log147.友人たちの策略
「人聞きの悪い。あたしは別に修羅場を望んでこんなことしてるわけじゃないわよ?」
「そうですよ、サンシターさん。僕らが欲しいのは、程よい刺激ですよ」
「程よい刺激でありますか……」
胡乱げな表情のサンシター。彼は軽く首を横に振りながら、頭を押さえる。
「言わんとすることはわかるであります。ただ、そうした行為の結果がどのような結末を招くかを考えたことはあるでありますか?」
「それって、リュージがアマテルかカレンに靡くって話? それとも、ソフィアが勝手にリュージのことを諦めるって話?」
「その両方であります」
サンシターの危惧は、当然といえば当然だろう。ラブコメなどの恋愛物語でも、障害はつきものであるが、寝取られなる属性も存在する。ちょっとした障害として登場したはずのキャラクターとメインの登場人物の片方が本当に結ばれてしまい、破局を迎えるというバットエンドだ。
リュージとアマテル、カレン両名との間を取り持てば、どちらか一方とくっつく可能性は否定できないし、ソフィアがそれを見て諦め、さらに別の男とくっついてしまえばリュージの本位がどうであれ、結局は破局でおしまいだ。
だが、マコはそれは杞憂だといわんばかりに肩をすくめた。
「リュージがソフィア以外に靡く姿なんて、それこそ地球が裏返しになったとしてもありえないわね」
「リュージは目の前のあらゆる誘惑や障害を全部無視して、ソフィアさんに向かってまっすぐ進んでますからね。常時無敵状態でひたすら走るアクションゲームの主人公みたいな感じですよ」
「むぅ」
サンシターの脳裏に、歴史の教科書にも載っている、赤い帽子の主人公が無敵になったときの曲をBGMに、カレンやらアマテル、そしてそのほかの障害を画面外に弾き飛ばしながら突っ走るリュージの姿が浮かんできた。
その前には、リュージから必死に逃げるソフィアの姿もあった。まあ、あらゆるものを星のかなたにフッ飛ばしながら接近する男が迫ってきたら、誰でも逃げるだろう。逃げ切れるかどうかはともかく。
そこまで想像し、サンシターはポツリと問いかける。
「……では、ソフィア殿が逃げた場合は? リュージの求愛に乗らず、他の者と一緒になった場合は、どうするつもりでありますか?」
「その場合、兄様は笑顔で祝福するでしょう。それが、義姉様にとって本当の幸せであるならば、なおのことです」
「コハクちゃん? いらっしゃい!」
両手いっぱいに消耗品を抱えたコハクが、いつの間にかやって来ていた。
コハクはマコに消耗品を手渡しながら、サンシターのほうへと向き直った。
「兄様にとって絶対なのは、義姉様の幸せです。確かに義姉様に恋をし、義姉様を愛するためにあらゆる障害を乗り越えて、今は義姉様の隣に立つまで行っておりますが、それだけで本当に結ばれるわけではないというのは兄様もしっかりわかっています。義姉様からのラブコールがあって、初めて結ばれるのが当たり前です」
コハクの言葉に、サンシターは少し安心したような表情になる。
少なくとも、コハクは全うな恋愛感を持っていそうだ。その行動はともあれ。
彼女を味方につけ、マコたちの無茶振りを止めさせるべく、サンシターはコハクに問いかけた。
「でありますよね? ならば、マコたちがアマテル殿やカレン殿をけしかけるのは誤っているでありましょう?」
「それはどうでしょうね」
「え?」
だが、コハクはあっさりとサンシターの問いを否定した。
「刺激というのは、どんなものにもあってしかるべきでしょう。父様の時も、結構な頻度で父様に恋する乙女だとか少年だとか、あるいは母様の許婚といった方々が現れたそうですが、最終的には父様と母様はご成婚なさっています。父様にとっては乗り越える障害として、母様にとっては父様の存在をよりはっきりと意識するものとして、障害は十全に役立ったといえるでしょう」
「……しかし……」
サンシターは、コハクの言葉に言いよどんでしまう。
具体的な例を出されてしまうと、さすがに反論しづらい。コハクの上げた例が全てリュージとソフィアの場合に当てはまるというわけではないが、多少の障害や相手の存在をはっきりとさせる鏡のような存在くらいはあってもいいだろう。
問題は、親友であるはずのマコやコータたちがそれを行っているということで。
そこまで思い出し、サンシターは慌てた様子で頭を振り、マコとコータに向かって声を荒げる。
「って、だからといって積極的にことを起こしてよいわけではないでありましょう!? そういうのは自然の成り行きに任せるべきでありますよ!」
「自然の成り行きに任せてたら、あの無敵暴走機関車リュージが全部吹っ飛ばして終わりじゃないのよ。普通の女の子相手ならそれでよかったけれど、相手がソフィアだとふっ飛ばしてる間に距離取っちゃうでしょうが」
