log114.卵とメール
コータの勝利の雄たけびと、ドロップした妖精竜の卵。
双方が揃ったのを見たリュージは、そのまま焼き固められた地面の上へとへたり込んだ。
「ぐはぁー……やっと捕まえた……」
「結局卵ドロップ狙うしかないのが辛いところよね……」
同じように湿っていない地面の上にへたり込むマコ。
すっかり疲れたといわんばかりの様子の二人に同意するように頷いたのはソフィアだ。
「うむ……しかし、まあ」
彼女はそのまま、横目に卵をそれぞれ抱きかかえているコータとレミ、そしてそんな二人に喜びの声をかけるサンシターを見やる。
「コータもレミもおめでとうでありますよー」
「ありがとうございます、サンシターさん!」
「何て名前付けようかなぁ……!」
コータもレミも、これから生まれてくるであろう妖精竜の姿を想像してか、だいぶしまりのない笑顔をしている。
ソフィアは友人たちの緩んだ笑みを見ながら、何度か頷いてみせる。
「……とりあえず倒せれば、最低二つ確保できるのは強みだな、うむ」
「リアルラックに物言わせるなんて、俺ら位なもんだろうけどな!」
「何もしてないのにいきなり光属性引き当てるような人間にゃぁ、何言っても無駄よね……」
確率にしてみれば、相当な低確率であるはずなのに、初撃破かつ、二連続で卵を引き当ててしまっている。どれほどの低確率を潜り抜ければこのようなことが可能なのか、想像するのも恐ろしい。
「テイミングに費やすSP考えりゃ、かなり効率的ではあるんだけどなー」
「だっつっても、いきなり二連はないでしょ……。ホントに宝くじ買わせるだけで生きていけそうよね」
「いくらなんでもそれは無理だろう……だよな?」
マコの戯言を切り捨てようとするソフィアであるが、その自信が少し揺らいでしまい、リュージに同意を求める。
リュージは、彼にしては珍しくソフィアの言葉に無言で肩をすくめた。そのことに関しては、何を言っても無駄だと言わんばかりだ。
まあ実際、二人そろって光属性取得に妖精竜の卵入手。いずれも一回目で成功してしまっている。何も知らないプレイヤーがこれを知れば、チートの疑惑さえもたれてしまうだろう。疑われたとしても、それをチートだと断定する手段は皆無なのだが。
ともあれ、そんな胡乱な話題はさっさと切り上げようとでも言うように、クルソルのカメラ機能を起動させながらコータたちへと近づいてゆく。
「よーし、せっかくなので拡散しちゃる。お前らこっち向けー」
「ぴーす!」
「イエー!」
珍しくハイテンションなコータとレミが満面の笑みで卵を抱きかかえながらピースを向けてくる。
リュージはパシャリと一枚スクショを取ると、それをそのままフレンドたちに向けて一斉送信し始めた。
「“卵ゲッツ。うらやましかろう?”と」
「羨ましいの? それ」
「成体を手に入れた方が羨ましくないか?」
「んにゃ。モンスターの卵って、部類としちゃレアアイテムだから。それに、モンスターを赤ん坊の頃から育てると、成体状態でペットにしたときよりも遥かに強くなったりするから」
リュージはメールの送信を終えると一つため息をつきながら、二つ揃った卵を眺める。
「なんで、割と値が付きやすいアイテムでもあるんだよな。二頭立ての妖精竜ってのもロマン溢れるんだが……育成費用とか考えると、一頭で十分な気もするしなぁ」
「ああ、やっぱかかるのね、お金……。具体的なところはわかるの?」
「えーっと確か……卵から返すのに孵化器的なものがまず要るだろ? で、モンスターの種類にあわせた餌。後は、生態によってはドッグラン的な広さのある場所やらハムスターの回し車みたいな道具もいる場合があるから、それ専用のキットとかもいるだろー……」
「ああ、うん。もういい。なんとなくわかった」
指折り必要そうなものを上げてゆくリュージを、ソフィアは途中で遮ってしまう。
ゲーム内の収入が安定しない間のペット飼育は、結構な博打になるようなのは理解した。
現実でペットを飼う場合でも、同じような悩みは尽きない。小型のペットならその心配はないが、先ほど戦った妖精竜たちのように大型犬を遥かに上回る大きさの動物を飼育するとなれば当然の話ではある。
幸い、妖精竜の卵ともなれば、もう一頭分の飼育費用に割り当てられる程度の値段で捌けるだろう。
「では、卵一つは売ってしまうべきだな」
「「えー!!」」
「おだまりアンポンタンども。あんな馬鹿でかいドラゴン、二頭も一緒に飼えるわけないでしょうが!」
「「うっ……」」
ソフィアの言葉に異議を唱えようとするコータとレミであったが、マコが暴力的な正論でそれを封殺してしまう。
二人とも、一応動物を飼うのがどれだけ大変なのかくらいは知っているようだ。
だが、やはりせっかく手に入った妖精竜の卵を手放すのはいやなのか、駄々をこねるように体を揺すりながらマコへとお伺いを立て始める。
「えーっと……ほら、今売らなくてもさ! もっと後になって売れば、お値段が高くなるんじゃないのかな?」
