log15.盗賊・ホブゴブリン
「……ホントにそんなんで何とかなるのよね?」
「効果自体は実証済みだし、前提条件はクリアしてんよ」
ボスの待つ大広間までの道を行きながら、リュージがマコに答える。
「問題は、準備が終わるまでに俺が耐えられるかどうかだけど……道が細いから、まあなんとかなるっしょ」
「……リュージ。やっぱり、準備の間耐えるのは僕の方が……」
リュージの後ろに立つコータが、申し訳なさそうにリュージに声をかける。
「僕の方が、初期装備の関係で防御力が高いし、ジャッキーさんだって盾を貸してくれるって言ってる訳だし、耐えるだけなら僕でも……」
「申し出はありがたいんだけど、物量に対してガン盾待ち盾は相性が悪いんよ。ゲームだから大丈夫、って油断してっと、いきなり盾を弾かれたりな」
リュージは手にしたナイフとバスタードソードを弄びながら、コータに笑いながら答える。
「こういうのは体力が高くて身軽、かつ経験のある奴がやる役さ。死んでも対して痛くもないしな」
「リュージ……」
まるで自らを犠牲にするかのようなリュージの言葉に、コータは胸を痛めたように顔をくしゃりと歪める。
と、そこまでリュージの言葉を黙って聞いていたソフィアが彼にはっきりと告げる。
「リュージ」
「はいな、ハニー」
「今はその戯言も許す。だが、ここで倒れるようなら絶対に許さん」
ソフィアは瞳に強い光を宿しながら、リュージに厳命を下す。
「絶対に、死ぬな。無理であるなら直ぐに下がれ。もしここで倒れるようなことがあれば、先一月は絶対に口を利いてやらないからな」
「全力でこの場を死守いたします」
ソフィアのモットーは有言実行。以前似たようなことをされた記憶のあるリュージは、びしりと敬礼と共にソフィアに答えた。一週間でも干からびかねないこの男に、一月とか死刑宣告に等しい。
軽く身を震わせながらゆっくりと先を進むリュージの背中を、コータと共に不安そうに見送るレミが小さく呟いた。
「本当に、大丈夫かな……?」
「道の狭さを考えれば、詰め寄れて二人か三人程度。入り口から直ぐのところに曲がり角があるから、遠距離攻撃も通りづらいはずだ」
冷静に立地を分析しながら、ソフィアは言い聞かせるようにレミに返す。
「なおかつ、リュージの身体能力がこちらでも通用するなら、策としては十分に機能するはずだ」
「まあ、あのバカなら五十人相手でも平気で逃げ延びそうよね。ストリートファイトが一番得意だとか言ってた気もするし」
マコも安心させるようにソフィアに続く。
「実際問題、五十匹のモンスターが相手になるとなっても実際に攻撃しかけてくるのなんて五、六匹が限界でしょう。一番の問題は、あたしら全員に五匹ずつ付いてもまだ敵にお代わりがいるって点だけど」
「……まあな」
険しい表情のまま、ソフィアは頷いた。
もちろん、数の暴力の問題はそれだけではないが、現状においては瑣末な問題だろう。
ソフィアはちらりと後ろを見る。コータとレミの、さらに向こうのほう。だいぶ遠くにジャッキーが立っていた。
一応パーティ登録はされていないが、今回の作戦においてジャッキーの存在が不測の事態ともなりかねないと判断され、彼はだいぶ離れた場所で待機することとなった。そのため、いざという時の手助けは期待できない。
もちろん、この場にいる誰もジャッキーの手助けを望んでいないし、期待もしていない。しかし、遠く離れた場所に高レベルの経験者が下がるというだけで圧し掛かってくるプレッシャーが大きくなったような気がする。
先ほどはリュージに厳しいことを言ったが、彼を死なせるようなことがあるとすれば、それは――。
「……よし。皆、来てくれ」
「っ! ……ああ」
物思いに耽っているソフィアの耳に、リュージの呼び声が聞こえてくる。
