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log141.成果、0の結果

 ――そして、二週間近い時が流れた。


「ぅぁー……」


 さながらゾンビのようなうめき声を上げ、異界探検隊のギルドハウスで伸びているのはマコである。年頃の乙女にあるまじき表情で涎をたらしながら、ちゃぶ台の上にぐったりと体を横たえている。

 生きた屍のように伸びているのは何もマコだけではない。コータも、レミも、ソフィアまでも、気力をまったく感じさせない姿でギルドハウスの中で倒れており、異界探検隊のギルドハウス内は惨憺たる有様と化していた。微動だにしないギルドメンバーの体を、アスレチックかなにかのように駆け上がったり降ったりしているシロの姿が癒しといえば癒しか。

 シロに体をされるがままとなっているメンバーを見て困ったような顔をしているのは、サンシターとリュージの二人だ。

 彼らはぐったりと倒れ微動だにしない四人をそっとしておき、サンシターの自室となっているギルドハウス・キッチンの中へと退避していった。


「なんというか……ひどい有様になっちまったなぁ」

「まあ、やむをえないでありますよ……。アレから、成果が一向に挙がらないでありますから……」


 サンシターは料理に使う素材の下ごしらえをしながら、重いため息をついた。


「しかしパトリオットの遭遇率、低いとは聞いていたでありますが……。まさか、二週間張り付いて一匹も姿を現さないとは……」

「四時間しかログインできず、さらに問題の場所に到達するまで大体一時間半ちょい程度かかる俺たちじゃ、このくらいなもんだと思うんだけどなー」


 リュージはキッチンのシンクに軽くもたれかかり、天井を見上げながらサンシターのようにため息をつく。

 アレから、異界探検隊は崩始壊にてパトリオットへのアタックを敢行し続けていた。

 しかし、結果は全て空振り。いくら挑めども、いくらスイッチを押そうとも、パトリオットはその影形すら現さなかった。

 初日はアマテルの助力もあり、比較的楽な行軍であったが、彼女も常に力を貸してくれるわけではない。当然、彼女が居ない時間の方が長く、その分崩始壊で戦わなければならない時間も長くなってしまう。

 いくら崩始壊でも十分戦えるとはいえ、成長しきっていないプレイヤーキャラである異界探検隊では、崩始壊のモンスターたちの脅威を振り払い、その中を颯爽と駆け抜けることはできない。

 増える被弾。減る食料。重なるストレス……。

 MMORPGにはつきものな周回行為である“マラソン”。イノセント・ワールド内でも、特に過酷な部類に入るパトリオットマラソンを実際に体感し、この二週間あまりでソフィアたちはすっかりグロッキーになってしまったわけだ。

 実際の周回回数は、まだ三桁に到達していないが、その一回の濃密さを考えると、実際の疲労感は数倍の周回数に相当するかもしれない。

 リュージは軽く頭を搔きながら、仕方ないかと呟いた。


「黄金硫黄の時に比べりゃ、難易度が桁外れだもんな。慣れないうちじゃ、苦痛にしかならねぇわな」

「黄金硫黄とやらを取りに言った時も相当だったと聞いたでありますが……やはり、今回はそれ以上でありますか?」

「そりゃあな。黄金硫黄のときと違って、もっとはっきりとパトリオットの出現率を上げる方法がねぇ。いや、ない事はないんだけど、総ログイン時間が長けりゃ長いほど、ログアウト時間が短ければ短いほどって奴だからなぁ。俺たちじゃ、その恩恵にゃほとんど預かれねぇだろ」

「勤勉な学生にはつらい条件でありますな」


 サンシターは痛ましげな表情で呟いた。


「皆様、自分と違い毎日ログインしてはいるでありますが、やはり最大四時間程度のログインでは、その恩恵には預かりきれないでありますよなぁ」

「しかも、ログイン時間もバラバラだしな」


 レアエネミー、というモンスターはその名の通り、非常に遭遇率の限られるモンスターだ。

 一度遭遇さえできれば、倒さない限りはいやでも遭遇し続ける事になるが、遭遇できなければその尾を掴む事も、影を踏むこともできはしない。

 しかも、一部の特例を除き、出現するかどうかは完全にランダムとなる。レアエネミーマラソンという言葉も一応存在するが、特定の種類のモンスターを狙うのではなく、レアエネミーとの遭遇そのものを狙う行為を指す。種類の指定は、基本的に不可能なモンスターなのだ。

 パトリオットは、そんなレアエネミーの中では例外に属すモンスターではあるが、その例外ゆえに特に出会いにくいと感じる部類のモンスターだろう。

 リュージは一つため息をつくと、キッチンの外に向かって足を向ける。


「リュージ? どこへいくでありますか?」

「さんぽ。やる気もねぇのに、崩始壊に引っ張っていくのもいかんだろ」

「で、ありますなぁ……。じゃあ、ついでに減ってきた食材の補充分、お願いするでありますよ」

「りょうかいー」


 リュージはサンシターに軽く答えると、仲間たちが伸びている居間を越えて、ミッドガルドの商店街へと向かってゆく。

 やや閑散としたギルドハウスマンション前を抜け、馬車駅までやってくると、いつもどおりのミッドガルドの喧騒がリュージの体を包んでくれる。

 程よい太陽光の熱と、頬に当たる涼しい風を感じ、大きく伸びをしたリュージは首をぐるりと回しながら、商店街の方をちらりと見やる。


「……今日は歩くかね。気分転換にもなるし」


 リュージは止まっている馬車を見送り、商店街へ向かって歩いてゆく。

 リュージがゆるりと歩いている間に、駅を発車した馬車は彼を追い抜いてミッドガルドの市街へと向かって走ってゆく。

 その背中をぼんやりと見つめながら、リュージは眉根を寄せてこれからの予定を考える。


(……パトリオットマラソン自体が、まだ早かったかね。突破だけなら、そんなに難しくはねぇんだが、さすがに回数を重ねるのは厳しいよな)


