log142.城砦攻略イベント
セードーの聞きたいこととは、やはり次のマンスリーイベントの参加に関してであった。
「今度、うちのギルドでそのイベントに参加しようという話になったのだが、どうしたらよいだろうか?」
「セードーんとこ? しかもギルドで?」
「うむ。新しく手に入れた〈闇〉属性のスキルも、試してみたいのでな」
「へぇ、〈闇〉か。またまた、ずいぶんと」
リュージと同じく、セードーにメールで呼び出されたらしい、ホークアイという少年がどこか皮肉げに唇を歪める。
リュージとしては、セードーのギルドを基点にマンスリーイベントに参加し、そこで一つでも遺物兵装が入手できれば御の字といったところだ。
そうなると、場合によってはセードーやこのホークアイという少年と遺物兵装の奪い合いになる可能性もある。状況にもよるだろうが、二人を出し抜くための駆け引きも必要になるかもしれない。
(こっちのホークアイとやらはともかく、セードーにゃ悪いが……まあ、それもイノセント・ワールドだしな)
リュージは胸中で呟きつつ、カフェオレを啜る。
例え友人が相手であろうと、時には心を鬼にせねばならぬときはある。特に、遺物兵装の入手は馴れ合っていては永遠に手が届かない位置にあるといえるだろう。入手できる時には、例え親兄弟を千尋の谷底に蹴落とそうとも奪い取らねばならないのだ。
だが、そんなことはおくびにも出さず、リュージは何も知れないセードーに簡単に次に始まる城砦攻略型イベントの説明を始める。
「このイベントは一週間のうち、攻略できる時間が七時間しかない」
「……七時間しか? どういうことだ?」
「つまり一日につき、決まった一時間しか攻略に臨めないのさ。一日一時間で、一週間で七時間。この短い時間で、城砦を落としきることができるかどうかを競う、タイムアタック的なイベントってわけだ」
ホークアイもリュージの説明に加わり、何も知らない初心者への教授を始める。
以前会った時そのままに、リュージとホークアイの説明を疑う様子もなく、聞き入るセードー。
純真すぎる彼を前に、リュージは説明を続けながら若干呆れてしまった。
(ギルドに入れば、多少はこういう部分が消えるかもなと思ってたけど、なんも変わってねぇな。まあ、一ヶ月もしないうちに変わっても怖い話だけど、なんも変わってねぇのもそれはそれで怖いな)
セードー自身、世慣れしてない雰囲気を醸し出していたが、それはまったく変わっていないようだ。
だが、ギルドに入ってから変わった部分もある。こうして、イベントに積極的に参加しようとしているところなどまさにそうだし、そのためにこうしてリュージたちを頼ってくるのがその証左だ。
「うちの参謀さんもアイテム欲しさに参加したがってっけど、出費を考えて毎日唸ってんだよな」
「参謀……マコが?」
「ああ。アーティファクト欲しがってる奴が何人かいるんで、そいつらに言われてな」
マコを出汁に適当なことを言いながら、リュージは軽く笑みを浮かべる。
(まあ、協力体制を取ろうと考えられるようになっただけ、マシといえるかね。俺らと一緒に居た時なんざ、独断専行がひどかったもんだ)
セードーの成長を前に、なんとなく嬉しさを覚えるリュージ。
共に居た時間は決して長くないが、やはり仲間であったプレイヤーが成長しているというのはなんとなく嬉しいものだ。
「では、とりあえず先生の所にいってくる。同盟の件でまた連絡をさせてもらうと思うが……」
「ああ、いつでもいいよ。こっちでも、うちの連中に話はしておくし」
「俺は、とりあえず人集めだな……」
セードーの成長を感じつつ、つつがなく同盟に関する話を纏めていく三人。
一先ず、同盟のまとめ役を務めてくれそうな人に会うといって、セードーはその場を後にした。
リュージはそれを見送り、残ったカフェオレとケーキを片付けるべくフォークを手に取る。
そんな彼に、ホークアイが声をかけた。
