log132.遺物兵装
ちなみに、メインシナリオで手に入る遺物兵装は補正がないため、遺物兵装としては産廃の模様。
「皆様、お悩みのようですね」
「それはまあ、な。今後の武器の扱いそのものを決めるわけだからな」
購入か、強化か。
いずれかに定めれば、途中でそれを返るわけにはいかなくなる。途中でその方針を変えてしまうと、それまでの苦労が全て水の泡になってしまうのだから。
どちらにするべきか、思い悩むソフィアたちを前に、コハクはポツリとこんなことを呟いた。
「……では仮に。そのどちらでもない武器を選べるとしたら?」
「……ん?」
「買い換えるわけでもなく、鍛冶屋にいちいち赴く必要もない……そんな武器があるのだとしたら、皆様はいかがなさいますか?」
「買い換えるわけでもなく……?」
「鍛冶屋にいく必要もない?」
ソフィアと同じようにコハクの言葉をおうむ返しするマコ。
彼女がちらりとリュージの方を見やると、彼は神妙な顔つきでコハクの言葉を聞いていた。
コハクの言葉の先を知っているとも、知らないとも取れる反応だ。皆に何かを黙っていた、と言う雰囲気ではない。
リュージが何かを喋るような気配はなかったため、ひとまず彼は置いておいてマコはコハクの次の言葉を待った。
その場にいる全員が自分の言葉に傾注しているのを感じたコハクは、そのままゆっくりと語りだす。
「……この世界には、ギアシステム、属性開放に続く第三の育成システムと言うものが存在します」
「第三の……? それは、システムとして解禁されるタイプのものなの?」
「いいえ。人によっては、メインシナリオを全て終えるまでそのシステムに出会えない人もいますし、逆にギアシステムが解禁される前に出会ってしまう人もいます」
「ずいぶん極端だな……。システムではない、と言うことはアイテムなのか?」
「はい。この世界でも、トップクラスにレア度が高いとされるアイテム……その名を遺物兵装と言います」
コハクが告げたその名を聞いて、コータやマコが軽く首を傾げた。
「その名前、どこかで聞いたような……?」
「掲示板では、何度か目にしたことがあるわね」
「そうでしょうね。このゲームをプレイする上で、そしてキャラを育成していく上で必ず一度はその名前を目にするでしょう。ある程度のレベルのプレイヤーの間では、その話題で持ちきりになることもしばしばです」
二人の言葉にコハクは頷き、遺物兵装に関する説明を始めた。
「和名ですと遺物兵装と訳します。設定上は、今のイノセント・ワールド文明が興る前に存在していたとされる、先史文明の遺産の一つであり、かつての文明においても切り札として重用されていたとされる武器群の総称です」
「先史文明の……それって、化石武器みたいな?」
「ああ、化石武器をご存知でしたか。アレも先史文明からの遺物ですが、化石武器などとは比較にならない決戦兵器です。何しろ、遺物兵装の有無が最上位レベルの決闘においては勝敗を決するとさえ言われていますから」
「……いわゆるエンドコンテンツの一つなの?」
コハクの説明に顔をしかめたマコは、一つの懸念を口にする。
ゲーム内で、全ての要素を極めきったものたちに用意された永遠にゲームを楽しむための仕組み、エンドコンテンツ。
極めるために膨大な時間とゲーム内貨幣を要することとなるであろう、廃人様御用達のアイテムが遺物兵装なのかと恐れる彼女に、コハクは首を横に振ってみせた。
「いいえ。メインシナリオの途中で必ず一つは手に入るタイプのアイテムです。もちろん、極めようとすれば時間もお金も湯水のように消えていきますが、先ほど申しましたとおりレベル1からでも十分有用なアイテムですのでご心配なく」
「……どこまで信じて良いのかわからないけど、とりあえず置いておくわ。続けて」
いまいち回答になっていないコハクの言葉に、マコは埒が明かないとでも言うように首を振りながらも先を促す。
マコに小さく謝罪の言葉を述べながら、コハクは遺物兵装の説明を続けた。
「遺物兵装は最初、コアと呼ばれる状態で入手できます。半透明の球体を想像していただければ幸いです」
「……それが武器になるのか?」
「いや、違うよソフィアさん。遺物兵装はプレイヤーのイメージがそのまま形になる武器なんだ。最初に武器として起動する際に、プレイヤーがその武器の形状を決めることができるんだよ」
コータは自分の知っていることを喋りながら、コハクの様子を窺う。彼自身、半信半疑であったようだ。
コハクは一つ頷き、コータの言葉を肯定する。
「コータさんの言うとおりです。遺物兵装は始めこそ半透明な球体ですが、プレイヤーのイメージに従い形を変えます。その気になれば、アニメや別のゲーム内の有名武器を、イノセント・ワールド内で形作ることができてしまうのです」
「……それ、著作権的には大丈夫なの?」
「今のところは問題が起きていませんから、大丈夫なのでは? そうでなくとも、それ系のアイテムは大抵の場合は“よく似ているけれど、微妙に何かが違う別物”になりがちです。完全に同じ武器を再現するにはよほどの記憶力か、相当な妄想力が試されるらしいです。ですので、大抵の人はあらかじめ用意されているテンプレートの型に、いくつかの装飾をつけることで満足するようですね」
全ての人間が、自分のイメージを鮮明にできるわけではないのは、運営もしっかり理解しているようだ。テンプレートが用意されているのであれば、そちらの方が汎用性は高いだろう。
だが、遺物兵装の肝はそこではない。コハクは説明を続ける。
「そうしてこの世界に生み出された遺物兵装ですが、遺物兵装は全ての武器に備わっている“重さ”が存在しません」
「え? ……重さ、0の武器なの?」
「いいえ、違います。重さと言うステータスが存在しない武器なのです」
重さは、このゲームにおいては武器の基礎攻撃力を決める重要なステータス。それがないのはどういうことか?
