log130.CNビル
人だかりがいなくなったことで、ようやくCNビルの中に入ることができた異界探検隊。
彼らを出迎えたのは、閑散としたCNビルロビーの真ん中に一人で立っているコハクであった。
「ようこそ、異界探検隊の皆様。本日はCNカンパニーへお越しくださいまして、誠にありがとうございます」
まっすぐに異界探検隊の皆を見つめ、静かに頭を下げるコハク。
彼女がゆっくりと頭を上げるのを待って、リュージは片手を挙げながら簡単に挨拶を交わした。
「オッス。先に連絡したとおり、武器が欲しいんだけど」
「ご要望通り、一通り武器を用意してあります。立ち話もなんですので、こちらへどうぞ。個室の用意がございます」
コハクはそう言って、エレベーターを一つ指差す。
「あのエレベーターが、私用の個室のある階に直通となっています。さっそくまいりましょう」
「うむ。ありがとう、コハク」
「どういたしまして、義姉様」
ソフィアの労いの言葉に静かに答えるコハクは、異界探検隊を先導するように先にエレベーターへと向かう。
それに続く異界探検隊。以前にも一度訪れたことがあるCNビルの中を眺めながら、コータが感心したような声をあげる。
「一回来たことがあるけれど……やっぱりすごいなぁ、このビル。とてもじゃないけど、ギルドハウスの一つだなんて思えないや」
「そうでしょうね。このギルドハウス、CNビルもまた、イノセント・ワールドで唯一無二といえるギルドハウスの一つでしょう」
エレベーターの扉を開きながら、コハクはいつもどおりの感情の読めない表情でCNビルの来歴を語る。
「イノセント・ワールドにおいて、唯一無二とされるギルドハウスのほとんどは、イベント報酬としてプレイヤーに配布されたものになります。最も有名なものは、円卓の騎士の保有する空中要塞アヴァロンでしょうか」
「あの、超巨大空中要塞庭園ね。過去配布された飛空挺タイプのギルドハウスの中でも最大級なんだったか?」
「そんなものまであるのか……。文字通り、広い世界だな」
開かれたエレベーターの中に足を踏み入れながら、驚きの声をあげるソフィア。
彼女の言葉に頷きながら、コハクはCNビルの説明を続けた。
「ええ。中には巨大な船舶と言う形状をしたギルドハウスもあります。……ですが、CNビルはそうした運営の用意したギルドハウスではありません。このギルドハウスは、プレイヤーがクラフティング機能をフル活用して積み上げた、プレイヤー作成のギルドハウス。土台になっているのは、二階建ての豪邸なんだそうですよ」
「このビル、元は二階建てなの? すでに三十階以上拵えられてるわよ?」
マコはエレベーターのスイッチを見て、呆れたような声をあげる。壁にくっついている階数のボタンは、彼女の言葉どおりに三十個以上並んでいる。
そのうちの一つを押すコハクは、なんてことがないようにマコへ言葉を返す。
「実際に存在する階層は五十階。我々、ギルドメンバーが使用する個室が用意されている階層だけで、二十階はありますよ」
「五十階……! それは、ものすごくおっきいね!」
最大でも二階が限界そうなファンタジー世界にあって、五十階立てとはもはやバベルの塔だ。
瞳を輝かせるレミ。純粋に、CNビルの大きさに感心しているようだ。
「そうでしょうね。今でも増築が続いている、なんて与太話もあるくらいです。もちろん、ギルドマスターはこれ以上高くするつもりはないようですが」
「そうなのでありますか? 広い場所を有するが故の増築だと思うのでありますが……今の広さで十分なので?」
コハクの言葉に、サンシターが疑問を投げかける。
手広く商売を行っているCNカンパニー。そのギルド構成員も、扱う商品の種類と量も、常に増加の一途を辿っていると彼は聞いたことがある。であれば、五十階程度ではいずれ限界が来て、CNカンパニーの中がパンクしてしまうのではないだろうか?
