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log145.人生の楽しみ方

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズ初心者への幸運(ビギナーズラック)が中心となって結成された、ギルド同盟の対城砦攻略イベント会議はつつがなく幕を終える事に成功した。

 ……と、言うよりは会議自体はほぼ形骸化していたというべきか。イベントに際した各ギルド間の約定に関しては、全て初心者への幸運(ビギナーズラック)の三人がわかりやすい形で取り纏めてくれていた。

 さすがに、初心者支援を中心に日夜活動しているギルドというべきだろうか。どのギルドも、彼らの言うことに反対意見を言うことなく、会議という名の約定確認会は一切の滞りなくスムーズに進行した。これも、彼らの日ごろの活動に対する信頼の賜物というべきだろう。

 だが、ギルド同盟会議が終了するまでにおおよそ三時間ほどの時間を要していた。といっても、約定の内容が極めて濃いだとか、質疑応答に長時間費やしたとかではない。

 単純に、同盟メンバー同士の雑談に花が咲いただけである。途中から、初心者への幸運(ビギナーズラック)のアラーキーの近況報告が入り始め、そこから話題が枝分かれしてゆき、最後の三十分などどの騎乗ペットが最強にかわいいかというまったく会議の議題に関係のない話題で盛り上がってしまっていた。

 歴戦の勇士であろう初心者への幸運(ビギナーズラック)を初めとする50レベルオーバー、ともすれば80レベルにすら届くであろうイノセント・ワールドの熟練プレイヤーたちの、名医が月までさじを投げ飛ばしそうな頭の悪い会話を前に、ソフィアなどは呆れのあまり気絶するかと思ったほどだ。


「……ほとんど会議らしい会議ではなかったなぁ……」

「まー、あんなもんだべ。会議って言っても、半分以上はギルド同士の顔合わせの意味が強いし」


 ギルド同盟会議が終わり、その帰り道。

 皆はすでに各々の用事でログアウトしてしまっていたため、リュージとソフィアは歩行者天国と化した大街道に置かれたロングチェアーに腰掛け、のんびりとジュースを啜っている。

 不安定なイノセント・ワールドの空模様は、漆黒。ぽっかりと浮かび上がった満月が、まるで空に開いた穴のようにも見える。

 がっくりと項垂れるソフィアの頭を慰めるように撫でてやりながら、リュージは軽く笑った。


「あんなんでも、実力は折り紙つきの人ばっかりだから、安心して良いぜ? ゲームに精通してるって意味なら、間違いなく俺なんざ足元にもおよばねぇ人ばっかだから」

「今の私たちの倍以上のレベルの人もいるしなぁ……。あのレベルにもなれば、それこそ何でも好きなことをやり放題なのだろうな」

「らしいぜ? 現実じゃ実現不可能なことが大体何とかなるから、毎日でもログインしたいっつってる人ばっかりらしいからな。趣味に全力な人間ってのはつえーもんだよ」

「貴様も強いよな。あらゆる意味で」


 自己紹介の際にソフィアを指して「マイワイフです」と言ってのけたリュージをぎろりと睨み付けるソフィア。

 彼女の手が、インベントリ内の花瓶に伸びるより前に、リュージは誤魔化すように声を上げる。


「あー、それより驚いたのは、セードーが来なかったことかなー? 旗頭ギルドの、さらに発起人らしいのになー?」

「……そこを責めるべきではあるまい。もとより、彼は闘者組合ギルド・オブ・ファイターズでも新参。こうした代表同士の場に出しゃばるのもよくはあるまいよ」


 ソフィアはそっと花瓶をしまいつつ、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのミツキのことを思い出す。

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズのGM代行を名乗った彼女は、会議の際にセードーの名は出さなかった。あくまで、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズが発起人であるとし、自分がその意思を代行として伝えるものであると、彼女は会議の初めに告げていた。

 ふと彼女の代行という言葉が気になり、ソフィアはリュージへと問いかける。


「リュージ。ミツキさんは会議の際、GM代行であることを盛んに強調していたように思う。あれは何故だ?」

「ん? そりゃ、嘘つくよりは印象は良いでしょ。何事も、第一印象が大事よ」

「それもそうか」


 リュージの正論に一つ頷くソフィア。

 リュージはそんな彼女の横顔を眺めながら、さらに自分の意見を付け加えた。


「あとは……GMの威光が強いって意識があるのかもな。何しろ、アレックス・タイガーがGMやってるらしいし」

「アレックス……? まさかとは思うが、あのアレックス・タイガーか?」

「ソフィたん知ってんの?」

「いや、知ってるというか……」


 ソフィアはしばし迷うように考え、それから自分の知っているアレックス・タイガーについて話す。


「……往年のプロレス界を盛り立てた、スーパーベビーフェイスで、近年ではアメリカの州知事として活動する傍ら、様々な芸術や芸能活動、あるいは環境保護活動など、あらゆる分野において活動している実業家としての側面も持つ、あの?」

