log123.客員を迎えて
セードーとキキョウが、異界探検隊への客員入りを果たした翌日。
「よろしくね、二人とも!」
「こちらこそ、よろしく頼む」
「キキョウちゃん! さっそくフレになろうよ!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
コータとレミは諸手を挙げて二人の存在を受け入れ、さっそくフレになるべくクルソルを取り出し。
「………………」
マコは部屋の片隅に陣取り、じぃっとセードーたちを無言で睨みつけていた。
セードーたちはそちらの方には極力視線を向けようとしていないが、無言の圧力を感じているのか今にも冷や汗を流しそうな気まずい表情を浮かべている。
「……説得失敗したんですか、サンシターさん?」
「い、いえ……一応、納得はしてもらったでありますが……」
ログイン早々、マコからワンパン喰らってのされているサンシターは軽く痙攣しながら答える。
「ただまあ、やっぱり見知らぬ誰かが一緒にいるというのがその……気になるらしく。しばらく放っておいて欲しいとのことで……はい」
「……まあ、相談もなく話を進めた我々にも非はあるな……。その苛立ちが彼らに向かないだけまだましと見るか……」
ソフィアは小さくため息をつきながら、サンシターの隣でピクピクと痙攣しているリュージへと視線を向ける。
「……で、お前は何でサンシターさんと一緒にのされてるんだ?」
「“借りてきた猫ちゃんみたい!”と煽ったら一瞬で……オゴゴゴ」
「自業自得だな」
煽れば当然逆鱗にも触れよう。
もうそれ以上リュージに触れることをやめたソフィアはもう一つため息をつくと、マコの方へと近づいていった。
「……あー、マコ?」
「……なによ」
ソフィアが声をかけると、マコはぶっきらぼうに返事を返す。
少なくとも、返事をしたくないほど機嫌が悪いわけではないらしい。その事に内心安堵しながら、ソフィアは彼女へと謝罪を始めた。
「その、すまなかった。たとえ一時的な措置であるとはいえ、ギルド内に赤の他人を招くのに皆の判断を仰がなかったのは、私の不徳だ」
「……別に構やしないわよ。噂話を聞いてりゃ、結局レミたちが助けようって言い出すのが目に見えてたし」
そっぽを向きながら答えるマコ。
いずれにせよ、セードーたちを保護しようという話の流れになっていただろうと口にしながらも、その事実に対し苛立ちを隠せていない様子だ。
そうなるのを理解しているのと、納得するのは意味が違うと言うことだろうか。
「……まあ、それでもやっぱり、リアルでどんな奴かわかんない連中がギルドハウスの中で歩くってのは、気になるわよ。それは、どうしようもない。そうでしょ?」
「……ああ、そうだな」
マコの言うとおりだろう。
セードーもキキョウも、ゲーム内では武人然としているが、現実ではどうかわからない。
ゲームであってもいつもどおりに動くリュージのような人間もいれば、ゲームだからこそいつもと違う自分を演じる者もいるだろう。
セードーたちがどちらに属するのかは、リアルの彼らに接する機会がなければ判別できない。そんな機会が訪れるかどうかすらわからない以上、今見ている彼らの姿が演技なのか素なのかをはっきりさせる方法はないだろう。
ソフィアはマコの言葉を肯定しながらも、それでもセードーたちを擁護するべく口を開いた。
「……だがな、マコ。リュージと戦った彼の筋だが、少なくとも一般的な素人に再現が可能なものとは私には思えない。見ていないマコに信じろと言うのは酷な話かもしれないが、セードーに関しては武術に真摯な人間だと私は思う」
「……それに追随するリュージもだけど、あんたも大概武術的バカよね」
「そんな、武術バカと揶揄されるほどのめりこんでるわけではないんだがな……」
単に執事長仕込みなだけで、と呟くソフィア。
そんな彼女の言い訳を聞かなかったフリをしつつ、マコは体の緊張をほぐすように軽く息を吐き出した。
