log109.妖精竜を追いかけて
妖精島は、群島ごとに環境が大きく異なるのが特徴らしい。
島のほぼ中心部に妖精樹と呼ばれる大木が立っているのは共通しているが、その周辺環境は精霊たちの生息具合によって大きく異なるらしい。
リュージたちが降り立った群島は、どうやら熱帯雨林に近い性質を持つらしく、じんわりとしたいやな湿気と生い茂った樹木、そしてそこかしこに出来上がった泥溜りがいい感じに不愉快極まりない場所であった。
「あー、もういや……。なんだって、この島はこんな具合になってるのよ……」
「足がグチョグチョだよー……」
ギルドのロングスカートコンビが、顔をしかめながら熱帯雨林の中を歩いている。
下にしっかり短パンをはいているとはいえ、二人は大胆にスカートを持ち上げている。
その姿に劣情を催すものは幸いいなかったが、乙女らしからぬその姿にサンシターが思わず苦言を呈す。
「いや、気持ち悪いのは判るでありますが、せめてスカートを履き替えるとか。何でいちいち持ち上げているでありますか」
「だって代えのスカートなんて持ってないし」
「私のこれ、ローブと一緒になってるんですよぅ……」
サンシターの苦言に、それぞれ反論を返す。ゲームである以上、衣装の替えなどそうそう必要にはならない。鎧であれば、一つ二つ程度の替えは必要になる場合は多いが。
二人の反論に苦笑しながら、ブーツを泥の中から引き抜きながらソフィアが二人を援護する。
「まあ、そういわずに。行軍を遅らせるわけにもいかないだろう?」
「まあ、そうでありますな」
ソフィアの言葉に、サンシターは対して反論もせず同意する。
彼としても、そこまで固執するような話ではなかったようだ。
湿度の高い熱帯雨林の中、泥に足を取られながら歩くのに疲れたのかもしれない。ゲートを出発してから、今のところエンカウントがないのも退屈の原因だろう。
そのことが気になっているのか、先頭で斥候代わりに目を光らせていたコータが、隣を歩くリュージに問いかける。
「ねえ、リュージ? さっきからモンスター出てこないけど、なんでかな?」
「なんでだろうなー。情報によると、精霊系のモンスターが割りと出てくるらしいんだが」
クルソルを弄りながら、リュージも不思議そうに首を傾げている。
「こういう湿原系の地域なら、水の精霊“アクアン”とか出そうなもんなんだけどなー。あと、土の精霊“アース”も。精霊自体が出難い傾向にゃあるけど、他の連中は結構出てるらしいんだよなー」
リュージがクルソルで確認しているのは、今回のイベントの攻略掲示板。プレイヤーたちがそれぞれの情報を持ち寄り、もっとイベントを楽しもうと努力する場所だ。
特にリュージが確認しているのは、モンスターの分布に関する板だ。妖精竜はもちろん、その取り巻きとなる精霊モンスターたちの生息図も重要な情報だ。
その掲示板によれば、群島ごとにある程度偏りはあるが、大体全ての群島のほぼ全ての場所において精霊モンスターとの遭遇が確認されているとのことだ。
その頻度も、通常のダンジョンでモンスターを遭遇するくらいの割合とのことで、普段はなかなかお目にかかれない精霊モンスターたちのドロップ品を目当てにこのイベントに参加し始めたものもいるらしい。
……のだが、リュージたちはその精霊モンスターとの遭遇すらない。運がいいといえば、その通りなのだろうが。
「ちょっとレミ。今すぐモンスターを湧かせなさい」
「何で私に言うかな!? そんなの無理だよ!」
レミかコータの幸運が原因と見たマコが、隣を歩くレミに無茶振りをする。
当然、そんなことが出来るわけないレミは大きく首を横に振ってそれを拒否する。
「そう言わずに。あんたなら宝くじに一本くらい当てられるって、信じてるから!」
「それとこれとは関係ないでしょ!?」
「無茶振りするものではないでありますよ……」
サンシターはマコの無茶振りにため息をつきながら、なるべく明るい声を出して皆に声をかける。
「退屈なのは判るでありますが、妖精竜に出会うのが目的である以上、それ以外は邪魔ともいえるであります。この、モンスターが出てこない間になるべく妖精島の探索を終え、妖精竜が出そうな場所に当たりをつけようではないかでありますよ」
サンシターの言葉にもっともだと頷きながら、ソフィアも明るい声で先を行くリュージに声をかけた。
「それもそうだな。どうだ、リュージ。熱帯雨林は抜けられそうか?」
「まだまだ生い茂ってる感じだにゃー。こりゃ、この先しばらく――」
リュージは軽く苦笑しながら振り返り、ソフィアたちに向かって語りかけていたが、その瞬間表情を険しくして叫んだ。
「サンシター! 後ろだっ!」
「うし?」
サンシターがリュージの言葉に小首を傾げた瞬間、彼の背中を蹴飛ばしながら、妖精竜が熱帯雨林の中を低空飛行する。
「ろびっ!?」
「きゃぁ!?」
「ちょ、いきなりぃ!?」
泥に頭から突っ込むサンシター。彼の悲鳴のおかげで、レミとマコは妖精竜の突進を回避することに成功する。
樹木の間をすり抜けるように飛びながら、妖精竜はリュージたちに向かって威嚇するように鋭い咆哮を放つ。
