log143.イベントに向けて
「……城砦攻略型ァ?」
「おう。マンスリーイベントとしちゃ割と何度もあるイベントで、最も収穫の大きくて、最も大規模に展開されるイベントの一つだよ」
ギルドハウスに戻ったリュージの告げた提案に胡乱げな返事を返したのはマコだ。
彼が帰ってきた時には、サンシターのお菓子を食べて皆も多少は気力を回復させたのか、体を起き上がらせる程度には元気になっていた。
ソフィアは退屈げに頬杖をつき、コータとレミはシロと戯れている。こちらの方は向いていないが、話は聞いてくれているようだ。
リュージは皆の様子を確認し、改めてマコに向き直るとセードーからの提案を説明した。
「……んで、セードーのギルドが次のマンスリーイベントに参加するから、一緒に攻略しないか?ってお誘いがあったわけだよ」
「お誘いって……今のあたしらに、そんなことしてる暇があんの? 一回でも多く、パトリオット周回しなきゃなんないでしょうが」
リュージの提案を聞き、目力を険しくしてゆくマコ。その言葉からは、意地でもパトリオットに遭遇してやるといわんばかりの決意が感じられる。
だが、まるで虚勢を張っているかの様子で、芯のようなものがまるで感じられない。やはり、成果の上がらないパトリオットマラソンは確実に異界探検隊の精神を蝕んでいるようだ。
いつもとまるで様子の異なるマコの姿を、哀れみを込めて見つめながらもリュージは次のマンスリーイベントの説明を続ける。
「まあ、お聞きマコリーナ」
「誰がマコリーナだこら」
「ツッコミにも力がねぇな……、まあ、それはともかく。目的を見失うなよ、マコ。俺たちの目的はあくまで遺物兵装であって、パトリオットはそのための手段だ」
「まあ、そうだけど」
リュージに諭されるのが悔しいのか、マコは拗ねるように唇を尖らせる。
「遺物兵装を狙うのに一番良いのはパトリオットって、あんたが言ったんじゃないのよ」
「そりゃ、イベントとかのない期間の話な? マンスリーイベントが、特に城砦攻略型イベントがあるってんなら、話は別だ。是が非でも、そっちに全賭けしたほうが儲かる」
「……別に儲けたいわけじゃないけど?」
不審げなマコの目をまっすぐに見返し、リュージははっきりと告げる。
「城砦攻略型ってイベントがな? 一番遺物兵装のドロップ率が高いイベントなんだよ」
「………………え、マジで?」
リュージの告げた言葉が一瞬飲み込めなかったのか、ワンテンポ遅れて返事を返すマコ。
リュージから視線を外し、ぼんやりしていた仲間たちも、彼の言葉に我を取り返し、慌てた様子でちゃぶ台の周りへと集まってきた。
「どういう話だリュージ!?」
「遺物兵装が一番手に入るって!?」
「嘘なのホントなのリュージ君!?」
「落ち着きなさいお前ら。ちゃんと説明するから!」
詰め寄ってくる仲間たちを押し返しながら、リュージは咳払い一つして仕切りなおすと、城砦攻略型の儲け方に関して軽く説明を始める。
「城砦攻略型イベントの最大の特徴は、運営側が用意したダンジョンを攻略するって点だ」
「? それって、そこらにあるダンジョンに潜るのと、何が違うの?」
「大いに違う。そこらに転がってるダンジョンは、イノセント・ワールドってゲームの仕様通りにプログラミングされた、自動生成ダンジョン。モンスターも中身も、ある程度ランダムで決まっちまう。だが、イベントのために用意される城砦ダンジョンは、運営が高難易度の障害を用意する代わりに、相応の報酬プレゼントって寸法よ」
「ありがちといえばありがちでありますが、城砦攻略型はプレゼント箱とも称されるイベントであります。過去イベントで配布され、再配布を希望されたアイテムや、通常では超低確率に頼らねば入手できぬようなレアアイテムを入手するまたとない機会となるのでありますよ」
「へぇ……」
サンシターの説明を聞き、瞳の光を取り戻すマコ。
少し体を持ち上げながら、マコはリュージへと質問する。
「その手に入るアイテムの中には、遺物兵装が混じってるってこと?」
「おう。大体のプレイヤーが、この城砦イベントで遺物兵装の獲得を狙う。入手方法は結構色々で、城砦の中にある宝箱からだったり、城砦の中で遭遇するレアエネミーからだったりする」
「レアエネミーも出るのか? それは厳しくないか?」
