log139.吹き荒ぶ光の嵐
サンシターお手製の焼きそばをおいしく頂き、まんぷくゲージを無事に回復した異界探検隊。
アマテルを仲間に加えた彼らのパトリオット討伐行軍は順風満帆……とは口が裂けても言えなかった。
「暴走重機が出たぞ!?」
「ブルドーザーだぁぁぁぁ!!」
「ひとりでにハンドルが回ってる!?」
他のモンスターすらなぎ倒しながら現れた暴走ブルドーザー、レベルは60以上。迫り来るブレードを前に、大急ぎで回れ右する前衛組。
それを後ろから見ている後衛組は、少し青い表情で己の武器を確認する。
「アレを止める方法ってあるのかしら……」
「同じ重機を使うくらいじゃないかな? 少なくとも、アレを個人で止めたプレイヤーを私は知らないなぁ」
「リュージ君も逃げてますもんね……。どうしよう……」
暴走ブルドーザーに追いかけまわされるリュージたちに、遠距離から防御アップのバフをかけてやるレミ。敵のダメージを割合で減少するスキルだ。相手の攻撃力が高ければ高いほど効果が望める魔法スキルなのであるが……。正直、アレに轢かれた場合、多少の防御アップのバフ程度では即死は免れまい。
「ギャァァァァァァ!? ガッチンガッチン上下するブレードがコエェェェェェ!?」
「早い早い早いよぉー!?」
「くそぉぉぉぉ! 不精してないで、重機の操縦訓練くらいは受けておくべきだったかぁ!?」
「そんなんソフィアだけでしょ……」
「そうなの?」
「あ、あははは……」
ソフィアの悲鳴に首を傾げるアマテル。
笑ってそれを誤魔化しながら、レミは何とか皆を助けるべく、魔道書を開く。
魔道書は、魔法スキルを覚えるためのものと、スキルとして取得していない魔法を使用するためのものの二種類が存在する。どちらも使い捨てで、値も張るのだが、多様な状況に対応するできるというのはなかなかに便利であった。
「何か使える魔法、あったっけ……」
魔道書のストックを確認するレミであるが、彼女の手持ちの魔道書の中には、暴走ブルドーザーを止めるような魔法はなかった。
代わりに動いたのは、アマテルである。
「よっと」
ふわりと浮かび、空を飛ぶアマテル。
彼女はそのままスイーッとリュージたちの前辺りまで行くと、暴走ブルドーザーに向けて片手を向ける。
「アマテル!?」
目の前に立ち塞がったアマテルに驚きながらも、リュージたちは慌てて彼女を避けながらその隣を走り抜けてゆく。
迫り来るブルドーザーを前にしても動じず、彼女は差し向けた掌に光を集中させる。
辺りの壁すら衝撃で破砕する暴走ブルドーザーは、やがてアマテルの目の前まで迫る。
だが、そのブレードが体に突き刺さる前に、アマテルは一つスキルを開放した。
「オーバー・レイ・ストーム」
彼女がその名を唱えるのと同時に、眩い輝きを辺りに開放しながら、彼女の掌に集まっていた光が暴走ブルドーザーに向けて解き放たれる。
それはもはや光線と呼ぶには巨大な光。嵐と呼ぶべきアマテルのスキルは、瞬く間に暴走ブルドーザーを飲み込んだ。
「うわぁー!?」
「なんて無茶な……!」
目も眩むような閃光に手をかざし、リュージたちは自分たちにも襲い掛かる衝撃を耐える。
圧倒的な光と衝撃を放つ震源に立ちながらも、涼しい顔をしているアマテルは、放ったときと同じように瞬く間に手の中の光を握って潰す。
すると、彼女の前には何も残らない。抉るような破壊痕だけを残し、暴走ブルドーザーは跡形もなく消滅していた。
「……ん。処理完了」
「……す、すごいね、アマテルさん」
一撃で暴走ブルドーザーを始末したアマテルの背中を、コータは呆然と見つめることしかできない。
自身も同じ光属性を持っているが、こんなことができるようになるのだろうか、と不安そうな表情の中に浮かんでいるのが窺える。
アマテルは振り返らないまま肩をすくめ、軽く言ってのけた。
「レベル70も超えれば、誰でもこれくらいは出来るようになれるよ。そこまでが、結構長いんだけれどね」
「レベル50超えたあたりから、ステアップに必要な経験値が指数関数的に増えていくからな。レベル60も超えれば、十分玄人よ。まあ、大抵の人間がそこに到達する前に自キャラの出来具合に満足して、横道にそれていくわけなんだけどな」
「レベル50前後で、キャラクターとして完成できるのか……」
「SPをレベル上げ以外で取得できるしな」
このゲームにおける経験値は、資金のように溜め込んで使うものだ。
そしてその消費先は必ずしも自キャラの強化だけではない。武具の強化やアクセサリーの拡張。場合によってはペットにも使えるし、必要とする別のプレイヤーに譲り渡すことすらできる。
