log137.アンドロイドとの遭遇
その後、別の客と会う約束のあったコハクと別れた異界探検隊は、崩始壊の中を進んでいった。
無機質な研究施設が乱立する崩始壊は、その最期の凄惨さを今の時代にも残しており、理解のできない不穏さ、不気味さがそこら中から漂っていた。
「む、ムスペルヘイムのダンジョンは、皆こんな感じだよね……」
「そうね」
ホラーが苦手なレミの呟きに、マコが短く答える。
「それぞれの方角に座する街に対応したダンジョン……って感じよね」
「ニダベリルなら洞窟系、アルフヘイムなら森林系、ヴァナヘイムなら海洋系」
「そしてムスペルヘイムならホラー系……といったところでありますな」
呪文のようにそれぞれの街の特色を唱えるリュージに続き、サンシターが一つ頷く。
「こういったわかりやすさは、必要でありますよな。おかげで、何がどこで取れるのかが容易に想像できるでありますからな」
「記号ってのは、どんな時でも大事だよな。そう――」
リュージが呟きながら、背中のカグツチに手をかける。
それと同時に、物陰から人影が現れ、一瞬で飛び掛ったリュージがその体を袈裟懸けに引き裂いてしまう。
「うぉ!? リュージ!?」
「……こんな感じでさ」
突然のリュージの凶行に驚きの声をあげるソフィアだが、彼が蹴り転がした人影のパーツを見て息を呑む。
それは、まるで表情をなくした人間のように見える。
だが、明らかに人ではない。人にしては、あらゆる部分に起伏が足りない。
顔はさながら能面のようで。体の各部位は磨き上げられたプラスチックか何かのようで。リュージによって引き裂かれた体の断面から覗くパーツは明らかにパイプの類で。
限りなく人に近い形をしながら、決定的な乖離を持つその存在を見て、コータが恐れを込めて呟く。
「……なに、こいつ……」
「話の中にあった、アンドロイドだよ。この辺じゃ、一番雑魚いモンスターで、レベルも30後半くらいだ」
リュージは淡々とした様子で足元のアンドロイドの説明をしながら、カグツチを肩に乗せる。
「こっから先、こちらがわんさかとこいつらが沸いてくるぜ。覚悟しとけよ」
「……不気味の谷って、本当にあるのね」
「……うむ」
マコの呟きに同意するように、ソフィアが頷いた。
人に限りなく近い被造物を見て、怖気に近い感情を覚える現象を、不気味の谷と呼ぶ。
今見下ろしているアンドロイドに感じている感情がそれなのだとマコは呟き、脳裏に張り付くそれを振り払うように頭を振った。
「……想像以上に不気味だったわ。アンドロイドだって、しょせん機械だと思ってたんだけどね」
「こやつらの開発目的のせいか……。どうも、本当に人間に似せて作られているようだな」
しゃがみ込んだソフィアが、軽くアンドロイドの体に触れると、その体の表面がグニリと形を変える。ゴムのような質感だ。ぴかぴかに磨き上げられているように見えるのは、コーティング材のようなものだろうか。
よく見れば、無機質な顔面にはめ込まれた目も、カメラのレンズのようなものではなく、眼球を模したパーツであることがうかがい知れた。
パイプのこぼれている体内の方も、調べてみれば人間の内臓を模したものだとわかるだろう。
アンドロイドに触れた手の埃をたたいて払いながら立ち上がり、ソフィアは頭をゆっくり振った。
「……発達しすぎた文明も、こういう使われ方をしているのでは滅んで当然だったのかもしれないな」
「……アンドロイドはアンドロイド。人間の代わりには、ならないものね……」
アンドロイドたちの末路を考え、陰鬱な表情で呟く。
だが、すぐに気持ちを切り替えるように頷き、顔を上げて前を向く。
「……リュージ。どこに行けば――」
そして、リュージへと問いかけ、そのままのポーズで動きを止める。
顔を向けた先。そこに、何人ものアンドロイドたちが立ち、無機質な表情でジッとこちらを見つめているのを発見してしまったからだ。
同じように、アンドロイドたちの姿を見たレミも、顔を青くしている。
アンドロイドたちは異界探検隊の者たちを見て微動だにせず、しかしゆっくりと口を開き言葉を発する。
「シンニュウシャハッケン」
聞こえた音声は一つだけ。だが、口が開いたのはアンドロイド全員。ぴったりと重なったアンドロイドたちの声は、まるで一人分の音声であるかのようにリュージたちに聞こえたのだ。
「ハイジョカイシ」
アンドロイドたちはリュージたちを見てそう呟きながら、手の中に小さな拳銃のような武器を構え、リュージたちへと向かってきた。
肩に乗せたカグツチを構えなおしながら、リュージは渇を入れるように大声を張り上げる。
