log150.乱戦の中の友情
ギルド同盟はいよいよ本格的な城砦攻略に乗り出し、城砦の主を名乗るラスボスの姿を見るにまで至った。
攻略開始から五日目。順調に行けば、残りの二日はレアアイテム確保のための時間を確保することができるだろう。
だが、まるでそのタイミングを見計らったかのように円卓の騎士が、ギルド同盟が攻略しているギルドへと乗り込んできた。
かつての大ギルドから、ハイエナギルドへと堕落したギルド、円卓の騎士。その来訪は、ギルド同盟にとってはすでに覚悟の内であった。
これも、今日の攻略が始まる前にセードーがギルド同盟に演説と言う形で火を入れてくれたおかげだろう。
どこか幼く、つたない演説ではあった。だが、真に迫った彼の演説は、ギルド同盟の皆の総意であったと言える。
故に、自らよりも遥かに格上である円卓の騎士が現れてもあまり動揺せずにいられた。それどころか。
「オラッシャー! タマとったらぁ!!」
「グワー!?」
逆に円卓の騎士に襲い掛かるものまで現れる始末。
階層は地下十階と表示されているエリア。ラスボスへの先駆けとして突入したギルド同盟の攻略班は、先に進むのはセードーを筆頭とする闘者組合と他三組のギルドに任せ、残ったメンバーで地下十階の掃討、および円卓の騎士の足止めを請け負っていた。
だが、円卓の騎士のGMと、彼を守護する総隊長護衛方と呼ばれる四名は先へと抜けてしまった。恐らくこの場に残った親衛隊よりも遥かに格上のメンバーに先行を許してしまった結果になる。
その自責の念があるからか、ギルド同盟の一部は少しでも円卓の騎士の親衛隊の数を減らそうと焦るものがいるようなのだ。
「フハハ! 死角からの不意打ち、そうかわせるものではンギャー!?」
「こちらを敵視するのはよいが、それでモンスターの攻撃に当たっていては意味がなかろうよ……」
「いやはや、情けない話だよ……。これじゃどっちが悪党だかわかったもんじゃないね」
背中合わせに戦場を俯瞰しながら、カレンは一時共闘しているショートソード二刀流の円卓の騎士親衛隊に声をかける。
「そういや、名前がまだだったね? それとも、金ぴかって呼んだほうがいいかい?」
「アスカだ」
円卓の騎士親衛隊……声色からカレンと同じくらいの年頃の少女だろうか。アスカと名乗った彼女は、素早い動きで周囲のモンスターへと斬りかかっていく。
「エリアルブレイドッ!!」
戦場の風が渦巻き、アスカのショートソードに宿る。
そのまま踊るように回転するアスカの剣は、瞬く間に五体以上のモンスターの首と胴体を泣き別れにしてしまう。
カレンはその流れるような技の冴えを見て、感嘆の口笛を吹く。
「ヒュゥ。やるじゃないかい、アスカ」
「君もな」
アスカは血振るいの動作で周辺のモンスターを牽制するように風の刃を飛ばしながら、カレンの妙技に苦笑する。
「世間話をするように余所を向きながら、味方の援護をするように矢を撃つなんて、同士討ちしても知らないぞ?」
「そんときゃ当たる方が悪いのさ」
カレンはそう嘯きながら、遠方で苦戦する味方を援護するように幾度となく鳴弦を響かせる。
軽やかに弦がが鳴るたび、死角から味方に襲いかかろうとした盗賊タイプのモンスターたちの頭が吹き飛んでゆく。
その狙いは正確無比。一切の誤射を許さぬ精度で、モンスターを屠ってゆく。
「弓鳴の名は伊達ではないか。さすがだな」
「なんだい、あたいの二つ名知ってんのかい」
素早く全体を見回し、次に援護を必要とする味方のもとに必殺の矢を届けながら、カレンは不機嫌そうにアスカへと問いかける。
「あたいだけ知ってんのはなんか不公平だね。あんた、なんか二つ名持ちかい? あったらいいなよ」
「いや、申し訳ないが……私は特にそういうのがないんだ」
「っかー! じゃあ、円卓の騎士親衛隊ってだけかい!? なんかずるいねぇ、あたいだけ」
「そういうものか……?」
雑談を交えながらも周囲の掃討を続ける両名。
カレンが味方を援護し、そのカレンをアスカが守る。がっちり射程の組み合った両名の共闘は、理想の形の一つと言えるだろう。
「三人で囲ってボコる、人呼んで「ザコラッシュ」しか使えぬ我々と違う、美しき連携……!」
「その美しさには感嘆を覚え、涙すら禁じえないほど……!」
「嗚呼! 今日この場に入れてよかった! カレンさん、あざっす! まじあざっす!!」
「復活したんなら戦いな! レベル40超えてんだ、気合見せろ!!」
「「「たわばっ!」」」
いつの間にか復活していた三騎士たちの頭にヘッドショットを決めるカレン。
