log124.妖精竜、孵化?
「それにしても、生まれてくれないねー……」
「イベントも終わって結構経つんだけどねー……」
「これが、妖精竜の卵か」
「あ、ソフィアさん! これは、イベントのときに?」
「うむ。妖精竜から入手できた、ドロップアイテムで、イベントの説明でもこの卵から妖精竜を孵化させられるとあったんだがなぁ」
一通りの自己紹介も終え、世間話の話題はまだ生まれてこない妖精竜の卵へと移っていたようだ。
ちゃぶ台に乗せられた座布団に鎮座している妖精竜の卵を突くコータたち。
その輪を一歩外から見守りつつ、ソフィアは小首を傾げてつぶやく。
「今更ではあるんだが、こういう特殊なモンスターの孵化方法というのはイベント中に明示されるものではないのか? その辺り、このゲームはどうなっているのだリュージ」
「ん? 言われて見れば、そういうのがイベント中に説明されてる記憶ってのはねぇなぁ。大体卵ゲットしたら終わりな感じだわ」
「なにそれ。不親切じゃないの?」
投げっぱなしといえば投げっぱなしなイベント内容に、マコも今更ではあったが顔をしかめる。
孵化に際し何らか特殊な方法を要するモンスターであるのならば、イベントの最中にそれを説明すべきではないのだろうか?
当然といえば当然の疑問であるが、リュージはそれの回答として部屋の片隅で山積みになっている孵化装置を指差してみせる。
「つっても、ほとんど全てのモンスターはこいつらで孵化できちまうし。伊達に、種族別種類別に孵化装置が分かれてるわけじゃねぇんだぜ?」
「確かコハク殿によれば“この孵化装置の作成自体にも、専門的なスキルを要する上、孵化装置の種類によって必要なスキルも異なる”という話でありましたよね? とあらば、普通の騎乗用ペットモンスターの孵化には必ず孵化装置を用いるものと考えるべきでありますな」
「……なるほど。答えはあるから自分で式を用意しろ、みたいなノリね」
マコは額を押さえ頭痛を堪えるような表情になりながら、微妙な例えを出す。
最終的に求める答えは一緒でも、そこに至るための式が異なると言いたいのだろうか。
そんなマコの珍妙な例えはさておくように、レミはそっと妖精竜の卵を撫でた。
「うーん……。何か足りないのかなぁ? 既存の孵化装置に加えて、環境とか?」
「そもそも孵化装置自体が、そのモンスターの孵化に最適な環境を再現するためのものらしいからなぁ。バジリスクとかくらいかね。俺が知ってる限りじゃ」
「鶏の卵がどうこうってやつ? でもそれって魔獣の作成方法じゃなかったっけ?」
「何でお前がそれ知ってんのん?」
何故かコータから正解が返って来て、胡乱げな表情を浮かべるリュージ。
キキョウとセードーも、不思議そうな表情で妖精竜の卵を見つめている。
「ふむ……? 俺たちが携わったイベントでは、ちゃんと赤ん坊の妖精竜を見ることができた以上、生まれてこないということはないと思うのだが……」
「ですよね……。この子もそうでしたし……」
キキョウは小さく呟きながら妖精竜の髪飾りをそっと撫でる。この妖精竜の髪飾りは妖精竜そのものが変化したアイテム。しかも長の発言を考えると、幼い妖精竜がその身を変化させなければ入手できないアイテムの可能性が高い。
キキョウはレミに一言断りを入れて、妖精竜の卵を抱き上げ、外した妖精竜の髪飾りをそっとこすり付ける。
「ほーら、あなたの兄弟ですよー。でておいでー」
「……いくらなんでも、レアアイテムが孵化条件、ってのはないんじゃないの?」
「仮にそうなら鬼畜過ぎるな……。その後のアイテム入手報告もないし、誰も孵化させられんぞ……」
マコとソフィアは顔を見合わせ、小さくため息をつく。
「しかし、本当にまいったな……。これ以上何か孵化のためにアイテムを入手するのは厳しくないか?」
「リュージの武器散財もあるしね。すぐに揃えられる奴だけでも結構な数があったし、時間のかかる奴を改めて一つ一つ試して――」
などと、今後の孵化方法に関して話をしていると。
「「「「「あ」」」」」
などと間抜けな声が上がる。
ソフィアとマコが声のしたほうに顔を向けると、卵の中から、小さな妖精竜が顔を出し、キキョウの手元を舐めているところであった。
「「は?」」
「わー……ふわふわでかわいー……」
あまりにも唐突な出来事に、ソフィアたちは間抜け面をさらすことしかできず、レミも呆然とした表情でその頭を撫でる事しかできない。
誰もがいきなりの出来事に思考停止する中、いち早く状況を飲み込んだリュージが一瞬で卵まで間合いを詰めて妖精竜の首根っこを引っつかもうとした。
「シャー!!」
鋭い気勢と共に繰り出される手刀染みたリュージの一撃であったが、それを察知した妖精竜は、慌てた様子で素早く卵の中へと潜り込んでしまう。
「がっでむ!」
「「「「「あー!!」」」」」
卵の中へと隠れてしまった妖精竜。
コータたちはリュージの行動に非難じみた声をあげるが、彼は居直るように声を張った。