「リュージにとってある意味不幸だったのが、ソフィアさんも色々スペック高目ってとこだよね……。追いすがっても距離を取れる程度には」
コータは乾いた笑い声をあげる。ある意味、コータたちがソフィアの恋敵たちの肩を持つ原因とも言えるか。
セクハラめいた行動を除けば、リュージの行っている熱烈なアプローチに気を悪くする少女はそういないだろう。リュージの顔立ち自体も、はっきりとイケメンというわけではないが普通というにも程遠い。ワイルド、と表現するべきだろうか? ともあれ、普通とはどこか違う印象を与えるものだ。
さらに、身体能力は言うに及ばず。率先して目立つことはないが、リアルでもたびたび超人的な立ち回りでもって助太刀したチームの勝利に確実に貢献する彼の勇姿は、同年代のものたちには眩く映るものだろう。
そんな男に、毎日のように言い寄られて、落ちない少女はどれほどいるだろうか? コータもマコもそういった経験はほとんどないため分からないが、それでも普通の少女は耐えられないのではないかと思う。
だが、ソフィアはそれに耐えている。それはソフィアが鈍感、というよりはソフィアの自制心や自尊心、そして身体的なスペックが相応に高いためなのではないかと思われる。
「リュージのできることは、ある程度ソフィアもできちゃうからねぇ」
「フェンシング部のシングルで、確か優勝経験ありだっけ? 学内のマラソン大会でも、毎回上位に食い込んでるし……」
「それに、名家のお嬢様だしね、ソフィアちゃん。特殊な人間との交友関係も結構ありそう」
「ある意味風評被害でありますかね、それ」
見慣れる、というほどではないだろうが、リュージの存在が特異に映らぬ程度にはソフィアは耐性があるのだろう。故に、リュージの素直な告白を前にしても堪える余裕を持ってしまうし、まっすぐ直進してくるリュージから距離を取ることもできてしまう。
年頃の少女らしい、素直な愛情表現に対する羞恥心といえばかわいらしいが、それを見せ付けられる友人としてはあまり長々とラブコメごっこを続けられても砂糖を吐く以外にできることがなくなるというのが本音だ。
「だからまあ、何とかリュージの足を突っかけるなり、ソフィアの背中をド突くなりして、二人が正式にくっつくようにしたいわけよ。そのためなら、何でもするわよ?」
「何がそこまでマコたちを駆り立てるでありますか……。本人同士の成り行きに任せるべきでは?」
異界探検隊の中に一人だけいる大人としての意見を口にするサンシターであるが、マコは常日頃からあの二人と一緒に行動するものを代表してその答えを口にする。
「普段っから「愛してる」だの「好きだ」だのと叫びまわるあのバカと四六時中一緒にいて御覧なさいよ!? あのバカの恥ずかしさのあまり、感覚が麻痺してきたわよ、あたしは!」
「そういうの、リュージは本当に隠さないからね……。学校にいる間、一度でもそういうことを言わなかった日はないんですよ……」
「そのたびにソフィアさんも絶叫するなり軽く叩くなりして否定したり反論したりもするんですけど、リュージ君めげないもんだから……。もう、同級生の間じゃ休憩時間の時報代わりにされてたりします」
ハハハ、と乾いた笑みを浮かべるレミ。
さすがのサンシターも、顔を引きつらせるしかない。まさか実害が発生しているとは思わなかった。
そういうことなら、マコたちの行為も止む形無しと言えるかもしれないが、サンシターとしてはもう少し穏便に話を進めてもらいたいところである。
何とか皆を諌める方便がないかと唸るサンシターであるが、妙案は浮かばず。
「まあ、兄様もあれでなかなかモテモテだった時期がありまして。いつぞや、「次の継承者にぜひ!」とおば様から許婚をけしかけられた時なんて、ストーカー顔負けに付きまとわれてだいぶ辟易されてましたからね」
「……え、リュージがでありますか!?」
「ええ。そんなこともあって、言い寄られるよりは言い寄りたいんだと思いますよ? ソフィアさんの反応こそ、求めていたものの一つだったのかもしれませんね」
「………そうでありますか」
コハクのこの一言で、思考を停止してしまう。
コハクの言うことが事実なら、リュージから更なる一歩を踏み込むことはないだろう。恐らく、ソフィアに言い寄るだけで今のところは満足しているのだろう。
ならソフィアからもう一歩踏み込まねばならないのだろうが、ソフィアも年頃の女の子。リュージのように、自身の好意をおおっぴらにすることはできないはず……。
そうなると、何らかのきっかけを待たねば二人の関係は先には進むまい。実害を感じているマコたちが、そのいつになるかわからないきっかけを待てるはずもないだろう。
「………」
サンシターは全てを諦めた菩薩のような笑みを浮かべると、静かにイベント用の食料の下ごしらえを始める。
マコたちの行動を止められず、申し訳ないとソフィアに内心で詫びながら。
なお、件の許婚はまだまだ諦めていない模様。