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異界探検隊の所属するギルド同盟のイベント攻略は、実にスムーズに進行していた。
一日に、1ウェーブ。RGSのように、生き急ぐかのような速さで攻略するのでなければ、このくらいが最も効率のよい攻略スピードと言えるだろう。
「第二ウェーブの攻略まで完了……。次からはダンジョン突入だけど、後いくつウェーブがあるのかしらね?」
「アラーキーさんが言うには、四つ段階があるって話だったけれど、ウェーブの数も大体同じって考えていいのかな?」
お気に入りの喫茶店でイベントについて話をする異界探検隊のメンバー。その場にサンシターだけいなかったが、彼は尽きた食料の買出しに出かけている。そのうち戻ってくるだろう。
今のミッドガルド内は城砦攻略イベントの話題で持ちきりで、四方八方から今自分たちのギルドが参加している城砦攻略の話をしているのが聞こえてくる。
だが、聞こえてくる城砦の攻略内容は千差万別。噂どおり、攻略に取り掛かったギルド同盟やギルドごとに城砦の攻略内容が変わっているらしい。
耳をそばだて、情報収集しながらリュージはコータの疑問に自身の経験から答える。
「だろうな。つっても、第四……つまり最終ウェーブはボスの攻略になるだろうから、こっからはほぼ同時攻略と考えて差し支えねぇよ。ダンジョンの中を探るのも、ボスまで一直線に駆け抜けるのも一緒だからな」
「乱暴な言い方だな……。だが、わかりやすいのはいいことだ」
ソフィアはリュージの言葉に軽く笑いながら、スキルブックを取り出した。
「新調したスキルを試すのにも、ちょうど良い感じだしな。やはり敵の歯ごたえと言うのは重要だな」
「だね。おかげで僕はSPがちょっと枯渇しかけてるけど……ハハ」
スキルブックをめくりながら、コータは少し引きつった笑みを浮かべている。
吸収のスキルを取り続け、光破刃やライトニング・ブレードと言った、自身の属性を押し固めて操るスキルを取得しているコータ。
彼はそれらのスキルを更なる必殺技に昇華するべく、風属性の魔法スキルを取得していた。
魔道書で取得するタイプの攻撃魔法は、スキルブックに組み込み別のスキルとラインを結ぶことで、合体スキルとして使用することが可能となる。これは一般的にスキル合成と呼ばれる仕様であり、これを活用することで自身の巨像を砂で構成してみせたり、五人以上に分身しながら味方をまったく同時に援護して見せたりすることが可能となる。
ただしスキル合成は利点ばかりではない。スキルブックは仕様上、消費なしにラインを結ぶことができるのはスキルブックから直接生成したスキルに限られる。魔道書などから別途で生成したスキルをスキル合成に使用する場合は、ラインを結ぶ際にはそのキャラのレベルと同程度のSP消費を必要としてしまう。普通にスキルを取得する際には基本的に1~5SP程度の消費であることを考えると、このコストはかなり重い。
無論、SPを自発的に稼げるようになればその限りではないのだが、今のリュージたちのレベルではそれができない。
リュージのようにスキルに頼らない純粋技量プレイヤーであればともかく、コータのように複数のスキルを使いまわすプレイヤーだとこの問題はかなり深刻であった。
「大丈夫? コータ君……」
「一応はね……。今のところ、スキルの種類で問題が発生はしていないし、しばらくはこのままで大丈夫だと思うよ」
不安そうに問いかけてくるレミに笑って見せながら、コータは小さくため息をつく。
スキル合成に後悔こそないが、やはり溜まっていたSPを吐き出してしまうと、懐の寂しさにも似た何かを覚えてしまうものだ。
マコはそんなコータの様子にため息をつきながら、コーヒーを軽く啜る。
「欲張りすぎなのよ、アンタは。必殺のスキルってのは一つか二つあれば十分でしょうよ。こればっかりは、パワースラッシュをひたすら使いまわしてるリュージを見習うべきだわ」
「自分でいうのもあれだけど、俺のプレイスタイルは人様にお勧めしかねる事甚だしいからな?」
「少なくとも、パワースラッシュ以外に頼れるスキルがないというのは、不安で仕方ないだろうな……」
リュージとソフィアはマコの言葉に真顔になった。自分たちがどれだけ異常なのか、その自覚はあると言わんばかりだ。
「私もソードピアスはお気に入りだが、それ以外のスキルはさすがに必要だと思うぞ?」
「パワスラだけだと、範囲攻撃とか一切出来ねぇからなー。前の俺だって、もう少しスキル覚えてたからな? まあ、自己強化とか、ちょっと範囲の広い攻撃スキルだとかだけど」
「と言うか、マコ。それを言うのであれば、マコもスキル構成が偏りすぎでありますよ?」
「あたしはいいのよ。後方支援型だもの。そんなに必要なスキルはないわよ」
言いながら済ました顔でコーヒーのお代わりを要求しだすマコ。
そんな彼女の現在の使用魔法は、見事に氷系一色であった。
それは暇を見つけて買い漁った魔道書から覚えたものであり、その出費は安いものではなかったが効果のほどは絶大だ。氷属性の特色である相手の運動能力低下は、城砦を守るモンスターたちに絶大な効果を発揮してくれている。
