log116.警邏ギルド
会いにいくと決めたはいいが、相手はフレンドですらないプレイヤー二名。
その上、二人の持っているアイテムを狙うプレイヤーたちも彼らを探しているような状態。
外に出た途端に二人の名前を耳にしたソフィアは、軽く顔を引きつらせた。
「一般のプレイヤーたちの間でも話題になっているのか……?」
「ええ。それが気になって、色々調べたわけでありますよ」
サンシターは注意深く周りを見回しながら呟く。
人ごみの中に例の二人がいれば、すぐに声をかけるつもりなのだろう。
だが、そんなサンシターにリュージはクルソルを弄りながら声をかける。
「さすがにその辺にゃいないだろ。少なくとも、街の外に出てるだろうな」
「……で、ありますか」
「ああ。こんな街の中を普通に歩くなんざ、さすがの俺でもやらかさねぇぜ」
絶えず指を動かし、クルソルで掲示板をチェックしながらリュージは顔を険しくする。
「……それから、二人の事を聞いてまわるのもよした方がいいな」
「え?」
「何故だ? 相手を探す手がかりがほとんどないような状態だぞ? とにかく人に聞いてまわらなければ――」
ソフィアがリュージに声をかけようとしたとき、不意に彼らに声をかける者が現れた。
「あー、ちょっといいかな?」
「む? 何か用だろうか?」
声をかけられたソフィアが振り返る。
その視線の先にたっていたのは、ラフな風貌の剣士だ。背負った長剣は一目で業物と知れる物々しさであり、頭上に表示されているレベルからも、このゲームを続けて長い玄人であるとわかる。
剣士は注意深く三人の顔を確認しながら、ゆっくりと問いかける。
「誰かを探すとか何とか聞こえたんだけど……誰を探してるんだい?」
「あ、それは――」
サンシターが目的の人物を言うよりも早く、リュージがバカのような笑みを浮かべながら剣士に答える。
「なんかレアアイテムを持ってるらしいって二人組?を探してるんスよ。俺らゲーム始めてまだそんな経ってねーし、その秘訣?みたいなもんにあやかれたらなーと」
「? 何を……?」
普段と違う口調で喋るリュージに違和感を覚えるソフィア。
だが、彼の瞳を見て追求をやめる。
ふざけたフリをしながらも、剣士の一挙手一投足に全力で注視しているのが窺えたのだ。
ソフィアは口を噤むと、サンシターを背中に庇うように立ち位置を変える。
ソフィアの動きに視線をやりながらも、剣士はリュージの問いににこやかに微笑みながら答える。
「俺もその二人を探してる。よかったら、一緒に探すかい?」
「えー? そう言いながらも抜け駆けされそー。なんかー、いろんな連中が狙ってるらしいじゃないッスか?」
「ああ。中には暴力的な手段に訴えるような連中も動いてるらしい。厄介ごとに巻き込まれたくはないだろう?」
剣士はそう言って、笑みを深める。
リュージは肩をすくめると、サンシターのほうへ振り返った。
「……だってよー。やっぱ止めよーぜ。いっくら先のイベントで卵も手に入らなかったからって、超幸運のプレイヤーにあやかろうなんてよー」
「へ? いや――」
「私としては不幸がどうにか出来ればいいんだがなぁ……。だが、幸先が悪いようだな……ああ、不幸だ……」
リュージの言葉にサンシターは戸惑う様子を見せるが、ソフィアは彼に合わせて暗い影を背負いながら不幸の女を演じ始める。
剣士は三人……と言うよりリュージとソフィアの様子を見てやや警戒を強めた様子を見せるが、その口が開くより先にリュージが問いを被せる。
「っつーわけでー、俺ら別の遊びを探しにいこうと思うんスけど。なんかいい場所ないッスかね?」
「………そうだな」
疑いの目をやめなかったが、剣士は少し考えるそぶりを見せ、それから笑いながら答えた。
「ミッドガルド西側に、新しいダンジョンを発見したと聞く。正確な位置はわからないが、ウィクリーダンジョンなら、しばらく同じ場所にあるだろう」
「お、いいねー。いっちょ探しに行こうぜ、ダンジョン」
「フフ……私がいて見つかるかな……フフフ……」
「え、えっと……」
戸惑うサンシターを引っ張りながら、リュージとソフィアはミッドガルドの西側に向かって歩き出す。
