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log148.イベントが始まり

「むー……」


 ギルド・RGSに所属する光属性の射撃魔術師(シュート・マギク)、アマテルは不満げに顔を歪めて前方を闊歩するモンスターの群れを睨みつけている。

 場所は、マンスリーイベントとしてRGSのメンバーが攻略することとなった城砦の一角。正面ゲートに程近い位置である。今、アマテルがいる場所には彼女以外のRGSのメンバーの姿はなかった。

 彼女は今、見ての通り不機嫌の真っ只中にあった。

 今回参加することとなった城砦攻略型のイベントにおいて、ダンジョン内の最も先頭を走ることができるマップランナーという役割を割り当てられなかったのが、その理由の一つだ。

 最も危険であるが、ダンジョン最奥に最も早く駆けつけられるマップランナーはRGSにとってはエースの証であり、最も華やかな花形と言える役割。RGSに所属するプレイヤーたちは皆、マップランナーとしてダンジョン内を駆け抜ける事に憧れるが、GMであるバッツの方針によりマップランナーは当番制となっていた。誰もがマップランナーになる権利があると言えば都合は良いが、一度マップランナーとなると、ギルド内の全員がマップランナーとなるまで次のマップランナーとなることが出来ないのが欠点だ。

 そして、アマテルは前回のダンジョン攻略の際のマップランナーであった。次のマップランナーとなるまではだいぶ先の話となってしまう。

 今回の彼女の役割は、リスポントーチャーとギルド内では呼ばれる役割。リスポン地点の確保役だ。

 後方支援で楽ができると考えれば気は楽だが、前線で暴れたいアマテルにとっては退屈極まりない役割でしかない。

 一先ず現れたモンスターたちに、この苛立ちをぶつけることにした。


「……シュート・レイ」


 不機嫌なまま、目の前のモンスターたちを光の渦で消し飛ばすアマテル。

 消滅したモンスターには目もくれず、アマテルは不機嫌なままに城砦の窓に目をやる。

 そこから見える光景は、さながら街のごとく広大な城砦の姿。彼女の不機嫌を増長する原因の一端だ。


「……こんなに大きな城砦じゃ、どのくらいで攻略が完了するかわからないじゃないか」


 城砦の広さは、そのままイベントの攻略速度に直結する。最速を貫き続けるRGSであるが、その牙城を脅かす存在はどこにでもいる。RGSよりも早くイベントを攻略し、我こそが最速なりと叫びたがる輩はいくらでもいるのだ。

 さらに始末の悪い事に、今回のイベントは参加するギルドごとに城砦の形式が異なるようだという情報が入っていた。RGSが引き当てたこの城砦より、簡単に攻略できる城砦に取り掛かっているギルドもいることだろう。

 そんな連中にも余裕を持って勝たねば、最速たるギルドの名を守ることはできないだろう。だが、イベント初日とはいえ、今回のマップランナーたちは未だに城砦の三分の一も攻略できていないようだった。

 RGSらしからぬ、遅々とした歩みにアマテルの苛立ちは募ってゆく。


「……私なら、もっと早く走れるのに」


 小さく呟きながら、アマテルは城砦の壁際に腰掛ける。

 そして、天井を見上げると切なげに一つため息をついた。


「……そしたら、リュージたちのところに、遊びに行けるのになぁ」


 小さく呟く、愛しい人の名前。

 そう、アマテルが何よりも苛立ちを感じているのは、自分がリュージの隣にいられないことだ。

 自身はRGSに所属するプレイヤー。あらゆるイベント、ダンジョンを最速で踏破し、イノセント・ワールドにおいて最も優れたギルドたる大ギルドの名を背負うギルドの一員だ。私情を持って、そのギルドの信条に反するのは、アマテル自身の矜持にも反する。

