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log129.レイ・ノーフェリア

 ミッドガルドの一等地に立つ、CNカンパニーのギルドハウスでもある、CNビル。

 イノセント・ワールドをプレイする人間であれば、幾度となく足を運ぶ事になるそのギルドハウスへとやってきた異界探検隊は、入り口ロビーで珍しい光景を目の当たりにした。


「……ん? なんだ?」

「人だかり……? CNビルで?」


 異界探検隊の皆が到着した時、CNビルの入り口ロビーには群集と呼んで差し支えないほどの人だかりができていたのだ。

 ミッドガルドの一等地に立つだけあって、白亜の城を思わせる趣のCNビルであるが、その中身は総合商社の名に恥じず、デパートのような内装を備えている。各階層ごとに決まった種類の商品が販売されており、24時間プレイヤーたちが買い物できるようにNPCたちが店員として常に控えている。品揃えも割りと頻繁に更新されているため、アミューズメントパークのような感覚でこのビルに通うプレイヤーもいる。

 商業ギルドという性質上、販売商品のセールを行うこともあるが、大ギルドの一つに数えられるだけの生産力により、販売する商品の価格はゲーム内における最安値を常にキープしているので、セールを行ったとしても入り口が混雑するほどの人だかりが生まれることは稀だ。買いたい物を、いつでも、安く買えるのがCNカンパニーというギルドなのだ。


「珍しい光景でありますなー。今日は、CNカンパニーで何かイベントが行われる予定でありましたか?」

「んにゃー? コハクはそんなこと一言も言っちゃいなかったが」


 遠巻きに人だかりを眺める異界探検隊。

 さほど急ぐ用事はないので、おとなしく人だかりが解散するのを待つ事にしたのだ。

 だが、人だかりはしばらくしても晴れる様子がなく、むしろ後から後から人が集まってくる始末。

 ミッドガルド中から人が集い、CNビルの中に入ろうと押し寄せているように見える。


「なんか、人がCNカンパニーに集まってきてるね……?」

「っていうかなに? よく見たら、女しか集まってなくない?」


 群集を睥睨するマコの言うとおり、人だかりは全て女性で構成されていた。

 比較的、年若い少女から妙齢の女性まで。全ての女性たちは黄色い声をあげながら、CNビルの中に入ろうと躍起になっている。

 なんというか、まるで事務所の中から出てくるアイドルを出待ちしている風景、に見えなくもない。


「……? ますます意味がわからん。一体、何があるんだ?」


 ソフィアが首を傾げると、女性たちの声色が一際強くなり、さらに人だかりにも動きが見える。

 先ほどまで中に入ろうと必死になっていた女性たちの動きが、まるで中から押し出されるような動きになり始めたのだ。


「あ、人だかりが……誰かが出てくるのかな?」

「CNカンパニーでこういう事になる奴ってーと」


 リュージが思いついた名前を告げるより先に、人だかりを割って中から一人のプレイヤーが現れた。

 すらっとしたモデル体型で、長身の美男子だ。

 彼の周りを囲う女性たちが黄色い声をあげるのも納得の、甘いフェイスマスクにはうっすらと貼り付けたような微笑が浮かんでいる。望んで浮かべている、というよりはいつもの癖で浮かんでしまっているといった風情の表情だ。

 身に着けている装備も、実用性よりもビジュアル性を優先したような見た目優先な雰囲気が漂っている。身に着けた鎧も、彼の甘いマスクをより引き立たせるアクセサリーのようだ。

 人だかりの中をゆっくりと歩いているその美男子の姿を見て、リュージは納得したように頷いた。


「やっぱり、レイか。あいつなら納得」

「レイ? 一体誰だ?」


 ソフィアがリュージに問いかける。純粋に、リュージの口から出た名前が気になったようだ。

 リュージは遠巻きに美男子……レイを眺めながら、彼の説明を始める。


「俺も所属していた、CNカンパニーの傭兵部門でトップクラスの依頼指名率を誇る傭兵だよ。去年行われた、CNカンパニー傭兵部門の人気投票でも堂々の二年連続一位を達成している」

「ケッ。色男って、徳よねー」

「いや、それは我々の台詞では……?」


 渋い顔つきで毒づくマコの台詞に、思わずと言った様子で呟くサンシター。

 マコの言葉に苦笑しながら、リュージはレイの説明を続ける。


「まあ、マコの言うとおり、あの通りの容姿なんで依頼人のほとんどが女性で、票入れてんのもファンクラブを自称する女性たちらしいぜ」

「ゲームの中でも、そういうのあるんだねー……」


 レイの容姿よりも、その周りに集う女性たちの人数に驚いているレミ。


「まあ、依頼指名率と比べると、達成数は芳しくないんだけどな」

「え? そうなんだ……。実はそんなに強くないとか?」

「んにゃ。CNカンパニーの傭兵部門でも、トップクラスの実力の持ち主だよ。レベルも70超えてるし」

「じゃあ、何で達成数は高くないの?」

「単純に、依頼を選り好みしてるからだな。自分の気に入った依頼しか受領しないから、達成数はそんなに多くねぇんだ。達成率自体は、ほぼ100%だぜ」

「ケッ。イケメンな上にキザとか、鼻につくわー」

「マコはなんなんだ。イケメンに親でも殺されたの?」


 マコの毒舌に、思わず首を傾げるリュージ。普段の彼女も毒舌家であるが、ここまで攻撃的ではないはずなのだが。まあ、表情を見るに、ストレートにイケメンなレイのことが単純に嫌いなだけだろうが。

