log140.ハードラックと踊りましょう?
最速を貫き続ける大ギルド、RGSに所属するアマテルの力の一端を垣間見た異界探検隊であるが、彼女の力をもってしても崩始壊を駆け抜けるのは容易ではなかった。
……いや、彼女単体であれば、崩始壊の最奥まで駆け抜けるのは容易かったはずだ。やはり問題となるのは、リュージを始めとする異界探検隊のメンバーであった。
「ミサイルの雨だ!?」
「カーニバルカァー!」
「薄らやかましい! クソ高い声出すんじゃねぇわよ!!」
降り注ぐミサイルの雨。爆発する前に、トリガーハッピーで何発か撃ち落したが、それでもリュージの表面をこんがりと焦がす程度には地面へと着弾した。
「プラズマレーザーだ!?」
「ぐんにゃりまが……フォース・バリアーが効かない!?」
「あ。この世界のプラズマは、電気の塊みたいだからねー」
「完全に光じゃないと駄目なの!?」
曲がりくねるプラズマレーザー。小型のプラズマ戦車から放たれるそれは、掠っただけでコータのHPを四割は削り落とした。
「柱が倒れて――!」
「いやちょっと待てッ! あの柱、先にブースターがくくりつけられてないか!?」
「原始的過ぎるぅぅぅぅ!!」
ブースターによって加速する、石柱。ロボットの振り回すそれは原始的であったが、ソフィアが一撃でノックアウトされてしまうほどに効果的な武装であった。
崩始壊に蔓延る、数々の超兵器たち。それは、レベル30も後半に差し掛かりかけたリュージたちにとって、あまりにも険しすぎる障害として立ちはだかった。
「……っていうか、今更だけどレベルアベレージ50のステージに、レベル30程度で挑むこと自体が間違ってるのよね……」
「しかもアベレージってだけで、これ種類で計算されてるからなー。レベル80オーバーのモンスターに遭遇することも珍しかないから、体感の難易度はそれ以上だぞ?」
「そういうことはもっと早めに言わんかバカタレ……」
崩始壊に入り始めて、もう何度目になるかわからない食事休憩に入った異界探検隊。
まんぷくゲージの消耗率は、基本的にゲームプレイ中の行動によって決まる。
具体的には、難易度の高い行動を取ればとるほど、まんぷくゲージが削れ易くなるのだ。
このゲームでは、より難易度の高い行動を取ることができればその分経験値の倍率が高くなる。今回の異界探検隊のように、自分のレベルよりも高いレベルアベレージのダンジョンを歩くなどすれば、二倍や三倍の経験値ブーストを受けながら戦うことができるわけだ。
だが、現実的に考えた場合、難しい行動にはその分エネルギーが必要となる場合が多い。体力の概念がないイノセント・ワールドにおいて、まんぷくゲージがその役割を担うわけだ。
その回復を担う役割として、どこでもキッチンを持ったサンシターが随行しているわけなのだが。
「……そろそろ、持ち込んだ食材が底を尽きそうなのでありますが……」
「マジで!? まだ一時間くらいでしょ!?」
青い顔をしたサンシターの言葉に、マコが驚愕の声を上げる。
まさかのサンシターのギブアップ宣言であった。彼がそんなことを言うなど、今まではなかった。
「確か、普段、四時間くらいかけて消費するくらいには食材持ち込んでなかったか……?」
「あたしらの燃費悪いってレベルじゃないわよ……!?」
「うう……。現実だと、食べ過ぎて明日の体重が気になるレベルだよ……」
サンシターのギブアップ宣言を受け、女性陣も青い顔をして呟く。
普段の四倍の速さで食材を消耗したというわけだ。年頃の乙女としては、体重が気になるレベルだが、イノセント・ワールドはVRなのでそんなことは気にしなくても良い。気にするべきは、食材の消耗率のほうだろう。
「サンシターさんの料理、おいしいもんねー。……まあ、それを抜きにしても、まんぷくゲージの減りの早さがやばいよね?」
「何回か、レベル80のモンスターともぶつかったしなぁ。その分、経験値は入っちゃいるが、遺物兵装の入手を考えるとここで使い切るのもなぁ」
