log112.VS妖精竜戦
「おおおぉぉぉぉ!!」
妖精竜の突進を、リュージはグレートソードの腹を使って捌く。
ドラゴンとしては小型に分類される妖精竜であるとはいえ、その身体能力は人の遥か上をゆく。ただの突進も、車の突進を受け止めるかのごとき衝撃である。
「ってぇ! おもってぇなチクショウが!!」
リュージは悪態をつきながら、妖精竜の方へと向き直る。
低空飛行を続けている妖精竜は、樹木の間を潜り抜けながらリュージへ向かって再突進する構えだ。
それをみながら、リュージはにやりと笑みを浮かべる。
「そうだ! 寄って来い! いくらでも受け止めてやる、っらぁ!!」
言っている間に突進をかます妖精竜を、リュージは何とかグレートソードを使って捌く。
リュージのグレートソードと妖精竜の体がぶつかり合うたび、車がぶつかっているかのような物々しい轟音が辺りに響き渡る。
一人、妖精竜をひきつけているリュージを遠くから眺めながら、マコは呆れたように呟く。
「あの突進を受け切れるってのは、どういう理屈よ。現実なら、一トン近いんじゃないの、衝撃力」
「それはわからないでありますが……。あれが脳筋というステ振りでありますからなぁ」
皆の邪魔にならぬよう、妖精竜のヘイトを集めないよう、その視界に映らないように動きながら、サンシターがマコに答える。
「STRが上がると、目に見えて筋力などが増加するでありますからな。物理攻撃に影響のあるステータスでありますが、ああした防御行動にも影響が強いであります」
「というと?」
「あのリュージのように、ごつい化け物の突進を受け止めるだとか、飛んでくる砲弾を跳ね返すだとか。体全体を使って“耐える”事が可能になるのであります」
「HPってCONじゃないの?」
「HPはCONで鍛えるでありますが、CONではモンスターの攻撃を受け止める力は手に入らないであります。なので、前衛タンク型は実はSTRガン振りの育成が多いのでありますよ」
「なるほどねー」
納得したようにマコは一つ頷くと。
「というわけだからー。無理に攻撃を受け止めようとするのはやめといたほうがいいわよー」
「ご、ごめん……!」
「ヒール! ヒール!」
リュージのように、妖精竜の一撃を捌こうとして逆に泥の中に叩き込まれたコータに、レミの必死のヒールが飛んでゆく。
振り上げた前足を捌こうとしたのだが、剣で捌こうとしたところそのまま押し切られてしまっていた。例え前足一本であってもその筋力は平均型ステータスのコータを遥か上回るということか。
コータに代わり、妖精竜の前足の攻撃を回避するソフィアだが、足元が泥のせいでうまく動けず上体を逸らすように回避するので精一杯のようだ。
「くっ……!? だが、この攻勢を受けずにかわすのは厳しくないか!?」
「それをあたしらに言われてもなぁ。あんたらが相手にしてんのはHP半分なんだから、コータのスキルで一気に押し切りなさいよ。カウンター増えてもいいならあたしも撃つけど」
「撃つなよ!? 絶対撃つなよ! フリじゃないからな!!」
無効化できるのは光属性のみ。そこに火やら水やらの属性カウンターが増えては、リュージの頑張りを無に返してしまう。
ソフィアはマコに向かって叫びながら、妖精竜へとスキルを放ってゆく。
「ソードピアス!!」
瞬く間に間合いを制圧する神速の突きが放たれる……が、悪路に足をとられてしまったせいで有効射程の半分も力を発揮できない。
ほぼ至近距離での発動であったため、当たりはしたがそのダメージはスズメの涙だ。
「くっ!?」
「あら。スキルも物理演算の影響受けるのね」
「これは自分も知らなかったであります」
「光破刃ィィィ!!」
鋭く叫びながらの剣閃で妖精竜を攻撃しながら、コータは思わずと言った様子で叫ぶ。
「攻撃しないならせめて応援してよっ!?」
「いやー、ごめん。イノセント・ワールドの仕様のお勉強に夢中で」
「ぐぬぬ……!」
悪びれないマコの言葉に、ソフィアが悔しそうな顔で呻く。
別に恥ずべき部分はなかったはずだが、どうにも居心地が悪い。
とはいえ、地面の悪さが今すぐどうにかなるわけでもない。ソフィアは悔し涙を拭いて、そのまま妖精竜へと斬りかかる。
「でぁー!!」
斬撃が効果的でないのはわかっているが、それでも気を逸らす程度の効果はある。
ソフィアの斬撃により、一瞬怯んだ妖精竜はコータの光破刃の吸収を止め、そのまま一歩飛び退ろうとする。
「くっ!? 距離が開くと面倒だぞ!」
「でも、この足場じゃ……!」
慌てて妖精竜を追いかけようとする二人であるが、泥に足をとられて思うように動けない。
(せめてリュージのように跳べれば……!)
