log126.軽い準備運動を
セードーとキキョウ、二人の武人が仲間となった翌日。
二人を連れ、リュージとソフィアは再び始まりの森を訪れていた。
まだ二人を探して様々なギルドがイノセント・ワールド内を右往左往しているという情報を、初心者への幸運のジャッキーから得たのだ。客員とはいえ、一応ギルド所属となったセードーたちであるが、日が浅いとなれば強引な手段に訴えるものもいるかもしれない。
あまり人目につく行動もよろしくないということと、キキョウがソフィアと戦ってみたいと言い出したのもあり、今日は始まりの森で二人の決闘を行おうという話になったのだ。
「二人が何ができるのかー、とか、どのくらい動けるのかー、ってのの確認もあるしな。まあ、二人とも武術使った近接戦闘なのは理解しちゃいるが」
「リュージほど多様な戦術は取れないさ。基本的に、近づいて殴る。それだけだ」
自嘲するように呟くセードー。彼にとっては拳の技こそが全てなのだろう。
対し、キキョウは飾り気のない棒を用いた攻撃が得意なようだ。レイピアを構えたソフィアと相対し、棒……もとい棍を振るい、見た目に合わぬ勇猛さでキキョウは怒涛の攻めを敢行していた。
「ヤァー!!」
「シッ! ハァッ!」
縦横無尽に振るわれる棍を払うように、ソフィアもレイピアを鋭く振るう。
リーチの差で言えばキキョウの方が圧倒的であったが、ソフィアはあえてキキョウの間合いの内側に踏み込むことで、レイピアをより深くさせるよう、そしてキキョウの攻撃範囲を逆に制限するように立ち回る。
レイピアの根元で鈍い音と共に打ち払われるキキョウの棍。己の攻撃が遮られる感触に顔をしかめるが、キキョウはすぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「やりますね、ソフィアさん!」
「なぁに。しょせんは素人の手習いだよ」
ソフィアは謙遜するように呟き微笑みながらも、焦れているかのように小刻みに体を揺らす。
キキョウの棍を何とか払えてはいるが、それ以上の踏み込みを許してもらえていないのだ。
ソフィアのレイピアは一本であるが、キキョウは棍の両端を己の武器として操っているためか、まるで二振りの刃を手にしているかのように立ち回っている。
遠巻きに二人の戦いを眺めているセードーとリュージは感心したように呟く。
「素人の手習いというが、実戦的な立ち回りだな。素性としては護身術のようではあるが、それに留まらぬものに昇華されている。良い師に学んでいるようだな」
「機会があれば紹介してもらえるかもだぜ? それに護身で言うなら、キキョウも見事じゃんか。俺ぁ、棒で戦うってのは薙刀で払うみたいな感じの想像してたんだが、まるっきり違うんだな」
両手で持った棍をバトンのようにくるくる回すキキョウ。さながら大道芸のようにも見えるが、ソフィアのレイピアと接触した瞬間に聞こえてくる重い打撃音は、到底芸の範疇に収まる威力ではあるまい。
台風のように棍を振る回しながらソフィアに迫るキキョウを眺めながら、彼女が口にした事のある言葉をセードーは口にした。
「突かば槍。払えば薙刀。持たば太刀、だそうだ」
「うん?」
「杖術で戦うものの心構えのようなものと聞いた。棒にせよ杖にせよ、元来は武器には向かぬもの。だが、どれにも当てはまらぬのであれば型にはめる要もなし、ということなのだろう」
「一本の武器が、そのまま無数の戦いに、って奴か? ……本当に実践できるんなら杖術が最強といえそうだな」
未だ定まらぬ新たな武器の事を考えながら、リュージは軽く笑う。
「ただ、極めるのを怠れば、そういうのはどっちつかずだ。だからこそ、難しいんだよな……極みって奴は」
「……違いない」
拳を握りながら、同意するように頷くセードー。
彼らが見ている中で、ソフィアは自身の手の内に攻勢を呼び戻そうと、力強く一歩踏み込んだ。
「リャァァァ!!」
「っくぅ!?」
力任せの、強引な一突き。
技も狙いもないような、がむしゃらな一撃であったが、キキョウの防御を貫くには十分なものだった。
棍で何とか受け止めることには成功したキキョウだったが、ソフィアの一撃を受け止めきれず、上半身のバランスを崩してしまう。
そこを狙い、ソフィアはキキョウが受け止めたレイピアの部分を支点にするように、ぐるりと体を回しながら一気に彼女の懐へと踏み込む。
「シッ! シャァ!」
「っ!」
そのまま幾度となく斬撃を見舞うソフィア。
棍を盾に、連撃を凌ぐキキョウ。
