log12.創意工夫
イノセント・ワールドにおけるリスポンのデメリットは5分間のインターバルが生まれることである。
ログイン時間そのものに制限のつくイノセント・ワールドにおいて、この上なく厳しい罰則といえなくもないが、それをなかったことに出来るアイテムは一応存在する。
「それがこれ。蘇り骨粉と呼ばれるものだ」
「なにそれ」
ジャッキーが手にしている、天使のわっかが描かれた白い布袋を見て、マコが胡乱げな表情になる。
図案からだいたい効果は想像がつくが、ジャッキーは袋の口を広げながら説明を始める。
「これをリスポン地点に向かって撒くと、パーティメンバーとして登録されている復帰待ちの者たちを即座に復帰させることが出来る課金アイテムだ。数ある産廃課金アイテムの中でも、それなりに効果のほどを見込めるアイテムだな」
「課金アイテムが産廃ってどうしようもないわね……じゃあ、このアイテムは必須課金?」
「いや。このアイテム、金額にして日本円で一つ五百円するのでな。使用するにしても、仕様上自分には使えない。無料の五分と五百円の一瞬、天秤にかけてどちらが重いかといわれれば……」
「そりゃ無料の五分ね」
五分という時間も微妙に苛立たせられるが、それでも他人のために五百円を使えるかという話だ。もちろんアイテムトレードで事前にパーティメンバーに渡しておけるが、死ぬかどうかもわからないのに五百円を事前に支払うというのも抵抗を覚える話だ。
だがジャッキーは特に気にする様子もなく、リスポンフラッグ周辺に蘇り骨粉を撒く。
躊躇ないその姿に、レミは逆に戸惑ってしまう。
「い、いいんですか、ジャッキーさん!? そんな、あっさり……」
「所詮お布施代わりに課金した時のあまりものだ。一応、このリスポンに私の責任がないわけではないしな」
「ふぅっかぁーつぅー!!」
骨粉を撒いた瞬間に、リスポンフラッグの傍にリュージが大声を張り上げながら立ち上がる。
演出もなくノータイムで復活する辺りはさすがの課金アイテム……だろうか?
他の二人は旗の傍にへたり込み、ずいぶん気落ちした様子で頭を垂れている。
「あんな……あんなあっさりやられるなんて……」
「あっさりすぎる……こんなに、厳しいゲームだったなんて……」
「ああ、ソフィたん!? ソフィたんは悪くないよ! 悪いのは魔術師のマジックアローなんて産廃にぶっ飛ばされた俺なんだから!」
リュージにしては珍しく、嫁を愛でるのではなく嫁をフォローしに走った。普段の彼であれば「落ち込むソフィたんもかわゆいよハァハァ」くらいは言ってのけそうなものだが、さすがに初プレイの初リスポンに精神ダメージを受けているソフィアを気遣う程度の空気は読めたようだ。
「さあ元気出して! 今度はきっちり俺がお守りするから! コボルトだかゴブリンだかわからんかったけど、産廃魔法振り回して喜んでる三流魔術師なんぞ、三枚に下ろしてせしめるから!」
「いいんだリュージ……アレは私の迂闊だった……。いくら仲間が倒されたからとて、あんな風に激昂して突撃して……くぅ……!」
ソフィアが悔しそうに地面を叩く。よほど先の自身の突撃が悔しかったらしい。
コータも同じようにがっくり項垂れていたが、しばらくすると顔をあげて深いため息を付いた。
「はぁー……ホントに、油断というか……侮ってたなぁ……。こういうゲームだと、まず序盤で死んだりはしないからなぁー……」
「あれ、そうなの?」
「まあ、普通のVRMMOだとリスポンというか死亡判定に不利になる要素が多いって聞くし。なるたけ、序盤は死なせないように作るもんじゃないの?」
マコはそういいながら、薮睨みでジャッキーを睨み付ける。
ダンジョンに入る前のリュージの妙な反応も、これで納得がいった。つまりこれを予見していたということだ。
マコの視線を受け、ジャッキーは軽く肩をすくめて見せる。
「他のゲームはプレイしたことがないので何ともいえないが、このゲームに関しては序盤でリスポンは珍しくもないよ。特にソロプレイだと、数の暴力で圧殺される初心者プレイヤーが後を絶たない」
「ゴブリンとか数の暴力の代表格だよな。普通の適正Lvのダンジョンでも、プレイヤーの三倍とか四倍沸くし」
「ゴキブリかなんかか。この世界のゴブリンは」
