log136.ムスペルヘイム・崩始壊
その後、皆が思い思いの武器を手に入れ、コハクの案内の元、件のレアエネミー・パトリオットが出没するとされているエリアへと異界探検隊は足を踏み入れた。
「それでは皆様。こちらが目的地となります」
「ここが……?」
コータは辺りを見回し、信じられないといった様子でコハクを見つめる。
周囲には、何らかの機械文明の名残のようなものが散乱し、風化しかかったコードや機械回路の類が辺りにまだ残っているのが見える。
雰囲気としては、謎の遺跡と称されるアスガルドに近いが、ここがアスガルドではないのはすでに聞いている。
他の者たちの視線も受けながら、コハクはコータの疑問にしっかりと答えた。
「こここそが、パトリオットが出現するとされるエリア……ムスペルヘイム終端・崩始壊と呼ばれるエリアです」
「……信じられないよ。いや、コハクちゃんが嘘を言っているってわけじゃなくて……」
「ここが……本当にムスペルヘイムだなんて」
コータの言葉に同意するように、レミも一つ頷く。
彼らの知るムスペルヘイムとは、アンデットが平和に暮らす霧煙る街だ。そこではゾンビもスケルトンもヴァンパイアも、ごく普通の人として穏やかに過ごしていた。
ムスペルヘイムの周辺にあるダンジョンも、ムスペルヘイムの印象を強めるような構成だった。
例えば突如現れる墓場であったり、あるいは無限に沈む沼が広がっていたり……。
どことなく、“死”を連想させるロケーションが多かった。そういう意味では崩始壊も、文明の死を連想させるロケーションではあるのだが……。
「ここには、なんていうか……ゾンビとかアンデットは出ないよね?」
「そうですね。どちらかといえば、アンドロイドですとか、ロボットの類がよく出ます」
「その辺もアスガルドっぽいのね……」
レミの問いかけに対し、コハクはそう付け加える。ロボットやアンドロイドの類もこのゲームには敵性エネミーとして登場するが、基本的にアスガルドでのみ見かける。ヴァル大陸で見かける場合は、レアエネミーとしてのみだ。
他のロケーションとは決定的に異なる崩始壊であるが、それはイノセント・ワールドの根幹設定が原因であるとコハクは語った。
「この崩始壊ですが、設定から申し上げますと、ここが先史文明の最期となった場所となっています。ここで先史文明は崩壊し、今の文明を立ち上げるべく生き残りたちは散り散りに分かれて逃げ延びた……と、後のイベントで判明します」
「あ、ネタバレ……」
「もうそこは置いておきなさい。……で?」
ネタバレを気にするレミを制し、マコは先を促す。
そんなマコに感謝するようにうなずきを返しながら、コハクは説明を続けた。
「で、この崩始壊は元々は薬学や人間の体の研究を行っていた研究施設であったという設定でして……その研究成果の中にはゾンビやスケルトン、あるいはヴァンパイアといったアンデットを生み出す方法などが含まれていたのです。そうした先史文明の遺産を、後のイノセント・ワールドのNPCたちが発掘し、自分たちの成果として生み出したのがムスペルヘイムの始まりというわけです」
「ああ……なるほど。そう繋がるのか」
なんとなくムスペルヘイム誕生の流れを理解したソフィアは一つ頷く。
ムスペルヘイムは魔法や科学よりも、薬学や錬金術が発達している。てっきりそれを元にアンデットたちが生まれたのだと思っていたのだが、アンデットたちを生み出した技術があったために薬学や錬金術が発達していたのだろう。
だが、それに引っ掛かりを覚えたマコは首を傾げながらコハクに問いかける。
「……それで敵としてでてくるのがロボットなの? なんか矛盾してない?」
「それは私に問われましても。……ただ、ロボットと一口に申しましても、いわゆる人造人間の類ですので、死なない実験台として扱われていたのかもしれませんし」
「それは……ホラーでありますな」
これから相手をする事になるであろう敵モンスターの正体を聞き、軽く体を震わせるサンシター。
死なない実験台としてこき使われた人造人間が、怨念たっぷりに迫ってくるわけだ。なるほど、それだけ聞けばここもムスペルヘイムである。
出現モンスターの話を聞いて少し怯えたような表情になるコータとレミであったが、すぐに気を取り直すように買ったばかりの武器を取り出して構える。
「だ、大丈夫! 今の僕たちには、コハクちゃんの売ってくれた銃がある!」
「そ、そうだよ! これがあれば、怨念の強い化け物だって……!」
「さすがにソードオフショットガンとデリンジャーのコンビじゃ、大量のゾンビには対応できないだろうなぁ……」
二人の構えた獲物を見て、リュージがしみじみと呟く。
