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log106.闇を抱えながら

 それからしばらくの間、異界探検隊は緩やかな戦力強化に努め続けた。

 どこでもキッチンを入手してからは専属の料理番としてメンバーたちに随伴できるようになったサンシターは無事にレベル10に突入。ギア開放クエストには、レベル制限の都合上、マコたちは随伴できないので何らかの攻撃アイテムを持たせた上で、周りがボスを倒すのを待つということになった。

 その関係で、マコは余っていたSPを錬金術関連のスキルへと振る運びとなった。元々、銃弾作成に必要なスキルであったのですべてが無駄にはならなかったが、やや早期取得となったため、半端なスキルレベルで止まってしまい、マコは若干不満げな様子だ。

 コータとレミは順調に光属性に順応していっている。コータは空を飛ぶためのスキル取得を目指し、レミは敵の攻撃無効化スキル取得を目指している。途上にあるスキルの具合を試しながらであるが、既に特異属性の凶悪さの片鱗が見え隠れしていた。

 リュージは、まだ新しい武器の選択を終えられないでいた。サブウェポンとして銃器を選択したのは良かったが、そこからが難儀している。斧や槍といった大型の武器を主に試しているが、どれもしっくりこず、さりとて大剣系列は現状草剣竜のバスタードソードに一歩及ばない。今は迷走の果てに、何故か旗を担いでゴブリン対峙に精を出している始末であった。

 そしてソフィアは、そんなリュージの姿を一歩引いた場所から、不機嫌そうに見つめる時間が増えていた。


「………」


 むすっとした表情で、ゴブリンを殴り倒すリュージを見つめるソフィア。

 別に「手を出すな」と言われているわけではない。手助けする理由が見つからないだけだ。

 その理由は、リュージのすぐ傍でゴブリンを屠っている、二人の少女たちの存在だ。


「あいっかわらず、リュウは色々おかしいねぇ。旗使って戦うなんざ、歌劇団じゃあるまいし」

「言うな。これでもそれなりに後悔してんだ。コハクの口車に乗せられたんだよ……」

「フフ。ユーモアが効いてていいじゃないか。私は好きだよ? 君のそういうところ」

「そりゃドーモ」


 旗を振り回す滑稽な自分がいやなのか、顔をしかめているリュージを慰めているカレンとアマテル。

 ここ数日、彼女らがリュージの元を訪れる回数が増えていた。

 カレンは単純に暇だから、アマテルはコータとレミに光属性の先達としていろいろ指導するため、と言ってはいるが目当てがリュージなのは誰の目から見ても明らかであった。

 ただでさえ熟達したプレイヤーである二人の援護が加わったリュージの戦いに、ソフィアのはいる余地はどこにもない。リュージはもとより、カレンとアマテルにも招かれてハイゴブリン討伐のクエストについてきたはいいが、それを手伝う気など起きようがなかった。