「おっしゃいくぞオラァ!!」
「――ッ! ああ、わかった!」
体を揺さぶるような大音声を受け、コータは我を取り戻す。
新しく誂えた剣を握りしめ、リュージと共にアンドロイドたちを迎え撃つ。
迫るアンドロイドの数は8。さして広くもない通路の中を整然と整列して、こちらに向かってかけてくる。
まっすぐアンドロイドに向かったリュージは、奴らと激突するよりもだいぶ遠い間合いでカグツチを振り下ろした。
「火焔斬ッ!!」
地面に向かって振り下ろされたカグツチからは火柱が迸り、さながら斬撃を飛ばすようにまっすぐにアンドロイドたちの方へと向かう。
地面を走る火柱は、うち一体の足を斬り裂き、容赦なく転倒させる。
リュージの放ったスキルを見て、コータが驚きの声をあげる。
「リュージ! そういうスキル嫌いなんじゃないの!?」
「あんま好きじゃねぇな。なんで、武器が覚える固有技として登録してんだ」
コータに答えながら、リュージはカグツチを振り上げる。
「遺物兵装じゃなくとも、できることだ。あとで教えてやんよ」
「ああ! 楽しみだ……なっ!」
コータは自分に近づいてきたアンドロイドを一体、抜き胴にて迎え撃つ。
体を引き裂くには威力が足りず、皮膚を裂くに留まってしまう。
腹の中からドロリとコードを何本か出しながらも、痛みを感じた様子もなくそのままコータに向かって手の中の拳銃のようなものを押し付けようとする。
だが、それを拒否するように、腕で弾きながらコータは逆にソードオフショットガンをアンドロイドの顔面に押し付けた。
「これでっ!!」
引き金を引くと同時に、炸裂する散弾。
何十発も込められていた小さな鉛玉は、容赦なくアンドロイドの顔を吹き飛ばした。
顎から上を失い、そのまま真後ろに倒れるアンドロイド。
それを乗り越え、踏み砕きながら残ったアンドロイドたちがリュージたちに迫る。
「下がれ、コータ!」
「うん!」
リュージに言われ、ショットガンから空薬莢を弾き出しながら下がるコータ。
カグツチを振り上げながら、前に出るリュージであったが、彼より先にアンドロイドに突き刺さる一撃があった。
「ガスティ・ファングッ!!」
ソフィアである。レイピアに突風を纏い、神風のごとく飛び出した彼女の一撃が、アンドロイドの一体に大穴を空ける。
穴を開けるだけでは飽き足らず、四肢を引き千切りながら散る烈風を残し、ソフィアは一歩飛び退いた。
「すまん、遅れた!」
「気にしなーい、気にしなーい! まだこれから!」
レイピアを払うソフィアにそう返しながら、リュージも彼女の隣に並ぶ。
さらにショットガンの再装填も終えたコータも並び、武器を構えた。
それを見たアンドロイドたちは、接近戦を不利と考えたのか、その場で陣形を組む。
前に立つものたちは膝を突き、その後ろに立つ者たちは前のものの頭上で構える。
手にした拳銃のようなものを構え、アンドロイドたちはリュージたちに狙いを定める。
「っと! 防御!」
「おう!」
リュージの指示を受け、ソフィアたちは防御体勢を取る。
それと同時に、アンドロイドたちは引き金を引いた。
瞬き一つ程度の時間を置いて、アンドロイドたちの拳銃から、一条の光線が伸びる。
「レーザー拳銃!?」
「アンドロイドだけあるか!」
光速で迫るそれらを見て、驚きの声をあげるコータたち。
彼らの目の前には、いつの間にか薄い光の幕が展開され、アンドロイドたちのレーザーを完全に防ぎきってしまっているのだ。
「フォース・バリアー! ……本当に光属性だったね」
「アンドロイドなら、近未来でしょうよ」
マコの指示でスキルを使用したレミは驚いたように呟く。
彼女に笑って答えながら、MナインRのフォアグリップを展開し、マコはフルオートモードを起動する。
「ウルァー! くたばれぇー!!」
そして一番近いアンドロイドに狙いを定め、弾装の中を全てそいつに向かって叩き付けた。
拳銃とはいえ、数十発の弾丸を瞬く間に叩き込まれたアンドロイドは蜂の巣のような有様となり、そのまま地面へと倒れこむ。
アンドロイドたちはそれにすら構わず、次撃を放とうとレーザー拳銃を構えるが、それよりもリュージたちの攻撃が速かった。
「火斬ンンンンン!!」
「ライトニング・ブレードォ!!」
「ソニック・セイバァー!!」
立て続けに繰り出される、必殺の一撃。
それらを放ったも数体アンドロイドは残った――だが、残ったアンドロイドたちを全て斬り伏せるのに、さほど時間を掛けることはなかった。
なお、サンシターは一番後ろで中華なべ(盾)を装備して構えていた模様。