自キャラの強化もまた然り。ステータスやスキルを強化するのに、必ずしも経験値が必要なわけではない。スキルの取得に必要なSPはクエストなどで入手できるし、ステータスも強化薬系のアイテムで上げられるし、先に上げた魔道書で魔法を取得、スキル本と呼ばれるアイテムでスキルの強化も行える。
組み込まれたシステムが多すぎるせいで、覚えることが多すぎると文句を言われることもあるが、多くのプレイヤーはイノセント・ワールドのこうした複雑な仕様を受け入れている。自由度が高いゲームとはこうあるべきなのだ、と口を揃えながら。
「まあ、なにを目指すのかってのは人によっても違うさ。この間仲間になってたセードーたちなんか、武術家であることを極めたいって感じだろ?」
「自分で言うなら、皆様を支援できる料理作りを極めたい……って感じでありますしなぁ。キャラクターとしてみれば、料理にレベルはあまり必要ないでありますから、もう完成って感じでありますな」
中華なべの中に引っ込んだ新手の亀のようなサンシターの言葉に、アマテルも同意するように頷いた。
「私もこれ以上レベルを上げるつもりもないしね。レベル100まで極めるってのは、このゲームじゃ趣味の一つでしかないんだよ」
「トッププレイヤーって称号に見合うだけの時間消費は必要だけどな」
「へぇー……」
二人の言葉に驚いたように頷くコータ。
そこでふと気になり、リュージへと一つ問いかける。
「じゃあ、リュージは何レベルまで上がってたの? 今まで聞いたことなかったけど」
「あれ、そうだった? 確か……80ちょいまで上がってたっけか」
「え……80? アマテルさんより上なの?」
思わず確認するようにアマテルを見ると、彼女はリュージの言葉を肯定するように一つ頷いた。
コータはそのまま首を返し、呆れたような目でリュージを見つめた。
「……なんでそこまで上げといて、レベルクリアしちゃったの? バカでしょ、リュージ」
「貴様っ! 嫁を放っておいて自分だけレベル80でぬくるなど、許される所業だと思うな!! 俺はソフィたんに自分自慢がしてぇんじゃねぇ! ソフィたんと一緒にゲームがしてぇんだよ!!」
「あ、ウン。ごめんなさい」
いつにない迫力で吼えるリュージ。その勢いに負け、コータは思わず真顔で謝罪した。
彼の告白?に呆れ顔になるマコは、軽く顔を仰ぎながらソフィアの方を向く。
「ちょっと、旦那の暴走なんとかしなさい。あんたのでしょ」
「私のじゃないし旦那でもないわい」
マコの言葉に顔をしかめながら、ソフィアは花瓶を一つ取り出す。
その気配を察し、リュージは素早くバク転しながら空中で土下座の体勢へと移行する。
「なにとぞ! なにとぞ花瓶だけはお許しを! なんか被せられてる間、惨めになりますゆえ!!」
「……まったく。ふざけるのも大概にせんと、四時間花瓶の刑に処すぞ」
「へへー!」
一先ず花瓶の刑を免れたリュージは地面に頭を擦りつけながら平伏する。よほど花瓶がいやになってきたと見える。
ソフィアはしばらく花瓶を弄んでいたが、リュージが反省したらしい様子を見て花瓶をインベントリの中へとしまいこむ。
「まったく……」
「……すごいね、ソフィア。あのリュージがこんな風に怯えた感じになるのをはじめてみたよ」
畏敬を込めた眼差しでソフィアを見つめるアマテル。
彼女の言葉にソフィアは、今更自分がやっている行為が他人からどう見えるのかを自覚したのか、目を見開き、それから恥ずかしそうに俯いてしまう。
「いや、その……。割と、いつものことだったので、つい……」
「いつものこと、ね。………羨ましいな」
ソフィアの呟きに、アマテルも同じように呟き、それから彼女にも聞こえないように小さく囁いた。
リュージのこんな情けない姿を、いつものことのように見ることができる。それだけ、リュージと打ち解けており、リュージが心を許している証拠だ。
アマテルは、そのことが純粋に羨ましい。
アマテルが見てきたリュージの姿は、常に孤高で、誇り高さ、気高さを感じるような勇ましい姿ばかりだった。
そこに……こんな、自らの全てを投げ出したような、情けない姿はなかった。
リュージの全てを見ることのできる異界探検隊の……ソフィアのことが、アマテルは羨ましかった。
だが、これは求めて得られるものではない。長い時間をかけて、ゆっくりと培ってゆくものだ。
自らの不利を自覚しながらも、アマテルは皆に先を促すように、抉れた破壊痕を指差す。
「さあ、進もうか。パトリオットの出現ポイントは、まだまだ先だよ」
いつだって、最速で。それが、自分の駆け抜けてきた道だ。
今回だって、その通りにやるだけだ。
胸中でそう呟きながら、アマテルはソフィアの恥ずかしそうな横顔をにらみつけた。
戦闘方面を極めきった場合、大抵の場合はスキル連打の固定砲台のような戦い方に落ち着くようだが、極稀に純粋技量のみで敵を圧倒するプレイヤーが現れる模様。