log135.新しい依頼
「……いい話になってるところ悪いんだけどさぁ」
リュージが再びカグツチを手に入れて喜んでいる姿を、やや呆れた様子で眺めながらマコが皆に本来の目的を思い出させる。
「あたしらの本来の目的は達してないわよね? どんな武器を買うのかっていう」
「あ……。うん、まあ、その……」
マコの言葉に元々の目的を思い出したコータは、少し気まずそうに彼女から視線を逸らす。
元の目的を考えれば、リュージの分だけ武器を買う必要がなくなったというだけだ。結局のところ、どんな武器を購入するかと言う点に関しては解決を見ていない。
そんなマコの言葉に、コハクは一つ手の平を叩いてこんな提案をしてきた。
「……では、皆様の分の遺物兵装をあつらえるというのはいかがでしょうか?」
「……全員分の?」
「はい」
頷くコハクに、マコは胡乱げな眼差しを向ける。
「コアの値段は聞いた通りなんでしょ? 今から稼いでたんじゃ、いつになるかわかんないわよ?」
「ええ。ですので、コアを取りにいくのはいかがでしょうか?」
「コアを取りに? それはつまり……」
「ボス狩りに行けって事か。まあ、カグツチなら確殺スキルがあるから何とかなるが……」
コハクの提案に、リュージも胡乱げな表情になる。
コハクの真意が読めないのだ。なにをさせる気なのか、予想が立たない。
そんなリュージの服の裾を、少し遠慮がちにコータが引いた。
「あの、リュージ? 話の最中悪いんだけどさ、確殺スキルってなに?」
「ん? ああ、確殺スキルってのは、あらゆるモンスターを一撃で倒せる必殺技のこったよ」
リュージはコータの問いにあっけらかんと答えながら、説明を続ける。
「即死スキルと違って、当てれば確実にブッ倒せるから確殺って名前でな。何でも、元はこのゲームに沸いたバグの一つなんだと」
「当てれば確実に? それって、ボスでも?」
「ああ。だから、ボス狩り周回とかじゃ、確殺スキルの乗った遺物兵装が必須なんだよ。カグツチにはその確殺スキルが積んであるから、ボスは問題ないんだが……」
「いえ、倒すのはボスではありませんよ、兄様」
そこでコハクはリュージの間違いを訂正する。
唇の前に人差し指を当て、異界探検隊に戦ってもらいたいモンスターの名前を告げた。
「私が倒してもらいたいのは、レアエネミー・パトリオットです」
「………………アイツかぁ」
コハクの告げたレアエネミーの名前を聞いた途端、全てを理解したと言わんばかりにリュージががっくりと肩を落とした。
いかにもいやそうな表情で、彼は軽く首を横に振る。
「少なくとも、俺たちに振るようなモンスターじゃねぇだろ、アレは……。一部の確殺スキルすら跳ね返すんだぞ?」
「兄様のカグツチでしたら通じますでしょう? 実は、期限不問でアダマンチウムを大量に集めて欲しいと頼まれまして……。パトリオットでしたら、結構大量に落としますでしょ?」
「落とすけどさぁ。落とすんだけどさぁ……」
「またレアエネミーか……」
リュージの反応とレアエネミーという言葉に、ソフィアの表情も少し曇る。
以前、レアエネミー・ディノレックスに辛酸を舐められた経験がある。あとで調べたら、レアエネミーの中でも最下位と知って愕然としたものだが、それよりも遥かに強力なレアエネミーと戦って来いといわれているわけだ。
ソフィアは頭を振って気持ちを入れ替え、コハクに依頼の詳細を問いかけた。
「……つまり、我々に依頼をしたい、と言うことか。正確な内容は?」
「ありがとうございます、義姉様。皆様にお願いしたいのは、アダマンチウムの確保。個数に上限はありません。持ってきていただければ、その数だけ報酬をお支払いいたします」
「破格じゃない。……とりあえず、レアエネミーと遺物兵装の話は置いておいて、アダマンチウムとやら一つでいくらになるの?」
「アダマンチウム一つで、10万Gと換金させていただきます」
コハクの口から飛び出した報酬を聞き、異界探検隊は驚きの声をあげた。
「え、10万!? アダマンチウム一つで!?」
「ちょっとした宝石触媒クラスじゃないのよ……!?」
「そんなにお金出して大丈夫なの!?」
「おいリュージ! これは受けて大丈夫な依頼か!?」
「お、おう。皆ちっと落ち着いてくれ」
あまりにも破格と言える報酬を前に荒れる仲間たちを何とか宥めようとするリュージ。
一方で、もう驚きが限界を突破してしまったせいで驚くどころではないサンシターが、静かに紅茶のお代わりを入れ、コハクへと問いかけた。
「それだけ破格ということは、相応に難易度が高いと見てよいでありますかね?」
「はい。アダマンチウムは、装備素材としてはアンノウンクラスのレア度を誇るアイテムです。現在、皆様も含めますと十三のギルドに依頼を出しておりますが、そのうちでアダマンチウムをこちらに納品したギルドは三。その総数は七つだけです」
「……やばいくらいに集まってないのだけはわかったわ。それって、前のマンスリが終わったから?」「いえ、マンスリが始まる一週間ほど前からでしょうか。皆様、それぞれにレアエネミーを目標に動いているようなのですが、やはり遅々として集まらないようでして」