その勢いのまま後ろに転がった三人であるが、その後は何とか立ち上がり慌てた様子で円卓の騎士の一人を援護するべくバタバタと駆け出してゆく。
「ヘイユー! せっかくだし一緒に戦おうぜ!」
「キャー!? って、手伝ってくださるんですか? それならありがた」
「ONNANOKO!? やべぇぜ重装騎士の女の子だぜ!?」
「分厚い鎧に守られた可憐な柔肌……! モンスターごときに傷つけさせるものかよぉぉぉ!!!」
「え、ちょ、なんなのこの人達ー!?」
援護に向かった騎士の中身が女の子であると気付いた途端、俄然張り切りだし、周りのモンスターたちを叩き潰し始める三騎士。さしもの円卓の騎士親衛隊とはいえ、あんなキワモノっぽいプレイヤーとの共闘は初めてなのか、混乱しているのが見て取れる。
カレンとアスカは、そんな珍妙な光景を見て深いため息をついた。
「いや、なんか悪いね……うちの三馬鹿が……」
「いや、こちらこそなんかすまない……。あの子は私の部下だった子なのだがな……」
互いに謝罪し合う間も、モンスターの掃討を忘れない。
そうして打倒したモンスターの向こう側では、カレンとアスカほどではなくとも共闘しあうギルド同盟と円卓の騎士親衛隊の姿があった。
「邪魔だけはするなよ!」
「そちらこそ!」
グレートソードを振り回す剣士と、槍を振るう騎士が悪態を吐き合いながら周りの敵を殲滅している。
そちらとは別方向では、魔術師と魔導騎士が並び合って周辺の敵を釣瓶打ちにしているところであった。
「敵を倒した数の多いほうが勝ち、だったわよね!?」
「そうね! この勝負は勝たせてもらうわよ!」
互いに笑いながら、撃破数を競う魔法使いたち。彼女らが削ったモンスターたちも、おこぼれを狙うかのように回りのプレイヤーたちが刈り取ってゆく。
互いに罵り合いながら、あるいは談笑しあいながら。手に手を取ってその場のモンスターたちを蹴散らしてゆくギルド同盟と円卓の騎士親衛隊。
カレンとアスカは、小さく笑う。
「……なんだ、円卓の騎士ってのは外道に落ちたって聞いてたけれど、何も変わってないじゃないかい」
「そう言ってくれると、本当にありがたい。変わってしまった部分は大きいが、変わらぬものもあるからな」
そう言うアスカであるが、すぐに声は暗く曇ってしまう。
「……だが、変わってしまった部分が大きすぎるのは事実だ。もう、以前のままの円卓の騎士ではない」
「……さっきも言ったけど、抜けりゃいいじゃんか。部下もいるなら、何人か引っこ抜いて、新しくギルドを立ち上げたらいいよ」
ギルドを抜けた場合のシステム上のデメリットは、同じギルドに所属するためには一週間のクールタイムが必要となることのみとなる。それ以外の行動制限はないため、どこかの狂犬などは頻繁にギルド抜けと再加入を繰り返したりしている。面の皮の厚さで競えば、イノセント・ワールドでもトップクラスの行動と言えるだろう。
故に、アスカの言葉に対するカレンの誘いは当然と言えるだろう。
いやであれば、嫌うであれば、イノセント・ワールドそのものを嫌う前に何とかすべきだろう。
だが、アスカは力なく首を横に振り、ショートソードにスキルをかけなおす。
「……約束がある。また、いつの日か。もう一度、このゲームを共に遊ぶまで……円卓の騎士を守り抜くのだと」
「約束? 誰と?」
「……私の……大切な人だ」
ぼそぼそと、蚊が鳴くような声で辛うじてつぶやかれたのはたったそれだけの言葉。
だが、カレンは恋する乙女の察しのよさで相手がなんなのかを察し、それ以上の追求をやめる。
「そっか……じゃあ、仕方ないね」
「……すまない」
「いいさ、別に。有言実行を貫けない自身のふがいなさは承知している」
アスカは羞恥を振り切るように刃を振るい、目の前のプチタイタンを斬り裂く。
「だが、今日のような日があると、少し思ってしまうのだ……。円卓の騎士は、まだ終わっていないのだ、と……」
「それは重要だね。腐ってんのが上だけだってんなら、まだまだ円卓の騎士は大丈夫さね」
矢を飛ばし、ゴブリンたちを吹き飛ばしながら、カレンは力強い笑みを浮かべる。
「だから、次に会った時に胸を張ればいいさ。「まだ、円卓の騎士は生きています」ってね!」
「……ああ。そんな日が、来ればいいな」
憧憬を抱くように呟くアスカ。
彼女は微かに抱いた思いを胸に秘めるようにショートソードを握りしめ、群がる敵たちへと踊りかかるのであった。
なお、カレンもアスカも張れるほどのサイズはない模様。