log144.同盟会議
その後、初心者への幸運のアラーキーたちの活躍もあり、闘者組合を旗頭としたギルド同盟は、順調に拡大し、同盟ギルド数30、総勢150名というそこそこの規模の同盟を結成するに至った。
城砦攻略型イベントに取り掛かるのに、ちょうど良い人数といえるだろう。これより少なければ、城砦の広さに対応しきれない可能性が上がり、多すぎると報酬の分配の際に問題が起きてしまうかもしれない。
「ギルド同盟も、多ければよいという話ではないのだな?」
「そりゃあな。基本的にギルド同盟ってのは烏合の衆になっちまうから、多すぎると混乱がおきやすいし、自分勝手しだす連中が出ちまうんだよ。だから、ギルド数30前後の、150人くらいがちょうど良いらしいんだよ。まあ、ホントかどうかは知らねぇけど」
リュージとソフィアはそんなことを話しながら、初心者への幸運のギルドハウスへと向かっていた。
マンスリーイベントまで、おおよそ一週間程度。ギルド同盟の規模もある程度固まったということで、初心者への幸運のアラーキーが音頭をとり、一度同盟ギルドのトップ同士で話し合いをしようという事になったのだ。
同盟を組むのであれば、この話し合いは重要となる。今回のイベントは城砦攻略型。手に入るアイテムの量も質もかなりのものになることは想像に難くない。今回の同盟を組むギルドたちも、イベントで手に入るレアアイテムを狙っていることだろう。だがそれは他のギルドとて同じだ。
故に、各ギルド間の意志を確認し、本イベントで入手できたアイテム等の取り分をきっちりと決めておかねばならない。ここが曖昧であると、狙っているレアアイテムが競合していたために、同盟ギルド間で諍いが発生し、イベントの攻略どころではなくなってしまうという事態も起きうる。
そうした諍いを防ぐために、イベント前にこうした話し合いを持つのがイノセント・ワールドの常識となっている。当たり前の話ではあるが、それをゲームだからと無視して勝手をやらかすギルドが存在するのも、悲しい事に事実なのだ。
「まあ、初心者への幸運の人達の知り合いってんなら、そんな妙なギルドはいねぇと思うけどな」
「だからといって、話し合いなどの意思確認を怠ってよいという話にはなるまい。こういう形で、互いの意思を確認するのは重要だぞ」
めんどくさそうなリュージを嗜めながら、ソフィアは初心者への幸運のアラーキーが指定した会議室へと足を踏み入れる。
会議室の中に入ると、すでに半分ほど席が埋まっており、それぞれのギルドのGMや幹部たちが雑談に興じている。
ソフィアたちが会議室の中に入ってきたのをみて、会議室の入り口付近の席に着いていた魔女っこ風の姿をした少女……いや、女性だろうか? ともあれ、女魔導師が顔を上げた。
「あら? 貴方たちは、どこのギルドさんかしら?」
「我々は、異界探検隊です。こっちが、GMのリュージで、私が――」
「マイワイフのソフィたんです。どうぞよろしく」
「あははー。噂は聞いてるよー。私はエミリーっていうの。今日はよろしくねー」
余計な紹介を付け加えるリュージの頭に花瓶を叩きつけてやろうとするソフィアを見て軽く笑いながら、エミリーは手元の羊皮紙のようなものにチェックをつけると、リュージたちに席を一つ示してみせる。
「じゃあ、二人はあそこに座ってもらって良いかな? 他のギルドが到着するまでは、自由に動いててもらっても良いけどね」
「くの! こいつめっ! ――あ、はい。わかりました」
必死に花瓶攻撃を回避するリュージに攻撃を繰り返していたソフィアであるが、エミリーの言葉に我を取り戻し、一つ頷いてリュージを睨み付ける。
「……今日の折檻はあとで行う。逃げようと思うなよ……?」
「フフフ、ソフィたんからのご褒美から逃げるなどと! お手柔らかにお願いしますできれば花瓶以外で!!」
「聞く耳もたん」
ソフィアはきっぱり言い切ると、エミリーが示してくれた席に向かって歩き出す。
学校でよく見るような四角い机を、円卓状に繋いで用意された会議席。異界探検隊のために用意されたその一角のそばには、ソフィアも見知った顔が座っていた。
「カレン。君のギルドも、この同盟に参加しているのか?」
「よう、ソフィア」