剣士はしばらく三人の背中を見つめていたが、やがてその背中を追うようにゆっくりと移動を始めた。
振り返らぬままにその気配を感じながら、リュージはバカのフリをやめて、声を低くしながらサンシターへ説明を始める。
「……警邏ギルドがミッドガルド中で張ってるらしいんだよ。速攻見つかったけど」
「ええっ!? 警邏ギルドと言うと……!?」
「イノセント・ワールドの治安維持に務める、プレイヤーギルドか……。厄介だな」
リュージに合わせて声を落としながら、ソフィアは困ったように眉根を寄せる。
イノセント・ワールドの運営も、全ての問題に対応できるわけではない。技術的な問題や、明らかに法に反する行為などを規制することは可能だが、今回のような「プレイヤー間での個人的な話」に類するような問題には干渉できない。プレイヤーの行動全てに干渉できてしまうと、それがイノセント・ワールドの運営への不信につながってしまうからだ。
そのため、イノセント・ワールドの中でも良心の強いプレイヤーたちがギルドを立ち上げ、ゲーム内の公序良俗の維持に務めるようにしている。そうしたギルドたちの総称を、警邏ギルドと呼ぶ。
今回のような、レアアイテムを手に入れてしまったが故に多数のプレイヤーに狙われるような状況は、まさに警邏ギルドの出番とも言える状況だが、リュージたちとしてはまったく歓迎できない。
何しろ、警邏ギルドが疑っている連中と目的自体は一緒なのだ。下手な行動をすれば、彼らに付きまとわれて行動が著しく制限される恐れがあった。
「どうする? 無理に撒けば、それこそ相手に付け入る口実を与えると思うが……」
視線をなるたけ向けないようにしながら、ソフィアは後ろから付いてくる剣士の様子を窺う。
先ほどの剣士は一定の距離を保ちながら、こちらの動向に目を光らせている。
こちらの出方次第では、一気に距離を詰めてくるだろう。
リュージは一つ嘆息すると、ソフィアに耳打ちする。
「次の路地を右」
「うむ」
ソフィアはリュージの耳打ちに頷くと、サンシターを引っ張りながら路地を右に曲がった。
ギルド・ジャッジメント・ブルースの新人であるシンジは、怪しい三人組を尾行していた。
(さっきの会話の中で、バカのフリをした男はずっとこちらを注目していた……。どう考えてもあれは演技だろうな)
今話題になっているレアアイテム保有者二人に対する、ギルド入り強要事案。ジャッジメント・ブルースの一員であるシンジは、今回の事件を重く受け止め、一人でも多くのマナー違反者を捕らえるつもりでイノセント・ワールドにインしていた。
(レアアイテム狙いの勧誘など、許せるものか。それで傷ついた人たちの心が、お前らにはわからないだろう……!)
怒りに燃える瞳で、目の前をゆらゆら歩く三人組を見つめるシンジ。
かつて、彼のフレンドの一人はあるレアアイテムを保有してしまったがために、それを狙った悪徳ギルドによって事実上のイノセント・ワールド引退にまで追い込まれてしまったことがあった。
この事案は、さすがに運営が問題のギルドの強制解散、およびギルドマスターのアカウントを一定期間ロックする処罰を与えたが、今でもその連中はのうのうとイノセント・ワールドをプレイしている。運営の与える罰など、彼らにとっては何のダメージにもならないということだろう。
その事に絶望したシンジは一時期荒れていたが、その折に出会ったジャッジメント・ブルースのギルドマスターに諭され、今は彼らのギルドの中でマナー違反者の取り締まり……特にレアアイテムがらみの問題の解決に全力を尽くしている。
「人の犯した過ちは、人の手によって裁かれねばならない」。ジャッジメント・ブルースが掲げるこの言葉を胸に、熱い正義感を燃やしながらシンジは、前を歩く三人組を睨み付ける。
(お前たちは、この俺が監視している……。彼らの元になど、行かせんぞ……!)
何か怪しい動きがあれば、即刻捕らえる。そのつもりで三人を追うシンジであったが、不意にその三人が道を曲がった。
「む」
三人は道を右に曲がり、細い路地の中に身を潜めた。こちらの尾行を撒く算段だろう。
(逃すか……!)
