log146.一緒に冒険
リュージとソフィアが同盟会議に参加している一方。
異界探検隊の残りのメンバーは、マコを中心にイベント参加のための準備を整えているところであった。
「ねえ、マコちゃん。シロちゃんは次のイベントに連れて行けるかなぁ?」
「……難しいんじゃない? まだちっさい犬くらいの大きさじゃない、そいつ」
レミが胸に抱き上げている妖精竜のシロを見て、マコはそう答えた。
シロが異界探検隊のペットとなってそれなりに時間が経つが、まだまだ成長の兆しが見えない。
マコはシロに触れ、そのステータスを確認しながら渋い顔をする。
「……それにこいつ、絶望的にステータス低いわよ? 多分、1レベルのあたしらでも倒せるレベルよこれ」
「そっかぁ……。まだまだ一緒に冒険できないねー、シロちゃん」
残念そうに呟き、シロの頭を撫でてやるレミ。シロはその手に向かって、嬉しそうに自分の頭を擦りつけ始めた。
すると微かな燐光と共に、レミのMPが減ったり増えたりする。
これが、妖精竜であるシロの食事法。魔力交換の際の摩擦をエネルギーに変換するというものらしい。
この情報はセードーから得られたものだが、彼は妖精竜の長から直接この話を聞いたとのことだ。恐らく、情報の精度はそのあたりの掲示板よりは高いと思われる。
この食事法があるためか、愛玩動物程度のステータスしか持たないシロは、MPだけは図抜けて高い。というより、プレイヤーの五倍のMPを持っている。どれだけ成長してもMPの絶対量だけは増えないマコからすると、そのMP最大値だけでもかなり魅力的に見えるものだ。
「……まあ、魔力タンクとしてなら随行可能じゃない? MPの譲渡だけなら、今でもできるでしょ?」
「ダメッ! そんなことしたら、シロちゃん死んじゃうじゃない!? MPが0になったら、どうするの!!」
なかなかナイスなアイデアを出すマコであるが、鬼のような形相をしたレミによって即刻却下されてしまう。
まあ、MPが0にならずとも、そのあたりの魔導師系モンスターの範囲攻撃の射程に入ってしまえば、それだけで昇天してしまうようなHP量だ。マコとしても、そんな軟すぎる魔力タンクでは安心できないので、無理に連れて行くつもりはなかった。
そんな二人の会話に、剣の手入れを行いながらコータが首を突っ込んでくる。
「……前から気になってたんだけど、何でシロは体大きくならないのかな?」
「何でって、時間が必要だからじゃないの?」
「いや、そうなんだろうけど……。さすがにこの大きさのままってのはおかしいじゃない? 他の騎乗用を初めとするペットモンスターの場合、順調に育てば一週間前後くらいで一応連れまわせるくらいには大きくなるらしいのにさ」
コータがクルソルから取り出したスクショには、大ドードーという騎乗用ペットの成長過程が写っていた。
ご丁寧にクルソルの時計機能でスクショを取った日付を残しているその成長録では、確かに一週間くらいで大ドードーにご主人様らしいプレイヤーが跨っており、さらに一週間後にはたくましく成長した大ドードーが写っていた。
スクショを眺めながら、コータは軽く首を傾げた。
「確かに妖精竜は特殊なモンスターらしいから、成長が遅いのも仕方ないのかもしれないけど……。掲示板を見る限り、他のギルドは割りとしっかり成長してるっぽいんだよね。なのに、うちだけ成長しないっていうのは変だなって思ってさ」
「そうなの?」
コータの言葉にレミは目を丸くし、自身のクルソルで妖精竜の育成スレを確認する。
すると、確かにシロよりも一回りか二回りほど大きく育っている妖精竜たちのスクショが上げられているのがわかった。
「えー!? なんでぇー!?」
思わずといった様子で大声を上げるレミ。
スレを読んでみると、小さかった頃の妖精竜の姿を惜しみつつも、大きく育ってくれた我が子に対する喜びに満ち溢れた愛情たっぷりのレスが大量につけられていた。
その中に混じれないのが悔しいのか、それとも純粋に相手が羨ましいのか、レミにしては珍しく嫉妬心むき出しの表情でクルソルを睨みつけている。
そんなレミの姿にため息をつくマコと、苦笑するコータ。
三人の輪から外れ、冷蔵庫内の食材の量からイベントで作る料理の献立を考えているサンシターが、何故か覇気の篭らない声で呟いた。
