log122.客員として
「でー……何の話してたんだっけ?」
「自己紹介から先に進んでいなかったと思う。ともあれ……俺は空手を。キキョウは杖術を修めている」
「どうぞ、よろしくです」
それぞれの自己紹介に、リュージは一つ頷く。
「そういやそうか。まあ、しかしなんだな。今回はずいぶんな騒動に巻き込まれたよな二人とも」
「そうだな……。カネレの行動が引き金で、こうまで大きな騒ぎが起こるとは思わなかったな……」
セードーの言葉に、一つ疑問を覚えたソフィアはリュージに問いかける。
「……カネレというのが誰か、お前は知っているか?」
「カネレ・カレロ。イノセント・ワールドを最初期からプレイしているトッププレイヤーの一人で、このゲーム屈指のトラブルメーカーだよ」
リュージは一つため息をつくと、自分の知るカネレ像を語り始める。
「まあ、本人に悪意はねぇんだが……世間の評価やらなんやらに無自覚と言うかなんと言うか。自分が楽しいと思ったことを、すぐやるんだよ。その良し悪しに関わらずな」
「良し悪しに関わらず……?」
「ああ。例えば今回で言えば……セードー。ひょっとして、お前はカネレのフレになったのか?」
「ああ。キキョウと一緒に……それが?」
「だからかね? セードーがキキョウと一緒に、最上位のレアアイテムを一番最初にゲットしたわけだけど、そのことを皆に自慢したかったんだろ。俺の友達が超ラッキー!みたいなノリでな」
セードーはその解釈に、首を傾げながら彼の言葉を思い出す。
「カネレはなんというか、我々にイベントを即時攻略されたのが悔しかった様子だったが……」
「まあ、半分は逆恨みもあるんじゃねぇの? というより、やっぱ開発サイドなんだな、アイツ。そういう噂は聞いてたけど」
「開発サイドなら、むしろイベントを遊びつくしてもらえたことに感謝すべきじゃないのか……?」
カネレという人物の行動に不審を覚えたのか、ソフィアが眉根を寄せる。
なんというか……行動に子どもっぽさを覚える。後先を考えないところや、そのときの感情に任せた行動。子どもが癇癪を起こした時のような、軽い頭痛を覚える感じの迷惑だ。
今回の場合、軽い、では決してすまないような騒動が起こっているわけなのだが。
ソフィアの感想を聞いて、リュージも軽く苦笑する。
「カネレの場合、もっと長く楽しんで欲しいってのもあるんじゃねぇのかねー? このゲームを味わいつくしているであろう人間の一人だし、セードーたちは初心者なんだろ? なら、もう少し妖精竜と戯れて欲しかったんだろうさ」
「言われて見れば……これを手に入れてからは、妖精島にも行かなかったからな……。そう考えると、カネレにも悪いことをしたか……」
「フラムちゃんと一緒でしたものね……確かに、申し訳ないかもです」
さらしの下に隠した夜影竜の紋章をゆっくりと撫でるセードー。キキョウも妖精竜の髪飾りを手に入れており、二人としてはそれ以上妖精島に滞在し続ける理由もなくなってしまっていた。
故に、イベントが終わるまではアラーキーと一緒にフラムを愛でていた訳なのだが、開発側としてはもっとイベントに触れて欲しかった思いはあるだろう。
反省するように肩を落とす二人を見て、ソフィアが小さく呟く。
「……いや、拡散行為は決して褒められるものではないし、イベントへの参加は君たちの自由意志だからな? むしろカネレとやらがもっと責められてしかるべきだからな?」
ソフィアは一つため息をつきながら、リュージの方を向き一つ提案をした。
「なあ、リュージ。この二人だが、うちのギルドに匿うのはどうだ?」
「ん? 唐突やね、ソフィたん。一体どしたん?」
「いや、なんというか……。放っておくには、あまりにも……その……」
ソフィアはカネレの事を考えて落ち込んでいるセードーたちを見て少し言いよどみ、リュージの傍に近づいて声を落とした。
「……純粋と言うか、天然と言うか……正直言って迂闊すぎる。放っておくと、悪い方向に嵌ってしまいそうで……」
「ああ、うん。言わんとするところはわかるわ、俺も」
ソフィアの言葉に、リュージは同意するように頷いた。
この二人、良くも悪くも世間知らずな一面が見え隠れしている。
武術の流派を聞きもしないのに答えた辺り、武術に一身一途なのだろう。おかげで、戦う事に関しては人並み以上どころか超一流だが、それ以外がてんでおざなりだ。
正直に言えば、今日まで無事にいられたのが不思議でならない。悪い連中の口車に乗せられた挙句、このゲームを引退する羽目になったプレイヤーの噂話など枚挙に暇がないのだ。この二人とて、その噂話の中に名を連ねる可能性はいくらでもあっただろう。
「サンシターの知り合いで、サンシターが気にしてたから会っただけだけど……。このままさようならっつーのは目覚めが悪いわなー」
彼ら二人を異界探検隊で保護する義理は、はっきり言えばまったくない。完全にサンシターの善意が行動理由だ。場合によっては、レアアイテムを狙う悪徳ギルドに異界探検隊が狙われる可能性もありうるだろう。
だが、だからといって今日はこれにてさようなら、では目覚めも悪い。場合によっては、次の日に二人がこのゲームを引退してしまったなどという胸糞の悪いニュースを聞く可能性もありうるのだ。
