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log13.再挑戦

 一筋の光も差さぬ“盗賊の隠れ家”の中。めったに入ってこない外部からの侵入者に備え、数匹のコボルトたちが短剣や弓を手に、警戒に当たっていた。

 人よりも夜目が利く彼らではあるが、さすがにこの洞窟の中を軽快に動き回るというわけにもいかず、ひとところに留まりじっとするのが主な仕事となる。人間であれば発狂しかねない仕事であるが、彼らにしてみれば主人からの待ての命令のようなものだ。その命令が解除されるまで待ち続けるのは当然であり、疑う余地も狂う余裕もない必然といえる。

 そんな、忠義に熱いコボルトたちの視界に。一つの光点が現れる。


「―――?」


 頼りなく、ふらふらと洞窟内を漂う小さな光。

 さっき現れたたいまつよりも遥かに小さな輝きであるが、ゆっくりと確実に洞窟の中を進んできている。

 また、さっきの連中が侵入してきたのか?という思考はコボルトたちには存在しない。彼らは主人や群れに関すること以外はほとんど覚えようとしない。

 彼らが覚えているのは主人の命令であり、その命令は「侵入者はすべて排除せよ」である。

 コボルトは背後に控える弓兵に合図を送り、自分は少し体勢を低くする。

 まずは矢の先制攻撃により一当てする。そうすることで大抵の侵入者は怯み、大きな隙を晒すのだ。

 キリリと弓を引き絞る音が聞こえたと思った、次の瞬間には矢が空を裂く。

 まっすぐに、小さな光の下へと進む矢は、夜目の利くコボルトでも見えるか見えないかハッキリしないほどに見にくい。回避は不可能だろう。

 小さな風斬り音を立てながら飛翔した矢は、新たな侵入者の体に容赦なく突き立つ――ことなく、洞窟の壁のどこかに音を立ててぶつかってしまった。

 頼りない光は、相変わらず不安げにふらふら揺れるばかりだ。


「?」


 コボルトは思わず首をかしげる。

 矢は光の少し下辺りを掠めた。光を掲げるのであれば、基本的に人は頭上から足元を照らすように掲げる。

 光点が高いほうが、より広い範囲を照らせるからだ。

 なので、光のある場所の下あたりを狙えば、高確率で体のどこかに当たるはずなのだが。

 そんな疑問を覚え、ただ首をかしげるコボルト。

 ……彼にもう少し考える(AI)があれば、状況の不自然さに気がつけたかもしれない。

 頼りないとはいえ、光があるはずなのにそれを持つ人間の影は見えず、さらに光のある高さはせいぜいがコボルトの腰程度の高さなのだ。普通の人間が維持するには、いささか無理のある高度である。

 目の前の不思議な光の存在が理解できずに首をかしげるコボルト。漂う光はそのままふらふらとコボルトたちのいるそばまで近づいてゆき――。


「――ブレイク」


 小さな命令に従い、その身を炸裂させた。

 威力としては、少し上等な爆竹といったところか。爆ぜた音は耳に騒がしい程度であり、広がる炎は肌を焼く程度の威力。不意打ちに使うにしては、何ともいまいちな一撃だった。

 だが、炎の炸裂は、暗い洞窟の中を照らすには少々強烈な光を辺りに撒き散らす。闇の中に慣れ、瞳孔が開ききっていたコボルトたちに、小さな火花がいきなり炸裂する瞬間はいささか刺激が強すぎた。


「ギィ!?」


 思わずこぼれる悲鳴。目を庇い、身を捩り、目が受けた刺激が苦痛を呼び起こす。

 そうして上体を起こした次の瞬間。


「メェェェェン!!」


 真っ向から振り下ろされたロングソードに、コボルトの頭蓋が真っ二つにされる。

 遺言が苦悶の悲鳴となったコボルトは、そのまま姿を消してしまう。

 突然聞こえた鋭い気勢を聞き、その後ろに控えていた弓兵は、ロングソードを携えた剣士に向かって弓を引く。

 明かりはないが、視認は可能な距離だ。対して向こうはこちらが見えないのか追撃をせずに剣をのんきに構えている。

 絶対的優位の中、弓兵は矢から手を離そうとする。

 だが、その瞬間剣士の背後で大きくの炎の爆ぜる音がした。


「!?」


 たいまつに火をつけたのか、或いは魔法が炸裂したのか。剣士の姿は逆光となり、暗い影を全身に背負う。背負ったマントもあいまって、剣士自身が一つの大きな闇のような錯覚さえ覚えてしまう。

