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log118.静謐な森にて

 始まりの森。イノセント・ワールドのチュートリアルクエストで、一番最初にプレイヤーが訪れることとなる初心者用ダンジョンである。

 場所も、ミッドガルドのすぐ傍、歩いて十分もしない場所にある。うっそうとした森が、こじんまりとまとまって存在しており、広く広がる平野にポツリとそれが存在するため、非常にシュールな光景に見えることで有名である。

 この場所に出現するモンスターは最低レベルのゴブリン。時折、同じく最低レベルのコボルトが出没する程度であり、その数もプレイヤーの人数ぴったりしか現れない。戦う時は数頼みの雑魚エネミーとタイマンで戦える数少ない場所であるため、本当にイノセント・ワールドのようなVRMMO初心者のプレイヤーにとってはメッカのように崇められている場所であったりする。体を動かす練習にちょうど良いのだ。

 他の見所としては、きのこや木の実が採取できることであるが、その味はうまくもなくまずくもない。なんというか、記憶に残らぬ凡庸な味である。その辺りは、初心者用ダンジョンらしいと言えばらしいと言える。あまり特徴的なアイテムがあって、初心者を卒業した後に入り浸られても困るだろう。

 それ以外の特徴と言えば……上述の特徴のおかげで、初心者への幸運(ビギナーズラック)が初心者を案内する以外で栄える事はなく、ダンジョンの中は静謐さで満たされているということだろうか。

 ちょうど、誰かが身を隠すには良い塩梅といえる。


「ダンジョン構造自体が外界に対する壁になってくれるわけだしな。モンスターも出るし、人から隠れてゲームを少し楽しむ分にゃ、ぴったりな場所とも言えなくねぇな」

「このゲームの楽しみの半分も味わえないのでは、本当に隠れる場所としてしか機能しないな……」


 始まりの森の中へと入り、いつもの格好に戻ったリュージたちはゆっくりと中を探索し始める。

 ソフィアはこの場所に来たこと自体がはじめてであったため、物珍しそうに森の中を見回している。


「ふむ……。良い場所だな。モンスターが出てこないのであれば、ちょうど良い休憩の場所にもなりそうだ」

「モンスターのポップ率自体も、そんな高くないからなー。ミッドガルドに近くないんだったら、俺もお昼寝スポットに使うんだけどな」

「いささか、街に近すぎるでありますからなぁ。だったら、街の中の宿屋なり何なりで休むでありますよね」


 歩いて十分で到達できるようであれば、もっと過ごしやすい休憩場所はミッドガルドの中にある、というわけだ。

 だが、だからこそ、こういう場所は意識的な盲点となりやすい。

 思いもよらない、というよりは意識の中に上ってこない感じだろうか。人によっては、このダンジョンの存在すら知らない可能性もある。

 そんなダンジョンの中を歩きながら、リュージはぐるりと首を巡らせる。


「さって。ダンジョンとしちゃそんなに広くねぇし、どこにいるかといわれりゃ広場のどこかだろうが……」

「広場?」

「ああ、モンスターのエンカウントしやすい広場があるのさ。そこなら、そこそこの広さがあるし、誰が来てもすぐわかるわけなんだが……」


 リュージが説明しながら歩を進めていると、さっそくその広場に到着する。

 そして、その中央に一人立つ、少年の姿も見つける。


「……さっそくビンゴかね。あいつじゃねぇの? サンシターが前に会ったのって」


 リュージが指差す先に立っているのは、首元に長いマフラーを巻いた武道家の姿をした少年だった。

 今はこちらに背中を向けているため顔を窺うことはできないが、サンシターは背中を見て顔を綻ばせる。


「ああ、間違いないであります! あの雰囲気はセードー殿でありますよ!」

「雰囲気でわかるもんなん?」

「さあ……。まあ、只者ではなさそうだが」


 嬉しそうに駆け出すサンシターの背中を見やりながら、ソフィアは首を傾げる。

 こちらに背中を向けている少年からは、なんと言うか静かで威圧的な気配を感じる。

 馴染みのない雰囲気だ。近いものを上げろと言われると、何故だかマコのことを思い出してしまう。ちょうど、サンシターに会えなくて三日ほど経過したマコの雰囲気がよく似ている気がした。


