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log119.リュージVSセードー

 瞬きすら許さない戦いを前に、ソフィアが静かに唾を飲み込む。


「……何者だ、彼は」

「さ、さあ」


 ソフィアと違い、まったく決闘の内容を理解できないサンシターは、ポカンとした表情でリュージたちを見ている。


「そもそも、何があったであります? 二人が近づいたと思ったら、次の瞬間にはお互いに距離を取っているでありますし」

「……互いの裏を取り合った結果、お互いを弾きあったようです」


 サンシターの疑問に、ソフィアが答える。

 だが、辛うじて見た結果に信用が置けないようで、自信なさげな様子だ。


「相手の背中を取ろうと動き、しかし相手も同じように背中を取ろうとする……その行動の結果、二人の体は素早い回転を生み、それが接触したためやむなく互いを弾きあった……と、こんなところかと」

「はあ……? そうで、ありますか」


 ソフィアの説明に、サンシターは小首を傾げる。

 結局何があったのか理解できなかった彼は考えるのを止め、静かにリュージとセードーの決闘が終わるのを待つ事にした。

 膝を抱えて体育座りの体勢に移行しながら、疲れたようにため息をついた。


「リュージも大人げないでありますな……。レベルが半分程度の新人相手に、本気を出すなど……」

「……果たして、その評価が正しいのですか?」

「え?」


 サンシターの言葉に対し、ソフィアが零した言葉は微かな焦燥が含まれている。

 静かにお互いの隙を探り合っている二人を……特に、空手でリュージと相対しているセードーを睨むように見ている。


「確かに、セードーと名乗る彼のレベルはリュージの半分程度。未だ属性開放にも至らず、武器すら持っていない始末。普通であれば相手にもなりません」

「ええ、ですから――」

「だが、彼はまだ立っている。リュージに一撃を入れさせることなく、まだその場に立っている」


 確認するように、二度同じことを呟くソフィア。

 重ねて言われ、サンシターは小首を傾げた後、すぐにその異常さに気が付く。


「そういえば……! 倍のレベル差があり、純粋技量の使えるリュージを相手にまだ立っている……!?」


 純粋技量とは、ステータスの数字を引き出す力。一般人では自然にセーブし、イノセント・ワールドというゲームの機械的処理に身を任せてしまう部分を、自ら制御しうる力。

 才能や能力ではなく、技術や努力によって為しえる超人の力を振るっているリュージと相対し、格下であるはずのセードーが無事であるという事実。

 その事に今更気が付いたサンシターは、顔を青くした。


「ど、どういうことでありますか!? 単純に考えても、倍のステータス差があるのに……!」

「単純に、リュージが本気を出していないだけだと思います。だが、そうでない場合は……」


 ソフィアが最悪の創造を口にする前に、セードーが動き始める。




 両手の平を顔の前あたりにかざし、敵と相対する前羽の構え。鉄壁とも称される、空手の型の一つだ。

 防御の型を取ったセードーは、しかし臆することなくリュージに向かって前進した。

 リュージは迫るセードーを見て、一歩引きながら素早く小型のバトルアックスを二本取り出す。


「シッ!」


 そして一方をセードーへ向かって鋭く投擲した。

 弧を描きながら飛翔するハンドアックスを、セードーは軽く屈むだけで回避してしまう。

 そのまま間合いまで一気に踏み込んできた彼の頭めがけて、リュージはバトルアックスを振り下ろす。


「フッ!」


 だが、呼気を吐きながら繰り出されたセードーの腕に阻まれ、バトルアックスが弾き飛ばされてしまう。

 リュージは空いていたもう片方の手に、エストックと呼ばれる大型の刺剣を握り、突き入れる。

 突き入れられた刃は、振り下ろされた肘によって阻まれ、リュージの一撃はセードーのわき腹を掠める程度に終わってしまう。


「チェリャァッ!!」

「だっ!?」


 次の瞬間、リュージは倒れる勢いで大きく仰け反る。仰向けに倒れこんだ彼の顎の先を、セードーのこぶしが軽く掠めていった。

 倒れこみそうになるのを両手で支え、ブリッジの体勢になりながらも、リュージはセードーのわき腹に蹴りを打ち込もうとする。

 しかし不十分な体勢で放たれた蹴りはあっさりセードーの腕に絡めとられてしまう。

 ――そして、それこそリュージの狙い。


「っとぉ!」

「っ!」


 彼はそのままもう片方の足も浮かし、体を勢いよく捻りながらセードーの体を足で思いっきり挟み込む。

 セードーは一瞬動揺するも、即座に絡めとったリュージの足をへし折ろうと間接に力を入れる。

 だがそれをさせまいと、リュージはさらに体を捻る。

 みしり、とリュージの背中の筋肉が悲鳴を上げたと見えた瞬間、セードーの上半身が容赦なくリュージのねじりにあわせて倒れこむ。


「―――っ!?」

「っらぁ!」


 中空に浮き上がった上半身を捻り、筋肉の脈動のみを使い、リュージは容赦なくセードーの体を投げ飛ばした。

 頭から倒れこむのを防ぐべく、セードーはリュージの足を開放し、素早く受身を取る。

 そのままリュージから離れるように転がってゆくセードーを追い撃つように、長槍を取り出したリュージはそれを叩きつける。


「だぁっ!!」


 物干し竿のように勢い良くしなりながら地面に叩きつけられる長槍。

 穂先が地面を抉り、鋭い傷跡を残すが、それが再び地面へと叩きつけられることはなかった。

 一瞬で立ち上がったセードーが、槍の穂先を封じるように長柄の部分に踏み込んできたのだ。


「っ!」

「シィッ!!」


 そのまま蹴りを繰り出してくるセードー。