「多分、そのアレックス・タイガーだよ。俺もイベントとかで何度か会ったことあるけど、昔の映像記録そのまんまの人物だし」


 サインももらったことあるよ、とリュージはサイン羊皮紙と呼ばれるアイテムに書かれているアレックス・タイガーのサインを見せてくれた。

 何故か達筆な筆記体で書かれたそのサインを見て、ソフィアは頭痛を押さえるように額に手をやった。


「……どうやら、本人で間違いないようだな……。そのサイン、確かにアレックス・タイガー氏のもので間違いないようだ」

「あ、ソフィたん、タイガーさんと知り合いなん?」

「父様の仕事の関係で、何度かお会いしたことがある。今も、部屋の額縁の一つに氏のサインを飾っておいてあるよ」

「相変わらず顔広いねぇ、ソフィたん」


 リュージはおかしそうに笑うが、ソフィアは笑わない。

 少し真剣な表情をして、彼女はポツリと呟いた。


「……彼でも、このゲームをプレイするんだな」

「ん? どういうことよ?」

「いや……。なんと言うか、アレックス・タイガー氏は、この世の大抵の楽しみを味わいつくしている、という印象があってな」


 ソフィアはすっかり冷めてしまったコーヒーを啜り、以前彼に会った時のことを述懐した。


「前お会いしたときは、顔では笑っていたのだが、なんと言うか心の底では退屈しているように見えてな……。そのときは、氏の公演に合わせてイベントの開設を行う段取りをしていたのだが、イベントが成功しても満足したような様子ではなかったんだ」

「イベントのできに不満だったってこと?」

「いや、そうではなく……。なんと言ったらいいのかな、目の前の結果が想像通りだったという感じなんだ」


 そのとき、アレックス・タイガーに感じた印象を精一杯伝えようと、ソフィアは自分の頭の中の語彙を懸命に引っ張り出す。


「イベントの成功に不満があるんじゃなくて……その結果に喜べない様子というか……」

「んー? ああ、それで楽しみを味わいつくしたって話になるのね」


 ソフィアの言いたいことをなんとなく察したリュージは、ジュースを飲み干して、残った紙コップを適当なゴミ箱へと投げ入れる。


「感動が薄れるっていうの? 幾度となく同じ経験を味わったせいで、十分なはずの結果に満足し切れないんでしょ。同じ料理ばっかり食べてると飽きる的な」

「む……。合ってるような、間違ってるような……?」


 ソフィアはリュージの例えに首を傾げるが、それでより正確なたとえが出てくるわけでもない。

 一先ずそれに同意し、話を進める事にした。


「……まあ、きっとそうなんだろうな。そんな人だから、あらゆる事業や分野を手広く展開していると思ったし、世の大抵の娯楽は味わいつくしたと思っていたんだ。こんな……言い方はよくないが、チープなMMORPGをプレイしているとは思わなかったよ」

「アッハッハッ。まあ、設定もシステムも大体よくある奴の寄せ集めだもんなぁ。集め具合は半端じゃねぇけど」


 ソフィアの言葉はイノセント・ワールドを貶すような発言だったが、むしろその通りだと頷き笑って見せるリュージ。


「ただまあ、それでもこうしたゲームで味わえるもんはあると思うぜ?」

「……というと?」

「うん。これは人の受け売りなんだけどさ……「人との出会い。こればかりはどれだけ齢を重ねても、味わいつくすことのできぬ最高の娯楽」なんだってさ」


 リュージは笑って、あるプレイヤーの名前を上げる。


「昔、キング・アーサーってプレイヤーがいたんだ。……今はもう、ゲームを引退しちまったんだけどさ。その人、その当時でもう90歳を越えるような歳でゲームしてたんだぜ?」

「90ぅ!? そ、それは凄まじいな……!」

「だろ? そのこと聞いた時に、思わず何でって質問したら返ってきたのがさっきの言葉。そんだけ歳を重ねて、いろんな経験を積んできても、いろんな人間と出会える事に勝る喜びはないんだってさ」


 すげぇよな、とリュージは呟き、空に浮かび満月を見つめる。


「このゲーム始めたのも「いろんな国の人が毎日プレイしていて、出会いが多いだろうと思って」なんだってさ。正直、自分が90超えてからそんなバイタリティ持つなんて思えねぇよ」

「……そうか。キング・アーサーもその方も、私の考えている逆の思考の持ち主なんだな」


 ソフィアはなんとなく納得し、一つ頷く。


「あらゆる娯楽に飽きたんじゃなく、それでもなお娯楽を……喜びを求めていたのか」

「そういうことだよなー。そんな、あくなき欲望の権現すらプレイし続けるゲームってのもスゲェよなー」

「その言い方は寄せ。良い言い方ではないだろう?」

「だな、ごめん。ちなみに、タイガーさんもキング・アーサーも、αテスト版からのプレイヤーで、トッププレイヤーなんだぜ?」

「ガチプレイヤーじゃないか!?」


 ソフィアは思わず驚きの声を上げる。

 リュージはそんな彼女の様子に笑いながら、ポツリと呟いた。


「そんな風に、楽しみたいし生きてみたいよなー」

「……そうだな」


 ソフィアは彼の言葉に同意し、一つ頷く。

 日々の生活に満足しながら生きてゆく。当たり前のことであるが、それがなかなか難しい。


「なーに二人で話してんのさ!」

「デートのお話? 混ぜて混ぜてー」

「貴様らどこから……!」


 不意打ちのように現われ、リュージの首元に寄りかかるカレンとアマテル。

 思わず跳びのいてしまった彼女は、悔しそうな顔で二人を見つめていたが、それ以上のことはできなかった。

 ……本当に簡単なことすらできないでいる。本当に、難しいことだ。


「デートなんてとんでもない。ソフィたんとの生活こそがまさに愛を紡ぐ行為!」

「あんたはぶれないねー……」

「妬けるなぁ」

「……クッ」


 胸に散りつく焦燥感を払うことも。リュージの言葉に応えることも。

 本当に、難しいことだ。




ちなみにアレックス・タイガーの最近の悩みは「闘者組合ギルド・オブ・ファイターズとしてなかなか活動できないこと」である模様。

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