log133.今回のお勧めの一品
「え!?」
「本当に!?」
コハクの言葉に色めき立つコータとレミ。手に入らないかもしれないと考えていた遺物兵装。それを入手できるかもしれないとなれば、二人の反応も当然だろう。
だが、そんなコハクの言葉に対するリュージの表情は懐疑的……いや、はっきりと疑ってかかっているといってよかった。
「またずいぶん渋い顔してるじゃない。あんたの妹の言葉よ? 信じていいんじゃないの?」
「いや、それとこれとは話が別だ。遺物兵装の市場流通価格は、最低価格でも50Mからになる。そんなもの、俺たちに流す余裕があるとは思えねぇ」
「……すまん、リュージ。50Mって、何の話だ?」
反射的にリュージの口から飛び出した謎の言語に、ソフィアは思わず首を傾げた。
リュージは一瞬目を丸くするが、すぐにソフィアがMMO初心者であるのを思い出して、先ほど上げた単位を改めた。
「えーっと……1Mは1,000,000の略語で、50Mは五千万Gって意味だよ、ソフィたん」
「ああ、なるほど。………なにぃ!?」
一拍遅れ、リュージの言葉の意味を理解したソフィアは思わず目を剥いてしまう。
それこそ目玉が飛び出すような法外な値段だ。いや、他のゲームであればこのくらいが適正価格なのかもしれないが、このゲームだと文字通り桁が違う。
「それって……私たちのギルドハウスの五倍の価値があるということか!?」
「ああ。しかもこれ、最低価格……つまり、この値段で遺物兵装が流通することはまずない。大体、倍か三倍くらいでやり取りされてるよ」
「ば……!? 億!? 億なのか!?」
リュージの追い討ちに、眩暈を覚えたかのように頭を振るソフィア。
異界探検隊のギルドハウスを十棟建ててもまだおつりが来るような末端価格でやり取りされるアイテムがこの世界にあるなどと、信じられない様子だ。
リュージの説明を聞いて顎が外れかけているコータとレミを見て、コハクも彼の言葉を肯定するように頷いた。
「遺物兵装ばかりは、我々の価格コントロールもうまくいきませんので……。下手に価格暴落を起こして無差別に流れるのも問題があるアイテムですからね」
「……一応聞きたいんだけど、何でそんなに値が張るの? やっぱ希少性?」
自分の隣で気を失いかけているサンシターを適当なソファーに寝かし付けながら問うマコ。事前にこの情報は得ていたのか、彼女は冷静だった。
「希少なのもありますが、価格が高騰する一番の理由は“全てのプレイヤーに扱える品”だからでしょう。遺物兵装の値が一番高騰するのはコアの状態ですので」
「? 成長させる武器でしょう? 普通、完成品の状態の方が、値が張るんじゃないの?」
「んにゃ。遺物兵装が成長しきると、買い手が制限されちまうんだよ」
マコの素直な疑問に対する勘違いを正したのはリュージだった。
「例えば、剣の形と適正を備えた遺物兵装があったとする。イノセント・ワールドじゃ、剣は武器として最もオーソドックスではあるんだが、それでもそれ以外を扱うプレイヤーは腐るほどいる。さらに一口に剣と言っても、大剣や長剣、細剣に刀と種類は多い」
「そうなると、買い手はだいぶ限られてしまいます。対して、コアの状態の遺物兵装は、まだ決まった形状も能力も持ちません。担い手が全てを決めることのできる状態であり、それを扱うことができるプレイヤーは、1Lvから100Lvまで、全てのイノセント・ワールドプレイヤーとなります」
「……なるほど。同じ価格で勝負したら、コアの方が顧客はつきやすい。なら、完成品の遺物兵装は自然と値を下げざるを得ないってことか」
納得したように頷くマコ。1Lvの時点で使用できる、一切の制限がつかないアイテムであれば誰もが欲しがるだろう。それが希少なのであれば……当然、価格は高騰する一方のはずだ。
今となってはごく当たり前に流通するコショウを初めとする調味料も、かつては入手手段がまったくなかったせいで、その一粒に黄金の価値があったとも聞く。イノセント・ワールドにおける遺物兵装とは、大航海時代におけるコショウ一粒のようなものなのかもしれない。
だが、同時にある事に気が付いたマコはその疑問をそのままコハクに投げかけた。
「……ってことは、完成品の遺物兵装って、コアよりも安いの?」
「ええ。末端価格も、コアの状態よりも一桁は確実に安くなります」
「……じゃあ、一応あたしらでも遺物兵装の入手は可能なんじゃないの? 手持ちも、ギリギリ足りそうだし」