異界探検隊の隣の席に座っていたカレンは、ソフィアの質問に苦笑しながら首を振った。
「んにゃ。今回のイベントに、うちのGMが乗り気じゃなくってさ。あたいも含めて、ナイト・オブ・フォレストのメンバーは自主参加だよ」
「そうなのか? 今回のイベントは、ギルド間の期待値も高いと聞いているのだが……」
「うちのGM天邪鬼だからさぁ……。気が乗らないと、ホントにこういうイベントも平気でサボるんだから……」
カレンは一つため息をつく。
別に、こうしたイベントに対する参加の義務が存在するわけでもないが、それでもゲーム内でも受ける機会を不意にするのが理解できない、と言いたげだ。
ソフィアの隣の席に腰掛けたリュージは、苦笑しながらカレンに慰めの声をかける。
「ま、ゴルトさんはホントに気分屋な性分だからな。自由参加を禁じられてないだけ、まだマシだと思っておけよ」
「まあねぇ」
「参加の禁止すらするギルドがあるのか……。ところで、アマテルはいないのか?」
ソフィアは周りを見回し、それから各ギルドに配布されている同盟録を見ながら不思議そうに呟いた。
今、会議室にいる者たちの中にアマテルの姿はなく、同盟録にも彼女の名前はない。
「何故にアマテル? ソフィたん、どったの?」
「リュージが絡むのであれば、彼女もいるかと思ったのだが……」
「いや、アマテルがこんな同盟に参加するわけないじゃないか」
ソフィアの言葉を理解できないという風に首を振ったカレンであるが、しばらくしてソフィアがイノセント・ワールドを初めて半年程度しか経っていないことを思い出す。
「そういや、ソフィアは知らないのかい? RGSのことを」
「? アマテルの所属するギルドだろう?」
「そうだね。そんでもって、攻略の早さに特化したギルドだよ。こういうイベントだと、ギルド単独で、城砦を最速で攻略していくようなギルドさ」
カレンの説明を聞いたソフィアは、胡乱げな表情でリュージへと問いかける。
「……そんなことが可能なのか?」
「やり方次第じゃね? もっと前には、たった三人でそういうことしてたギルドがあるって話だし。スキルの構成とかを、最速で攻略できる構成に最適化できりゃ、ギルド単独で城砦の攻略も可能だよ」
アマテルはそういうの向きの属性と性格だし、とリュージは呟きながら、コーヒーに口をつける。
「RGS自体が、誰よりも早くイベントを攻略することを目的としたギルドだしな。それもイノセント・ワールドの楽しみ方の一つさ」
「誰よりも早く、か」
アマテルが口癖のように呟いている言葉を思い出し、ソフィアは遠い眼差しになる。
「頂点を極めようと努力するのは人の性かもしれんな。それを続けられる熱意は、羨ましい限りだ」
「なんか語るね? てっぺんに恨みか何かあるのかい?」
「いや、特別」
カレンの言葉にソフィアは首を横に振り、リュージの頬を軽く抓る。
「頂点を極める気のない怠け者なら一人知っているがな。なあ?」
「どったのソフィたん? 今日はスキンシップ日和なん?」
「知らん」
ソフィアはリュージの頬から手を離し、そっぽを向いてしまう。
なんとなく、らしくない彼女の姿を見てリュージは苦笑する。
「まあ、アマテルの奴なら、攻略終わってからこっち来るんじゃないの? 基本的に、RGSの活動は攻略特化だから、そこ以外はルーズだしな」
「そんなことは知らんし、来て欲しいとも思わん」
「あたいとしても来て欲しかないよ。あいつは苦手だよ」
カレンがぼそりと呟くと、会議室の扉が開いてまた新しいギルドの人間が現れる。
「闘者組合のミツキと……あら? ひょっとして……遅れちゃいました?」
いつの間にか全員分の席が埋まってしまっている会議室の中を見回し、片眼鏡の奥の目を軽く見開くミツキ。
エミリーは羊皮紙にチェックを終えると、軽く笑ってミツキを招き入れた。
「そんなことないよー。一番遅れてるのは、うちの男どもだけだから」
「そうですか……」
「そんなことより、こっちにどうぞ。主賓には、特等席を用意してあるからー」
「恐れ入ります」
ミツキはエミリーの言葉に遠慮がちに笑いながら、彼女の導きに従って円卓の議長席付近へと向かう。
これで、今回の同盟の全ギルドが揃った。後は、会議が始まるのを待つだけだ。
なお、アラーキーとジャッキーは十分ほど遅れて到着した模様。