 皆の精神が順調に磨り減ってきている現状、あまり遺物兵装(アーティファクト)に拘りすぎてパトリオットを回し続けるのも得策ではないだろう。

 アダマンチウム自体は、ニダベリルでも掘る事が可能だ。こちらの方は、レベル80オーバー地帯を潜り抜ける必要があるが、確率的にはこちらの方が若干マシかもしれない。あくまで、若干であるが。

 ただ、さすがにレベル80を上回るとなるとダマスカス鋼製の武器でも、攻撃が通るかどうか怪しくなってしまう。

 現状、装甲無視スキルはリュージしか使えない。あるいはコハクに言って、ダマスカス製の打撃武器でも揃えてもらうのがいいかもしれないが……あまり頼りきりになるのもよくはないだろう。コハクにも、ギルド内の立場というものがある。ゲーム内のかりそめの関係ではあるが、それを無下にしてよいということはない。

 リュージたちに利することを続け、結果として赤字が出るようではよくない。


(とはいえ、気分転換に普通のクエに切り替えるってのも……今のみんなをそっちに乗せて良いものか、だよなぁ)


 一度、マラソンから脱して気分を一新してしまうと、以前感じていたマラソンの苦痛が、より強いものになってしまうだろう。そうなると、マラソン行為自体がいやになってしまうだろう。

 そうして少しずつ、少しずつ、ゲーム内の行為に嫌気がさしていき、結果として引退してしまったプレイヤーというのも数多く居るとリュージは知っている。

 自分のわがままで始まったこのゲームプレイであるが、できれば長く皆には遊んでもらいたい。

 そうしてリュージがうんうん唸っていると、彼の背中に声をかけるプレイヤーが居た。


「やあ、リュージ。……今日は、皆と一緒じゃないんだね?」

「ん? ああ、レイか?」


 リュージは聞き覚えのある声に振り返ると、そこには彼がよく知るレイ・ノーフェリアの姿があった。

 先日と異なり、一人でそこに立っている彼の姿を見上げながら、リュージは軽く肩をすくめて見せる。


「皆お疲れでな。パトリオットマラソンの最中で、今はその休憩中さ」

「パトリオット……ずいぶんと、時期が早いんじゃないかい? 遺物兵装(アーティファクト)が欲しいのかい?」

「そんなところだ。俺も含めて、全員で遺物兵装(アーティファクト)装備ってのも悪くないだろ?」


 そう言って、リュージは背中のカグツチを軽く揺すってみせる。

 今は布を巻き、その刀身を隠されているカグツチであったが、レイはリュージの手の中にそれがあることを知り、嬉しそうな声をあげた。


「ああ……! リュージ、カグツチを取り戻したのかい!?」

「取り戻したっつーかなんつーか……まあ、出戻りだよ」


 リュージは少し気恥ずかしそうに頬を搔くが、レイはそんなリュージに構わず、彼の手を握って上下に振った。


「おめでとう! やはり、カグツチは君の手の中にあるのが相応しい!」

「おう、ありがとう。……なんつーか、大げさだね、お前もコハクも」

「大げさなものか! あるべきものは、あるべき場所に……当たり前のことさ」


 レイは嬉しそうな様子を崩さず、何度も頷いた。


「いやぁ、本当によかった……。また、君と一緒に戦える日が、すぐにでもやってくるだろう。その時は、よろしく頼むよ」

「おう。まあ、お前さんほどの高額の傭兵を雇える余裕は、うちにはねぇけど」

「そんなのロハで良いさ! いつでも呼んでくれよ。ちょうど、次のイベントが城砦攻略タイプらしいしね」

「……ん? 次の、イベント?」


 レイの言葉に、リュージが軽く目を見開いた。


「ああ、そうだよ? もう、次のマンスリーイベントが始まる時期じゃないか」

「……あー。そっかー。すっかり忘れてたなぁ」


 リュージはマンスリーイベントの存在を思い出し、顔を綻ばせた。


「いやぁー、ありがとうな、レイ! おかげで、良い気分転換ができそうだぜ」

「フフ、ありがとうリュージ。パトリオットマラソンは苦痛だからね。良い気晴らしになると良いね」


 リュージはレイにお礼を言って、足取り軽く商店街へと向かう。


「マンスリーイベントで、しかも城砦攻略型……! つまり、レアアイテムや遺物兵装(アーティファクト)の入手チャンスがあるってことだ! これなら……!」


 リュージは城砦攻略型のマンスリーイベントにどのように参加するかの算段をつけ始める。

 城砦攻略型は、他のギルドと協力して攻略することを推奨している。ダンジョンの規模と、イベントに費やせる時間を考えれば、身内ギルドの異界探検隊であっても他のギルドと可能な限り協力体制をを取るべきだろう。

 そう考えていたリュージのクルソルから、メールの着信音が鳴る。

 送り主は、先日までギルドの客員であったセードー。聞きたいことがあるから会えないか、と端的に記されたメールが送られてきた。


「ふむ? ……ちょうどいいっちゃ、いいよな」


 ひょっとしたら、次のイベントに関わることかもしれない。

 そう考え、リュージはセードーが指定した喫茶店へと向かって早足で駆けていった。




この手のマラソンの中で、パトリオットマラソンは特に副産物がしょっぱいことでも有名な模様。

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