log108.妖精島、上陸
「ああ!? サンシターさんが死んじゃった!」
「リュージ君ひどい!?」
「いやいけるはずだって! サンシターの母性と包容力で「ほら怖くないよ?」ってやれば妖精竜もイチコロだろ!! 狂犬と名高いマコだって、コロッとやられて」
「何抜かしとんだこのすかたんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
乙女の咆哮と共に放たれたフレア・グレネードが、リュージの体を空高く弾き飛ばす。
快晴と共に訪れた妖精島へ乗り込んだ異界探検隊のメンバーは、何とか遭遇できた妖精竜を捕獲しようと四苦八苦していた。
マンスリーイベント“妖精竜を捕まえろ!”。先行実装される騎乗ペットである妖精竜を狙って、多くのギルドやプレイヤーたちが参戦、皆思い思いの形で妖精島へと乗り込んでいた。
本イベントの最大の目玉は、完全新規導入予定となる騎乗用ペット妖精竜。全身をふわふわの毛皮で覆われた、ファンタジードラゴンの容姿は多くのプレイヤーを魅了し、イベント初日におけるDAUは普段の三倍となった。いわゆる捕獲系イベントとしては、破格の参戦率である。
こうしたイベントにおける先行実装には少なからず運の要素が入り混じる。運さえ良ければイベント参加数時間で目的のアイテムなりペットなりをゲットできるが、運に見放されればイベントが終了するまで目的を果たせないというものもいる。イノセント・ワールドにおける先行実装とは、大よそ三ヶ月前後に実装しますよ、という宣伝の意味合いが強い。なので、あまり急がずともじっくり待てばいくらでも入手機会を狙うことが出来るようになるわけだ。
それでも普段の三倍のプレイヤーがイノセント・ワールドにインしているのは、それだけ妖精竜への期待が強い、ということなのだろう。
「何しろ、完全新規導入。こいつを今の時期に入手できれば、この先の三ヶ月は自慢しながら過ごすことができるわけだ。そういう優越感に浸りたくて必死に妖精竜の卵を掘ってる奴は少なくねぇだろうなぁ」
「掘るというと、非常に非道なことをしているような気がしてくるな……」
リスポンとなったリュージとサンシターを迎えに向かった、ミッドガルドと繋がっているゲートはなかなかの盛況振りを見せていた。
これから妖精竜の捕獲に向かうギルドはもちろん、知り合いを待って談笑している者たちや、この機会を商機と見て露天や出店を開いている者すらいる。
ちょっとしたお祭り騒ぎとなり始めているゲートを眺め、マコが呆れたようなため息をついた。
「ああいうのを見てると、人間その気になれば何でもできるって痛感するわよね。ゲームでまで、あんな風に稼ぎに走らなくてもいいと思わない?」
「まあ、仕方あるまい。ゲーム内に経済基盤が存在し、貨幣が一定の価値を保っているのであれば、ああいう光景も広がるものだ」
マコの言葉に同意するように頷きながら、ソフィアはリュージの方を見やった。
「まあ、我々には無縁な話だ。リュージ、次はどうする?」
「うーん。初遭遇がランダムエンカウント的だったからなぁ。同じ場所に行って、また妖精竜に出会えるとは思えねぇなぁ」
リュージはソフィアの言葉に唸りながら首を傾げる。
「このゲーム、モンスターも一定の生態に従って行動するからなー。妖精竜の生態がはっきりと判明してりゃ、とっ捕まえにいくのも楽なんだけどなー」
「さっきは……森の中を歩いてたら、いきなり出てきたよね?」
「そうそう。あれはびっくりしたよねー」
コータとレミは、妖精竜との初遭遇の状況を思い出し、軽く体を震わせる。
「いきなり、グワー!って感じで迫ってきて……。まるで木の中から生えてきたみたいだったよね」
「妖精って名前に入ってるくらいだから、あれくらい不思議じゃないのかな?」
「いやー、どうだろうなー。このゲーム……というか、世界的に妖精って精霊の絞りカスみたいな存在だし」
「その解釈はどうなのさ、リュージ……」
リュージの乱暴な表現を聞いて、コータがゲンナリと肩を落とした。
ちなみに、イノセント・ワールドにおける妖精とは精霊の下位存在であるが、必ずしも精霊のランクダウンではない。というよりは、精霊と呼ばれるのには規定以上の魔力を保有する必要があり、それに満たない存在を十把一絡げに妖精と呼んでいるのが正しい。なので、リュージの表現は微妙に間違っていたりする。