 と、そのとき。


「――ん? そこにいるのは……」


 人だかりを割るように歩いていたレイが、リュージの事に気が付いたように顔を上げ、異界探検隊のいる方に向かって歩いてきた。

 人だかりを率いながら近づいてきたレイは、リュージの姿を確認すると、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「やっぱり。リュージじゃないか。久しぶりだな」

「オッス、レイ。俺がレベリセするって連絡して以来か」


 リュージは一歩前に出て異界探検隊の皆を背中の後ろに庇うように立ちながら、レイに笑顔を見せる。


「そっちはどうだ? 相変わらずの人気ものっぷりだが、景気の方もいいのか?」

「こちらは相変わらずさ。紅白戦も妖精竜(フェアリードラゴン)も、適当に依頼をこなして終わったよ」


 軽く俯き、髪をかき上げながら陰鬱に呟くレイ。なんて事のない動作だが、それだけでもドラマの一場面のように決まっているのは、甘いマスクのせいばかりではないようだ。

 周りの女性たちがあげる歓声も気にした様子はなく、レイは小さく苦笑する。


「依頼の内容も、相変わらずでね……。いっそ、君のように独立できればと思うよ」

「それやったら戦争だな……。やるのはいいけど、俺のいないときにやってくれな?」

「皆に同じことを言われているよ。迷惑はかけないよう、努力はするさ」


 レイは肩をすくめると、リュージの後ろに立っている異界探検隊のメンバーに目をやると、笑いかけながら自己紹介をした。


「はじめまして。俺の名前は、レイ。レイ・ノーフェリア。CNカンパニーの傭兵の一人だ」


 片手を挙げて自己紹介をするレイに、ソフィアを筆頭に、異界探検隊のメンバーも自分の名前を名乗る。


「私はソフィア「俺の嫁です」黙っとれ貴様」

「マコよ」

「サンシターであります」

「僕はコータです。よろしく」

「レミって言います」

「ああ。皆、これを機会によろしくしてくれると、嬉しいな」


 異界探検隊に笑いかけるレイ。彼が笑顔を浮かべるたびに、彼の周りを囲う女性たちの歓声と黄色い声が耳を劈く。

 ……その中に、怨嗟の悲鳴や嫉妬の声が入り混じって聞こえるのは、幻聴か何かだという事にしておこう。

 レイはリュージの後ろに立っている仲間たちを羨ましそうに見つめていたが、しばらくするとリュージに視線を戻し、少し名残惜しそうな笑みを浮かべる。


「もう少し話をしていたいんだけれど……マネに呼ばれていてね。また、機会があれば、クエストでも一緒にクリアしようじゃないか」

「おう。また暇ができたらなー」


 リュージは手を振りながら、去っていくレイの背中を見送る。

 人だかりを引き連れながら、ミッドガルドの中を歩いてゆくレイ。その光景は、さながら大名行列のようであった。

 去ってゆくレイの背中に向かって唾を吐き捨てるマコ。もちろん、フリではあるのだが。


「ケッ。スカした野郎ね。ああいうのは、心の奥底まで腐ってるに違いないわ。女を食い物にする男よ」

「それは偏見なんじゃ……。さすがに言いすぎだよ、マコちゃん」


 決して少女のしてはいけない顔をするマコを宥めるレミ。

 そんなマコを見て、サンシターは不思議そうな顔で首を傾げている。


「一体、何がマコをそこまで駆り立てるでありますか……」

「さあ。さすがにこればっかりゃ、本人が口を割らないと」

「割ると思うか?」

「思わないけど」


 リュージはソフィアに答えを返すと、この話題はここまでとばかりに手を叩く。


「まあ、付き合ってみりゃ普通に良い奴だよ。どうにも、普段の仕草に演技が抜けなくて本人も困ってるらしいがな」

「職業柄という奴か? それは難儀だな……。ちなみに、フレなのか?」

「フレだよ? 傭兵の中じゃ、割と付き合いのあったほう」


 リュージは懐かしそうに、レイの去っていった方向を眺める。


「バフスキルを重ねて使うタイプでなー。他の連中と比べると足並みが揃いやすかったんだよ。他の連中との付き合いがあまりなかったってのもあったかもだが、割とコンビ組むことが多かった気がするな」

「お前なら、そうだろうなぁ」


 ソフィアはしみじみと実感を込めて呟く。

 仮にも一企業の社長一家の晩御飯に自然に紛れ込むくらいだ。彼にしてみれば、容姿や人気程度は気にするほどもないものなのだろう。

 ソフィアは少しだけ考え、リュージの肩を軽く叩いて告げる。


「……まあ、たまには連絡の一本くらい入れてやれ。ゲーム内でも出歩くたびにあれでは、彼も気が休まらないだろうからな」

「ソフィたんがそう言うなら!」

「私が言わなくても、フレ周りの付き合いは維持しておけ……」


 どこまでもソフィア中心のリュージ。

 彼の一直線さに、ソフィアはいつもの頭痛を覚えて頭を抱えるのであった。




なお、こんな感じでアイドルのように祭り上げられているプレイヤーは結構多い模様。

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