 そして弓兵は、その逆光の中で剣士がまっすぐにこちらを見据えていることに気が付いた。初めからこちらに気が付いているかのように。このままでは、矢を放ったとしても防がれてしまう。

 突然の出来事に弓兵は体を硬くする。だが、それが弓兵の最後となってしまう。

 クロスボウがボルトを弾く独特の音と共に、弓兵の眉間に一発のボルトが突き刺さる。


「っ!?」


 慌てて視界を回せば、剣士の後方でクロスボウを構える魔術師の姿が見える。魔術師は冷静な表情でボルトを再装填している。

 弓兵は最後の力を振り絞り、後ろに控えている仲間たちに向かって侵入者が来た合図を送る。

 それと同時に、侵入者に備えて控えていたコボルトたちと魔術師が動き出した。






「初戦はまずまずだな」

「はい……!」


 ボルトを再装填するマコのさらに後ろに控えているジャッキーとレミは、マコたちの手腕を見て小さく頷く。


「最低限のMP消費に絞ったファイアボールを先行させ、閃光弾代わりにして油断を誘うか。マコ君は、ゲームの仕様を徹底的に調べ上げるタイプだな」

「そんなことが出来るんですね……」


 レミは今しがたマコがやって見せた極小ファイアボールを思い出す。

 このゲームの魔法は消費するMPの量に比例するような形で威力が変化する。これをチャージシステムといい、魔法を扱う際は極めて重要なテクニックの一つとなる。

 だがマコがいましたがやって見せたのはその逆……魔法に使用するMPを限界まで絞ることでその威力を押さえ込むカットシステムというものだ。

 MPを減らせば威力が下がる。その威力に応じて、魔法の演出や当り判定も当然減る。システムとして導入されてはいるが、その効果からゲームをプレイしているほとんどのものは存在を知らない、誰得システムの一つとしてベテランプレイヤーたちの間では笑い話の一つとされているシステムである。


「まあ、出来たとしてもメリットがほとんどない。手順もチャージシステムと違い、ただ単に貯めるのではなくクルソルを介して魔法の設定を弄る必要があるからな。威力を抑えるなら、単に普段使っている魔法からワンランク下の魔法を使えばよいしな」

「けど今のあたしらは1Lvだし、威力が下の魔法ってのもない。選択肢がない以上、できることは全部使うわよ」


 ボルトを装てんし終えたマコは、クロスボウを構えなおしながら、コータの後ろに控えているリュージたちに声をかける。


「来るわよ!」

「あいよー」


 たいまつを手にしたリュージは気楽にマコの言葉に応じ、ソフィアは無言のまま頷く。

 コータは改めて装備したマントの影にリュージたちを隠しながら、油断なく前方を見据える。

 先の弓兵が後方に向かってなにかを投げたのが見えた。恐らく、後ろにいるであろうモンスターたちへの合図だろう。

 しばし待つと、先ほどリスポンさせられる前にも見た、短刀を握ったコボルト盗賊たちが何匹か現れる。

 恐らくこの奥に弓兵が追加で現れ、さらに奥のほうに魔術師が現れるはず。


「よし……リュージ!」

「ほいさ」


 コボルト盗賊の出現を確認したコータの合図に、リュージは手にしたたいまつを素早く放り投げる。

 放物線を描いて飛んでゆくたいまつはコータとコボルト盗賊の頭上を飛び越え、弓兵のいる足元に落下する。

 洞窟の中の闇が一気に払われ、コボルトたちの姿が明瞭になる。思いがけない攻撃に、コボルトたちは戸惑いと共に光を避けるように顔を隠した。そして、その奥に潜んでいた腰の曲がった魔術師の姿も見えるようになる。