「遺物兵装の成長に、経験値使うんだっけ。……入手してから溜めるっていうのが良いのかもしれないけど、このレベルでも一応やっていけてるしなぁ」
取得した経験値量と、まんぷくゲージの減りを考えて唸り声をあげるリュージ。今、溜まった経験値をレベルアップに費やせば、5か6は少なくとも確実にレベルが上がるだろう。
ただ、経験値はレベルアップ以外にも使用する。遺物兵装などは、経験値をプレイヤーと同じくらいに消費するアイテムの代表だ。今の内に遺物兵装の入手を考えるなら、これだけの量の経験値を今消費しきってしまうのも考え物だ。
今の内に経験値を稼げるだけ稼いでおけば、遺物兵装の育成が楽になるが、まんぷくゲージを回復できなければ、経験値が溜まらない。
もちろん、まんぷくゲージがなくとも戦える。まんぷくゲージが0になった場合のデメリットは、経験値が入らないことだけなのだ。ただ、経験値を自活する場合は、まんぷくゲージの消費以外では絶対に溜まらない。
「……やっぱ経験値を無駄にしたくねぇからなぁ。次はもっとたくさん食料持ち込むか」
「だね。レベル上げはそこそこに、遺物兵装用の経験値を溜めよっか。レベル50が相手でも、僕たち結構戦えてるし」
コータの言うとおり、道中危うい場面はあったものの、何とかここまでたどり着くことはできた。
もちろんアマテルの存在は大きい。だが、彼女が居なくとも先に進めるだけの力が自分たちにはあるという確信が、コータの中にはあった。
「皆、確実に強くなれてるよね……。マンイーターたちと戦った時よりも、ずっと……!」
「レベル面で言えば間違いなくそうだし、ある程度は純粋技量とやらのコツもわかってきた。確かに、ステータスを引き出せれば、多少レベルが低くとも問題はないようだな」
コータと同じ確信を抱いているソフィアが、ギュッと拳を握り締め、嬉しそうに顔を綻ばせる。
ソフィアは道中、何度かスキル抜きに敵の装甲を打ち貫いてきている。スキル使用では為せなかったことを、地力で為せた事に成長を感じているのだろう。
アマテルはあまり面白くなさそうな顔をしながら、リュージの頭の上からソフィアを見下ろす。
「……ソフィアもやっぱり、純粋技量系なんだ」
「ん? いや、自分でも決めかねている部分はあるんだがな。まあ、スキルを連打するよりは、性に合っている気がするよ」
「ふーん」
「っていうか、人の頭を肘置きにせんで欲しいんだがね?」
アマテルを頭の上から下ろすリュージ。
為すがままにされているアマテルであるが、やや不機嫌そうなのはそのままだった。
一同はそんなアマテルの様子を不思議そうに見つめていたが、やがて出来上がったサンシターの料理でまんぷく度を満たす事に集中するのであった。
「あー、生き返るわー……」
「即席の炒め物でも、うまいもんだよなぁ」
「喜んでいただけたようでなによりであります。……これが、最後の食事でありますけれど」
「え、そうなんですね……」
「道中で、食材系アイテムが落ちなかったからなぁ」
崩始壊のモンスターは基本的にロボットやゴーレムなどの無機質系が占める。場所も、かなり時間が経って崩壊してしまっているシュチュエーションであるため、食料の類も埋まっていたり、隠してある様子もない。
他であれば、動物系のモンスターを倒せばそれなりの食材ドロップが見込めるだけに、崩始壊という場所は、レベリングなどにはあまり向かない場所のようだ。
リュージは自分の分の炒め物を食べ終えると、軽く伸びをしながら辺りを見回す。
「ただまあ、これが最後の食事でも問題はねぇだろ。多分、そろそろだし」
「そろそろ?」
「おいしかったです。ありがとうございました。……うん。パトリオットのポップ判定がある場所」
アマテルも食事の礼を言いながら、リュージと同じように辺りを見回す。
「崩始壊は他のダンジョンフィールドと同じように、内部構造が自動生成になってるんだけど、一箇所だけ必ず毎回生成される場所があるんだ。で、そこを通ると、パトリオットが現れるかどうかの判定が為されるってわけ」