ソフィアは反射的にそう考える。
足元の泥ごと真上に跳べれば、樹木を足がかりに妖精竜へと襲い掛かることも可能だろうが、どれだけ踏ん張ってもソフィアでは泥の中から勢いよく跳び上がる事が出来ない。こんな部分にも、STRが要求されるとなれば、少しでも鍛えておくべきだろうか。
ソフィアの思考が、そんな風に関係のない部分へと逸れ始めた時、マコが声高に叫んだ。
「ファイアボール!」
「へっ!?」
レミの間の抜けた声が聞こえてくるのと同時に、ソフィアたちの目の前をファイアボールの爆炎が広がってゆく。
「ちょ、マコちゃん!?」
「なによ。応援しろっていったのはコータでしょうが」
コータが振り返り非難じみた声をあげると、マコは心外だといわんばかりに先ほどファイアボールをぶつけた部分を指差す。
「それなら、普通に歩けるんじゃないの?」
「え?」
マコが指差す先にあるのは、ファイアボールの熱気によって水分を吹き飛ばされた泥の……焼き固まった地面の姿があった。
妖精竜は飛び上がっていたため、ファイアボールの爆炎を食らっていないようで、飛びながらコータの剣の光を吸収しようとしているところであった。
「ッ……! これなら!!」
「よしっ! ありがとうマコちゃん!!」
足元が泥でなければ、二人は十分に動ける。
コータとソフィアは素早く固まった地面の上へと上がり、妖精竜への攻撃に備える。
「光破刃ッ!!」
「畳み掛けるぞっ!! ソニックボディ!」
コータの剣に光が宿り、ソフィアの体を突風が包む。
HPが減じている妖精竜であれば、このまま一気に押し切った方が良いはずだ。
だが、二人の攻撃態勢が整う前に妖精竜のカウンターの準備が整う。
頭上に輝く光玉が一際強く輝き、一条のレーザーとなってコータたちへと襲い掛かろうとした。
「フォースバリアー!!」
コータたちの体が分断される一瞬前に完成したレミの魔法は、しっかりと二人の体を守ってくれる。
霧散した己のレーザーに目を見開く妖精竜の頭上を、一際大きな氷の塊が襲い掛かった。
「フォール・ブロックッ!!」
氷の塊を生成するだけの、ごく単純な水属性魔法であるが、物理的質量は生き物を昏倒させるに十分な破壊力を持つ。
脳天に氷塊の直撃を喰らい、妖精竜は姿勢制御を失い固まったばかりの地面へと落下してゆく。
そこに狙いをつけ、ソフィアのスキルが唸りをあげる。
「ソードピアスッ!!」
ソニックボディ発動状態のソードピアスは、まさに神速。
瞬き一つの間に、落下中の妖精竜の体を貫く。
だが、その瞬間にソフィアは体を反転させた。
(もう一撃……!)
リュージの得意技である、パワークロス。あれを見ていて、一つ思いついたことがあったのだ。
ソードピアスの打点に対し、反対側からもう一度攻撃を仕掛けられないか、と。
通常の状態では、反応速度が足りなかった。反転する前に、ソードピアスの効果が終了してしまっていた。
だが、ソニックボディがあれば。風を纏うことで、DEXも一時的に強化できる、このスキルがあれば。
(もう一撃……! 叩き込むッ!!)
ソードピアスが終わる前に、反転するだけの反応速度を、ソフィアでも一時的に得られるのだ。
「おおおぉぉぉぉぉッ!!!」
中空を落下する妖精竜の体を、二度、ソードピアスが貫く。
響き渡るクリティカルの快音。それにさらに重ねるように、コータの光破刃が迫る。
「ヤァァァァァ!!!」
正面からの面打ち。そこから逆袈裟へ繋ぎ、薙ぎ払うような横胴一閃。
流れるような三連撃が決まり、妖精竜のHPが0になる。
「あっ……!」
レミがその事に気が付き、声を漏らすと共に妖精竜のか細い悲鳴が聞こえ、その姿は光の粒子へと還る。
そして――一拍置いて、消え去った妖精竜のいた場所に一つの卵が姿を現す。
レミが慌てて駆け寄り、抱き上げて確認すると、それは“妖精竜の卵”と言うアイテムであった。
「やった……! 卵、ゲットしたよぉ!!」
思わず歓声を張り上げるレミ。
珍しい彼女の姿に、コータも思わず笑みをこぼした。
なお、ソードピアスの正式なスキル効果は「一定距離、高速で突進攻撃を行う」ものであるため、途上進路を変更するのは理論上可能とのこと。