あまりといえばあまりな例えを出しながら、マコは深いため息をつく。
「そんな、初心者もあっさり死ぬようなゲームがよくここまで続いてるわね……。確か五年くらい続いてなかったかしら、このゲーム」
「だったなー。まあ、初心者も死ぬなんて、ホントに一部だけだぜ」
「リュージのいうとおりだ。このゲームのダンジョンの構成は、大まかに分けて三つに分類できる」
ジャッキーは指を三本たて、まず人差し指を折った。
「一つ目が“制圧型”。これはごく一般的なMMORPGに多く実装されている、フロア内の敵を全滅させることがダンジョンクリアの条件となっているダンジョンを指す。先ほどのゴブリンなど、数で相手を圧倒するタイプのモンスターが多く生息しているな」
「レベルとかスキル整えたり、コツを掴んだりすると爽快なんだけど、アイテムと経験値効率がいまいちなんだよな、実は」
「モンスターの数が多く、大抵はモンスターと対等の条件で戦えるからな」
このゲームはプレイヤーに不利な条件であればあるほど、勝利した際の報酬……つまり経験値やドロップアイテムが美味しくなるというシステムらしい。
なので、どれだけ数がいたとしても、経験値倍率が1倍の状態での稼ぎとなるため時間効率などを考えると、純粋な稼ぎには向かないということだ。もちろん、そのダンジョンに群生する薬草などを取る場合は別の話らしいが。
ジャッキーは補足を加えつつ、中指を折る。
「二つ目は“迷宮型”。こちらは、ダンジョンの最奥へ到達することが目的となる。その為、道中のモンスターは無視して進むことが出来る」
「どっちかっつーと、アイテムを取りにいくタイプのダンジョンだかんな。無理して戦う必要はないって事」
呼んで字のごとく、網目のようなダンジョンを攻略するのが“迷宮型”の特徴らしい。
鉱石などの素材を採取に向かったり、或いは宝石などの貴金属を狙いに行くのが主な目的とのことだ。道中のモンスターとの戦闘は、コロッケに添えられた千切りキャベツのようなものらしい。
分かるような分からないような例えを出しながら、ジャッキーは残った薬指を軽く振ってみせる。
「そして三つ目……“初見殺し型”。今回君たちを連れて来たダンジョンがこれに相当する」
「初見殺し?」
「そのまんまの意味さ。情報なしに突入すると、死ぬか、死ぬような目に合うダンジョン。制圧型と迷宮型の複合タイプが初見殺しに相当するんだと」
例えば、暗闇に潜む狙撃手。
例えば、逃げ場のない、敵の大群。
例えば、霧の中に突然現れる渓谷。
何の対策も、注意も払わずにただ愚直に前に進む者たちの前に立ちはだかる、壁のような存在。
それが、初見殺し型と呼ばれるダンジョンなのだとか。
「慢心すれば、80Lv越えのベテランすら死にかねない難易度を誇るのが初見殺し型の特徴だ。プレイヤーにとって不利な状況のオンパレード、たとえ適正Lvに到達していても一瞬の油断でリスポン逝き。言ってしまえば、理不尽が形を成したような場所だな」
「今まで黙ってたけど、この“盗賊の隠れ家”は1Lvからでも挑戦できるけど、実際のクリア推奨Lvは10Lvくらいなんだとさ」
「はぁ!? 10Lvって……Lv的に言えば10倍の難易度のダンジョンにつれてこられたの、あたしら!!」
あまりに理不尽すぎる難易度設定に、マコが悲鳴じみた叫びを上げる。
比率だけで言うのであれば、クリア推奨100Lvのダンジョンに10Lvで連れてこられるようなものだ。常識を考えればクリアなど不可能というべき難易度設定だ。
そして恐らく、リュージの言っていることは嘘ではない。
明かりが一つもない洞窟に不安定で高低さも存在する足場。そこを根城にしているコボルトたちの兵団に、謎の魔術師。
一つ一つのパーツはたいした事はない。問題は、それらが一塊となって一箇所に存在しているという点だ。
洞窟の中に明かりがない以上、最低誰か一人はたいまつを持たなければならない。片手が塞がるというのは、極めて厳しい戦力ダウンに繋がる。
大小様々な石が存在する洞窟の床では、まともな移動も難しい。自然と足を止めての戦闘を強いられることとなる。
そして相手はコボルト。動物と同じ視野を持つなら、ある程度の夜目が利くのだろう。それが後方の弓兵の命中率の高さに繋がる。明かりをプレイヤーが持っているなら、そこに狙いを定めればよいというのも向こうの命中率を高めているのだろう。