そんな彼の疑問に対する答えは、いたってシンプルなものだった。
「十分ですよ。ここはリアルで言えば本社ビルに相当します。そしてCNカンパニーは本社組ですね。ここに残れないものは、子ギルドのほうに分散して配備される事になります。営業成績によっては、本社配属になったり、あるいは子ギルド配属になったりで、入れ替わりも結構激しいんですよ?」
「無駄にシビアねぇ……。ゲームでまで、そんな風に競争しなくても良いでしょうに」
まるで、リアルに存在する商社のようなCNカンパニーの制度を聞き、マコはまた呆れたような声をあげる。
息抜きのために行うゲームで、生き馬の目を抜くような営業競争など、とてもではないがやってられないだろう、と言わんばかりだ。
当然と言えば当然の意見に同意しながらも、コハクは軽くこんなことを言ってのける。
「まあ、仰るとおりですね。なので、コツを掴んで適当にやってのければ良いんですよこんなの」
「……というと?」
「掲示板を流し読んで、売りたい物を持っている人とそれを欲しがっている人を探して、その間に立てばいいんですよ。売りたい人からはなるべく安く。買いたい人からは買いたくなる程度に高く……それぞれ値を設定して、私がそれを仲介する。後はそれを繰り返せば、ノルマなんてあっという間に達成できますよ」
「いや、それができるのお前だけだからな? 無数に存在する売買掲示板を流し読んで、その中から必要な情報をピックアップするなんざ、お前にしかできんからな?」
当たり前のことをやっていると言わんばかりのコハクの言葉に、呆れたように突っ込みをいれるのはリュージだ。
彼はため息をつく。そして人外を見るような眼差しでコハクを見つめる。
「瞬間記憶能力と、多数並列演算能力……その二つをあわせて使うなんざ、コンピュータの仕事だぞ、オイ」
「神経伝達速度0.1秒とかいわれる兄様に言われたかないです。瞬き一つでどこまで飛ぶんですか貴方は」
「高次元で低レベルな言い争いすんな、うっとうしい」
端から聞いてると自慢話にしか聞こえない罵り合いを前に、頭痛を抑えるマコ。
彼女の隣で苦笑しながら、ソフィアはコハクの肩をやさしく叩いてやる。
「ま、まあ、コハクがどうして本社勤めを続けられるのかはよく分かった。すごいんだな、コハクは」
「いえいえ、義姉様。私などまだまだです」
コハクは首を横に振ると、物憂げな表情で開くエレベーターの扉を見つめる。
「未だ目標とする貯金額には届かないのです……。ノルマを達成できても、その売り上げの数パーセントしか私の懐には入りません……。いっそ、兄様のように傭兵でもやってれば良かったと何度思ったことやら」
「であれば、今から傭兵に転向してはどうであります?」
試しにサンシターが問うてみるが、コハクは表情を変えずに首を横に振った。
「駄目です。私のスキル振りは戦闘向けではないので。それに、上司に泣いて止められるんですよ……。私がいなくなると、ノルマの達成が厳しくなるとか冗談言いながら……」
「本当に冗談なのか、それは……?」
コハクの後についてエレベーターを降りながら首を傾げるソフィア。リュージという前例を知っていると、彼女の言葉も謙遜には聞こえない。
ともあれ、CNカンパニーの内情に関してはここまででよいだろう。コハクは振り返りながら、改めて異界探検隊の皆へと頭を下げた。
「――改めまして。ようこそ、異界探検隊の皆様。本日の商談を担当させていただきます、コハクでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「うわぁ……!」
「すっごい……!」
そう言って感嘆の息を漏らすのはコータとレミだ。
彼らが見回す壁という壁には、古今東西ありとあらゆる武器が絵画かなにかのように引っ掛けられていた。
同じようにそれを見回しながら、マコが胡乱げな眼差しでコハクに問いかける。
「……これ、コハクの趣味?」
「いいえ? 本日の商談にあわせて、ショーウィンドウの設定を変えただけですよ」
言いながら、コハクはクルソルを弄って見せる。
すると、壁にかかっていた武器は一瞬でその姿を変えていく。
防具に魔道書。あらゆる道具類に、装身具。さらには用途不明の彫像やら謎の木馬やら、様々なアイテムが姿を現す。
「これもCNビルの機能の一つでして。各ギルドメンバーの部屋の中の壁は全てショーウィンドウになっていて、その中にインベントリに放り込んである各人の担当商品を掲示できるのです。きちんと設定しておけば、後はボタン一つで商品が入れ替わるという寸法ですよ」
「……ここまで多機能になるものなのか、ギルドハウスというものは」
再び武器に変わった壁のショーウィンドウを見つめ、ソフィアが唸り声を上げる。
これらの機能は、異界探検隊には不要なものだが、ここで出来ることはあのアパートでも再現可能なはずだ。別にCNカンパニー専用というわけではないと、コハクも肯定する。
「そこは、クラフティング職人の腕の見せ所でしょうか。様々な機能を効率的に組み替え、欲しい機能を実現する……パズルのような楽しさがあると、前に担当させていただいた職人さんが仰っていましたよ」
「これだって、武器の壁掛け機能に、インベントリ機能とその整理機能。後は目隠し機能とか色々な機能の組み合わせだろうしな。そういう、クラフト要素が好きな人間にゃ、たまらない環境だろうさ、ギルドハウスってのは」
リュージは壁にかかっている剣の一つを撫でながら、愉快そうに笑う。
「俺の純粋技量だってそうだし、スキルの組み合わせにしたってそうだ。やりたいことを成し遂げるために創意工夫を重ねるってのも……このゲームの楽しみかたってわけさ」
「戦うばかりでないのが、本当に素敵だと思います。世界そのものを楽しんで欲しいという、如月Pのお言葉も最もだと思いますよ」
コハクも、彼女にしては珍しいくらいにはっきりと笑顔を見せる。
彼女もまた、このゲームを心の底から楽しんでいる人間の一人なのだ。
特に、機械的な機能を実現するための回路関係は、嵌りだすとログイン時間が足りなくなる模様。