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log134.とある傭兵の帰還

「どうされましたか、兄様?」

「どうされましたじゃねぇよ!? なんでしれっと、そんなもんがここにあるんだよ!?」


 リュージにしては珍しく狼狽した様子で、コハクが手にしている緋色の大剣を指差している。

 サイズは若干短めのグレートソードと言ったところ。身幅の広い刀身は先端が斬り落とされているようで、何かを突き刺すには向きそうにない。

 だが、その代わりと言わんばかりの肉厚な刀身を備えており、そんじょそこらの盾鎧程度では防ぐことは叶わないだろう。

 実用性を重視したような見た目ではあるが、目を凝らすと刀身の横に薄く彫り物がしてあるのが確認できる。天へと昇っていく龍のレリーフのようだ。まるで生きているかのような躍動感のあるレリーフの、龍の手の部分にはビー玉が嵌りそうな小さな穴が開いていた。

 リュージはコハクの手にしている武器が、間違いなく自らの愛用していた遺物兵装(アーティファクト)・カグツチノタチであることを確認し、乱暴に頭を掻き毟った。


「そいつは、ギルドハウス費用の獲得ついでに処分したはずのもんだろうが……! 出戻りなんぞ、笑えねぇぞ!?」

「その時にも申しましたが兄様。処分するにも一苦労な品なのですよ? 迂闊な流出で、ちょっとした戦争が起きてしまいますよ」

「……ちょい待ち。その遺物兵装(アーティファクト)って、このバカが鍛えたものってことよね?」

「? ええ、そうですが」


 二人の会話に違和感を覚えたマコが、一歩前に出てコハクへと問いかける。


「それで、何で戦争なんて大事になるのよ? こいつの活躍はイノセント・ワールドを揺るがすほどだったとでも言うの?」

「もちろんそこまでではありませんが、他のプレイヤーよりも図抜けていたのは確かです。後僅かに何らかの功績があれば、トッププレイヤーの一人として賞賛されていたと言われているほどです」

「トップ……」


 懐疑的な眼差しでリュージを見やるマコ。

 彼の普段を知っているからこそ、そんな賞賛を浴びている彼の想像が出来ないのだろう。

 

「フトモモフトモモ叫んで止まないこのバカがねぇ……?」

「なにをぅ。(ソフィア)の太ももは聖域(サンクチュアリ)なんだぞぅ!」

「口を塞げバカモノ」


 口早に呟いたソフィアは素早くリュージの頭に花瓶を被せる。

 空気の抜けるような間抜けな音ともに黙るリュージをさておき、コハクはマコへ説明を続けた。


「……イノセント・ワールドにおける功績はいくつか種類がありますが、兄様はレコードブレイカーと呼ばれる種類の功績をいくつか残しているのです」

「レコードブレイカー?」

「いわゆる記録破りですね。レベル20差の決闘勝利を初め、確殺スキルを用いずにボスを一撃討伐、攻撃の一瞬三撃、単独で敵対ギルド半壊……上げればキリがありません」


 コハクは感嘆の吐息を吐きながら、花瓶を頭に被った間抜けな兄を見やる。

 その眼差しには少なからぬ畏敬の念が込められていた。


「そして、傭兵として上げてきた華々しい戦果……。我が兄ながら、正直誇らしかったです。私の兄は、こんなにもすごいのだぞ、と……。その、現実では、そういう機会があまりありませんでしたから……」

「……リアルだと、リュージのポジションは華やかとは言い難いからな」


 様々なスポーツに、助っ人のような立場で参戦するリュージ。常にチームをサポートするために駆け回る彼が、華々しい武勲を挙げる事はほとんどない。恐らく、彼の参戦した試合で彼の活躍を覚えている一般の人はいないだろう。それを意識するのは、常に彼と共に戦った人だけであったから。

 妹としては、もっと兄を自慢したいと言う気持ちがあったのだろう。だが、兄は前に出るつもりはなく、ただ与えられた役割を果たすばかり。華やかさとは縁のないポジションで、彼は満足しているわけだ。