ダメ押しといわんばかりに、コボルトの奥には魔術師もいる。1Lvではまともな防具をそろえるのも難しい。リュージが産廃と呼ぶマジックアローも、必殺の威力となって1Lvの前に立ち塞がるのだ。
今までに得られた情報を頭の中で纏めたマコは、悪人を見る眼差しでジャッキーを睨み付ける。
「何考えてんのよ……。あたしらMPKしたって、たいしたうまみもないでしょうが!」
「黙っていたのは謝るが、だからといってそこまで言われる謂れはないぞ」
マコの言い分に、さすがのジャッキーも抗議の声を上げる。
「確かにこの盗賊の隠れ家は低レベルでは非常に難易度の高いダンジョンで、安定した攻略をしたければ10Lvは必要になる。だが、創意工夫さえ出来れば3Lvソロでも最奥のボスまで含めて撃破することが可能な良ダンジョンなのだぞ?」
「うそおっしゃい! 1Lv5人であっさり返り討ちにあうダンジョンで、3Lvソロで攻略できるような輩が一体どこにいるのよ!?」
「そこにいるリュージがそうだが」
「はぁ!?」
ジャッキーの言葉に、思わずマコはリュージのほうに向き直る。
凹んでいたソフィアもジャッキーの言葉は聞こえたのか、信じられないような表情でリュージを見上げた。
「リュージ……お前、一人でここを攻略したのか!?」
「やっと顔を上げてくれた……! おうともさ! 出費も痛かったけど、意地になって低Lv攻略して踏みにじってやったさ!」
ソフィアが顔を上げてくれたのが嬉しかったのか、リュージは腕を組んで鼻高々といった様子で自らの功績を語る。
「暗闇が鬼門だったから、暗視の魔法薬をしこたま買い込んでなぁー……。後は静かに近寄ってサイレントキリングの繰り返しだったさ! 連中もさすがに何の明かりもないと、こっちの姿が捉えられなかったみたいなんでな! ボスも丁寧に後ろからケツ掘ってやったよ!」
「ケツ掘るって……バックスタブのことだよね?」
リュージの下品な物言いに思わず顔をしかめながらコータは確認する。
だが、聞いてみれば何の事はない。要するに地の利を逆に利用したわけだ。
明かりがなければ、洞窟の中は暗闇のまま。向こうにとって有利に繋がるそれは、同時に向こうの不利にも繋がったわけだ。
「おかげで、このダンジョンを制覇した段階で10Lvにまで上がってなー……。手に入ったアイテムもうまうまだったし、色々勉強になったわー……」
「……端で聞いてると単なるビックマウスだけど、あんたがやらかしたって言われるとなぁ……」
何ともいえない微妙な表情でマコが唸りを上げる。
普段から、常識の外に住むリュージの生態を目の当たりにしている身としては、ジャッキーの言葉を一方的に嘘だと言い切れないのがつらいのだろう。
懊悩するマコを見て、ジャッキーは軽く笑い声を上げた。
「フフフ……現実でも、リュージは色々ヤンチャのようだな」
「ヤンチャって言うか、なんというか……まあ、いいわ。あんたのこと、もう一度信用しようじゃないの」
「それはありがたい話だ」
上から目線のマコの一言を聞いて、ジャッキーは苦笑する。
彼女が味わった辛酸を考えれば、これくらいは余興の範囲だろう。
「リュージという前例も存在する。この世界に踏破できないダンジョンは存在しない。すべてはプレイヤー……シーカーたちの創意工夫にかかっているのさ」
「創意工夫、ねぇ……」
「マコちゃんの得意分野だね!」
「ああ、そうだな。これはマコの領分だろう」
「マコちゃんなら、いい案を出してくれそうだよね!」
「悪巧みの塊のマコならきっと……!」
「うら、あんたたち。好き勝手言ってんじゃないわよ」
一方的な太鼓持ちたちの一言に、マコは青筋をおったてる。
特にいらんこと言ってくれたリュージにはボルトを一発お見舞いしてやりながら、マコはジャッキーのほうへと向き直る。
「……いくつか確認したいことがあるんだけれど、いいかしら」
「いいとも。私に答えられることは、全て答えよう」
その瞳の中に浮かぶ強い光を見て、ジャッキーは笑みを深める。
今彼の前に立つ少女の目は、何らかの確信を持って行動するものの目であった。
なお、竜斬兵の伝説は、この辺りから始まった模様。