 節くれだった指に、目深なローブからも飛び出す鷲鼻。風化しかかっている杖を手にむにゃむにゃと呪文を唱えている姿は、おとぎ話に出る悪い魔女のようであった。

 魔女の姿を確認し、リュージはくやしそうに一つ呟いた。


「ゴブリンの魔術師か……マジックアローしか撃ってこないじゃねぇか。あれにやられるとはな」

「……不覚は事実。汚名は雪ぐものだぞ」

「まったくやね。そんじゃいきますか!」


 リュージは一つ声を張り上げ、バスタードソードを肩に担いでコータの背中から飛び出す。

 それにあわせ、ソフィアも前進し、彼らの後ろからコータもついてゆく。


「お礼参りだぜヒャッハー!」


 でこぼこした岩石の道という悪路を物ともせずに突貫したリュージは、頭上に掲げた大剣を容赦なく振り下ろす。

 慌てて短刀でガードしようとしたコボルトは、その短刀ごと真っ二つにされる。

 そのまま勢いよく地面に大剣を叩きつけるリュージ。剣が生む衝撃の反動で、一瞬体が硬直する。

 その隙を狙い、もう一匹のコボルトがリュージに短刀を突きたてようとするが、よそを向いた瞬間にソフィアのレイピアがその喉笛を貫いてしまう。


「そう何度もやらせるか……!」


 ソフィアはレイピアをコボルトごと振りぬく。地面に叩きつけられたコボルトは、そのまま消滅する。

 あえなく二匹の前衛が倒されてしまい、がら空きになる弓兵のガード。そんな惨状にもめげずに弓兵は矢を番え、攻撃を試みようとするが、それは一歩踏み込んだコータの剣戟によって遮られる。


「ハァァァァ!!」


 ロングソードの一閃が弓を破壊し、返す刀で胴体を横薙ぎにする。


「グギッ!?」


 コボルトがよろめき、切られた腹を押さえる。どうやら一撃とはいかなかったようだ。

 だが、コータはそのまま袈裟懸けにコボルトを斬り倒す。この一撃を受けたコボルトは、叫び声を上げる間もなくそのまま消滅した。

 魔術師への道は完全に開けた。だが、同時に魔術師の呪文も完成したようだ。


「イギィー、ヒィー……!」


 人間には分からぬ言語で紡がれたマジックアローが、魔術師の杖の先端から放たれる。

 魔力の光で作られた一筋の矢が、まっすぐにリュージたちに向かって放たれる。

 だが、誰を狙ったものでもない矢はリュージたちには当たらず、さらに後方に座していたマコたちにすら当たらない。

 洞窟の壁に当たって消えたマジックアローを見て、レミが怪訝げに呟いた。


「……なんで私たちに飛んでこなかったんでしょうか……?」

「ノーロックだったんじゃないだろうか。乱戦ならともかく、この状態では狙っても当たらないしな」

「AIなら賢く狙えぇぇぇぇぇ!!」


 魔術師の間抜けな狙いを受け、マコは怒りのファイアボールを解き放つ。

 振りぬかれた腕の先から放たれた火の玉はまっすぐに飛翔し、魔術師の胴体に着弾。

 先ほどの小粒ファイアボールとは比較にならない威力を開放し、魔術師の体を焼き尽くしてしまった。


「……魔法って、火力あるんだね……」

「ぎりぎりまでチャージすりゃこれくらいいくだろ」


 ひとまず戦闘が終わり、リュージたちが武器を納める。

 先ほど、モンスターたちの返り討ちに会った箇所はこれで乗り越えた。

 ここから先は、また未知のステージとなるわけだ。


「……ここからは、どうなるのかな……?」

「まあ、そうびびる必要もねぇよ。基本、ここと似たような感じだ」

「ここと同じ様な箇所が、まだいくつもあるのか……」


 楽観的なリュージに対し、ソフィアはゲンナリと肩を落とす。

 暗闇の中、どれだけいるか分からない敵を、こちらが倒される前に倒す。

 言うのは簡単だし単純な話だが、実際にやるとなると相当な神経をすり減らす。

 暗闇、という空間だけでも人間は結構なストレスを感じるとも言う。この場所で戦っているおかげですでにLvが1つ上がるだけの経験値を得ているが、果たしてそれが対価として見合っているのかは……。

 思い悩むソフィアの傍に近づいてマコは軽く肩をすくめる。


「まあ、グダってても仕方ないわよ。先に進んで、とっとと帰りましょう」

「HP減ったら、私が回復するからね!」


 レミは力強く請け負いながら小走りでたいまつの元に近づいてそれを拾う。

 ソフィアはマコの言葉を受け、ため息を突きながらも顔を上げる。


「まあ、確かにな……。先を急ぐとしようか」


 ソフィアは一つ頷くと、レミの明かりを頼りに先頭を行くコータとリュージの後を追いかけた。




なお、本来の正攻法はタンクのガン盾を壁にしてじりじりと接近するものらしい。

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