 だが、この世界は違う。この世界では、リュージは一プレイヤーとしてその全能を遺憾なく発揮し、様々な武勲を立てていた。


「だが、ゲームにおいてリアルの関係を持ち出すのはご法度だろう? 本来は、我々に対しても」

「ええ。ですが、私はCNカンパニーのメンバー。自らのギルドが保有する商品を自慢するのに、何の不自由がありましょうか」


 コハクはそう言って微笑む。

 いつの日かと、願っていたことが叶ったと。その顔にははっきりと書いてあった。


「CNカンパニーのメンバーとして、優れた商品を……傭兵の力を、皆様に喧伝する事に、どんな不都合がありましょうか」

「……ハハ、なるほどね」


 コハクの言葉に、小さく笑いながら、コータはリュージの頭の花瓶を取り去った。


「だってさ、リュージ? たまには妹孝行くらいしなきゃ駄目だよ?」

「っさいわねー。そんなこと言われたのはじめてだっつーの」


 コハクの告白に、リュージも照れくさいものを感じているのか、ぶっきらぼうにコータに答える。

 軽く頭を搔き、視線を逸らしながらも、リュージはコハクへと問いかける。


「……もう一度聞くが、何でそれを処分しなかった? 売ることはできなくても、処分はできたろう?」

「……兄様。傭兵・リュージが引退すると聞いて……悲しんだのは、カレンさんやアマテルさんばかりではないのですよ?」


 コハクは少し拗ねたように頬を膨らませながら、その胸の中にカグツチノタチを抱きかかえる。


「先のこのゲームを始めた兄様の姿が、私にとっても指標だったのですよ? それを、唐突になくされて、どれだけの喪失感が私を襲ったのか、ご存知ですか?」

「いや」

「でしょうね」


 あっさりとしたリュージの言葉に、一つ頷くコハク。

 彼がそう答えるのは分かっていたのだろう。だから、と彼女は言った。


「だから、捨てなかったんです。これは、常に兄様の下にあり、兄様と共に駆け、兄様と同じように呼ばれた武器です。……これまで処分してしまったら、本当に今までの兄様が、私の中から消えてしまいそうだったんです」


 コハクは小さな声で呟き、それからまっすぐにリュージにカグツチを差し出した。


「……兄様。兄様が、傭兵時代の二つ名を御嫌いなのは知っています。それを想起させるカグツチを手放そうとしたのも。……けど、全部は捨てないでくださいまし。コハクはまだ、全てを見通せるほど賢くないのです。ダーリンだってそう、いつだって迷っています。……どうか、私たちの先を照らす、火の防人となっていただけませんか?」

「……わがままなやっちゃなぁ」


 後ろ頭を搔きながら、面倒そうに呟くリュージ。

 その一言に彼を見ていた異界探検隊のメンバーが一瞬殺気立つが、それが爆発するより早く彼はコハクの手の中のカグツチを素早く奪った。


「なら、もう二度とこいつは手離さねぇ。一度はお前のものだったが、もう俺のものだ。返せっつっても、返さんからな?」

「はい、もちろん。“二度とそれを手放さないこと”。それが、今回その遺物兵装(アーティファクト)をお譲りする条件ですから」


 コハクは小さく微笑みながら、リュージの言葉に頷く。

 リュージは苦笑しながら、手の中の大剣をくるりと回し、そのまま背中に背負った。

 その大きさゆえ、鞘を持たないカグツチノタチであったが、いかなる魔法かぴったりとあつらえたようにリュージの背中に張り付いた。

 さながら、ゲームの一主人公のような姿となったリュージを見て、コータとレミが賞賛の声をあげた。


「わぁー……! かっこいいよ、リュージ君!」

「こんな武器があるんだ……! あとで作り方教えてよ、リュージ」

「ほいほい。それよりもまずはコアを手に入れてからな」


 興奮気味の二人に軽く答えるリュージに、ソフィアが笑いながら声をかける。


「ようやく武器を取り戻したか、バカめ」

「返す言葉もございません。改めて感じるわぁ、こいつの背負い心地のよさ」


 からかいを含んだソフィアの言葉に苦笑しながら、リュージはカグツチの柄尻を軽く撫でる。


「……やっぱり良いもんだわなぁ。自分で一から育て上げた遺物兵装(アーティファクト)ってのは」


 そう言って笑うリュージの言葉に応えるように、室内灯に照らされた龍のレリーフが少し笑った……ように見えるのであった。




なお、彼が身に着けていた鎧の類は、カレンとアマテルが結託し、全て競り落としたとのこと。

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