「……まあ、一週間だけなんでしょ? そんだけ我慢してりゃ、向こうも勝手に出て行くなら、少しくらいは黙ってるわよ」
「ああ、それは当然……だよな? リュージ」
ソフィアが水を向けてやると、体を起こしたリュージが肯定するように一つ頷いた。
「おう、一週間こっきりよ。客員期間が経過したら、同じギルドに客員として迎えるには一ヶ月待たなきゃいけないからな。まあ、一ヶ月経ってから客員として戻ってくるんなら、そもそも普通にギルドメンバーに迎えてやれって話だが」
「それは絶対になし。いいわね?」
「おーけー。俺だって、むやみにメンバー増やしたいわけじゃねぇさ」
リュージは肩をすくめ、コータたちと世間話に興じるセードーたちの背中を見やる。
「大体にして、セードーらと俺らじゃ求めるもんが違うだろうしな。その部分で噛みあわねぇんじゃ、一緒にいたって面白くねぇだろうし」
「……だろうな」
リュージの言葉に、ソフィアは一つ頷く。
リュージとセードーの立会いを遠目に眺めていただけではあるが、それでもセードーがその拳に……空手に対してどれだけ真摯なのかはよく伝わってきた。
キキョウの方は、まだ奇襲の際の一手しか見ていないが、流派を名乗った以上は彼女の杖術に欠ける情熱は一般人以上なのだろう。
ならば彼らが求めるのは同好の士であるはずだ。同じように武術を育むことのできる輩こそ、彼らが真に求める仲間であるはずだ。
異界探検隊は、ただ漠然とこの世界を楽しむ身内ギルド。こんな緩やかな場所で、彼らが満足できようはずもない。
「見据えている先が違うのでは、話も合うまいな。そう考えれば、一週間と言う期間はちょうどいいのかもしれん。お互いに話が合わずとも、たいした摩擦もなく別れられる時間であると言えなくもない」
「そういう考え方すっとドライよね。まあ、そんな深刻に悩む必要もねーと思うけど」
「あんたはそうでしょうよ、嫁星人。こちとらただの一般人だから、人間関係にゃ気を使うのよ」
「何を言うか貴様、嫁関連の人間関係にゃ人一倍敏感なんだぞ!?」
「だったら自重を覚えろ……頼むから……」
たびたび自身の夕食卓にもぐりこんでくるリュージを嗜めるようにぽかりと頭を叩きながら、ソフィアは思い出したように顔を上げる。
「あっと……。そういえば、セードーと戦った時の武器は全部回収してるんだよな?」
「そりゃもちろん? 一本だけでもそこそこ値が張るもんだし、あとでNPCに売るためにも常に持ち歩いてるよ?」
「それは重畳。ならば、そろそろ新しい武器候補は決まっているんだろう?」
「いやー、それがなかなか……。なんかしっくり来る武器が決まらなくてねー。なんでじゃろ」
ソフィアの問いかけに、珍しく困惑したような表情で首を傾げるリュージ。
先のイベントで草剣竜製のバスタードソードを失って以来、新しい武器を探すように様々な武器を買いあさっているリュージであったが、未だに次に使用する武器を定められないでいた。
所持しているカテゴリーギアは剣に由来するものであるため、候補に挙がるのはやはり剣系統のものであるのだが、リュージはそれ以外でも問題ないといわんばかりに種々様々な武器を試し、そして一本に絞れずにいる。
「あれかねー。形かなにかが悪いんかねー? どうにもうまく、きちーっと型に嵌る感じがしなくて……」
「リュージ」
言い訳するように口を開くリュージであったが、ソフィアはそれを遮り、彼を嗜めるようにはっきりとこう言った。
「何をためらっているのかは知らないが、自分にあった武器の心当たりがあるならさっさと試せ。いつまでも苦心しているお前を見ているのは見苦しいからな」
「……ウィッス」
ピシャリと言い切られたリュージは、ただ頷く事しかできない。
そのままセードーたちの下へと歩いてゆくソフィアの背中を見て、リュージは小さく苦笑することしかできなかった。
なお、実際に客員システムを活用するのはソロプレイヤーくらいである模様。