log120.決着と誘い
「っづぉ!? ……っとぉ」
弾き飛ばされた武器を視線で追い、それが木の幹に突き刺さるのを見て、リュージは嘆息した。
「あれが最後だったんだがなー」
「勝負あり、か」
戦いが始まったときに比べれば、格段に穏やかな口調でセードーが呟く。
恐らく、こちらの方が本来の彼なのだろう。
リュージは不敵な笑みを浮かべながら、軽く肩をすくめて見せる。
「いやぁ? まだまだ奥の手があるかもだぜ? 油断は禁物ってな」
「確かに。貴方なら、一つ二つは奥の手を隠し持っていそうだ」
武器の全てを失ってなお、不敵な態度を崩さないリュージを油断なく見据えながらも、セードーは確信を持って彼に告げる。
「……その手の中に、本来の得物があるのならば、だが」
「………」
リュージは一瞬、言葉につまる。
何よりも雄弁に語る彼の沈黙を前に、セードーは残念そうに呟いた。
「理由は知らないが、慣れない得物でここまで戦えたことこそ賞賛に値するだろう。これだけの数の武器を、十全に操るなどただの一般人ではないとお見受けする」
「……いやぁ、ただの一般人さ」
リュージは、あちらこちらに突き刺さっている武器を眺めながら、頬を搔く。
剣やナイフは当然のように。その間には斧やハンマーのような重量武器に、槍を初めとする長柄物。レイピアのような細剣に、ゆるりと曲がったカトラスのような曲刀。大剣に、手裏剣に、ナックルダスター……。大よそ、人間が手にして戦うであろうと推察できる近接武器が、辺り一面に広がっていた。
セードーは散らばる武器の合間に足を踏み入れながら、拳を軽く固める。
「ならば、才気に溢れた人間だと言わせてもらおう。それだけに残念だ。これほどの武人と本気で戦えないなどとは……」
「そりゃ申し訳ない。元々の得物は再出発の支度金に消えてね」
微かに足を擦り、後退しながらもリュージは笑みを崩さない。
セードーは深入りしないように注意しながら、拳をゆっくりと上げる。
「そうだったか。残念だ。……俺たちを探していたのは、だからか?」
「んにゃ。お人よしの抜け作のためさ。お前さんがたが心配だったんだと」
「………それは悪いことをしたな」
こちらを不安げに見つめているサンシターに向かってそう呟きつつ、セードーは腰を落とす。
「だが、一度上げた拳を、そのまま下ろすなどできはしない」
「そいつは同意だ。経緯どうあれはじめたケンカ、ケリもつけずに終われねぇさ」
だらりと腕を下げながら、リュージも微かに腰を落とす。
いつでも飛び出せるように構えた互いを見据え、二人はポツリと呟いた。
「……できれば、穏便に出会いたかったぞ」
「なに。こいつはゲームだ。やり直しなんざ、いくらでも効くさ」
自嘲するように呟くセードーに、リュージは軽く笑いながら答える。
セードーも、その言葉に微かに笑い――。
ドンッ!!
爆ぜるような爆音と共にリュージへと一気に踏み込んだ。
大地が震えるような踏み込みと共に、あたりに散らばっていた武器が、宙へと浮かび上がる。
瞬く間に間合いを侵食したセードーは、固めた拳を一息にリュージに向かって叩き込む。
リュージは横に跳ぶようにしてそれを回避し、次の動きに入ろうとする。あちらも拳を固め、セードーに攻撃を加えようとしているようだ。
それを視界の端で捉えたセードーは、微かにいぶかしむ。
(素手での勝負で勝ち目がないのは明白。何故、それを選ぶ?)
短い立会いの中でも、リュージの力量は把握できた。レベルに見合わぬ力を持った、古強者だ。恐らく、このゲームに長じているのだろう。再出発といっていたことからも明らかだ。
だからこそ解せない。戦力差は明白。捨て身の特攻など割に合わないのは理解しているはず。ならば、彼の選択肢の意味は?