スキルボードを氷系の魔法スキルで埋めるために、ファイアボールなど、今まで使っていた一部の魔法は外してしまっているが、それでも特に問題らしい問題はなかった。
「それに、あたしは錬金系のスキル取ってかなきゃいけないんだから、他にいろいろと魔法を覚えてる暇はないのよ」
「弾薬生成、だっけ? いろんな種類の弾丸があれば、銃を使った戦い方も幅が広がるんだよね?」
「そうよ、レミ。だから、魔法でのバフはあんたが担うのよ?」
「うん。バリアーとか、ヒールウィンドとか、いっぱい覚えたからね! 任せておいて!」
レミは力強く頷き、楽しそうに微笑む。
僧侶系の魔法を順調に覚えているレミは、属性スキルの成長は無効化系のフォースバリアーで止まっているが、いくつかのスキルは段階を飛ばして取得することができる。SP消費の面を考えても、属性スキルに必須と言えるものが少ないのはありがたかった。
「おかげで、周りのギルドの皆も援護できるから、すごく楽しいよ!」
「ヒーラーとかバッファーはどこでも一人は最低欲しいしな。こういうのは案外替えが効かないもんだし」
「性格的なものもあるからな……。難しい話だ」
腕を組むソフィア。同盟を構成するプレイヤーの中で、レミのような純粋に援護系の魔法のみを覚えているプレイヤーは全体の一割以下であった。
それ以外だと、何かしら自分のスキル構成に必要なバフを単独で覚えているものや、自分を回復できる魔法やスキルを覚えているものがほとんどだった。
経験値の取得仕様上、自分で止めを刺すのが最も効率が良いというゲームシステムの関係上、やはり純粋な支援型魔導師と言うのは珍しいのだろう。
レミ曰く、支援できた人数によって経験値の入る量が変わってくるらしいのだが、ギルド同盟規模で行動することが稀である以上、支援型のキャラ育成は料理のみほどではないにせよ茨の道なのだろう。
若干重くなり始めた場の空気を入れ替えるように、マコが一つ頷きながらお代わりのコーヒーに砂糖とミルクを入れていく。
「まあ、うまくイベントがこなせてるわけだし、問題はないでしょ。……っていうか、問題なのは本当に遺物兵装が手に入るかどうか、よ」
「そこは信じてくれよ。城砦型ならまず出るって」
「出る出ないじゃなくて、手に入る入らないよ」
無責任に請け負うリュージをギロリと睨み付けるマコ。
例え城砦攻略型イベントで遺物兵装が出るのだとしても、入手可能でなければ意味がないのだ。
「まあ、それに関しちゃ運が多少絡むけどな」
「これからどう動こうか? 城砦の中を探検するほう? それとも、ボスに向かって進む方?」
コータが皆に問いかける。
明日からの本格的な城砦攻略の際のポジションの話だ。
残りの日数は五日。攻略するだけであれば、十分な時間だがレアアイテムの入手や、モンスターからのレアドロップを狙うとなると絶望的に時間が足りない。なので、城砦の探索とボス攻略を行うチームをそれぞれに分けることとなっている。
なにを狙うのかによって、どちらに所属するのかを選ぶ必要があるわけなのだが……。
「レアアイテムを狙うのであれば、城砦の中を探索した方がよいのではないか? 入手できたレアアイテムは、自分のものにしてよい取り決めであるし……」
ソフィアが最もな意見を述べるが珍しくリュージが首を振ってそれを否定する。
「他のレアアイテムも狙うんならともかく、遺物兵装狙いでダンジョン探索は悪手なんだよ、ソフィたん。遺物兵装は基本的にモンスタードロップのみだからな」
「そ、そうだったのか? 遺物兵装も手に入るとお前が言っていたから、てっきり宝箱にでも入っているものかと」
ソフィアが驚いたような声を上げる。
リュージは自身の言い方に反省するように頭を搔きながら、ソフィアに説明を改めた。
「いや、遺物兵装そのものが入手できるんじゃなくて、レアエネミーが出現しやすいんだよ、今回のイベント。っていうか、ボスとしてレアエネミーが出てくるんだよね」
「それ、前も言ってたわよね。……レアエネミーさえ出れば、遺物兵装の入手率そのものが上がるわよね」
マコは険しい表情で呟きながら、一つ頷く。
「……なら、ダンジョン攻略班の方が当然おいしいわよね。先陣を切るのはセードーたちかもしれないけれど、その露払いとして着いていければ、レアエネミーと戦う機会があるかもしれない……」
「なら、ダンジョン攻略班に入りたいってアラーキーさんに連絡しておくね。班割りでうまく分けてもらえるといいんだけれど」
コータは一つ頷くと、アラーキーに当ててメールを送信する。
コータがメールの送信を終える頃、両手いっぱいに食糧を買い込んだサンシターが喫茶店へと現れた。
「皆様、お待たせしたでありますよ」
「お帰り、サンシター」
やってきたサンシターに笑顔を見せたマコは、彼のためにウェイトレスを呼び寄せて新たな注文を行う。
明日からは、本格的な城砦攻略。少しでも、英気を養っておかねば。
なお、イノセント・ワールドにおける姫プレイは、支援型ばかりではなくお姫様のような姿だったり、あるいは本物のお姫様だったりする場合がある模様。