log107.グレートソードを抱えつつ
「フェアリードラゴン?」
「はい。次回のマンスリーイベントの配布アイテム……いえ、騎乗用ペットですね」
異界探検隊の元に、次のマンスリーイベントの情報が流れ込んできたのは、そんな風に穏やかな日々を過ごしていた時の事であった。
目の前に並べた数多の武器を眺めつつ、コハクはリュージたちにCNカンパニー内で得られた情報を話す。
「久方ぶりの“新規モンスター”実装とあって、CNカンパニー内も割りと熱が入っている感じですね。当然、新種のレアアイテムも実装されるでしょうから、それの探索にもかなりのお金と労力が動くことが予想されています。既に傭兵部門には腕利きに対する注文がちらほら来ているようですし、騎乗用ペットと言うこともあって、捕獲用のタグやらネットやらの注文も結構来てますね」
「新モンスターって、だいぶ久しぶりって聞くしなー。俺が知ってるのは、大体元々いるレアエネミーの騎乗用ペット化だったし」
「ふーん? そんなもんなの?」
「そんなものでありますよ。さすがに、五年も続いているとネタも切れるでありますしな」
コハクの話を神妙に聞いているのはリュージとマコ、そしてサンシターの三人。他の三人は都合が合わないらしく、今日はログインできないらしい。
三人ではダンジョンに潜りにいくのも億劫だという意見の一致を見たため、コハクを呼んで新しい武器の選定がてら、雑談としゃれ込んでいると言う運びだ。
「まあ、以前に比べるとペースが落ちているだけらしく、割と定期的に新しいモンスターの参入はあるらしいでありますが……。騎乗用ペットとしての新規参入は本当に久しぶりでは?」
「ですね。ペット部門の友人も興奮していましたよ。“ゲキカワフワモフプリティドラゴンとか、もう本実装がやばすぎる!!”って吼えてました」
「それは興奮の原因が違うんじゃねぇの?」
今にも鼻血を噴出しそうな様子の友人を思い出しているらしいコハクの言葉に首を傾げつつ、リュージは適当な武器を手に取る。
手の中の角材のようなものを弄りながら、一つため息をついた。
「まあ、穏やかそうなイベントでなによりだ。荒れるよりゃ、平和なほうがいいしな」
「そうねぇ。騎乗用ペットの配布イベントなら、ゆっくり参加できそうだし」
いくつか用意されているハンドガンを弄るマコ。
軽くスライドを動かしながら、マコはコハクに質問する。
「……まさか、配布数に制限がある、とかじゃないわよね?」
「それはもちろん。先行実装ですので、乱数はきびしめという噂ですが、上限は設けられていないはずです。その辺りは運営の発表待ちではありますが、もうそろそろフェンリルの掲示板に張り出されると思いますよ」
「そうよね? ならいいけど……」
安堵の息を付きながら、マコは別のハンドガンを手に取る。
サンシターも包丁の品定めをしながら、コハクに恐る恐ると言った様子で問いかけた。
「……というより、情報も売り物では? そんな気軽に出して良いでありますか……?」
「まだ価値のある情報ではありますが、すぐに使い物にならなくなるでしょうし。私も別に情報部門の人間ではありませんし。別にいいんじゃないでしょうか?」
「よくはないよ。よくは……」
コハクに背中を向け、静かに本を読んでいたアラシはぼそりとツッコミを入れた。いや、どちらかといえば、アラシの大きな背中をコハクが座椅子代わりにしていると言うべきだろうか。いずれにせよ、静かな少年の静かな突っ込みに、コハクは平坦に返した。
「なに心配は要りませんとも。ダーリンが私ではなく、情報部門の彼女を頼ってこの情報を得たわけです。それを私経由で流布したところで、それはダーリンの落ち度ではありませんとも」
「いや、その……悪かったって」
コハクの声は平坦ではあったが、会って日の浅いサンシターですらわかるほどに不機嫌だった。
アラシもその声を聞き、大きな背中を何とか折りたためようとしているかのように縮めている。
まあ、コハクのセリフが全てを物語っているわけだが、それを不思議に感じたのかマコがリュージに耳打ちをする。
「……コハクって、嫉妬深いほうだったの? あんたの妹だから、そういうのは気にしない性質かと」
「独占欲が強い感じかね? アラシ君に有利な情報は率先して流してやってるっぽいんだが、それを先んじられたらしい」
妹のことをそう評しながら、リュージは小さく苦笑した。
「アラシもアラシで、どうしても我慢できなかったらしい。別にコハクの情報が遅いわけじゃないんだろうが、さすがに専門部署と比べたらな」
「ふーん? 好きなの? フワフワ」
マコが何気なく問うと、アラシは少し沈黙した後、小さく頷いた。
「……意外と、よく言われるんですけど……」
「意外性でいえば、リュージの一族が嫉妬、なんて感情を抱くほうが意外だけどね」
「なにそれ、褒めてくれてんのかな?」
「いやー、どちらかと言えば馬鹿にしているのでは?」
「お前も辛辣やね、サンシター……」
温和なサンシターの思わぬ毒舌にがっくり肩を落としつつ、リュージは素朴な巨剣を手に取った。
「ひとまず原点回帰と言うことで、グレートソード辺り使ってみるかね。ステヘキも脳筋になってるし、このくらいはいけるだろ」
「おお、さすがでありますね……。自分は、そういうのに縁がないでありますからなぁ」
軽々と自身の身長すら上回る巨剣を持ち上げるリュージを羨ましげに見やりながら、サンシターは手元に並べた包丁一式を見て唸り声を上げる。