刹那の中で思考するセードー。だが、その答えは程なく知れた。
横に跳んで動いたリュージの足が、散らばっていた武器……長槍の柄を一つ踏んだ。その下に転がっていたハンマーの頭を支点に、長槍が勢いよく跳ね上がる。
すると、その上に横たわっていた長剣が一緒に跳ね上がり、リュージのすぐ傍まで跳ね上がった。
次の瞬間、彼はその横っ腹を思いっきり殴り、セードーへ向けて弾き飛ばした。
「ッ!」
破れかぶれのようにも見えるその一撃を、セードーは慌てて弾き飛ばす。
これで終わらない。セードーはそれを確信していた。
リュージは……剣を弾き飛ばす前に拳を固めていたのだ。
(偶然ではない……!)
リュージはセードーの考えを証明するように、足元に転がっていたナイフをしゃがんで素早く投げ飛ばす。
リュージが投げた二本のナイフはセードーへは飛んでゆかず、てんで的外れな方向へまっすぐ飛び、その先にあったセードーが宙に浮かせた武器にぶち当たる。
ぶち当たったナイフはそのままあらぬほうへと飛んでいったが、弾かれた武器たちはセードーのほうへ向かって降りかかってくる。
それも何とか弾き返しながら、セードーは戦慄する。
(宙に浮いた武器を弾いて飛ばすか……!)
偶然ではありえない。適当に投げたところで、武器がセードーのほうへと飛んでいくように仕向けるのは至難の業だ。狙った一撃だろう。
そうでなければ―――リュージの手の中に拾った武器があることなどありえない。
「いくぞオラァァァァ!!」
リュージの咆哮と共に、彼の手の中からサイと呼ばれる三叉の小剣が投擲される。
鋭く飛翔するサイを、セードーは再び弾き飛ばそうとするが、それより早くリュージが投げた手裏剣がサイを叩き落した。
「ッ!?」
完全に不意を打たれたセードーは、叩き落されたサイが自らの足を貫くの黙って受け入れてしまう。
足の甲を貫通し、地面に縫い止められたサイは、少し力を入れれば抜けそうな程度の刺さり方であったが、リュージはそれを抜くことを許さない。
セードーの動きが止まった一瞬で、長槍を使い、彼の太ももを地面に縫いとめてしまう。
「ぐっ!?」
「オオオォォォォォ!!」
リュージの攻勢は止まらない。あたりに散らばった武器を拾い、それをセードーの体へと突き刺してゆく。
拾っては刺し、拾っては刺しを繰り返すリュージ。ほとんど無拍で行われるリュージの攻撃を前に、セードーは驚きを忘れ、感心し始めていた。
(完全に予想の外された。武器を拾うのは考えたが、まさかこちらが浮かせた武器を弾くなど……)
「ッシャァァァァァァ!!」
止めとばかりに振り上げられたのは、最初にリュージが手放したグレートソード。
セードーはその刃をまっすぐに見つめながら、小さく笑った。
「俺の負け、だな」
次の瞬間、体中に突き刺さった武器ごと、グレートソードで叩き潰されるセードー。
武器が次々に破壊される轟音を響かせながら、彼は容赦なく始まりの森の広場の中へと埋まってしまった。
リュージはしばらくの間、全力でグレートソードを振り下ろした体勢で固まっていたが、決闘場が解除された音を聞いて、詰めていた息を吐き出して叫んだ。
「―――っだぁー! 勝てたァー!!」
そのまま仰向けに寝転がり、荒く息を吐き出す彼を見て、ソフィアは一つため息をついた。
「……あの状況をひっくり返すか。相変わらずおかしいな、お前は」
「……勝ったで、ありますか? いや、え?」
サンシターなど、リュージの勝利がいまいち確信を持てずに首を傾げている。
近づいてきたソフィアを仰向けのまま見上げ、リュージはまた叫んだ。