「自分、少し思ったでありますが……。妖精竜のシロは、おなか一杯になったことはあるでありますかね?」
「うん? どういう意味よ、サンシター」
「いえ……。魔力交換による摩擦……熱と呼んでよいのかはわからないでありますが、ともあれ摩擦熱を活動のエネルギーにするのは、摩擦熱をカロリーと考えれば納得がいくであります。しかし、そうなると我々にとってのカロリーの元となる、脂肪を初めとする栄養素はどうやって摂取しているのかと」
「……あー、確かに」
サンシターの言葉に、マコは何かに気付いたように指を鳴らす。
「直接活動に必要なエネルギーを取り入れられるんなら、それ以上は不要よね? 生きていくだけなら、魔力交換だけで生きていけるってことは、摂取と排泄を同時に行ってるわけじゃない。じゃあ、体の中には何も溜まらず、成長に必要な栄養素は残らないって寸法なんじゃないの?」
「あ、あー……それは考えなかったなぁ」
マコの言いたいことを理解したコータは、感心したように頷いた。
「生きるのに必要なエネルギーの摂取方法が、体の中に溜め込むんじゃなくて、魔力の移動そのものだもんね。そりゃ、成長に必要な養分とかは溜まらないよね」
「恐らく、他のギルドに魔力交換によるエネルギー摂取の情報は流れていないはず。ならば、食事を取らせ続ければ魔力が徐々に増え、そのうち体を大きくする必要が出るのでは?」
「そういや、繁殖方法からして魔力を溜め込む必要があるんだっけ、こいつら」
「シロちゃんお菓子の時間だよ!!」
サンシターの言葉を聞いたレミが、さっそくシロにお菓子を食べさせようとする。
魔力交換前には、比較的良く食べていた甘いクッキーだ。シロも、クッキーの味は覚えていたようでレミの差し出したそれを嬉しそうに頬張り始めた。
以前と比べると、割とよく食べるようにも見える。一枚目をあっさり食べ終えると、もっととせがむようにレミの顔に前足を当ててきた。
「まだあるからね! どんどん食べようね!!」
「……妙にがっつくわね?」
「恐らく、以前は消化器官に回すだけのエネルギーがなかったのでは? 今は頻繁に魔力交換を行っているでありますから、体内の機能を十全に活用するだけのエネルギーがあるのでありましょう」
どんどんクッキーを食べてゆくシロを見て、サンシターが己の考察を述べる。
言われてみれば、食の細いころは魔力交換のことも知らず、シロもあまり元気に動き回るようなことがなかった。だが、今は猫か何かと見紛うほどに活発に活動するようになり、ギルドハウスの中を元気に飛び回っている。
これだけ元気なら、ご飯を食べる元気もあるだろう。レミが頑張ってお菓子を与え続ければ、そのうちシロも大きくなるだろう。
「いっぱい食べて、大きくなるんだよ……!」
「……どうでも良いけど、レミの姿が童話の魔女にもダブるわね。確か、いたわよね? お菓子を子どもに与えて太らせて食うタイプの」
「アハハ……っと?」
マコの言い草にコータが苦笑していると、彼のクルソルがメールを受信した。
コータはその内容を確認し、一つ頷いた。
「アマテルさん、今ギルド内の会議が終わったからリュージのところに向かうって」
「アイツなら、速攻で追いつくでしょ。どんくらいで同盟会議が終わるかわかんないけど」
「………」
あっけらかんとアマテルの動向について話し合うコータとマコ。
曰く言い難い表情で二人を見つめるサンシターをよそに、彼らは別の少女の名前を口にする。
「……で、カレンさんは同盟に入ってるんだっけ? ギルド単位?」
「んにゃ、アイツが個人的に。何人か連れ……っても、例の三騎士だけど、ともかく、連れと一緒に入ったとさ。アマテルよりゃ、接触回数多いでしょ」
「せっかくの機会だし、カレンさんもリュージとたくさん話せると良いね」
「……なんという外道でありますか」
「なによその言い草」
サンシターが零した言葉に噛み付くマコ。
サンシターはそんな彼女を見て、緩やかに首を振りながら口を開いた。
「友の恋路の邪魔を積極的にするなど、外道のすることでありますよ……。わざわざアマテル殿やカレン殿を同盟に参加させ、なおかつリュージ殿との間を取り持つなど……」
なお、妖精竜も太るらしいという報告がごく一部にて挙がっている模様。