log131.購入か強化か
「――では、商談とまいりましょうか。皆様、何か飲まれますか?」
話に一区切りついたところで、コハクは閑話休題といわんばかりに手を叩く。
すると、何も置かれていなかったテーブルの上に、全員分のカップの載った紅茶セットが現れる。これも、CNビルに備えられたギルドハウス機能の一つである“接客システム”。設定されたトリガーアクション一つで、お茶菓子などを呼び出すことができるものである。
「ひとまず、私の部屋ですと紅茶がデフォルトなのですが、ご要望があれば一通りの飲み物をご用意できますよ」
「じゃあ俺コーラで」
「やめんかバカタレ。紅茶で構わないよ、コハク」
「では、自分が入れるでありますよ」
余計なことを口走るリュージの後頭部を花瓶で小突くソフィア。
コハクがリュージの要望に答える前に、サンシターが用意された紅茶セットでお茶を入れ始める。
テキパキと手際よく人数分の紅茶を入れてしまうサンシターを見て、コハクは上げかけた手を下ろして頭を一つ下げた。
「……申し訳ありません。お客様にそのようなお手間をかけさせてしまうなど」
「いえいえ。今回、自分は武器を購入する予定がないでありますからなぁ。おまけがよそ事をしていると思っていただければ」
コハクの謝罪に対し、サンシターはそんなことを口にする。
瞬く間に人数分の紅茶を用意してしまう手腕は、よそ事と言い切るにはいささか無理があったが、せっかくソフィアが話を前に進めようとしてくれたのだ。それを無碍にするのはよくないだろう、と考えたコハクは、咳払いを一つして改めて商談を開始した。
「それでは、皆様のお求めは武器であるとのことですが……何か、具体的なプランなどがおありなのでしょうか?」
「プラン? ってなんのこと?」
コハクの言葉に素直に首を傾げるコータ。
コハクは彼の反応から何かを察したらしく、コハクは一つ頷き彼の質問に答え始める。
「……皆様のレベルはこのゲームにおける一つの到達点である、と言われています」
「到達点? って、もう?」
「はい。もちろん、到達点といっても極めるだとか、終わりが見えるという意味ではありません。意味合いとしては“チュートリアルがようやく終わった”と言う意味になります。ゲーム内における育成システムをおおよそ解禁し終え、ここからどのようなプレイを行うか本格的に決めていく時期なのです」
自分に配られた紅茶に一杯の砂糖を注ぎ、ゆっくりと溶かしながらコハクは言葉を続ける。
「RPGらしく、用意された目的であるメインシナリオの攻略に力を注ぐもよし。安全な攻略のために、装備の強化に全霊を注ぐもよし。あるいは趣味を極めるための環境づくりに傾注するもよし。……大体のプレイヤーが、メインシナリオを放置して好き勝手やり始める時期ですね、早い話が」
「あ、このレベルからそうなっちゃうんだ……。それはなんでかな?」
レミの素朴な疑問に対する回答は、シンプルなものであった。
「システム的な制約が全て解除されるからですね。属性開放に至ったシーカーは十分一流と認められ、フェンリルなどの味方NPCの施設などをほぼ全て使用できるようになりますし、四方の各町からの支援も全て受けられるようになります。その気になれば、属性解放後にキリ大陸へと渡ることさえ可能です。メインシナリオに拘束力なんか一切ありませんから、大体のプレイヤーが広い世界を前にして、メインシナリオを忘却のかなたに追いやってしまうわけですね」
「なるほどー……」
「こっから本格的な育成が始められるんなら、大体のプレイヤーは育成方面に力を入れ始める感じよね。レベリングがその基本だけど、装備強化も手っ取り早いわよね」
「うちには妖精竜のシローがいるから、その育成も必要か。いずれにせよ、寄り道をし始めるのにちょうど良い時期なわけか」
プレイヤーがキャラクターを育成する際に、最も壁として高く立ちはだかるもの。それは時間でも敵キャラでもない。何よりもまず、ゲームシステムこそが育成の壁となりやすい。
たくさんの経験値が欲しくても、そうしたモンスターのいる場所へ到達できるルートがない。近くにそういうモンスターが出現する場所があっても、シナリオ上その場所への道は封鎖されている。そもそも、NPCがそうした場所へ行くのを邪魔してくる――。
RPGに限った話ではない。あらゆるゲームにおいて、ゲームの仕様と言うものは最も分厚い壁として、プレイヤーの前によく立ちはだかるものだ。
イノセント・ワールドとて、その例外ではない。最もわかりやすいのは、ギアシステム解放前だ。ギアを開放する前の状態では、四方の町へ渡ってもアイテムを購入する権利がない。ヴァル大陸の中心部であるミッドガルドを活動の拠点とするしかないわけだ。
だが、どんなゲームにおいてもそうした制約が全て解かれる時というのは必ずやって来る。それが終盤なのか、あるいはシナリオの途上なのかはゲームによるだろうが、そのときが来ればプレイヤーは自由にキャラを育成できるようになるわけだ。
イノセント・ワールドにおける育成開放時期に立っていること知ったソフィアは、慎重な表情で腕を組む。