「いやもう、ホント奇跡ですよ! こんなガチ武人に初見、かつ、カグツチなしに勝てたんわ! よう勝てたわ、俺!」
「自分で言うか、まったく……。浮いた武器を弾いて隙を作るなんぞ、よく出来たものだな?」
リュージの取った戦術を口にするソフィア。普通は、思いついても実行には移さないだろう。
呆れと賞賛の入り混じったソフィアの言葉に、リュージも笑いながら答えた。
「俺も良くうまくいったと思うわ。ハッハッハッ!」
「……おい、まさか?」
「はい、ぶっつけです。そばをかすってくれたら儲けもの、くらいでした。サイでやった、足縫いくらいはやったことあるけど」
「お前……」
まさかの大博打であった。セードーの足を止めた、中空二連弾きがうまくいっていなければ、今頃打倒されていたのはリュージのほうであっただろう。
グレートソードに押し潰されているセードーのことを不憫に思いながら、ソフィアはため息を一つついた。
「浮かばれないな、彼も……」
「まあ、勝負は時の運ですし。ともあれ、これで噂の片割れは押さえたわけだ」
リュージが体を起こしながら呟くと、サンシターは今更気が付いたように声をあげた。
「そ、そうであります! あと一人! キキョウ殿がまだいるはずであります!」
「キキョウ……確か、女の子の方か。ここにいないのであれば、別の所でおとなしくしているか、そもそもインしていないかのどちらか……ッ」
ソフィアはそう呟きながら、腰のレイピアに手を伸ばす。
彼女がレイピアに手をかけた瞬間、森の天井から一人の少女が襲い掛かってきた。
「エェーイ!!」
「ッ!?」
甲高い気勢と共に強襲してくる少女の姿を見上げ、サンシターが声なき悲鳴をあげる。
抱え上げられた棒は、狙い済ましたようにソフィアの頭上へと叩きつけられた。
だが、ソフィアはそれを迎撃する。
抜き払ったレイピアを素早く頭上へと突き上げ、そのままスキルを発動した。
「ソード・ピアス!!」
元来は一定距離を加速する突進スキルであるソード・ピアスを、上空に向けて解き放つソフィア。
体を加速するはずのエネルギーは、加速すべき物体を失い、レイピアの切っ先から解き放たれる。
解き放たれたソード・ピアスは切っ先から衝撃波のように拡散し、強かに少女の体を打ち据えた。
「キャァ!?」
「……インはしていたようだな」
ソフィアは軽くレイピアを血振りしながら、空中から叩き落された少女……件のもう一人である、キキョウを睨み据える。
リュージはセードーを土の下から掘り起こしながら、キキョウへと問いかけた。
「なんかいるなー、とは思ってたけど、まさかずっと木の上に待機してたのか?」
「……はい。セードーさんが、いざと言う時には逃げて欲しいから、と」
キキョウは手にした棒を握りしめながら、全てを諦めるように頭を垂れてリュージに答えた。
「今回の騒ぎで、私はセードーさんに迷惑ばかりで……。せめて、彼を倒した貴方たちに一矢報いたくて……」
「じゃあ俺を狙えよ! 人の嫁を狙うたぁ、ふてぇ野郎だ! ほそっこいけど!」
「え? 嫁?」
「そーどぴあすー」
「うわらばっ!?」
余計なことを抜かす愚か者をつつがなく貫き転がしながら、ソフィアはキキョウの方を見やって一つ提案した。
「まあ、一矢報いるのはあとで受けよう。それより、傷ついた彼を治療したい。我々のギルドハウスに、招かれてはくれないかな?」
「………………はい」
吹き飛ばされたリュージに目を丸くしながらキキョウは、ソフィアの言葉にカクカクと頷いた。
キキョウの返事に満足げに頷きながら、ソフィアはサンシターと共にセードーの発掘作業を開始するのであった。
なお、リュージにはソフィアの攻撃を受けないという選択肢がない模様。