 経験値が1ポイントも入らないため、一切手を出さないというのは非効率の極みであったが、ソフィアにはそんなことはどうでも良かった。


「しっかし悪いな二人とも。どっちも次のイベントに向けての準備とかあるんだろ?」

「その息抜きもあるのさ。全力で走るのがRGSの信条だけれど、いつでも全力じゃ息切れしてしまうからね」

「そうそう。こっちも、新人の育成がある程度終わったからあたいの出番は今んところないしね。手持ち無沙汰はつらいさね」

「フーン。うちのギルドは、どうしたもんかねぇ次のイベント」


 最後の一匹を蹴倒し、リュージはぼんやり呟きながら旗を肩に担ぐ。


「前のイベントに力注ぎ過ぎた気もするしなぁ。おとなしくする意味でも、不参加ってのはありかね」

「ああ、それはあるかもねぇ。リュウがいるとはいえ、新興ギルドがマンイーターの撃破、なんて大金星にもほどがあるしねぇ」

「けれど、対人戦系イベントの後は、大体アイテム収集系イベントが来るじゃないか。あまり悩む必要はないと思うけれどね」

「それはそれで問題がある。うちの光属性共が変なレアアイテム引いたら、それこそ即行引き篭もらざるをえない」

「ああ……あの二人ね……。光属性を一発で引き当てたからね。また幸運に恵まれてしまえば、そういうこともあるだろうね……」

「そんなにかい……。怖いねぇ」


 ひとまず小休止もかね、適当な場所に腰を下ろして携帯食料を頬張り始める三人。

 ソフィアも付かず離れずの距離を保ちつつ、腰を下ろして水筒に口を付ける。

 そんなソフィアに、カレンが干し肉のようなものを差し出した。


「ほら、ソフィア。水だけじゃなくて、なんか食べなよ。戦わなくても、ゲージは減るだろ?」


 笑顔で干し肉を差し出してくるカレンであったが、ソフィアは静かにそれを断った。


「いや、肉で満たすほど減ってはいない。必要があれば、自分で用意した分を食べるさ」

「そうかい? なら、いいけどね」


 そっけないともいえるソフィアの態度に、カレンは肩をすくめながら干し肉を仕舞い込む。

 今日一日、ずっとそんな調子のソフィアを前に、カレンもアマテルも不思議そうな顔でリュージに問いかける。


「なんか、ずっと機嫌悪そうだけどなんかあったのかい?」

「いや別に? 今日も一日、ソフィたんはいつものように愛らしかったけれど?」

「いや別に、君視点から見たソフィアさんの容姿はどうでもいいんだよ。……まあ、原因ははっきりしているけれど」


 アマテルは小さく笑いながら、カレンに流し目をくれてやる。

 そんなアマテルの視線にカレンは肩をすくめ、リュージはのんびりとサンシターお手製のおにぎりを頬張った。

 ――端から見ると、寄り添い合うように座っている三人を見て、ソフィアは表情を硬くしたまま、少し力を入れて水筒の口を閉じる。

 キリィ……と普段は立てないような音を立てて軋む水筒を見下ろしながら、彼女は静かにため息をついた。


(……らしくない、といえばそうか)


 自身の不調……はっきり言えば、不機嫌な理由はわかっている。単純な話だ。

 要するに、リュージの傍にぴったり張り付いているカレンとアマテルに嫉妬しているのだ。

 自分では、出来ないようなことができる二人のことが羨ましいのだ。

 ヴァルトとの邂逅からそれなりに時間が経ったが、結局ソフィアは何の行動も起こせないでいた。

 リアルでも、ゲームでも。リュージと行動する時間はいくらでもあった。

 だが結局、なにかの形でリュージへの思いを発露するということが出来ないでいた。


(……こんなに、弱い人間だったのか。私は)


 少なからぬ落胆が、ソフィアの心に影を落とす。

 別に、難しいことではない。

 無理に抱きつけとか、頬っぺたにキスをしろとかそういうわけではないのだ。

 手を握るとか、体に軽く触れてみるとか。顔を近づけて、瞳を見つめてみるとか、積極的に話しかけるとか。

 相手に好意をそれとなく伝える方法はいくらでもある。あの後、女中長を務めるラミレスにも軽く聞いてみた。彼女にしては珍しく、過剰ではないスキンシップというものを教えてくれたのをよく覚えている。

 だが、今のところそれを活かすことはできないでいた。

 機会は、いくらでもあった。それを実践に移すことは出来ないでいた。

 理由の一つに、カレンとアマテルの存在を上げることはできる。

 だが、二人がいようとも強引にスキンシップを取ることはできるだろう。リュージも、ソフィアがそういう行為をとれば、むしろ率先してソフィアに構ってくれることだろう。

 だが、ソフィアにはそれが出来ないでいた。

 それが二人への嫉妬によるものなのか、それとも自らの羞恥によるものなのか。今のソフィアにその判断は出来ない。


(………)


 三人に気が付かれないように、ソフィアは拳を握りしめる。

 リュージへの好意を行動に移すことができないでいるという事実が、ソフィアの心に少しずつ苛立ちを募らせているが、その一方で冷淡な自分、というものを自覚するようになっていた。

 冷めた思考で、リュージたちと自分自身のことを冷ややかに見つめる第三者。まるで自分ではない自分が、心の内にいるかのように感じることが増えているのだ。


(………)


 この心の正体が一体何なのか、ソフィアにはわからなかった。

 わからないが、ただ恐ろしいと感じた。

 自分ではないように感じてはいるが、間違いなく自分の思考の中に偏在する、その冷淡な思考の正体。それがまったく掴めない。

 ヴァルトたちに問いかけようにも、どのように説明していいかもわからない。仲間たちにも明かすのは難しいだろう。

 ソフィアは、感じたこともないような心の闇を抱えながら、拳を握りしめ続ける。白く、白く血の気が引くほどに。




「……効果はあるみたいだけど、変な凄みが増えてないかい?」

「さすがにこれは予想外だよ。イベント中くらいは、離れておいたほうがいいかな……?」

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