「割とでかい物なんで、見逃しようはないはずだから、途中では見てねぇと思うんだけど……」
「なら、我々も」
「そうねー。とりあえず、なんか目立つもの探しましょうか」
二人に倣い、ソフィアたちも立ち上がり、辺りを注意深く探索する。
崩始壊は倒壊した建物や、個人用のシェルターモドキが散乱しているため、結構死角が多い。
リュージたちの言う、パトリオットの出現地点を探す内に、レーザー銃の基になる破損武器が見つかったりもしたほどだ。
しかしそれを物珍しげにコータがいじっている内に、サンシターが大きな声をあげる。
「皆様ー! もしや、あれではないでありますか!?」
「ん? 見つけたか、サンシター!」
「っていうか、あたしから離れんなっつってんでしょサンシター!」
「マコちゃん落ち着いて!」
サンシターの呼ばわる声に一同が駆けつけると、サンシターが指差す先に確かに大きくて目立つゲートが立っていた。
ところどころが破損し、ケーブルの類も露出しているような破損具合であるが、崩始壊に存在するほかのオブジェクトを押しのけて立っているかのような、圧倒的な存在感を放っていた。
人どころか、巨人でも潜るのかといわんばかりのサイズのゲートを見て、リュージとアマテルが一つ頷いた。
「そうそうアレアレ。アレのスイッチを入れると、パトリオットがでてくるかどうか判定されるんだよ」
「ゲートの起動に成功すれば、パトリオットが出てくるよ。後はそいつを倒してみんな幸せーってわけ」
「おーっし、そんじゃあ……コータかレミ! やんなさい!」
「あ、そこで僕たちに振るんだ!?」
「当たり前でしょうがぁ! アイスを買えば、100%おまけでもう一本食べるあんたらの強運で、パトリオットを引きなさい!!」
「無茶だよマコちゃん!?」
そんなマコの無茶振りに二人は悲鳴を上げるが、指名をされればやぶさかではないのがコータとレミだ。
「あ、そこだな。そこの丸いくぼみっぽい部分。それがゲートの起動スイッチになってる奴」
「こ、これだね……?」
リュージの言う部分に二人は手を重ねて当てる。
「……じゃ、じゃあ、押すよ?」
「う、うん……」
二人は顔を見合わせ頷きあい、せーのの掛け声と共にゲートの起動スイッチをグッと押し込んだ。
ズズ、と石を擦り合わせるような音が響き、ゲートのスイッチが奥へと引っ込む。
かちりと音を立てて一番奥までスイッチは押し込まれた。しかし……。
「……何も起きんな」
「で、ありますな……」
ゲートはうんともすんとも言わなかった。
顔を見合わせ、もう一度スイッチを押すコータとレミであるが、それでもゲートは無反応。
困ったように眉根を寄せたマコとソフィアは顔を見合わせ、それからリュージのほうへと顔を向けた。
「……出ないんだけど」
「そりゃ、小数点以下の確率だし」
「出ない場合はどうするんだ?」
「出ない場合は……一度、崩始壊のボスを倒さないといけねぇんだよなぁ」
リュージは至極めんどくさそうに頭をかきながら、ちらりと崩始壊の奥の方に視線をやる。
「ダンジョン内の全ての仕掛けを再起動、あるいは元に戻すにはボスを倒してダンジョンに入りなおす必要があるだろ? パトリオットのポップ判定にもそれが必要でな。いっぺん、ボスをぶちのめす必要があるんだよ」
リュージの言葉に顔を引きつらせたのはマコだ。
彼女は引きつった顔のまま、アマテルにも問う。
「……ってことは、また、このダンジョンを……?」
「攻略しなおし、だね。パトリオットが一番確実に遺物兵装を手に入れる手段だけど……一番の苦行でもあるんだよね。結構な難易度のダンジョンを、何十週とさせられるから。……まんぷくゲージの回復代を考えなければ、レベリングついでにちょうど良いんだけどね」
肩をすくめるアマテルの言葉に、マコは膝から崩れ落ちた。
小数点以下の確率を引くために、これからこの崩始壊を何十週させられるのか……彼女でなくともいやになる話であった。
なお、崩始壊のボスは、様々なホムンクルスの集合体のキメラであったが、道中で現れるモンスターの大軍と比べるとたいしたことがなかった模様。