log117.始まりの森へ
「始まりの森? いやいや、どうせならもうちょっと冒険しようぜ。盗賊の隠れ家なんてどうよ?」
「戦うのが好きでないなら、無理に冒険に赴く必要もないだろう? 楽器を弾いて雅に過ごすというのも、このゲームを嗜むもののあり方の一つさ」
「作りたいものがある? オーケーオーケー! どうせ始まりの森なんざいっても何も作れねぇんだ! 俺様自慢の工房にご招待するぜぇ!」
「何? おいしい食べ物を食べてみたい……? フ、任せたまえよ。始まりの森のきのこも乙なものだが、どうせいくら食べても太らない世界だ。我が厨房にて、究極の食道楽にご招待といこう!!」
「……妙だな」
「何がだ?」
リュージの唸り声に、ソフィアが首を傾げる。
今、彼らが歩いているのはミッドガルドの大通りの一角。今日も人の賑わいは盛んな通りを、誰憚ることなく三人は歩いていた。
ただし、先ほど遭遇した警邏ギルドのプレイヤー対策に、それぞれの姿はそれとは判らないように変えている。街としては大きなミッドガルドも、存外狭く感じる。再び出会ったとき、騒ぎになると色々困るのだ。
リュージは長いローブを羽織った魔導師姿。ソフィアが、神官服を身に纏った司祭姿で、サンシターが皮鎧を身につけた戦士姿だ。一応、顔があまり見えないようにフードや仮面で隠している。
このゲームでは身バレ対策に顔を隠すのは常識であるため、特に回りから不審に思われることもない。おかげで、先ほど出会った剣士とは二回ほどすれ違っているが、気が付かれることなくやり過ごせている。
慣れない鎧をしきりに揺すりながら、フルフェイスマスクをしたサンシターがリュージへと問いかける。
「先ほどから、一体何を追いかけているでありますか? どうも、初心者への幸運の皆様を探しているようでありますが……。会えているでありますから、声をかけられては?」
「んにゃ、駄目だろ。あの二人の事は初心者への幸運にも回状が回ってるはずだ」
「? ならば、なおのこと話を聞くべきではないのか? 初心者への幸運の方々ならば、快く話を聞いてくれると思うが……」
こちらに始めてログインしてからこちら、ちょくちょくお世話になっているジャッキーも所属している初心者への幸運。初心者支援ギルドとしてもっとも有名なこのギルドであれば、レアアイテムの被害にあっているあの二人の事を知っているだろうし、むしろ積極的に保護に動いているとソフィアは考えた。
だが、初心者への幸運のことを二人よりも知っているリュージは、難しい顔をしながら首を横に振った。
「まあ、話は聞いてくれるだろうさ。ただ、会わせてくれるかってーと微妙かなぁ。今、あの二人に会いたがる善意の協力者なんざ、ごまんといるだろうし」
「……まあ、言われてみればそうか」
リュージのいいたいことを察し、ソフィアも難しい顔で頷く。
彼らのフレンドでもないリュージたちが、レアアイテムで話題になっている二人に会いたい、などと申し出てもやんわり断られる可能性が高い。同じような問い合わせをする人間は、掃いて捨てるほどいるはずだ。その中に、どれほど本当の善意で彼らに近づこうとしている人間がいるのか……初心者への幸運にそれを判別する方法はないだろう。
ジャッキーを頼れば、あるいは彼らに会える可能性は0ではないかもしれないが……。
「ジャッキー殿も、今回の件には協力していただけないでありますかね?」
「あの人にも一応立場はあるだろうしなぁ。俺らだけ、知り合いだからって特別扱いしたら、我も我もって話にならねぇか?」
「そう簡単に話が広まるとも……いや、広まるか」
実際、簡単に広まったからこそ、今回のような騒動になっているのだ。
いずれにせよ、初心者への幸運に頼るのも得策とはいえなさそうだ。初心者支援ギルドではあるが、彼らの中にも武闘派は多い。いや、むしろ古参が多いおかげでイノセント・ワールドの中に存在するギルドの中でも、潜在戦闘力は高い方に位置する。この世界での顔も広いし、下手に敵対すると後が面倒だ。
「万事休すか……」
「いや、そうでもないと思うぜ?」
溜息をつき、諦めかけるソフィア。
だがリュージは一つ頷きながら、レアアイテムもちコンビの噂をしている少女魔法使いたちの脇を抜ける。
「確定じゃねぇけど、あの二人の居場所は推察できるかなー、と」
「なに?」
「え、どこであります?」
リュージの言葉に、ソフィアとサンシターは急いで彼の傍に駆け寄る。
リュージは周りの様子を窺いながら、なるたけ声を低くして自らの推測を話した。
「……始まりの森。初心者への幸運の連中がここを避けてるのが、何というか怪しい」
「始まりの森……? でありますか」
「何故だ? 確かにほとんどの初心者への幸運構成員は始まりの森を避けていたが……私たちだってそうだったじゃないか。そういうものなんじゃないのか?」
