはないけれどね」
懐かしそうに目を細めるアスカ。
どこか遠くを眺める彼女は、楽しそうな笑みを浮かべた。
「当時のキング・アーサーの喜びようと言ったら……子どものようであったよ。もう相当御歳を召されていたはずなのに、まったく……」
「………すみません、キング・アーサーって?」
「円卓の騎士の先代のGMだよ。イノセント・ワールドにその人ありといわれた人格者でな。円卓の騎士ってのは、元々あの人を慕って集まってた人間で構成されてたギルドなんだよ」
リュージは静かにグラスを傾け、静かにため息をついた。
「俺も片手で数えるくらいしか話した事はないが、面白い爺さんだったよ。……それだけに、あの人の引退が原因で一時期イノセント・ワールドの治安やらパワーバランスが大きく崩れかけたことがあってな」
「え……?」
「人のしがらみと言うのは、どんなところにもある。それは、イノセント・ワールドとて例外ではないと言うことか……」
ソフィアは、少し険しい顔でリュージの言葉に頷いた。
彼女は円卓の騎士に関しては少し探りを入れたことがある程度だ、と断りを入れて口を開いた。
「聞いた話によると、キング・アーサー引退後、円卓の騎士は内部分裂を起こし、ギルド抗争にまで発展しかけたんだったか」
「ああ、そのとおりだ……。キング・アーサーの方針に疑問や不満を覚えていた者たちが、革命と称して円卓の騎士を掌握しようとした」
アスカは暗い表情で、呟くように先を続ける。
「初心者に甘い汁ばかり吸わせ、自分達はずっと耐えてきた、と……。キング・アーサーへの義理立ては終わったのだと叫び、円卓の騎士の真の実力を示すべきだと……」
「……ごめん、どういう理由で内乱が……?」
「円卓の騎士は、初心者の戦闘支援を旨に活動していたギルドなんだよ。初心者への幸運の、戦闘重視バージョンって感じでな。まあ、そんな活動に嫌気がさしてた連中が、文句言いだしたって話だろ」
小さく嘆息するリュージ。彼も、その関係で何か迷惑をこうむったことがあるのだろう。
「今回で言えば、レアエネミーの討伐は請け負ってもそのレアアイテムは持っていかない、ってのが以前の円卓の騎士のやり方だ。そんなことばっかりだったら、そりゃ文句の一つも出るだろうさ」
「だが、キング・アーサーがいなくなるまではそうした不満も押さえ込まれていた。それだけの人格者だったのか、あるいは手腕に長けていたのか……ともあれ、押さえが利かなくなり、円卓の騎士は空中分解しかけたわけだ」
「だが、今はランスロット様という新たなGMを向かえ、円卓の騎士も落ち着きを取り戻している。以前のような状況には……ならないだろうさ。多分な」
アスカはそう口にするが、顔ではそう言ってはいない。
言い知れない不安、顔を出しかけている絶望、自身への憤怒や失意……。形容しがたい負の感情が、濁り固まっているのがコータでもわかる。
だが、それを指摘することはコータにはできないでいた。きっと、触れてはならぬ部分のはずだ。
しばし皆が黙っていると、アスカはすぐに笑顔を取り戻し、コータに説明を続ける。
「……まあ、そんなわけで。円卓の騎士といえど、全体の遺物兵装取得率は芳しくないんだ。元々人数が多いのもある。どちらかと言えば、貧乏ギルドとしても有名だったしな」
「そうなんですね……ありがとうございます」
コータは礼を言い、アスカに頭を下げる。
「興味深いお話でした。よければ、また今後詳しく聞かせてください」
「つまらない話にしかならないと思うが、君がそういうなら次の機会に取っておくとするよ」
コータにそういうと、アスカは空になったコップに新しいはちみつ酒を注いだ。
若干酔いが冷め始めたマコは、先の自分の発言に後悔を覚え始めている模様。