曲がり角から大広間の方を窺っていた彼が手招きしている。
ソフィアたちは彼の招きに応じて、曲がり角へと近づいてゆく。
「……どうだ?」
「とりあえず、まだ戦闘態勢じゃないな」
リュージがやっているように、曲がり角から大広間の方を覗いてみる。
大広間の名前の通り、相当な広さを誇る盗賊の隠れ家の最深部。そこかしこにたいまつが立てられ、満遍なく広間を照らしている。
そして大広間の中心で、粗末な玉座にでっぷりと肥え太った豚……もとい、ホブゴブリンが腰掛けていた。
ホブゴブリンは玉座の傍にこんもりと盛られた大量の骨付き肉に手を突っ込み、脂ぎった骨付き肉を引っこ抜くと無造作に口の中に放り込む。
口の中から飛び出すほどに長い牙が、バリボリと骨付き肉を噛み砕き、口の周りが肉の脂でギトギトになっていった。口の中の肉を骨ごと飲み下すと、ホブゴブリンはまた適当な肉を手にして口に運び始めた。
不摂生極まりないホブゴブリンの姿を見て、コータがいやそうな顔をする。
「うわ……。よくあんな食べ方できるね……」
「あんなに脂とって……おなか、痛くならないのかな……」
女子としてみても小食なレミが、ホブゴブリンの暴食振りを見て顔を青くしている。
脂も骨も肉も全部胃の中に収めているホブゴブリンの健啖ぶりは、見ていて吐き気がするほど壮絶である。
一方で、マコは別の点に注目する。
「……ちょいまち。話にあった、五十匹の取り巻きってどこから沸いてくんのよ?」
大広間の中の、モンスターの配置だ。
現在、見える位置に存在するモンスターは、大広間中央にいるホブゴブリンのみ。
広間の中に影が出来ないように配置されているたいまつの傍や、ホブゴブリンの奥に見える、恐らく宝物庫などに繋がる扉、或いはホブゴブリンの傍にそびえる骨付き肉の山の傍。
そういった、従者がいそうな場所にすらモンスターの姿は見えない。広々とした大広間に、隠れられるような場所があるわけでもないし、さらに言えば床に穴が開いているわけでもない。
壁やら床にからくりが仕掛けられていて、そこから飛び出すといった話もあるかもしれないが、数よりもその構造の方がよほど初見殺しだろう。
マコの言葉に気が付いたソフィアも、大広間の中を確認して怪訝そうな顔つきになる。
「どういうことだ……? リュージ、ここの初見殺しは数ではないのか?」
「ああ、うん。まあ、見てたら分かるよ」
リュージは一つ頷くと、右手にナイフ、左手にバスタードソードを持つと、ゆっくりと大広間の中へと侵入していった。
ソフィアたちも、少し離れてそれに続く。
むしゃりと骨付き肉を頬張っていたホブゴブリンであったが、リュージがだいぶ大広間の中に入ってきたあたりでようやく気が付いた。彼我の距離は、ざっと6メートルほどだろうか。もう至近距離といって差し支えなさそうである。
「ピギィー!!」
その図体に似合わぬ甲高い声で鳴いたホブゴブリンは、骨付き肉を放り出して玉座から降りようとする。
……だが、粗末な外観の割に頑丈らしい玉座に尻が埋まってしまったのか、もがけどもがけど玉座から体を出すことが出来ないでいる。
「……今のうちに囲ってボコッたほうがいいんじゃないの?」
「いや、それはかわいそうなんじゃ……」
あまりに間抜けなホブゴブリンの姿を前に、マコが物騒なことを毒づく。
レミが慌てて彼女をとりなそうとするが、マコは直ぐに口を閉じることとなった。
しばらくもがいていたホブゴブリンであったが、やがて玉座を下りるのを諦めたのか、そのまま玉座に体重をかけて、それを破壊してしまった。
その瞬間、辺りに衝撃波が立ち上りとんでもない轟音を響かせる。
ホブゴブリンが立てた衝撃波を見て、リュージがポツリと呟く。
「ちなみに今の衝撃波、玉座に座った状態で攻撃すると即座に発生するからな?」
