log115.レアアイテム騒ぎ
異界探検隊にとっては大勝利で終わった、妖精竜の捕獲イベントが終了してから、三日ほど経った。
あれから異界探検隊は、入手した妖精竜の卵を一つ、コハクを経由して売却し、それを妖精竜育成のための費用へと当てた。
初実装モンスターの卵ということで、800万近い額を稼ぐことに成功したのだが、既に100万ほどは妖精竜の卵を孵化させるための孵化器の購入代金に消えてしまった。
なにぶん初実装と言うことで、孵化した前例自体がなく、とにかく現存する孵化器を手当たり次第に購入した結果だ。なお、三日ほど経過した現在において妖精竜の孵化の兆候は現れていない。イベントで妖精竜の卵を入手したが、その孵化に成功したという話も掲示板には載っていない。どうも、既存の知識自体が通用しないモンスターのようだ。
ひとまず、妖精竜の卵売却代金は、生まれた妖精竜の養育費に当てることが決定し、リュージたちは妖精竜の卵を孵すべく、今日もイノセント・ワールドにて卵を必死に温めているところであった。
「……ピクリともうごかんなぁ」
「だなー。死んでないし、無精卵でもないのは間違いないんだけど……」
今日は巨大な怪鳥用の孵化器の上に鎮座している妖精竜の卵を見つめながら、ソフィアとリュージは仲良く首を傾げている。
異界探検隊のギルドハウスである四畳半部屋の真ん中に鎮座するちゃぶ台の上は、現在は妖精竜の卵専用の台座となっていた。
枯れ枝と綿毛で出来たよくある鳥の巣のような孵化器から顔を上げ、リュージは唸り声をあげる。
「あ゛ー。一体どうしたら孵ってくれんだろうなぁ、こいつは」
「わからんなー……。ドラゴン専用の孵化器とやらも、まったく効果がなかったのに……」
ソフィアがちらりと横を見ると、そこには試し済みの孵化器たちが山のように積んであった。
石造りのかまどのような孵化器を撫でながら、ソフィアも困惑したように首を傾げた。
「孵るために特殊な条件を要するモンスターが多いというのはよく聞くが、こうも何の反応もないとどうして良いかさっぱりだな……」
「蛙の下で鶏の卵を孵すとバジリスクってモンスターは生まれるけどな。試す?」
「やめんかバカたれ」
どこからか生きたヒキガエルを取り出すリュージの頭を、ソフィアは軽く小突く。
「何の手がかりもなく、適当なことを試して生まれるわけがあるまい……。妖精竜も生き物である以上、その生態に繁殖のヒントがあるはずだろう」
「だな。問題は、その生態すらようわからん、ってことだけど」
この辺りは、初実装モンスターであることの弊害とでも言うべきか。
データがない故、何をしていいのかすらわからないわけだ。
卵が入手できてからも、しばらくの間妖精島にて、妖精竜の情報を集めてはいたが、あまり有用な情報は得られなかった。
何の情報もなかったわけではない。手に入った情報のおかげで、ひとまずはリュージやソフィアがソロで妖精竜を倒せるくらいのことはできるようになった。
つまり、戦闘方面以外の情報は手に入らなかったわけだ。結局、妖精竜の巣のようなものも発見できなかった。もし、そうした妖精竜の生活の側面だけでもつかめていたら、こんな五里霧中状態ではなかったのかもしれないのだが……。
「妖精竜がどんな風に暮らしたり、何を食ってるとかって情報が手に入らなかったのがなー……」
「大抵のものは妖精竜の入手に血道を上げていたしな……。手に入らなかったのは必然かもしれんが、なぁ……」
はあ、と二人は揃ってため息をつく。
と、そんなところにひょっこりと顔を現したのはサンシターであった。
「こんにちわでありますよー。……今日は、二人だけでありますか?」
「おう、サンシター。こんちゃー」
「リュージ」
横着な返事を返すリュージを嗜めながら、ソフィアは姿勢を正しサンシターの疑問に答える。
「今日は二人だけです。他の皆は、試験勉強に向けて、勉強をすると言っていました」
「ああ、そういえば月一くらいのペースでミニテストがあると、聞いたことがあるでありますな」
サンシターはマコから聞いた話を思い出す。
マコも含めた異界探検隊の者たちが通う私立雨上大学付属高等学校では、生徒たちの学力向上を理由に、月一程度のペースでミニテストのようなものを行うのだという。
教員側はこのミニテストは学期ごとの成績に影響のないものだと口にしていたが、生徒側はそれを信じていなかった。何しろ、ミニテストが全て0点だった生徒は、学期ごとの期末テストで100点満点でも容赦なくB判定だったからだ。直接の影響はなくとも、教員側の評価に多大な影響を及ぼすのは明らかであった。
そのため、普段から優良生徒であるコータやレミ、そして学術特待生のマコなどはこのミニテストで点数を落とすわけにはいかないのだ。
だが、ソフィアとリュージはいつものようにイノセント・ワールドにインしてきている。
そのことを不思議に思ったサンシターがそれについて問うと、リュージはこともなげにこう言い放った。
「テストの点数で0点取った回数より、学校のスポーツ大会でメダル持ち帰った回数の方が多かったら学校も黙らざるをえねぇだろ?」
「なんという暴論。いや、確かにその通りかもしれないでありますが」
「……さすがにそれは冗談ですからね?」
ソフィアはジト目でリュージを睨みながら、改めてサンシターの疑問に答える。