「……あんた、あの竜斬兵かい?」
「次にその名前で呼んだら殺す」
リュージは端的に答え、静かな殺気を放つ。
ホークアイはそれを敏感に察し、軽く体を震わせながらも、怯まずに次の言葉を紡いだ。
「気に障ったら謝るよ。聞きたいことがあったんだ」
「なんだよ」
「遺物兵装が欲しいって話だったろ? 実際に入手できるタイミングになったとき、どうするんだい? 旦那を裏切ってでも入手するのか、あるいは譲るのか」
ホークアイはコーヒーを啜り、切れ長な目でリュージを睨む。
「そこだけはハッキリさせておきたいのさ。後ろから刺されるのなんざ、ごめんだしな」
「そりゃそうだな。俺だってそうだし」
リュージはホークアイに同意するように頷き、それから考える。
(さて、なんていうべきかね。こいつがなにを考えてるかで、対応も変わってくるかね)
ホークアイの言っていることは、こうしたレアアイテムが入手できるタイプのイベントでの常。あるいは、風物詩とも言われるような話だ。
自分の欲しいレアアイテムを前にし、それを譲れるだけの精神力を持っている人間はそうはいない。大抵の場合は目先の欲に目が眩み、仲間を裏切るような行動に出てしまうものもいる。
そうした裏切りにあい、フレンドとの関係が劣悪となる、なんて話はイノセント・ワールドではよくあることだ。
それが、互いによく知らない間柄であるならば信頼するしない以前の話だ。
裏切られれば、それだけ取り分は減る。ホークアイの警戒は当然の話だろう。
リュージとしては遺物兵装が一つでも手に入れば問題ないと考えているが、話の筋はそこではないのが難しい。
ホークアイという少年のことをよく知らないのも手伝い、なんと口にすべきか若干迷う。
(下手打って、こいつに警戒されたり邪魔されたりするのも面倒だしな)
旦那、などと呼ぶ程度にはセードーと親しいようだ。場合によっては、セードーに要らぬ警戒を与えてしまう可能性もある。
故に、リュージは迷いを捨てて答える事にした。かつてイノセント・ワールドに存在した傭兵、竜斬兵の矜持を持って。
「欲しい物は、実力で手に入れる主義だ。何人も、俺の前を立ち塞がせねぇつもりだよ。誰よりも早く、まっすぐに……それが、俺のやり方だ」
「ふむ?」
そう言ってにやりと不敵に笑うリュージを見て、ホークアイは少し感心したように頷いた。
「……噂通りの男みたいだな? レベルを下げるなんざ、負け犬の思考だと思ってたんだがね」
「悪いな、期待に添えないようで。俺にとっちゃ、レベルなんざいくらでも取り返せるもんなんでね」
肩をすくめるリュージを前に、ホークアイは軽く微笑みながら立ち上がった。
「あんたと並び立てるとあれば、傭兵冥利に尽きる話だ」
「竜斬兵の名前なんざ出すんじゃねぇぞ」
「わかってるよ、おっかないな。ともあれ、イベント当日は、頼らせてもらうよ、リュージ」
「おう、こっちもな。銃火団のホークアイさんよ」
リュージに名を呼ばれ、ホークアイは微笑みを深くしながら喫茶店を後にした。
彼の背中を見つめながら、リュージは軽く安堵のため息をつく。
「一先ずは、誤魔化せたのかね? まあ、なんでもいいか……」
実際、遺物兵装の奪い合いとなれば、セードーを出し抜くこともリュージは辞さないだろう。
とはいえ、先ほど述べた口上がまるっきり嘘であるというわけでもない。
誰よりも早く、そしてまっすぐに。傭兵時代は、いつだってそうしてきた。
それができるだけの実力は、リュージにあったのだ。
……とはいえ、それも昔の話。今は、リュージ一人というわけではないのだ。
「さーってと……。後は皆に同盟の話をして、やる気を取り戻してもらうとしますかね」
リュージはケーキの欠片をぱくりと頬張り、立ち上がって喫茶店を後にする。
帰ったらまず、イベントの説明から始めなければ。
なお、カグツチの元となった遺物兵装のコアも、実力で奪い取ったものである模様。