今の手持ちは八百万ほど。まあ、末端価格よりももう少し値の安い遺物兵装であれば手が届くかもしれない、と言ったレベルだ。
もちろん、完成品の遺物兵装一個入手した時点で異界探検隊の貯金は0になるわけだが。
「そういう商品を紹介するつもりだったんじゃないの? コハクだってさ」
「さすがのご慧眼です、マコさん。まさに、私がご紹介しようとしていた遺物兵装は完成品のもの。これ以上成長の余地がない状態ではありますが、非常に高いバランスと性能を持っている、お勧めの一品なのです」
「そ、そうなんだ……」
まだ、遺物兵装の値段の衝撃から覚めやらないコータであったが、コハクの言葉に何とか気を取り直し、頭を振りながら彼女の方へと向き直った。
「そ、それで……その遺物兵装って、どんな武器なの?」
「――この遺物兵装は、とある傭兵が鍛えた業物。彼と共に常にあり、多くの戦地を駆け抜けた、歴戦の古強者ともいえるような一品でございます」
コータが質問した途端、コハクは朗々と詩を吟じるように声を張った。
そしてどこか芝居がかった仕草でコータを始めとする異界探検隊の者たちのほうに向き直りながら、件の遺物兵装の説明を重ねてゆく。
「その刃はあらゆる鋼を斬り裂き、その身に受けた傷は自然と治癒し、そして全ての強敵を一刀の元に切り伏せる……。おおよそ、誰もが思いつくであろう“こうであれば”という武器の願いを体現するかのような、万能の一振り。それこそが、今宵皆様にごらんいただく遺物兵装でございます」
「「おお……!」」
「……どんな遺物兵装だと思う?」
「コハクの話を信じるんなら、自己修復に装甲無視、それから確殺ってスキルの乗った、よくある遺物兵装みたいだな……」
耳元をくすぐるソフィアの吐息の感触に耽溺しながらも、リュージは怪訝な表情でコハクの話に耳を傾けている。
「遺物兵装を長いこと使ってりゃ、誰でもそこにたどり着く一つの回答みたいなもんだけど……。そんなもんに、こんな大げさな売り文句つけるか?」
「遺物兵装って色々曰くのつく品っぽいじゃない? だったら演出も大事じゃないの」
「そうかもしんねぇけど……」
いまいち腑に落ちないという様子のリュージをよそに、コハクの演説には徐々に熱が入り始める。
「その傭兵の活躍たるや、まさに万夫不当! 圧倒的に力量に勝る相手をねじ伏せ、数で押し寄せる敵対者たちを一太刀で斬り裂き、多くの同胞たちから厚い信頼を寄せられる! 彼がいるだけで戦局は動き、その渦の中心たるやまさに台風の目!」
「そんなすごい人がイノセント・ワールドにいたんだ……!」
「そう、かつてイノセント・ワールドに実在したのです! そんな傭兵が! ですが彼は、ある日突然この世界から姿を消しました……。己が愛用した武具とアイテムの数々を残し、いずこかへ姿を消してしまったのです」
「……じゃあ、死蔵品系か? 曰くなんてもんじゃねぇな」
「名のあるプレイヤーの遺物兵装って、それを巡った争いがあるんだっけ? それに巻き込まれるのはごめんよねぇ」
そろそろ問題となる遺物兵装の名前が出てきそうなくだりに入ったので、リュージも自らの疑問を押し殺すように腕を組み、コハクの次の言葉を待つ。
コハクはそんな彼の方をちらりと見やり、バッと大きく手を振り回しながら、彼の更なる伝説を口にする。
「―――その傭兵の最も偉大で最も始めの伝説は……この武器を手に、一撃でドラゴンを打倒したというものです!」
「一撃で……!?」
「そう! そして驚くべき事に、その一撃たるや三度の剣閃を一重に重ねて、敵に叩きつけるというもの! このゲームの仕様すら超えたその一刀たるや、まさに神業だったという話でございます!」
「―――――-――んん!?」
どこかで聞いた覚えのある話を耳にしたリュージは、慌てて顔を上げ、コハクの顔を見る。
と、語ることは全て語ったといわんばかりに演技をやめたコハクは、いつもの通りのとぼけた表情で、一振りの大剣を取り出して見せた。
「――と、いうわけで。これが皆様にご紹介いたします一品。さる傭兵が資金稼ぎのために手放しました大剣“焔王・カグツチノタチ”でございます」
「「わー!」」
「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!????」
あの日確かに手放したはずの己の愛剣を披露され、リュージは思わずといった様子で大声を張り上げていた。
ちなみに、完成した遺物兵装を売ることを生業とする遺物兵装メーカーなるプレイスタイルも存在する模様。