二人の武器のチョイスは、主にマコが担当している。
どちらも銃器に馴染みは薄い。ならば、射程の長い銃を無理に扱わせるより、接近戦でも使いやすい武器を持たせたほうが役に立つと考えたのだ。
特にコータのショットガンは、近接戦闘において絶大な威力を発揮することだろう。伊達に銃社会の米国において、その殺傷力ゆえに個人の製作が制限されているわけではない。
「まあ、レミの豆鉄砲は緊急回避用だし、コータのショットガンも剣やら魔法が通じにくい相手ようだしな。抜かずにすむんなら、それに越したこたぁないだろ?」
「まあ、そうだな。だが、戦術の幅が広がるのは良いことだろう?」
ソフィアも良いながら、サブマシンガンを手に取り、軽くボルトを引く。
リュージが持っているトリガーハッピーと比較すると、かなり小さく、形は拳銃に近い。
現実でウージーと呼ばれるタイプのサブマシンガンで、タイプライターと呼ばれるトリガーハッピーと比較すると装弾数では劣るが、精度と発射レートに長けている。
イノセント・ワールドにおけるサブウェポンの定番としてお勧めされる一丁でもあり、コハクの勧めでソフィアはこれを購入した。
「特に我々は中距離に対する牽制が可能になったのが大きい。なるべく扱いには慣れておくべきだろう?」
「そうね。せっかく持ってるんだもの。使わず腐らせるよりは、どんどん使って、いつでも抜けるようにしておくべきだわ」
笑いながらそう呟くマコの手に握られているのは、グロックと同じ拳銃タイプの武器である。
だが、他の者たちの銃器のデティールは一部簡略化していたり、現実のそれとは異なる形をしているのに対し、マコの手にしている拳銃はかなり細かく現実のそれを再現しているように見えた。
もちろん、現実の拳銃を知っているわけではないが、銃職人の気の入りようが違うというべきか。
大きくは普通の拳銃とは変わらない。最も特徴的なのは、引き金の前に取り付けられたフォアグリップだろうか。折りたたみ式となっているそれを展開すると、両手で拳銃を構えられるようになるようだ。マコ曰く、フルオート射撃にも対応しているらしい。
彼女にしては珍しく、興奮した様子でマコは手にした拳銃……MナインRを構える。
「さあ、はやく行きましょう? とっとと巻き藁見つけて、新しい武器を試すのよ!」
「落ち着きんさい、ガンマニア」
リュージは気持ちの逸るマコを宥めながら、コハクのほうへと向き直る。
「悪かったな、コハク。銃以外にも、ダマスカス鋼製の武器まで揃えてもらって」
「問題ありませんよ、兄様。私、これでも方々に貸しがありましたので。それを返してもらったので、ほぼロハなのです」
そんな風に軽く言ってのけるコハクであるが、その貸しを作るまでの苦労はリュージには想像できないほどであっただろう。
それをあっけらかんと自分たちのために開放してくれたコハクに感謝しつつ、リュージはクルソルを介してコハクに何枚かスクショを送った。
「お詫びというにはアレだが、この間、アラシと一緒に狩りに出かけたときに取れたアクシデントショットをやろう」
「ダーリンったらこんなはしたない……! ああ、駄目です、これは私には……! ああ、でも目が、目が離せません!」
尻を突き出して転んでいるアラシのスクショを見て、鼻血を噴出しかねないほどに興奮するコハク。今日はアラシが都合によりログインできていないせいか、いつもの数倍は激しく興奮しているように見える。
血は争えない兄妹たちを白けた眼差しで眺めつつ、マコは皆を見回す。
「……ともあれ、装備の強化は整ったわ。あたしらの次の目的は、遺物兵装ってアイテム」
「それを入手するには、パトリオットというレアエネミーを倒す必要があるわけだ」
「それを倒すのはリュージの役目で、僕たちはそこに到着するまでリュージを守りながら戦えば良いんだね!」
「でも、リュージ君の方が強いよね?」
「まあ、そこは気にするなよ。とにかく、全員死なずに問題の場所までいければ良いんだからよ」
途中で会話に加わってきたリュージ。さらにコハクも異界探検隊の輪に顔を突っ込んでくる。
「もし消耗されましても、すぐに補充ができますように、可能な限り用意させていただきます。どうか、これからもごひいきのほど、よろしくお願いいたしますね?」
「もうコハクには足向けて眠れないわね……」
至れり尽くせりな専属商人の言葉に感動しながら、マコは大きな掛け声を上げた。
「それじゃあ、やるわよぉ!」
「「「「「オー!!」」」」」
マコの掛け声にあわせ、異界探検隊プラス1は空に向かって手を突き上げた。
なお、サンシターには安全性の面より、銃器の供給はなかった模様。