コハクも依頼の進捗状況が芳しくない事に苦いものを感じているようだ。
そのためなのか、手段も選んでいないようでさらにこんな提案をしてきた。
「皆様がパトリオットの狩りに向かわれるのであれば、武装更新の際に、格安で各種武装を提供させていただきますし、必要経費として弾薬なども提供させていただきます。パトリオットを倒せば、アダマンチウムのかたまりが出ますので、こちらの依頼も捗るはずなのです」
「……これ、報酬前払い系よね? 後ろから刺されたりはしないわよね?」
「騙り裏切りは傭兵業のお約束って言うけど、さすがに今回は大丈夫だからな?」
そもそも、そういった行為はあくまでゲーム内におけるスパイスの一種。現実でそんなことをいちいちやっていては信用も得られず仕事もなくなるだろう。
それに、問題は依頼人の裏切りなどではない。件のパトリオットの方が問題になる。
「で、パトリオットなんだが……。こいつはアダマンチウムのかたまり以外にも、遺物兵装のコアを確定で複数落とす」
「遺物兵装のコアを……!?」
「しかも複数!?」
「ああ。その上、コアとしての質はなかなか上質でな。遺物兵装を本格的に運用するなら、まず狙うべきモンスターとして名前が上がるんだよ」
「なるほど……。だが、レアエネミーであれば、どこで遭遇できるかわからんのではないか? 狙って狩り続ける等……」
「いや、狙える。パトリオットは、特定地点を通過した際に、超低確率で出現するレアエネミーでな。狙うだけなら、いくらでも狙えんのよ」
「特定地点で超低確率……? 実際の確率はどんなもんよ?」
「えーっと、前に調べたときは……小数点五桁だか六桁以下だったかな……?」
「0.0000001%ですね。遭遇例はレアエネミー全体としてみれば高い方なんですが、五十時間延々と同じ場所を回っても出てこなかったと言う話もあります」
「「「「…………」」」」
思わず黙る一同。狙って討伐できるレアエネミーだけあり、出会うだけでも相当な苦行を強いられるようだ。
「さらに、出現場所の雑魚モンスターのレベルアベレージが50と言うのもありまして、単に周回するだけでも結構な時間を食われる可能性もあります。提案しておいてなんですが、あまりお勧めもいたしかねるんですよね」
「ならなんで言った。ったく……」
すっとぼけた表情で前言全てを否定するコハク。
そんな彼女に吐き捨てながら、マコは腕を組みながら周りを睥睨する。
「……一応、狙ってみる? ここまでの話がマジなら、遺物兵装と一緒に結構な報酬が約束される上、狙ってる間はコハクからのバックアップが付くわけだけど」
「狙わない理由がないね! 僕も遺物兵装欲しいし!」
キラキラした眼差しではっきりと告げるコータ。
その隣で頷きながら、レミもその背中を押すように告げる。
「この機会に頑張って、もっと先にいけるようになろうよ!」
「コハクからのバックアップが一番の報酬かも知れんなぁ。武器の更新が格安で受けられるなら、遺物兵装入手までは武器を買い換えればよかろうし」
ソフィアもすでにパトリオットを狙う気満々のようだ。
血の気の多い仲間たちの頼もしい言葉にため息をつきながら、マコはコハクにもう一度確認する。
「……依頼内容はアダマンチウムの確保。報酬はアダマンチウム一つで10万G。そして、依頼が継続している間のバックアップ。……いいのよね?」
「ええ。兄様と共におられます、皆様にならば」
「……良いわ、やってやろうじゃないの。言ったからには、全力で頼らせてもらうからね」
マコは覚悟を決めたようで、鼻息荒く勇みながら大きく頷いた。
それに答えるように頷きながら、コハクはずらりと武器を目の前に並べて見せた。
「では、さっそくお好きな武器を手に取ってください。マコさんにつきましては、以前お話されていました拳銃の試作が届いておりますので、そちらのご賞味を」
「マジで!? それを言いなさいよ!」
コハクが並べた武器を手に取り、ワイワイと騒ぎ始める仲間たち。
その背中を見つめるリュージに、サンシターが不安げに問いかけた。
「……と、ここまではよいでありますが……。勝算は、あるでありますかね?」
「0じゃない。……けど、どこまで食い下がれるかだなぁ」
サンシターの当然の疑問に、リュージも不安を露にしながら一つため息をつく。
「遺物兵装は戦力強化に最も強く繋がる要素だからな。このレベルで手に入るんなら御の字なんだが……。当然そいつは修羅の道だ」
「やはり……。とはいえ、諦めるつもりもないでありますな?」
「そりゃ、な」
リュージは一つ頷きながら、楽しそうに新しいレイピアの品定めをしているソフィアの横顔を見つめる。
「自分だけの遺物兵装を手に入れたときのソフィアの顔が見られるんなら、この程度の苦労は物の数じゃねぇやな」
「でありますか。いつもどおりでありますなぁ」
変わらぬリュージの様子に安心したように頷くサンシター。
しばらく仲間たちの歓談も終わりそうにない。コハクに言って、お茶菓子を補充してもらうとしよう。
ちなみに、遺物兵装を手に入れるのであればまずは安い完成品の遺物兵装を買ってみるのが正道である模様。