「なんでいなんでい! ここ数日さんざんっぱらまたされたんでぃ! あの瞬間を逃さずとっつかまえようとして何が悪いんでぃ!」
「なんだそのエセ江戸っ子。とはいえ、今のリュージは悪くないよなぁ」
と、珍しくソフィアがリュージを擁護する。
「理由はわからないが、妖精竜が顔を見せたんだ。だったら、孵化したものと考えて引っ張り出すのは間違ってないだろう。自然牛のお産だって、人間が引っ張って子牛を出産させると聞くぞ?」
「ソフィたん……!」
「頼むから無駄に女神を見るような眼差しやめろうっとうしい。……とはいえ、何で出てきたのよ?」
ソフィアを崇めるように膝を突いたリュージを背後から踏み潰しながら、マコが訝しげな表情でキキョウの抱いている卵を睨み付ける。
「まさか本当に妖精竜由来の品がないと駄目とか? そうなると、キキョウがいなきゃ、どの妖精竜の卵も生まれない事になっちゃうわよ?」
「え、えっと……さすがにそれは……」
今度は妖精竜の卵を持っているギルドに重点的に狙われそうな状況に、キキョウが脂汗を大量に流し始める。
だが、そこでセードーが何かを思い出したように手の平を打った。
「――そういえば」
「あん? 何よいきなり」
「いや、これは妖精竜の長に聞いた話なのだがな? 妖精竜の生殖……というか増殖方法なんだが、成体の妖精竜に溜まった余剰魔力が、新しい妖精竜になるんだそうだ」
「ふぅん? 余剰魔力が?」
セードーの言葉に、マコは眉根を顰めながらも興味深そうに頷く。
「妖精竜は魔力を蓄える性質があるらしいのだが、やはり余剰分は邪魔にしかならないらしい。そのため、ある程度溜まった魔力は、新しい妖精竜として外部に排出する必要があるんだとか」
「排泄の必要がないってのはペットとしてはありがたいけど……」
そこまで話を聞いたマコは、不審げな表情で妖精竜の卵を見据える。
「じゃあ、この卵は一体何なのよ。妖精竜が卵生だから卵なんじゃないの?」
「普通はそのはずであります。そのモンスターの生態に従い、卵生か胎生かが決まっているはずであります」
そして、一から育てるタイプの騎乗用ペットは人間の下で孵化させる都合上、全てのモンスターが卵生という設定になっている。胎生騎乗用ペットもいるが、その場合は商人からの購入かモンスターテイマーになって母体モンスターを入手する必要がある。
卵と称されている以上はこれが妖精竜の卵であるのは間違いないはずなのだが、それにしては実際の生態とずれが生じているのはどういうことなのだろうか……?
「……いっそ考えるより、割ってみるか」
「だなー。そのほうが早いか」
「え、ちょ!?」
そこで難しく考えるのがいやになったのか、キキョウの腕から卵を攫ったセードーとリュージがそれぞれの獲物を手に物騒なことを言い始める。
固めた拳も氷砕きの片手ハンマーも卵を砕くに十分そうだが、コータが慌てて待ったをかける。
「まったまった!? それで中の妖精竜の子どもが傷ついちゃったらどうするのさ!? 絶対反対だよ!?」
「――もちろん冗談さ。本当にやるわけないだろう?」
「HAHAHA。ソノトーリソノトーリ」
「声色に誠意が感じられない! まったくもう!」
白々しい暴力者二名の手の中から卵を取り返し、少し怒ったようにため息をつくコータ。
――と、その時だった。
「……あ!」
「え? ……うひゃ!」
コータが両手でぎゅうっと卵を抱きしめた瞬間、何故か妖精竜が顔を覗かせその耳元に頬ずりをはじめたのだ。
それを見て興奮気味に手を握り合うレミとキキョウ。
「また出てきたよ、キキョウちゃん! カワイイ~!」
「はい! 妖精竜の巣にいた子たちも、あんな感じでお互いに擦り寄っててかわいかったんですよー!」
「いや、かわいいのはいいのだが、一体何故出てきたんだ!?」
「魔力がどうこうってことは、その辺りが理由……!? 後、そこの狩人どもステイ! 今はちょっと待ちなさい!!」
妖精竜の出現を確認し、リュージとセードーが腰を低くしながらコータへとにじり寄る。
コータもじりじりと後退しながら卵と妖精竜を庇うように抱きかかえた。
「だ、だめだめ! この子が怯えちゃうでしょう!?」
「だが出てきた以上は逃すわけにもいくまい」
「そう何度も逃げられると思うなよ、俺たちから……!」
「無駄に迫力を出すんじゃない! 落ち着けバカども!」
「ぐっ」
「ぎゃぉん」
慌てて拳骨にて狩人どもの鎮圧を図るソフィア。
これでまた卵の中に引っ込まれ、その上、二度と出てこなくなってはどうしようもない。
ひとまず出てきてくれた妖精竜はコータに任せ、しばらくの間見守ってみる事にする。
「これで体全部出てきてくれたら、生まれたってことでいいんだろうか……?」
「いいんじゃないの……? あれだけかっちり育ってんだからさ……」
卵の中から出てきてもらおうと悪戦苦闘し始めるコータを眺めながら、ソフィアとマコは今日何度目になるかわからない溜息を吐くのであった。
なお、最終的に妖精竜は引っ込んでしまった模様。