そんな疑問に、コハクは静かに答える。
「遺物兵装の基礎攻撃力を決めるのは遺物兵装コアの品質と、プレイヤーのレベル。コアの品質を倍率とし、プレイヤーのレベルを基準値とした計算式を用いて攻撃力を決めるのが、遺物兵装と言う武器なのです」
「プレイヤーのレベルで? ということは……」
「つまり、我々のレベルが上がれば、遺物兵装と言う武器の威力も上がると言うことか」
「その通り。コアの質にもよりますが、基本的にはそのレベル帯における適正攻撃力が維持され続けると考えていただいて結構です」
プレイヤーのレベルがそのまま攻撃力の計算に適用される。これは快適なシステムだろう。レベル上げのために武器を買い換える必要も、武器を改造する必要もない。資金も素材もいらないとあれば、喉から手が出るほどに欲しくなる武器だ。
「さらに、遺物兵装には専用のスキルが存在するのですが、それを付与するのに素材を必要としません。プレイヤーと同じように経験値を蓄積しますので、その経験値を消費することでスキルの追加を行うことができるのです」
「プレイヤーのレベルアップ方式がそのままスキル付与の条件になってるの!?」
「それはすごいね……! 皆が欲しいって言ってるのもわかるよ!」
素材不要で追加スキルの付与まで可能と言われ、興奮するコータとレミ。
あまりにも破格の要素。これから長く使い込めば、その時間だけより強く成長できる要素のある武器が、遺物兵装というわけだ。
……とあれば、当然の懸念は存在するわけで。
それを思い出させるように、マコがジト目で二人に問いかけた。
「……あんたら、コハクの最初の台詞、覚えてる?」
「「え?」」
それに答えたのは、ソフィアであった。
「イノセント・ワールドにおける、最もレア度の高いアイテム……だったか?」
「「……あ」」
そう。それだけの機能と要素を持つアイテム。それが、あっさりと入手できようはずもなかった。
期待させた分だけ申し訳なさは感じているのか、コハクは眉尻を下げながらコータとレミに頭を下げた。
「申し訳ありません。さすがに、期待を持たせすぎました。遺物兵装ですが、レア度としては全てアンノウン……つまり、十つ星になります。入手経路もほぼボスのレアドロップになりますので……」
「め、メインシナリオで一個手に入るんだよね? それは……」
「そいつはほぼ最終決戦直前で手に入るから、俺たちの段階じゃまだまだ先だな」
「そっかぁ……」
それまでずっと黙っていたリュージの言葉に、がっくりと項垂れるコータとレミ。
彼女たちをよそに、マコはジト目でリュージを睨み付けた。
「あんたが遺物兵装を黙ってた理由は?」
「単純に、入手難易度が高すぎるから。今のレベルじゃ、遺物兵装をレアドロするボスなんぞ、マゾ過ぎてやってられねぇんだよ」
責められるのは心外といった様子で、リュージは肩をすくめる。
「レベルアベレージ80オーバー……。プレイヤーと違うから、急所狙いの一撃必殺は通用しないぞ?」
遺物兵装掘りの経験もあるのか、ゲンナリとした表情で首を振るリュージ。よほど、苦痛な作業だったようだ。
そんなリュージに、一抹の期待を込めた眼差しのソフィアが重ねるように問いかけた。
「リュージでも、一撃は無理か?」
リュージの純粋技量は、レベルで圧倒する敵を幾度となく打ち倒してきた。それならば、あるいはレベル80を超えるボスモンスターにも通用するのでは……。
そんなソフィアの期待を、リュージはきっぱりと打ち砕いてしまう。
「無理無理。外殻が硬すぎるんだよ。先に武器が駄目になっちまう」
「うーむ……。それでは、本末転倒だな」
武器を入手するために、新しい武器が必要になるのでは、意味がない。いや、掘りを行う前提であればそれも止むなしであろうが、その武器を使い潰すほど資金が潤沢なわけではないのだ。
遺物兵装入手は、さすがに時期尚早だったようだ。諦めて、買うか鍛えるかを決めよう。
……そんな雰囲気で顔を見合わせる異界探検隊に、コハクはいたずらっ子のような笑みを浮かべてこう呟いた。
「……実は、一つだけ。皆様にお譲りできる遺物兵装があるのですが?」