「それくらいの難易度ってことよ、ソフィたん。逆に言えば、城砦の中にレアエネミーが確定で沸くポイントがあるくらいに考えれば良いわけよ」
「なるほど……それは、とてもおいしいイベントだね……!」
リュージの説明を聞き、俄然やる気を取り戻し始めるコータ。
出るのかどうか、スイッチを押すまでハッキリしないパトリオットマラソンよりも、遥かに遺物兵装の入手率が高そうなイベントを前に、希望を取り戻したようだ。
だが、当然おいしい話ばかりではない。リュージは城砦攻略型イベントのデメリットを説明し始める。
「だがまあ、当然おいしいばかりのイベントじゃない。手に入る報酬のレア度なんかに比例して、難易度も上がる。一番厳しいのは、時間制限だな」
「時間制限? マンスリーイベントなら、一週間の期間が設けられてるんじゃ……」
「その一週間の内、一日一時間の合計で七時間しか城砦の攻略に時間を掛けられない」
「はい!? え、それ、メッチャ厳しくない!?」
「そうでありますな。広大な城砦に対し、一日一時間の制限。さらに、出現するモンスターや、城砦のトラップの攻略などもあるであります。期待度の高い報酬を多数用意するからこそ、運営側も相応の難易度を用意するわけであります」
城砦攻略型イベントの大まかな概要を聞き、マコは難しい表情になる。
だが、彼女の反応も当然だろう。城砦を名乗るからには、相当な広さや深さを誇るはず。それを七時間で攻略するとなると、寄り道などは許されないだろう。
異界探検隊のメンバーだけでは、到底攻略は不可能なはずだ。だからこそ、一番最初にリュージが言ったとおり、ギルド間での協力が必要不可欠になるわけだ。
「……セードーのところ以外だと、どこが参加しそうなの?」
「今ん所、話が言ってるのは銃火団だな。まあ、ギルド単位での参加はしないっつってるから、少数人数だろうが。それから、セードーの仲間も知り合いに声をかけてるらしいし、セードーも別口に声をかけるって――」
マコの質問にリュージが答えていると、彼のクルソルに一本のメールが入った。
差出人はセードー。そのメールによると、初心者への幸運に所属している恩師に話をし、他のギルドも集めてみるとの事であった。
「……セードーの奴、初心者への幸運に知り合いがいたらしいぞ。その人も協力して、人を集めるってよ。これなら、人数の心配は要らないだろうな」
「初心者への幸運の? だったら顔が広いだろうし……。あ、僕たちもジャッキーさんに声かけてみる?」
「それもいいかもしれんな。……参加してくれると思うか?」
「ギルドじゃなくて、個人として協力してくれるだろ。あの人がいりゃ、難易度も相当下がりそうだしなー」
すっかり意気を取り戻し、元通りになった異界探検隊。目の前に迫っている城砦攻略型イベントに向けた準備へと取り掛かることとした。
シロを胸に抱きながら、レミはその肉球をフニフニと弄る。
「シロちゃんは、次のイベントに連れて行けるかなぁ」
「いやぁ、まだじゃねぇかね? その大きさじゃ、さすがに戦闘もできねぇだろ。えさ代わりの魔力交換も、ダンジョンじゃうまくできねぇだろうし」
「そっかぁ……。またお留守番だね、シロちゃん」
レミが残念そうに呟くと、シロも寂しそうにクゥンと鳴き声をあげた。
生まれてからずっと、この異界探検隊のギルドハウスを出たことのないシロ。シロが誕生してからそれなりの時間が経過しているが、いまだに成長の兆しを見せず、ちょっと大き目の猫程度の大きさのままだ。
かつて、妖精島で見たような大きさになるまで、このままだとどれだけの時間を要するのだろうか。
「まあ、仕方ねぇさ。無理させて、傷つくのもいやだろ?」
「うん……そうだね」
「シロも、そのうち元気に飛びまわれるようになるさ。そのときは、存分に活躍してもらおうじゃないか」
ソフィアもレミとシロを慰めるように、シロのふわふわの毛皮を撫でる。
自らの体を撫でてくれるソフィアの手が気持ち良いのか、シロは目を細めながら、小さな鳴き声をまたあげるのであった。
「さて、他ギルドと協力するとなると……どこでもキッチンは置いていった方がよいでありますかねぇ」
「なんで!? サンシターの料理が食べられないとか私が死ぬじゃない!」
「いやマコちゃん。妖精島のこと思い出そう? また行列ができちゃうよ……」