「身内ギルドとして立ち上げたわけだが……まあ、その時々だわな」
リュージは一つ頷くと、セードーたちに姿勢を正して向き直る。
「ところで、二人とも。どこか所属するギルドにあてはあるんかい?」
「あ……その、それは……」
「……あては、ない」
リュージの問いに対し、セードーは暗い表情で首を横に振る。
「俺もキキョウも、このゲームを初めて日が浅い。頼れる友人は、ほとんどいない……」
「ゲームを始めるきっかけになった人物はいないのか? その人には頼れないのか?」
「……ごめんなさい。その、その人はこのゲームをやっていなくて……」
ソフィアの問いに対してキキョウは申し訳なさそうに答え、セードーも無言で首を横に振る。
二人を取り巻く環境を確認し、リュージはもう一度頷くと二人に提案した。
「なら、うちのギルドの客員にならないか、二人とも」
「……? 客員、か? それはなんだ?」
「まあ、簡単に言えば、ギルドお試し期間みたいなもんだ。一週間限定だが、お前さんたちをうちのギルドの人間として迎え入れることができるんだよ」
リュージの説明に、セードーが小さく首を傾げた。
「お試し……? そういうのも、あるのか」
「多分、このゲーム独自なんじゃないかとは思うけどな。やっぱりギルドにゃ人によって合う合わないがあるからな。そういうのを確かめるためのシステムが、客員システムさ」
ギルドに入ってみたはいいが、そのギルドの活動内容や雰囲気が肌に合わずにギルドを即脱退すると言う経験は、MMORPGあるあるの一つに上げられるだろう。
だが、ギルドから脱退してしまうと、その後24時間の間は別のギルドへの再加入や自分でのギルドの立ち上げなどが不可能となっている。ギルド対抗戦を初めとする、特定のイベント開催中などではギルドの脱退自体が不可能と言うこともある。
だが、ギルド客員システムではギルドの脱退と加入に関する制限がほとんどない。特殊なイベント期間中でも、様々なギルドをはしごすることが可能となっている。
もちろん、あまりにも脱退と加入が多すぎるようであれば警邏系ギルドはもちろん、運営からも警告が発せられるのは言うまでもない。しかし、逆に言うのであればそうでもない限りは実際に脱退と加入に関わった人間たち以外からは非難されないわけだ。
こうしたシステムは、ギルド対抗戦の折にソロプレイヤーを一時的に自ギルドに招き入れる以外では、今回の騒動の時のように、渦中のプレイヤーを一時的に匿う際に使用される。
セードーたちが他のプレイヤーたちに群がられる大義名分は「ギルドに所属していないから」だ。ならば客員となれば「ギルドに所属する予定がある」と言い張れるわけだ。
「客員効果のある一週間以内に次のギルドを探す必要はあるんだけど、少なくともその一週間の間はある程度騒ぎを押さえ込めると思う。そっちが良けりゃ、ではあるんだがどうよ?」
「それは……こちらにとっては非常にありがたい話だが……」
リュージの誘いを聞いたセードーは、困惑した様子で逆に問いかけてきた。
「何故、そんなにこちらのことを気にかけてくれるんだ? そちらにとって、メリットなど何もないだろう? いずれ、ギルドを去ることがわかっている客員など……」
「そりゃもちろん、嫁の――」
「オホン」
「――まあ、単純にお前さんらのことが気がかりだからだよ」
余計なことを言いかけるリュージであるが、すぐにそれを訂正する。
軽く笑いながら、セードーとキキョウを交互に見やるリュージ。
「なーんか放っておけないっていうの? 危うい感じがするっていうか。お前さんら、家族や友達に迂闊だとか、危なっかしいって言われてんだろ?」
「うっ」
「心当たりが……」
「だろ? そんな連中を放置できるほど、俺も鬼にゃなれねぇからな。身内ギルドだから増員は勘弁だが、フレになるくらいはいいだろ?」
「「………」」
セードーとキキョウは、迷うように顔を見合わせる。
しばし無言で見詰め合っていた二人は、やがて一つ頷き合うとセードーへと向き直り頭を下げてきた。
「……しからば、一時の仮宿として異界探検隊の客員とさせていただきたい」
「客員となるからには、その間、異界探検隊の皆様のお邪魔にならぬよう、精一杯頑張らせていただきますので!」
「そう畏まるなって。なあ、ソフィたん?」
「それをやめんか。……客員入りに関しては気にしないでくれ。私が言い出したことだしな」
ソフィアは頭を下げている二人にやわらかく微笑みながら、サンシターの方を向く。
「あー……っと。サンシター。マコへの説明をお願いしてもいいだろうか……? 私は、レミに連絡を入れておくから」
「承ったでありますよ」
「じゃあ、俺はコータに連絡入れときますかね」
完全に事後承諾となってしまったが、まあコータとレミは大丈夫だろう。問題はマコだが……サンシターが宥めてくれれば、まあ何とかなるだろう。
コータへとメールを送りながら、リュージはセードーへと笑いかける。
「――ほんじゃあ二人とも、一週間と言わず、これからもよろしくな?」
「ああ……こちらこそな」
セードーはリュージに笑って答えてくれた。
いうまでもなく、マコは賛同しなかった模様。