自らの体験を元に、ソフィアはそう考える。
今から考えても、盗賊の隠れ家の難易度は初心者向けとは言いがたいものがある。だが、そこ以外にもレベル1のプレイヤーでも潜れるダンジョンはたくさんあるはずだ。始まりの森という場所ばかりに固執せず、いろんな場所を案内してくれるのはよいことだと思うが。
だが、リュージは軽く頭を振った。否定と言うよりは、自分の考えを纏めるようにだが。
「確かに、レベル1初心者でもいろんな場所にゃいけるが……体もろくに動かしたことのないようなガチ初心者の場合、必ず始まりの森へと案内するようにってなってるはずなんだよ」
「それは何故であります?」
「それはね、サンシター。レベル1の君を一人で盗賊の隠れ家に放り込むようなものだからだよ」
リュージは優しい表情になりながら、サンシターの肩を軽く叩く。
「一人でゴブリンを退治できない君を、ゴブリン以外が出没するようなダンジョンには案内できないだろう? つまりはそういうことなのだよ……」
「なるほど……」
「……つまり、始まりの森にはゴブリンしか出てこないのか?」
「低確率でコボルトも出てくるけど、目くそ鼻くそだしな。しかも、プレイヤーの人数以上の敵モンスターは絶対出てこないから、一対一で戦う練習をするにはちょうどいい場所なんだよ」
VRMMOであるイノセント・ワールドでは、当然攻撃行動は自分で行う必要がある。戦闘コマンドなどと言う、便利なものも選択肢も存在しない。自分の体を動かして、敵に攻撃を当てる必要があるのだ。
大人であれ子供であれ、日常において武器を振り回して敵を倒すことなど滅多にない。大体のプレイヤーが、一番最初に躓く行動が、戦闘行動になるわけだ。
始まりの森は、そうした“戦闘初心者”にうってつけの場所と言えるわけだ。イノセント・ワールドで最弱クラスのモンスターとの一対一。武器の扱いに習熟するにはちょうど良い戦いとなるだろう。
「ゴブリンにしろコボルトにしろ、基本的に数で押すモンスターだからな。タイマンなら、普通負けねぇんだよ。普通は」
「面目ないであります……」
タイマンでゴブリンに負ける男、サンシターは静かに涙を流す。
どうしようもないくらいに、一つの事柄が苦手な人間と言うのはどこにでもいるものだ。
ソフィアは咳払い一つすると、話の方向を元に戻す。
「オホン。……つまり、初心者への幸運の人間が、誰一人、始まりの森に行こうとしないのはさすがに不自然だ、と?」
「そゆこと。体を動かす練習には、間違いなく始まりの森が一番だからな。今、例の二人が始まりの森にいて、どこからかその情報を仕入れた初心者への幸運の連中がそれを匿うべく、始まりの森から人払いしている……ってとこ?」
「始まりの森自体、初めてモンスターと戦う以外の目的では入る意味がないでありますからな……。あ、きのこは多く群生しているでありますか」
「きのこ事情はともかく、初心者が足を踏み入れなければ、積極的に他のプレイヤーが始まりの森にいくことはない、ということか? うーん……」
リュージの推測を聞き終えたソフィアは、軽く首を傾げる。
言われてみれば納得できる部分はあるのだが、解決していないこともある。
そこまでするのなら、何故初心者への幸運はあの二人を直接保護しないのか?とか。
それを口にしてみると、リュージは苦笑いをする。
「そこは目的意識の違いかねぇ。警邏ギルドと違って、初心者への幸運の目的は初心者支援。その中には“ギルドの斡旋”ってのもあってな。例の二人はまだ属性解放に至ってないらしいんだが、そんな二人を“迎え入れる”と言うギルドが現れた場合、初心者への幸運はそれを拒めないんだよ。保護名目で囲っちまったら、それこそレアアイテム目的と指差されちまうわけで」
「あー……そういうことか」
難しい話である。初心者を支援するギルドが、初心者を助けるために保護することが難しいとは。
警邏ギルドがあの二人を直接保護しないのも、似たような理由からだろう。レアアイテムが騒動の原因となると、色々とめんどくさくなってしまうわけだ。
「まあ、俺のもただの推測だ。別に確信があるわけじゃない。もうちっと、街の中歩き回って探ってみてもいいんじゃね?」
「だが、行ってみても損はないんじゃないか? 始まりの森なら近い位置にあるはずだろう?」
「それに、あまり時間を掛けてもお二人に会えなくなる可能性があるのでは……? ログアウトされてしまうと、また明日になってしまうわけで……」
「そりゃそうか。じゃあ、いってみますかね、始まりの森」
リュージたちはそう結論付けると、足早に始まりの森へと向かうのであった。
なお、変装はイノセント・ワールドでも割とポピュラーであるが、プレイヤー名を隠すには特殊な装備が必要なため、注視さえすればばれる模様。