「……注意した方がよいかもしれん」

「だな」


 自分の想像に肩を震わせるソフィア。

 リュージは彼女の言葉に頷きながら、静かにサンシターの背中を追った。


「セードー殿!」

「……サンシターか」


 サンシターの呼びかけに少年――セードーは静かに答える。

 振り向かないままの彼に向かって、サンシターは嬉しそうに声を重ねた。


「探したでありますよ、セードー殿! 今、キキョウ殿も一緒に大変な事になっていると聞いて、自分――」

「そうか、お前もか」


 心配そうな声色で駆け寄り、安堵の顔色を浮かべるサンシター。彼はまっすぐにセードーの背中に手を伸ばす。

 だが、セードーはサンシターの言葉を遮った。

 その声色に微かな……しかし、はっきりとした敵意を浮かべながら。


「お前も、俺たちを探していたか」

「? ええ、それはもちろんでありますよ! なにしろ、あんな」


 セードーの声に入り混じる敵意に気付かぬまま、サンシターは一歩、彼の背中に向かって踏み出す。

 その瞬間。





「――チェリャァァァァァァァァ!!!!」





 裂帛の気勢と共に、セードーの後ろ回し蹴りがサンシターへと襲い掛かる。

 蹴りが放たれた事にすら気が付けず、サンシターの顔面にセードーの足刀が突き刺さる――。


「っとぉ!!」

「ッ!」


 寸前。

 リュージがサンシターの襟首を掴み引き倒しながら、グレートソードの刀身でセードーの一撃を受け止める。

 空気が弾けるような轟音が響き渡り、あたりの木々が衝撃で一瞬揺れる。

 セードーとリュージ。二人の間に、微かな沈黙が流れる。


「――誰だ、貴様」

「この抜け作が入ってるギルドのてっぺんだよ」


 セードーの誰何に対し、リュージは不敵な笑みで答える。

 サンシターの体を、後ろにいるソフィアの足元に転がしてやりながら、リュージは改めてグレートソードを肩に担ぎなおす。


「名前を聞いてるんだったら、リュージってんだ。よろしくな」

「――セードー」


 リュージの挨拶に、セードーは短く答え、それから拳を握り半身立ちに構える。

 武門に疎いリュージでも良く見る、空手の立ち方だ。

 リュージは不敵な表情を崩さずに、斜に構えながら宣言する。


「プレイヤー・リュージは、プレイヤー・セードーに決闘を申し込む」


 決闘宣言(コール)。イノセント・ワールドにおける対人戦闘を申し込む際に行なわれる台詞に対し、セードーも澱みなく答えた。


「プレイヤー・セードーは、プレイヤー・リュージの決闘を受ける」


 セードーの宣言と同時に広がる透明な決闘場(バトルドーム)は、二人を覆いつくし、さらに始まりの森の広場全てを覆いつくすように広がってゆく。

 この決闘場(バトルドーム)は、モンスターの出現を完全にシャットアウトする効果もある。決闘(デュエル)に参加せずとも、決闘場(バトルドーム)の覆う範囲内にいれば、モンスターに襲われることはなくなる。