「そうだよマコちゃん! 大切に取っておいて、有事に売ろうよ!」
「おだまりバカップル! 放っておいたらこっそり孵して、そのままなし崩しに二頭立て妖精竜を飼う羽目になるのが見え見えなのよ!」
「「いやそんなことは」」
「目が泳いでるぞ、二人とも……」
往生際の悪い二人に、マコとソフィアが懇々と説得と言うか、説教を開始し始める。
そんな二人を見て苦笑するサンシター。
「今の時代ですと、あの大きさの獣を飼うのはなかなか現実的ではないでありますからなー。憧れるのも道理でありますかね」
「サンシターの実家って、農家だっけ?」
「ええ。と言っても、クローン培養の、バイオ農家でありますが。この間も、クローン牛の買い取り価格がまた下がったと嘆かれたでありますよ」
「クローン利用のバイオ農家、今や腐るほどいるしなぁ、っとメール返ってきた」
世知辛い世間話に花を咲かせていると、リュージのクルソルがメールを受け取る。
試しに確認してみると、カレンから恨み辛みの篭ったメールが孵ってきていた。
「“うちじゃ連戦連敗なのに、なんであんたんとこで二つも出てんのさ!”……ね。そいつは、おてんと様にでも聞いてもらわにゃ」
「お天道様も、そんなこと聞かれたら困るでありましょうな……」
カレンへの返信をはじめたリュージの言葉に苦笑するサンシター。
そんな彼のクルソルにも、メールがやってきたようだ。
滅多に鳴らぬ自らのクルソルの着信音を聞き、一瞬硬直するサンシター。
「――あ、メールであります」
「を? 誰よお相手? 女?」
メールを送信しながら、リュージは軽い冗談を口にする。
だが、それをまっすぐに受け止めたマコが、コータたちへの説教を中断し笑い声を上げ始めた。
「ハッハッハッ。サンシターに限ってそんな」
ただし瞳は一切笑っていない。口は三日月のように歪んでいるが、瞳の輝きはどこか虚ろである。
さらにどこからか取り出したお盆を素手で二つに割り始めるマコを見て、レミが怯えたように声をかけた。
「マコちゃん落ち着いて!?」
「か、顔が悪鬼になってるぞマコ!?」
さらにソフィアもマコを宥めにまわる。
形相すら一変したマコの様子に体を震わせながら、コータは少しずつ距離を取りながらサンシターの方へと向き直った。
「マコちゃんが荒れるからそう言う冗談はやめようよリュージ。で、どうしたんですか?」
「はあ、何々……妖精竜イベントの最新情報だそうであります。あ、セードーさんにキキョウさん……なんと!? 今回のイベントの最高アイテムをお二人が……!?」
サンシターはメールの内容に目を通し、そして知り合いの名前が出ていること、そしてその二人がいきなり最高のレアアイテムを入手したことに驚き、目を見開いた。
「なんだ、知り合いからのメールか?」
「いえ、メールの送り主の名前は知らないでありますが、セードーさんにキキョウさんはこの間のギアクエストの際にご一緒させていただいた……」
「ああ、無手でサイクロプスに挑んだっていう連中のことね」
サンシターの話を聞き、リュージは彼の口から出た名前の持ち主のことを思い出す。
いまどき珍しいリアル武術家という奴らしく、最初から最後まで拳と棒だけで戦ったんだとか。
サンシターから聞いた武勇伝を思い出し、おかしそうに笑いながらリュージは彼のクルソルを覗き込む。
口元に長いマフラーを巻いた武道家のような少年と、目を包帯で隠した旅装姿の棒を持った少女が並び立ったスクリーンショットに、それぞれの身に着けているアイテムの場所と名前が記されていた。
夜影竜の紋章と妖精竜の髪飾り。それが、本イベントにおける最高ランクのレア度を誇るアイテムらしい。
「まさかサンシターの知り合いがレアアイテムゲットとは……世間ってなぁ、狭いなオイ」
「そうだね……それより、サンシターさんの口から女の子の名前が出たからマコちゃんが……」
リュージはサンシターの知り合いと言う単語に純粋に喜んでいたが、それどころではない様子でコータがマコのいるほうを指差す。
彼の指の先にいたのは、嫉妬の亡者と化しかけているマコであった。
「サンシターが、サンシターがぁ……!?」
「お、落ち着いてマコちゃん!!」
「大丈夫だマコ! ただの知り合い! そう、知り合いだ!!」
ほんの一回。しかも単なる知り合いの名前が聞こえただけで、もうなんというか鬼のような形相になったマコ。
レミとソフィアが必死に押さえ込もうとしているが、まるで効果が出ていないようだ。
コータは徐々に暴れ始めるマコを見ながら、リュージへと問いかけた。
「どうするの、リュージ……?」
「ほっとけもう……憤死させときゃ本望だろ……」
処置なし、と言わんばかりにため息をつき、フレンドから返ってきたメールを確認する作業へと没頭し始めるのであった。
なお、その後サンシターによる頭ナデナデによってマコの鎮静化を図った模様。