 会いにいきたければ、それだけ早く、イベントを、ダンジョンを攻略すればよいだけだ。

 ……だが、今、彼の隣にはソフィアが立ち、そのそばにはカレンが追いすがっているはずだ。

 自身の恋敵たち。その存在が、アマテルに焦燥を抱かせ、その心をどうしようもなく不機嫌にさせてしまう。


「……今更、何が変わるわけでもない、けどさ」


 ソフィアやカレンと比べて、アマテルとリュージの付き合いは浅い。

 三人の中で、誰よりも距離の遠い場所に立ってしまっている現状、それでも最速で駆け抜けてみせるといつものように誓った。

 ……だが、それでも焦る気持ちは生まれてしまう。

 恋など、初めてしたのだから。どうしても、勝手がわからない。


「……会いたいなぁ……リュージ」


 膝を抱えて、ポツリと呟くアマテル。

 彼女にとっては、長い長い四日間が、まだ始まったばかりであった。











「フゥ……」


 CNカンパニーの、社員食堂として設定されているフロアの一角にて、レイ・ノーフェリアがイベント速報を記した新聞を片手に物憂げなため息をついていた。

 容姿端麗な彼の、少し影を背負ったようなその姿は、ため息一つだけでも絵画のような美しさを伴っており、遠目にそれを眺めていた何人かのCNカンパニーの女性メンバーたちは顔を真っ赤にして黄色い声をあげている。

 だが、レイにとってはそんな雑音は日常茶飯事だ。彼女らの姿を視界に入れることなく淡々と新聞を読み進めている。

 と、そんな彼に近づく少女の姿があった。


「お呼びでしょうか、レイさん」

「ああ、コハクちゃん……。ゴメンね、急に呼び立ててしまって」


 ハーフ・フォクシィのコハクが声をかけると、レイは新聞からすぐに顔を上げた。

 いつものようになにを考えているのかわからないぼんやりとした表情で軽く頭を下げながら、コハクはレイと同じ席へと着席した。


「いえ。ギルドの方針としてイベントには参加いたしませんし、ダーリンの所属するギルドもそのようなので、城砦攻略型イベント開催中は割りと暇なのです」

「営業だと、その前の方が忙しいものね。僕は逆にこれからが忙しくなるよ。もっと遅い時間になってから、依頼のあったギルドと合流するからね」

「お疲れ様です」

「ありがとう。――注文を」


 ぺこりと頭を下げるコハク。レイはなんでもないよと言わんばかりに片手を振り、それから近くのウェイトレスを呼びつける。

 レイに呼ばれることを狙っていたらしいウェイトレスは、素早く彼のそばに駆けつけ、鼻息も荒く注文を取り始めた。


「彼女にコーヒーを。……それで構わないかい?」

「はい。ありがとうございます」

「以上だ。あまり、待たせないでくれたまえ」


 レイはそれで注文を終えると、ウェイトレスから視線を外す。

 淡々とした注文内容であったが、ウェイトレスは興奮気味に何度も頷くと、その勢いのまま厨房へとかけていった。よほど、彼に声をかけてもらったのが嬉しかったのだろう。

 そんなウェイトレスの後姿を見つめ、白い尻尾をゆらりと揺らしながら、コハクは小首を傾げながらレイへと問いかけた。


「それで、レイさん? 何かお入用なのでしょうか?」

「いや、今は消耗品も充実しているよ」


 レイはそう言って軽く笑い、それから声を落としてコハクへと問いかけた。


「……聞きたいのは、リュージのことだよ」

「兄様の?」

「ああ、そうだよ。彼は今、あるギルド同盟に所属していると聞いている。その……調子はどうかと思ってね」


 レイは少し眉根を寄せ、重たいため息を一つ吐いた。


「まだイベントが始まって一日だけれど、今回のイベントは城砦の形がランダムな上、各城砦の長さ自体もまちまちなようだ。……彼のギルド同盟が、とんでもない城砦に放り込まれていやしないか、心配になってね」