棍が削れるいやな音が辺りに響き渡り、ソフィアの猛攻に押されるようにキキョウが何歩か下がる。
だが、キキョウもやられっぱなしではない。次のレイピアの一閃を受け止めた瞬間、手の中で棍をコロのように回す。
斬撃の方向に合わせられたキキョウの回転防御が、ソフィアのレイピアをあらぬ方向へと流してしまう。
「っ!?」
「ヤァ!」
自らの攻撃が意図せぬ方に流れ驚くソフィア。
そんな彼女のがら空きの胴体に、キキョウの鋭い一閃が叩き込まれる。
防御が間に合わず、ソフィアの体が後ろへ向けて吹き飛ぶ。
何とか転倒は避けることができたが、次のキキョウの渾身の一撃を遮るには不十分な体勢だった。
「紫電打ちぃ!」
両手を使い、大きくしならせた棍が、ソフィアの頭上に襲い掛かる。
片手で何とか凌ごうとレイピアを掲げ上げるソフィアであったが、勢いの乗った棍の一撃を受け止めきることはできず、そのまま力強く地面に向かって叩き伏せられてしまった。
「っづぁ!?」
「まだですっ!」
キキョウは跳ね上がった棍をそのまま大きく振り回し、地面につきたて再び大きくしならせる。
「紫電打ちぃ!」
下から掬い上げるように放たれた紫電打ち。キキョウの膂力を超えた力の蓄えられたその一撃を、ソフィアは何とか回避する。
「なんのぉ!」
ゴロゴロと転がりながらキキョウの一撃を回避し、跳ねるように飛び起きたソフィア。
レイピアを鋭く構え直した彼女は、力強い不敵な笑みを浮かべてキキョウへと突っ込んでいった。
「やってくれたな、キキョウ! 倍返しだ!」
「なんのまだまだです!」
キキョウも笑顔でソフィアに答え、棍を振り回しながら彼女を迎え撃つ。
体ごとぶつかるような刺突一閃に合わせるような棍の乱撃。二人の戦いは刺突と打撃が入り乱れ始め、乱戦の様相を呈し始めた。
と、そこへ、呆れた表情を浮かべたマコが現れた。
「何してんのよ、あんたらは」
「なにって、決闘?」
「キキョウがソフィアにぜひ、と言ってな。キキョウの技量を見る意味もかねて、ここで遣り合うこととなったんだ」
「……あんたらは想像通りだけど、ソフィアがノリノリなのはちょっと意外だったわね」
楽しそうな表情を浮かべて自分の武器を振るうソフィアとキキョウを見てため息をつくマコ。
彼女の言葉に反論を述べたのは、当然リュージであった。
「そうか? ソフィたんは負けず嫌いだから、挑まれたらまず受けるだろ? 俺とのテスト勝負も、避けたことぁ、一回もないだろ?」
「まあ、言われてみれば? だからって、こんな物騒な立会いでまで、負けん気発揮することぁないでしょうに」
マコの目には物騒に見える両者の決闘であったが、セードーとキキョウは微妙に意見が違っていた。
「いや? まだ二人とも本調子ではないように見えるが」
「軽い準備運動じゃねーの、このくらい? ほら、ソフィたんも笑顔笑顔」
「……いや、あんたらみたいな変人の基準を語られても困るんだけど」
キキョウの振るう棍の風切り音は辺りに木霊し、ソフィアのレイピアが空を貫く鋭い音が耳を裂くように響き渡る。
……なにがどう本調子ではなく、準備運動なのか。マコには理解できない領域だ。
理解を放棄したマコはため息を一つ吐き、首を軽く振りながらセードーへと問いかける。
「……で? 今後の予定にあんたのギルド探しもあるんだけど、あてとかはないってことでいいのよね?」
「ああ。……今回の一件に関して、例の拡散を敢行した輩へ一つ文句は言ってあるので、その返事に多少期待しているところだが」
「期待するなそんなもん。リュージ? あんたの知り合いに、こういう連中を引き取ってくれそうなギルドはないわけ?」
「ないなー。本人たちが望んで所属しに行くならともかく、引き取ってくれるとなると皆無だわ。ほとんどのギルドが、ギルドとして完成してるから」
「まあ、でしょうねぇ……」
なるたけ速めに引き取り手を確定させてしまいたいらしいマコは、もう一つため息をつく。
なかなか終わらない乱撃の立会いを一瞥し、マコは断りを入れる。
「……あんたらの、あの決闘趣味にだけは参加しないからね」
「わかっている。無理強いはしないさ」
「コータはやりたがるかもしれねぇなぁ」
「ほほぅ。それは楽しみだな」
「楽しみにするんじゃないわよ……」
森の中に木霊する乱撃音をBGMに、マコはまた一つ溜息を重ねるように吐き出すのであった。
なお、ソフィアとキキョウの戦いはなかなか決着がつかず、ひとまず三十分程度でお開きと言う事になった模様。