「……あんなの当たったら即死するんじゃ……」
コータが若干顔を青くしながら呟く。恐らく、彼の言うとおりの結末が待っているだろう。
玉座を破壊してようやく立ち上がったホブゴブリンは、もう一度甲高い声で鳴く。
「ピィギィー!!」
そうして両手を振り上げ、いつの間にか取り出した大斧を掲げ挙げると、ホブゴブリンを中心に無数の魔法陣が現れる。
「は!?」
「な、なんだ!?」
自分たちの足元にも現れたそれを見て、ソフィアたちは慌てて魔法陣のない場所まで下がる。
ホブゴブリンの方向に反応して現れた魔法陣の中から、盗賊の隠れ家道中に現れたモンスターたちが現れる。
短刀を握ったコボルト盗賊が前衛の位置に。弓兵がホブゴブリンの周りを囲むように。ゴブリンの魔術師はホブゴブリンの背後を固めるように。割合としては6:3:1といったところか。火力担当の魔術師の数が少ないのはありがたいが……。
魔法陣を踏まないように移動していたリュージは、あっさりコボルト盗賊に周りを囲まれてしまっていた。
「リュージ!」
「あーもー、こういう仕様なら先に言いなさいよ!!」
あっさりと危機に陥るリュージを見て悲鳴を上げるソフィアたち。
さすがにいきなり敵に囲まれるような状況は想定していない。
だが、リュージは慌てることなく、ホブゴブリンに向かって挑発的に手招きをして見せた。
「来いよ、デブゴブリン。いっちょ遊ぼうぜ?」
「ピギィ!!」
リュージの発言の意味がわかったわけではないだろうが、ホブゴブリンは怒りの咆哮を上げて、斧を軍配のように振り下ろした。
それを合図に弓兵は矢を番え、ゴブリン魔術師は詠唱を始め、コボルト盗賊たちはリュージに向かって殺到する。
リュージは迫り来るコボルトたちには一切構わず、一度屈み込む様に屈伸し。
「っしょぉい!!」
全身をバネのように跳ね上げる。
現実ではありえない跳躍。リュージの体はあっさりコボルトたちの頭上を越えると、包囲の輪を抜けて、ソフィアたちのいる側へと降り立った。
「っしぁ! まずは下ごしらえ完了!」
「のんきに言ってる場合じゃ……!」
「その通りだソフィたん! 準備は次の段階へ!」
リュージは一つ叫ぶと、少しずつ下がりながらソフィアたちに檄を飛ばす。
「さっと、曲がり角まで下がってくれ! 向こうは――」
包囲を抜けられたコボルトたちは、慌てたように振り替えり、リュージに向かって殺到。さらに、弓兵たちはバラバラと矢を放ち、魔術師たちも呪文が完成した順に魔法の矢を飛ばし始める。
「待ってはくれないんだ!」
「リュージの言うとおり! 下がるわよ、ソフィア!」
「く……! 分かった!」
迫り来る短刀をナイフで捌き、降り注ぐ矢をバスタードソードで吹き散らす。
防げない魔法の矢は体捌きで回避し、リュージは適度にコボルトたちをいたぶり始める。
今この場にいるモンスターたちのヘイトを自身に稼ぎ、ソフィアたちのための時間を稼いでいるのだ。
ソフィアは後ろ髪を引かれるような思いをしながらも、マコに従い曲がり角のそばまで一気に下がる。
それにレミが続き、コータも流れ矢を防ぎながら下がっていった。
「リュージ! 直ぐに戻るよ!」
「そうしてくれ!」
コータに素早く返事を返しながら、リュージは大広間の床を転がってゆく。
大広間は今までの地面と違い、比較的平坦だ。回避行動に使うのに不足ない十全な足場となっている。
モンスターたちの攻撃をひとまず凌いだリュージは、両手の武器を握り締めて辺りを睥睨する。
「これで終わりじゃねぇだろ? どんどん来いよ!」
リュージの一声に反応したように、コボルトたちが短刀を握り締めてリュージへと迫る。
なお、竜斬兵時代において、このくらいの兵力を相手取ることは割とよくあった模様。