シンジは急ぎ路地へと向かい、三人の姿を探す。
だが、先ほど確かに曲がったはずの三人の姿はそこにはなく、路地裏には猫が一匹、欠伸をしているだけであった。
「なに……!?」
シンジは素早く視線を巡らせる。
今しがた、確かにこの路地へ曲がるのを目撃した。三人の人間が瞬く間に路地裏を駆け抜けることは……このゲームなら可能かもしれないが、いかにもどん臭そうな男が一人混じっていた。レベルも二人と比べて二周りほど低かった彼が、この路地を瞬く間に走り抜けるなど想像できないが……。
「なら、入ったフリをしたのか?」
シンジはその可能性を疑い、さっきまで自分も歩いていた方の道を見る。
歩行者天国と言わずとも、視界が悪くなる程度の人ごみである。路地に入るフリをしてまた同じ道に戻るくらいであれば、三人一塊になっていても出来るかもしれない。
悪事を重ねる人間と言うのは、そうした小手先の技に長けるものだ。彼女を追い詰めた悪徳ギルドもそうだった。
「逃すものか……! 必ず追い詰めてやる……!」
周りに音が聞こえるほどの歯軋りをしたシンジは、人通りを薙ぎ払うように駆け出してゆく。
見失いはしたが、そう遠くにはいっていないはずだ。まだ追いつける。そう信じて、彼はミッドガルドの中を駆け回る。
……自分たちを追っていた剣士が路地裏を覗き込み、その後すぐに通りを爆走し始めたのを確認したリュージは、小脇に抱えたサンシターと一緒に路地裏の中へと降り立った。
「死角ってのは、思いもよらない場所にあるもんだぜ兄ちゃん」
「真上は文字通り盲点だったろうなぁ……」
リュージの隣に着地しながら、ソフィアは申し訳なさそうに剣士の背中を目で追いかける。
彼を撒くのにリュージたちが取った手段は至極単純なもの。路地裏に身を隠した瞬間に、真上へと思いっきりジャンプしただけだ。跳べないサンシターはリュージが脇に抱え込むことで対処した。
一般人が超人の動きを出来るこのゲームであるが、まだまだプレイヤーたちの発想は一般人の範疇に納まっているらしい。まあ、そうそう超人的な動きのできるプレイヤーは現れないのがその理由なのだが。
ともあれ、警邏ギルドの一員らしい剣士は撒けた。だが、この後どうするべきか。
リュージに降ろされたサンシターは立ち上がりながら、困ったうめき声を上げる。
「……しかし弱ったでありますな。あちらこちらに警邏ギルドの方々がいるのであれば、迂闊な聞き込みは自分の首を絞めるばかり……」
「さっき言ったようにあきらめるのが吉かもしれねぇなぁ」
「ふーむ……」
疲れたように呟くリュージ。
ソフィアも良い案が思い浮かばず、険しい表情で俯いている。
元々、そこまで深い知り合いでもないのだ。ここで諦めて、ギルドハウスの中で妖精竜の孵化を見守るのが建設的かもしれない。
そんな風に、サンシターすら考え始めた時、甲高い少女の声が聞こえてきた。
「あ~! だめだめ! 始まりの森はだめですわぁ!」
「ん?」
リュージが声のしたほうを振り向くと、ゴスロリ姿の少女が初心者らしい男女二人組に向かって怖い顔つきで詰め寄っているところであった。
「始まりの森なんてもう古臭いのですわ! 今のトレンドは古代遺跡! 初心者の方々でも、安心安全に私たちがエスコートいたしますから、ちょっとレベルが高いくらいは何のそのですわ!!」
「え、でも……?」
「さーここは男らしく! ばしっと! 古代遺跡のオーガを倒して、このお嬢様にいいカッコ見せるべきですわー! ゴーゴー!」
「いや、別に私たちは……!」
「あんまり強引に押し通すなよー。まあ、俺っちらも行くからダイジョーブよ? マジでマジで」
ちょうちょ仮面のゴスロリ少女と一緒に、猪マスクの魔術師が初心者二人組を拉致して引きずっていってしまう。
ちょうちょ仮面にしろ、猪マスクにしろリュージには見覚えがあった。確か、初心者への幸運所属のプレイヤーのはずだ。
それを知っていれば、二人の行動はいつもどおりに、初心者のためのチュートリアル代行をしていると言える。
「……なんか妙だな」
しかし、その行動に引っかかるものを覚えたリュージは、路地の反対側に向かって歩き始める。
「リュージ?」
「んー、気になることが出来た。もうちっと、街の中歩いてみようぜ」
そう言って、ズイズイと前に進むリュージ。
ソフィアとサンシターは顔を見合わせ首を傾げるが、すぐに立ち上がってリュージの背中を追いかけ始めた。
なお、シンジは結局何も見つけられずに一日を終えた模様。