「学校の勉強は、ある程度の要点さえ抑えていれば何とかなってしまうものです。百点は無理でも、七十点程度であればそれで賄えます。記憶領域に関わる問題は厳しいですけれど、そればかりがテストでもありませんしね」
「そして俺とソフィたんはそういう要点を押さえる方が得意なタイプ! こう見えて、普段の授業の復習くらいは欠かしてないのよ、俺は」
リュージが勉強、というのは意外であるが、要領が良いというのは納得だ。スポーツ特待生であることを考慮すれば、リュージであれば60~50点もあれば十分評価されるであろうし。
「はあ……。では、マコたちは? 試験勉強せずとも、普段の様子を考えれば高得点をマークできると思うでありますが」
だが、サンシターは疑問をさらに重ねる。
普段の優秀さを知るからこそ、今さら勉学を重ねる必要はあるのか?と。
そんなサンシターの疑問に対する答えは、単純なものであった。
「コータとレミは、単なる真面目ちゃんだからだよ。テストの前は勉強しなきゃ!って頭んなかにあるんだべ?」
「マコの場合は、テストの点数が、そのまま奨学金に関わるからでしょう。学校側の言うことすべて鵜呑みにして手を抜くなんて、彼女の性格を考えてもありえませんしね」
「言われてみれば、そうでありますな」
優等生だから勤勉なのではなく、勤勉だから優等生なのだ。
サンシターは自分の思い違いに苦笑し、それから一つため息をついた。
「ハァ。皆に相談したいことがあったでありますが……どうするでありますかな」
「ん? サンシターが?」
「何かあったのですか? 私たちだけでも、話を聞きますが」
ソフィアの言葉にサンシターは顔をあげ、それから笑顔で一つ頷く。
「それもそうでありますな。実は、この間メールが来たセードーさんとキキョウさんでありますが、今大変困った状況になってるようでありまして」
「? その二人が……?」
「ああ。ひょっとしたら知ってるかも」
リュージはサンシターの言葉に思い当たる節があるのか、手馴れた動作で一枚の掲示板を空間に投影する。
「これだべ? “新レアアイテム保有者確保作戦!”」
「あ、ああ! これでありますよ!」
「なになに?」
ソフィアが掲示板に目を通してみると、件の二人をいかにして自分のギルドに引き入れるのか、という方法について冗談交じりに言い合う場所になっているようだ。
物やお金でつるのはもちろん、果ては交渉に詐欺まがいの芝居、暴力行為による強制や、果ては人には言えない方法で無理やり従わせようなどというレスまであった。
全てがそうではないが、掲示板を覆う意見の大体が自分たちの都合しか考えていないような、かって極まりない意見。ソフィアはレスを流し読みしながら不愉快そうに顔をしかめた。
「なんだこれは……。レアアイテムを持った二人を景品かなにかのように扱ってないか、これ?」
「実際、レアアイテム入手したらおまけでプレイヤーが付いてきた、ってノリなんだよこういうのは。さっき見つけて流し読んだだけなんだけど、こいつがどうしたんだ?」
「いや実は……この掲示板の内容、全てではないにせよ、結構実行されているらしいでありますよ」
サンシターは痛ましげに顔を歪めながら、自分の見聞きした話を告げる。
曰く、経験者を語り強引にアイテムをトレードしようとした。
曰く、ギルドのランクや戦績を語り、自らのギルドに入るよう言いくるめようとした。
曰く、一人ずつなら容易かろうと、二つのギルドが結託して彼らを引き離そうとした。
「少し聞いただけでこのような噂がちらほら流れているであります。慎重に探すと、もっと出てきそうで」
「まあ……先行実装のレアアイテムだしなぁ。レア亡者ってのはどこにでも湧くもんだし、あの拡散だ。それも止む形無しってとこかね」
リュージは知り合いが引き起こした拡散行為を思い出し、一つため息をつく。
サンシターの元にやってきたメール、実はあの後リュージの元にもやってきたのだ。そこでリュージはそのアドレスが、イノセント・ワールドのプレイヤーの一人であるカネレが流したものであることに気付いた。
長くイノセント・ワールドをプレイしているカネレは、お祭り騒ぎを特に好む。
これもその一環だろうと、リュージ自身はひとまず放置していたのだが。
「こうなると、二人が不憫で……どうにも気になってしまって」
サンシターはそうはいかなかったようだ。
元々、超が付くほどお人よしな彼の性分で、こんな状況を見過ごすという方が難しいのだろう。
困ったように眉尻を下げる彼を前に、リュージはスッと立ち上がる。
「んじゃ、行きますかね」
「行くのか?」
「え?」
リュージの言葉に困惑した様子のサンシター。
彼に振り返りながら、リュージはなんということもないように告げる。
「放置すんのが目覚めが悪いって話なら、まずは会って話をしてみようじゃんか。気になるんだろ?」
「そう……で、ありますね」
「じゃあ、行きますか」
「……ありがとうでありますよ、二人とも」
ソフィアもリュージに続くように立ち上がる。
あっさり自分の悩みに解決に乗り出してくれた二人の背中を見て、サンシターは申し訳なさそうに笑いながら一つ礼をいい、自分も立ち上がった。
なお、こうしたレアアイテム獲得拡散行為は、イノセント・ワールドにおいては通過儀礼のように捉えられている模様。