「そういうことですか。兄様でしたら、ちょうど今頃は城砦に突入されている頃でしょうし、後で伺ってみますね」

「そうだったか……。いや、すまない」


 コハクの申し出に、レイは申し訳なさそうに頭を下げる。


「貴重な時間を取らせてしまったね……。それなら、もっと後に話をすべきだったよ」

「お気になさらず。ダーリンは、今熱中している本の続編が手に入ったとかですごい集中してて、寂しいくらいでしたので」

「そうだったのか……羨ましいね」


 レイはコハクの言葉に微笑む。

 ちょうど、コハクのために注文されたコーヒーを持ってきたウェイトレスがその場面に出くわしてしまい、危うくコーヒーをひっくり返しかけるほどに赤面してしまう。

 根性でそれは堪え、コハクの前に震える腕でコーヒーを置くと、何も言わずに去ってしまうウェイトレス。

 レイはそんなウェイトレスの背中を蔑むように見つめ、ポツリと呟く。


「教育がなっていないな……。あとで、接客部門長に一言入れておくか」

「盛大に転ばなかっただけ、マシでは?」


 なんとなく、ウェイトレスに同情しながらコハクはふと気になったことを聞いてみた。


「そういえば、レイさん。いつも兄様を気にかけてくださっていますが、それは何故ですか?」

「ん? そうだね……」


 コハクの何気ない問いを聞き、レイは少し考えるとやわらかく微笑みながら答えた。


「君のお兄さんは、誰に対しても忌憚なく接してくれるから、かな。君もそうだけれどね」

「忌憚なく、ですか」


 コハクは納得したように頷く。

 レイはその容姿と周りの反応から、いらぬ反感を買うことが多そうだとコハクも思った。

 だが、リュージであればそのあたりは一切気にするまい。そんなことを気にするようであれば、ソフィアの太ももに外聞憚らずに飛び掛ったりはしないだろうし。


「兄様ならそうでしょうね。その辺りには、まったく頓着ないでしょうし」

「だろう? そんな部分が眩くて、羨ましいよ。……長くこんな世界に浸っていると、ね」


 レイは後半部分をコハクの耳に入らないよう小声で呟く。

 彼の言葉は、どうもイノセント・ワールドのことを指してはいないようだ。

 白耳のキツネ耳でその一言を聞いていたコハクであるが、何も聞かなかったようなフリをして、コーヒーに口をつけた。

 イノセント・ワールドでリアルの話題はご法度だ。……誰しも、触れられたくない部分もあるだろう。


「兄様も、レイさんは良い人だと仰っていましたよ。タンクとして頼れるとも仰っていましたし」

「本当かい? そう思ってくれているなら、嬉しいなぁ」


 コハクは何てことない雑談を始め、レイとしばし時間を過ごした。

 リュージの評価に目を輝かせる彼の姿には、もう暗い影は見られなかった。











「……フ、フフフ……ここが、そうなのですね……」


 イノセント・ワールドの一角。フェンリル大聖堂の影となる部分。

 ミッドガルドの裏通りと言えるその場所には人通りが少ない。

 そんな場所に、一人の少女が薄ら寒い笑みを浮かべながら立っていた。

 恐らく、十代後半に差し掛かるかどうかといった年の頃。切れ長な双眸と整った顔立ちから、美人と言った印象を与える容姿であるが、口が裂けたかのような深い笑みを浮かべる様は不気味と形容するしかなかった。

 ゆらりと揺れるように立っていた少女は、そのままゆっくりと振り返る。

 彼女の視線の先には、二人の男が立っていた。

 どちらも仮面のようなものを身に着けているが、片方は二メートルを越えるような長身痩躯の大男。もう片方は岩を連想させるような筋肉の塊を持った背の低い男だ。

 何も言わずに無言で少女を見つめている二人の男の存在に、しばし少女は胡乱げに男たちの姿を見つめていたが、すぐに何かに気付いたように頷いた。


「……ああ、お前たちも来ていたのですね?」

「はっ!」

「師範がいらっしゃるとお伺いし、居ても立っても――」

「師範代です」


 背の低い男が、自分を師範と呼んだのを聞きとがめ、少女はその名を改める。


「師範代……そう、私は師範代です。あくまで、あの方の代理として今の私はあるのです」

「はっ……」

「ですが……」

「反論を許した覚えはありません」


 少女は有無を言わさぬ口調でそう言いきると、すぐに恍惚とした笑みを浮かべて空を見上げる。


「師範が戻られる時は、もうすぐそこまで来ています……すぐに、わかりますよ。神宮派形象剣術の正当後継者が誰かなのは……」

「………」

「………」


 少女の言葉に、男たちは不満そうであったが、少女はそれを一切無視して立ち上がる。


「さあ、まずは準備です。あの方に相応しいよう、この世界に馴染んでいかなければ、なりませんね……」


 うっそりと少女は笑い、そのまま街の中へと消えていく。

 男たちも、それに付き従うように少女を追って、消えていった。




神宮派形象剣術の候補者とされていた人物は二人おり、一人はよその家にお嫁に行き、もう一人は病に倒れ継承が絶望的となってしまった模様。

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