「ならば、ここからが重要か。今までは漠然と決めてきた育成ルートを、真剣に吟味しなければなるまい」
「育成リセットするアイテムなら課金すれば手に入るぜよ?」
「フン。リアルマネーで毎回それを買っていては、面白みも薄れるわバカもん」
とぼけた表情でそんなことを言ってくるリュージの頭を花瓶でもう一度小突きながら、ソフィアは軽く鼻を鳴らす。
「こういうのは、じっくり吟味してこそだ。試行錯誤も要するだろうし、情報収集とて欠かせまい。だが、自分に合うやり方というのが必ずあるはずだ。それを見つけるのが、育成と言うものの醍醐味だと私は思うぞ」
「あたしも概ね賛成ねー。序盤の一番苦労する時期が一番面白いのよ。ゲームって」
軽く笑いながら、マコが内ポケットの中に収めてあるグロックを軽く叩く。
「四苦八苦しながら文句言いながら。ゲーム作った奴らの壁を、自分なりの方法でぶっ壊していくっていうの? それがたまらなく快感なのよねー」
「僕はどっちかというと、終盤辺りが好きかなー。自キャラが一番強くなったのがよく分かるし」
コータの言葉に、レミは小首を傾げる。
「私あんまりゲームしないからなぁ……。やっぱり、強くなってるのがよく分かるのかな?」
「だね。マコちゃんの言う試行錯誤の時期もいいけど、完全に強くなった瞬間もたまらないよ。今までの苦労がうそのように快適でねー」
「そのあたりは人それぞれでありますなぁ」
「そうですね。ですので、一口に武器といっても、求める人によってどんな武器が必要なのかも変わってくるのです」
コハクは雑談の中から元の話に軌道修正するためのワードを拾い、いくつかの武器を提示してみせる。
「先の皆様の話で言えば“伸びしろは大きいけれど、性能がいまいちな武器”と“ほぼ完成されているけれど、育てられない武器”ですね。どちらも魅力的な武器ですが、両極端でもありますので勧める相手を間違えますと、即破談になりかねないのです」
「その辺はわかりやすいわな。武器は買い換えるものなのか、あるいは育てていくものなのか」
紅茶を飲み干し、サンシターにお変わりを要求するリュージ。
彼の言葉に、コハクは一つ頷く。
「兄様の言うとおりですね。私のお伺いしたプランというのは、そこなのです。皆様はちょうどキャラ育成時期に入られたわけなのですが、武器をどう扱うかの予定があるのかということです」
「……つまり、武器を適宜入れ替えるのか。あるいは、武器を成長させながらキャラの育成も行うのか、ってこと?」
「そういうことですね」
マコは話の大筋を飲み込むと、軽く眉を潜めながら首を横に振った。
「……その辺はノープランだったわね。どっちが楽かといわれれば、武器を買い換える方が楽なんでしょうけれど……」
「その分、武器の購入費用が高くつくだろうな。だが、武器の育成をしながらというのも決して安く済むというわけではないだろうし……」
「武器の育成のために時間がかかっちゃうよね……」
「スキルがなければ、その辺りはNPC頼りになるから、時間も掛かるよね……」
なかなかに、難しい問題である。
どちらが良いのか、というのはコハクの言うとおり個人的な感情の問題となるだろう。
キャラそのものの育成を重視するのであれば、やはり武器は買い換えるものだろう。レベリングをすれば自然と資金は溜まってゆく。その溜まった資金で新たな武器を買い、そしてまたレベリングに臨めばよい。仮に武器の買い替え資金が足りなくとも、その資金を稼ぐ行為がまたレベリングに繋がるだろう。そうして武器を買い換えるという行為がNPCとの信頼を深め、世界への没入間を高めることもあるだろう。
武器の育成も重視する場合でも、似たようなことは言える。だが、同レベル帯における武器火力は、恐らく育成武器の方が高くなる。武器の強化率にもよるだろうが、常に攻撃力を強化し続ける育成武器に、一定期間同一の攻撃力である購入武器はいずれ火力負けする運命だ。もちろんその分時間はかかるし、費用や素材などが余分に要るだろう。だが、そうして手塩をかけた武器には愛着が沸き、ロールプレイの没入度は上がるかもしれない。
「……どっちも楽しいよね、絶対?」
プレイヤーとしての観点の一つである“楽しさ”を語るコータ。
彼の言葉にソフィアは一つ頷いた。
「どちらであれ、楽しいだろうな。個人で活動するならどちらを選んでもよいだろう。だが、ギルド単位で考える場合は、全員の育成方法を統一すべきだろうな……」
「手持ちの資金を、ギルド単位で管理してるからねぇ……。全員がてんでバラバラな方法でお金を使うんじゃ、管理も大変になるわよ」
サンシターと共にギルドの財布の紐を握っているマコが渋面で語る。
それに同意するように、レミが一つ頷いた。
「それに、素材集めとかだって、皆バラバラに動くんじゃ大変だよね? スケジュール管理とかもあるし……」
「ギルドで行動すんのに、バラバラに動くってのはどうなんだろうな?」
リュージの一言に同意するように、その場にいた全員が頷いた。
購入か強化か。なんとも、悩ましい選択肢であった。
なお、購入資金が豊富なギルドほど武器は買い替え、そうでないギルドほど武器は強化するものである様子。