「まあ、自分は包丁があれば……とはいうものの、既存の品は消耗が気になるでありますなぁ……」
「そうなの? 包丁なんて、戦闘にも使わないから長持ちするもんかと」
「それが意外とそうでもないであります。むしろ、最大耐久値が低めで、頻繁な修理が必要なのでありますよ」
サンシターは困ったような微笑を浮かべながら、並べた包丁をコハクに返すべく元のように鞘に収めてゆく。
「最大値は低いが、料理一回で確実に耐久値が削れていくでありますからな……。修理用の砥石を買うより、新しい品を買ったほうが経済的というのもどうなのでありますかね……」
「そりゃ難儀な。コハク?」
リュージが水を向けてやると、コハクは澱みなくサンシターの求めに応じる。
「長く使えるものを、と言うことであればキリ大陸産のものをお勧めいたします」
「キリ大陸の? それは何故であります?」
「向こうは日本や中国を初めとする東洋オカルトの闇鍋大陸ですからね。日本刀の技術で作られた包丁であれば、サンシター様のご要望を叶えてくれるでしょう」
言いながら、コハクは一本の包丁を差し出し。
「もちろん、CNカンパニーでも同様の商品の商いは行っております。ただ、ヴァル大陸ですと相性のよい鉱石が手に入りにくいこともあり、値の張る一品となっていますが」
「失礼するであります」
断りをいれ、コハクの差し出した包丁を手に取るサンシター。
ごく普通の三徳包丁であったが、刃を光に透かしながらサンシターは感嘆の吐息を漏らす。
「これは……確かに良い包丁でありますなぁ」
「わかるんだ」
「ええ。こちらの鍛冶屋で入手できる包丁はいささか刃が歪んでいるでありますが……これはそういったものがない。まさに刀の冴えにも似た何かを感じるでありますよ」
サンシターは手にした包丁を仔細に眺め、しきりにため息をつく。
やがて鑑賞に満足したのか、コハクに礼を言いながら包丁を返した。
「ありがとう。良いものを知ることが出来たであります」
「お気に召されたのであれば、この機会にご購入されては?」
「いえ、それは結構。どうせであれば、実際にキリ大陸に渡った際に自分で探してみようかと思うであります」
サンシターは言いながら、楽しそうな眼差しでどこか遠くを見る。
「一つ楽しみが出来たでありますなぁ。一人でも行けるよう、何とか戦う手段を手に入れるのも悪くないでありますな……」
「いや、俺たちも手伝うからな? 素直に頼ってくれよ?」
「そうよ、サンシター。そんときゃ、コータたちの襟首引きずってでも手伝うからね」
マコはサンシターの言葉に物騒なことを言いながら、ハンドガンを下ろしてコハクに問いかける。
「……で、あたしが前に頼んだ銃だけど。あれって、どうにかなりそうかしら?」
「はい。CNカンパニーでは“リアルスミスシリーズ”と呼ばれるものがありまして。完全オーダーメイドになりますが、こちらのシリーズをご利用いただければ御所望の銃を手に入れることが出来ると思います」
「ふむ? イノセント・ワールドの仕様上の銃にはないんだ?」
「そうですね。基本的にイノセント・ワールドの仕様上に存在する銃は、現地のNPCが作成できるものに限られます。イノセント・ワールドにおいては、銃といえばマスケット銃です」
「まあ、ファンタジーだしな。中世で許されそうなのは、マスケットとラッパ銃くらいじゃねぇの?」
リュージの言葉に一つ頷きつつ、マコはグロックを取り出す。
「けど、あたしはNPCからこれ貰ったんだけど?」
「それはおそらく、プレイヤーがNPCに物々交換などで譲り渡したものでしょう。この世界では、どこからともなくアイテムが湧き出ることは、自然物以外ではありません。NPCに流れたものはNPC間でやり取りされ、時折クエストなどの報酬としてプレイヤーの手に渡ることがあります」
「以前金に困って売り払った武器防具が、紆余曲折を経てクエスト報酬として戻ってきてしまった……なんて笑い話もあるでありますよ?」
「いいのか。ゲームの世界でその仕様は」
プログラムが不必要に複雑になりそうなシステムであった。
データをデータとして格納せず、アバターとして表示する。普通はこれだけで、相応にメモリーを消費するものではないのだろうか?
まあ、技術革新の類で、そういうのも平気なのだろう。マコはそう自分を納得させ、話を進める。
「まあ、それはおいといて。逆に言えば、コハクに依頼すれば確実に手に入るってことでいいのよね?」
「もちろん。マコ様と協議を重ねた上で、最優のお品をご用意いたしますとも。もちろん、適正価格で」
「オッケ。価格交渉は、またあとでしましょう」
マコは満足げに頷き、ハンドガンをコハクに返す。
リュージはグレートソードを無事に購入し、コハクとの商談を終える。
「では今回はこれで……。他の方々の武器の更新は、どうされるので?」
「ぼちぼち替え時かね。まあ、まだ草剣竜シリーズでよさそうではあるけど」
「イベント終わってからでいいんじゃない? キャラの育成とかもあるわけだし」
リュージとマコの言葉を聞き、コハクは頷くと立ち上がる。
「でしたら、いつでもCNカンパニーにご用命を。いついかなる時でも、お客様へ最高のお品を提供させていただきます」
「おう。また必要があったら呼ぶな」
「はい。それでは」
コハクは一礼すると、アラシの襟首を引っつかんで、そのまま異界探検隊のギルドハウスを後にするのであった。
なお、普通はそれぞれの系列店でNPC相手から商品を買うのが、CNカンパニーの利用方法とのこと。