 リュージは槍から手を離し、後ろへ跳びながら二振りの曲刀を抜き払う。


「エリャァ!」

「シャァッ!」


 対するセードーは素手のままリュージの曲刀と競り合う。

 固めた拳が。鋭い手刀が。二振りの曲刀と切り結び、鍔迫り合いを演じる。

 甲高い金属音は断続的に響き渡るが、その調べは長くは続かない。


「エリャァァ!!」

「づっ!?」


 セードーの抉るような正拳が、リュージの握っていた曲刀を容赦なく弾き飛ばしたのだ。

 斜め上に突き抜けるように放たれた拳を、上体を逸らして回避するリュージ。

 セードーの拳の恐ろしい衝撃に顔をしかめながら、何とかメイスを取り出し振り回す。


「ッシャ!」

「チェリャァ!」


 だが、それに合わせるように放たれたセードーの拳がメイスの頭を迎え撃つ。

 拮抗は一瞬。セードーの拳に打ち負けたメイスは、リュージの手の中から勢い良く弾き飛ばされた。


「っ!?」

「ハァァ!!」


 セードーはその隙を逃さず、そのまま立て続けに拳を突き入れる。

 リュージは何とか彼の猛攻をかわしながら次の武器を……カトラスを取り出し振り回すが、それが手の中から消えうせるのにはそう時間はかからなかった。




「……リュージが押され始めているな」

「な、な、なんという……!」


 次々と武器を取り出し、セードーに対抗しようとするリュージであったが、遠目に見てもその劣勢は明らかであった。

 小型のナイフから始まり、大型の鈍器まで取り出して見せるリュージであるが、そのことごとくがセードーの拳に、蹴りに、その技の数々に打ち負かされ、そのほとんどが無残に広場へと叩きつけられてゆく。

 リュージは持ち前の反射神経を総動員しセードーの猛攻を何とか回避しているが、それすら少しずつ追い詰められているように見える。

 ソフィアはかつてリュージが嘯いていた言葉を思い出し、小さく舌打ちした。


「……本気で道を極めようとしている奴には勝てない」

「へ?」

「以前、奴がそう言っていたのを思い出しました。スポーツ特待生の地位は得ているが、そのスポーツに真剣に打ち込んでいる奴には一歩及ばないと。奴の身体能力で何を言っているのかといぶかしんだものですが……こういうことか」


 スポーツ特待生として、雨大付属に通うリュージであるが、その戦績の全ては類稀なる運動神経を駆使したごり押しによって手に入れている。

 この世界で純粋技量として発揮されている彼の運動神経は、現代に生きる学生たちのそれを大きく上回っており、大抵の相手を力尽くで降してしまえるほどであった。むしろ、現実での運動神経があるからこそ、純粋技量を発揮できると言える。彼にとって、五メートル近い垂直ジャンプはリアルで発揮できる身体能力の延長線上にあるものなのだ。

 大抵の競技において無敵とも反則ともいえるような彼の身体能力であるが、それを凌駕する手段がないわけではなかったようだ。ちょうど、ソフィアたちの前でリュージと戦ってみせているセードー……彼のような人間こそ、リュージにとって天敵と言えるのかもしれない。


「リュージは、確かに優れた身体能力を持っています。そしてあらゆる競技に参加できるだけの器用さとポテンシャルを兼ね備えている……。だが、いやだからこそ、あいつはどこまでいってもアマチュアだ。あらゆる全てに手を伸ばせる万能というのは、翻せば尖った武器を持たない凡庸であるということ。そんなあいつの目の前に、本気で道を極めようとする人間が現れ、同じ土俵で争ったとき……どちらが勝つかなんて、火を見るより明らかだったんだ」


 道を極めんとする場合、最も必要なものは何か。才能? 能力? 技能?

 恐らくそのすべてが正解であり、不正解である。何か、一つの道を極めるのに最も必要とされるもの……それは時間であり、経験である。

 その道の達人と呼ばれる者たちは、長き研鑽の果てに積み重ねた経験こそを武器に、戦うことが出来る者たちだ。恐らく、才で上回る者はいくらでもいた。能力で上回る者など腐るほどいた。技能で上回っている者など星の数ほどいた。

 そうした立ちはだかる無数の壁を前にしても折れず、挫けず、ただひたむきに前へと進み、挫折をバネに、敗北を知識に変え、己の“力”を蓄え続けたものこそ……達人と呼ばれる領域に立てる資格を持つのだろう。

 それは、リュージに足りないものだ。彼は一つを極める必要がない。故に、その道を進むものにとって当たり前に存在する“経験”が足りないのだ。そんなもの、大抵の場合は地力でねじ伏せられるが故に。


「あの少年は、恐らく己の武器でもって戦うことにおいて、リュージの遥か上をゆく。リュージの付け焼刃の素人戦術など、膨大な経験値の前では児戯に等しいはずだ……!」

「能力で上をいっても、その先を読まれては、ということでありますか!?」


 サンシターの言葉を証明するように、今やリュージの逃げ道を封じるようにセードーの拳が振るわれているのが見える。

 武器を取り出しても、振るうより先に弾かれる。リュージの動く先に、すでにセードーの姿がある。

 もはやリュージの動きは完全に見切られてしまったようだ。あちらこちらに無残に散らばる、彼が戯れに集めていた次の武器候補たちの姿が、さながら墓標のように見えてきた。


「武器を取り出す動きすら、封殺されては……いくらなんでも……」


 もはや敗色濃厚なリュージの姿を、ソフィアは痛ましげに見つめる。

 彼女がそれ以上何か言うより早く、リュージの手のひらからは最後の武器が弾き飛ばされてしまっていた。




なお、そんな事情であるゆえ、リュージが学校の試合に出るときには、基本的に周りのフォローや得点へ繋ぐためのサポートに徹する模様。

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