 展開された決闘場(バトルドーム)を見上げ、サンシターが慌てたようにリュージの背中に声をかける。


「リュ、リュージ! 何も戦うことは……! 今のは、不注意に近寄った自分の方が!」

「いいんだよ、これで。こいつも、色々溜まってるだろうしさ」


 リュージは振り返らないままにサンシターに答える。

 肩に担いだグレートソードを軽く揺すりながら、セードーをじっくり観察する。


「ここで一度、ガス抜きかねて暴れた方がいいだろ? なあ、セードー?」

「――二つほど、言っておこう。リュージ」


 どこか嘲るような色を含んだリュージの言葉に、セードーは静かに、しかし強い怒りを込めながら答える。


「今日までの間に、貴様のように決闘を仕掛けてきたプレイヤーは数知れない。ほぼ全員、俺を倒すことを目的としていた」

「ほう?」

「そして――」


 感心したように頷くリュージが、僅かに下がった顎を上げた瞬間。


「俺は貴様らの思うようにはならないッ!!」


 リュージの顔面があった場所を、セードーの拳が穿つ。

 空を抉るような鋭い音を立てながら、セードーの正拳が空を貫く。


「――そいつはいいね」

「………ッ!」


 だが、リュージの顔にセードーの拳は刺さらない。

 微かに首を傾げ、セードーの拳の一撃を回避したリュージは、鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけ凶暴な笑みを浮かべてみせる。


「久しくいなかったよ、お前みたいな奴は。俺を前にして、そんな強気な台詞を吐く奴はな」

「チィッ!!」


 セードーは慌てて跳び退りながら、リュージの追撃を予想して腕を横薙ぎに振るう。

 鼻先を掠める拳を見送りながら、リュージは軽く肩を竦めてみせた。


「――まあ、それはお前が初心者で、俺のことなんざ知らねぇからだわな」


 セードーは着地し、改めてリュージと相対しようとする。

 だが、彼が拳を構える前にリュージが仕掛けた。


「ウルァ!!」


 片手で握ったグレートソードの縦一閃。武器の重さも加えた一撃は、刃が霞むような速度でセードーの立っていた場所を打ち砕く。

 一瞬早く、横に跳んでよけたセードーを視線で追い、リュージはグレートソードを両手で握りしめる。


「逃すかぁっ!!」


 返す刀で横一閃。聞くだけで怖気の走るような鋭い斬撃音が辺りに響きセードーの体を薙ごうとする。

 しかしその一撃は届かない。横薙ぎに払われたグレートソード、その刀身の上に足を乗せたセードーは、リュージの一撃の放たれるままに中空を移動する。


「威力に長ける大型武器、その剣閃は読みやすいものだぞ――ッ!」


 背中にまで振るわれた大剣の上に立ち、セードーは拳を振るう。


「その驕りで沈めッ!!」


 そのまま後ろ頭に拳が叩き込まれる……より一瞬早く。

 セードーの足場が、微かに沈む。

 足場にしていた大剣が、安定を失うのを感じ、セードーはリュージが己の武器から手を離したことを察する。

 彼の感覚を証明するように、リュージは後ろ手に握りしめたダガーをセードーに向かって突き出していた。


「シィッ!」

「ッ!」


 固めた拳を解き、手刀を抜くセードー。

 突き入れられたダガーの刃の腹に合わせるように腕を振るい、打点を支点に、セードーは地面に向かって跳ぶ。

 セードーが着地するのと同時に、リュージはセードーのほうへと振り返る。


「―――ッ!」

「―――♪」


 両者の視線が結び合う。

 片方には驚愕と怒り。もう片方には愉悦と感心。

 結び合った視線の感情を、お互いに察した瞬間。お互いの体は既に飛び出す。

 固めた拳を弓のように引き絞るセードー。

 握ったナイフを手の中でくるりと回すリュージ。

 互いの急所を探りあうように、お互いの姿が重なったのは一瞬。


「「ッッッ!!」」


 激しい打撃音と共に、お互いの体が回転しながら大きく弾き飛ばされる。

 足の裏をすりながら、二人とも己の体を襲った衝撃に耐える。

 そして顔を上げた時、もう先ほど浮かんでいた感情の色は消えうせていた。

 そこにあるのは、純粋な闘争心。

 お互いの闘志に火がつき、激しく燃え上がり始めているのが、外野から窺えた。




なお、複数の武器を持つプレイヤーは珍しくないが、複数種類の武器を持ち歩くプレイヤーは非常に稀である模様。

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