「おっしゃ、妖精竜! こいつをぶっ倒して、今度こそ卵をゲッチュだ!」
「気をつけろよ! 二乙なんて許さんからな!」
「唯でさえ足場が悪いってのに……! もう!」
コータは苛立たしげに呟きながら剣を抜き、スキルを発動する。
「光破刃!!」
彼が掲げた刃が辺りの光を吸収し、刀身に光の刃を形成する。
ソーラーチャージと呼ばれるスキルにコータがつけた名前が、光破刃であった。
いずれはこれの光の刃を飛ばし、遠距離攻撃できるようにするのが目標なのだとか。
「ハァァァ!!」
コータは振り上げた刃で辺りの樹木を切り倒し、視界を確保する。
木々の間を飛び回る妖精竜を相手にするには、この地形はよろしくないのは先の邂逅でわかっている。
パワースラッシュを上回る攻撃倍率をもつ光破刃は、バターのように木をなぎ倒し、あっという間に妖精竜への視界を確保する。
そして、輪切りにされた切り株は、泥に足を取られぬ足場にもなる。
飛び上がり、泥もそのままにブーツを履きなおしたソフィアは、不愉快な泥の感触に顔をしかめながらも切り株の上に立ち、レイピアを引き抜く。
「ゆくぞ、妖精竜……!」
そのまま渦巻く風を纏った彼女は、妖精竜へ向かって一気に飛び掛る。
「トルネード・スティンガー!!」
ソフィアの体をまとう風は、さながら竜巻のような猛威となり、彼女の体を妖精竜へと疾駆させる。
妖精竜はその速度に驚きの鳴き声を上げながら、何とかソフィアの攻撃を回避しようと体を捩るが、彼女が纏った風の刃は妖精竜の翼を強かに傷つける。
痛ましげな鳴き声を上げる妖精竜の姿に申し訳なさそうな顔になりながらも、ソフィアは飛んでいった先の気にレイピアを突き刺して、泥に足を付けないようにしながら振り返る。
「そのまま畳み掛けろ!」
「オッケィ!!」
ソフィアの声に答えたのはリュージだ。
彼は先ごと購入したトリガーハッピーを二つとも取り出すと、しっかりとストックを脇に挟みながら、腰溜めに銃を構える。
「ヒャッハァー! 妖精竜は消毒じゃぁ!!」
そして引き金を引くと、トリガーハッピーからその名を示すように、大量の銃弾が放たれる。
翼を傷つけられうまく飛べなくなった妖精竜に殺到した銃弾は、その体表で弾け、炸裂し炎を撒き散らし始める。マコにも協力してもらい作成した、炸裂炎弾の効果だ。
そのまま苦悶の鳴き声を上げ、体を焦がし始める妖精竜を見て、思わずソフィアとコータが声を上げる。
「消毒してどうする! ああ、こら、撃つなぁ! 燃えてる、毛皮燃えてる!」
「可哀そうだよリュージ! もっと違う方法で!」
「じゃあせめてテイミング取り直してこい! でなきゃペットタグ! あれ持って来い!」
銃撃を緩めぬまま、リュージが叫ぶと、マコが反射的にツッコミを入れる。
「そんな高級品うちのギルドにゃないわよ!!」
「高いよね、あれ……。ペットを確実に手に入れられるから、当たり前なんだと思うけど……」
レミは焦げてゆく妖精竜を見て、悲しそうな顔になりながらそう呟く。
元々妖精竜を倒すつもりで来ているのだからリュージの行動は当たり前なのだが、それでもやはり焼き殺すのはなんというか、心にくるものがある。
妖精竜も、泥の上に着地し何とか体に燃え移る炎を消そうとするが、それをさせまいとリュージは追い討ちの炎弾を叩き込む。
「ヒャッハー!!」
銃を撃つ内にテンションが上がってきたのか、凶悪な笑顔で叫ぶリュージ。
悪魔のような追い討ちの中、妖精竜がまた悲痛な鳴き声を上げると、今度は熱帯雨林の上のほうから妖精竜が怒りの咆哮を上げながら現れる。
最初の個体に比べると一回りか二周りほど体の大きな妖精竜を見て、泥の中から顔を引き抜いたサンシターが慄いた。
「あー! 別の妖精竜がきたであります! なんか怒ってるであります!」
「ひょっとしてこの子の家族!?」
可能性の一つに思い当たり、顔を青くするレミであったが、リュージは上がったテンションそのままに、新たに現れた妖精竜のほうへ銃口を向ける。
「上等ぉ! 諸共消毒して――」
怒る妖精竜は、リュージにそれ以上の蛮行を許さぬといわんばかりに咆哮を上げる。
その咆哮に呼応するように、最初の妖精竜の体に燃え移っていた炎がその体を離れ、巨大な炎の塊となりながら新しい妖精竜の前に集まる。
炎の塊は白く白熱し太陽のようになり、リュージに向かって解き放たれる。
トリガーハッピーでは迎撃できない。直感でそう感じたリュージは、反射的に右手のトリガーハッピーを仕舞い、新しい武器を手に持ち太陽に向かってその刃を叩きつける。
「――あ、ヤバ」
だが、手にしていたのは唯のグレートソード。巨大で、重く、硬いその刃は、太陽を斬るにはあまりに非力であった。
次の瞬間、声もなく蒸発してしまったリュージを見て、コータが悲鳴を上げる。
「リュージが一瞬で消毒されたぁ!?」
「あんの大バカがぁぁぁぁぁぁ!!」
ソフィアの怒りの咆哮が、辺りに木霊する。
それに応じるように、大きな妖精竜は咆哮と共に周囲の泥から水の竜巻を生成しはじめるのであった。
なお、その後、妖精竜に一蹴されて皆仲良く死に戻ることになった模様。