コータはしばらく肩を落としていたが、すぐに気を取り直したように顔を上げて皆に提案する。
「まあ、妖精竜の生態はともかく、移動しよっか。一日のログイン時間だって、そんなに確保できてるわけじゃないし……」
「そうだね。それに、早く移動しないと……」
ちらりとレミが視線を動かすと、その先にはどこでもキッチンを広げてまんぷくゲージ回復のための料理を作っているサンシターと、それに群がる見知らぬプレイヤーたちの姿が。
「すいませーん。この屋台、なにを作ってるんですか?」
「いや、申し訳ないでありますが、こちら屋台ではなくて」
「ラーメンあるかー?」
「いえ、ラーメンの準備は。ではなく、ここは屋台では」
「大至急飯を作ってくれぇ! 金なら出すから! 出すから!」
「それは向こうの屋台に言って欲しいであります。ここは屋台ではないでありますー」
どこでもキッチンの見た目が屋台っぽいせいか、料理を作っているサンシターの元に、彼を屋台の人間と勘違いしたプレイヤーたちが殺到しているのだ。
素材も限られているため、サンシターも彼らの求めに応じるような真似はしないが、中には食材を持ち込んで料理を作らせようとする手合いすらいた。
「食材はあるから! だから頼む! 俺を錬金術師の魔の手から救ってぇぇぇ!!」
「そこまで言われると、なんかいたたまれなくなってくるでありますな……」
悲痛な叫びを上げる少年の姿に、サンシターの仏心が揺れ動いているようだ。
……だが、ここで応じられてしまうと我も我もと食材持ち寄りによる、サンシター屋台の開設が加速してしまうだろう。
レミが困ったようにマコのほうに向き直ると、マコは険しい表情でサンシターを睨み付ける。
「のんきに料理作ってんじゃないわよ! ほら、さっさと道具しまって、次いくわよ!」
「で、ありますなぁ。失敬」
サンシターは反省するように頷き、どこでもキッチンをしまってしまう。さすがに軽率が過ぎたと反省しているようだ。
当然、周囲からは落胆の声があがるが、元々彼も屋台ではないとしきりに告げていた。さほど混乱もなく、群集は元々広がっている屋台村のほうへと足を向けていった。
それでもなお、錬金術師の魔の手から逃れようとしていた少年はサンシターの足にすがり付いていたが、やがて件の錬金術師がよく分からない何かをお皿に載せて現われ、少年の首根っこを引っつかんで立ち去っていった。
「なにを人様に迷惑かけてんの、あんたは。ほら、あたしが作ったサラダがあるから、いっぱい食べなさいな」
「いやぁぁぁぁぁ! イヤァァァァァァァァ!!」
「お、お大事にーでありますよー……」
うねうねと紫色の蛸足?を蠢かせる、なんというか、触手状の生き物が乗った皿が、恐らくサラダなのだろう。
サンシターは手を振って哀れな少年を見送り、困惑したような表情でリュージへと問いかけた。
「……この世界の料理は、あんな風になってしまうものもあるのでありますか?」
「いや、どうなんだろ。わからん。俺、基本的に料理関係はNPC商店利用してたから……」
リュージは立ち去った少女の上に載っていた、名状しがたい何かを思い出し体を震わせる。
よく、漫画やアニメであんな風に食材をグロテスクな形へ形成しなおすキャラはいるのだが、それがVRゲームとなるとどうなのだろうか……。
一応、このゲームでは、ある程度簡略化されているものの料理は普通に創作可能だ。サンシターは昆布のような素材を利用して、現実のそれとそん色ないおでんをオリジナルに開発したりしている。コハクなどはそれを一口食べた途端、CNカンパニーにて創作料理特許を確立し、専売させてもらえないかなどとサンシターに交渉したほどに、彼の作ったおでんは“おでん”であった。現在、サンシター作のおでんはCNカンパニーの居酒屋系列の各店にて好評を博しているらしい。
リアルに存在する料理はイノセント・ワールドでも再現可能だ。ならばその逆……あんな具合に名状しがたい、アンリアルな料理も創作可能なのだろう。意図せずそんな料理を作成する必要は、思いつかないが……。
「……まあ、忘れよう。あんなデビルフィッシュサラダ。今は妖精竜ちゃんだ」
「で、ありますなぁ」
ひとまず、今見たものを記憶の中からかき消し、リュージたちは再度妖精島の奥を目指す。
ひとまずは、妖精竜と出会うことを目指さねば。
なお、売り上げの一部は特許権としてサンシターの懐に振り込まれている模様。