log105.次に備えて ~リュージの場合~
「おらっしゃぁー!!」
手にした剣で、目の前に立ち塞がっていたゴーレムを斬り倒すリュージ。
一気に振りぬいた剣からは激しい炎が立ち上り、触れた全てを融解しようとしているかのようであった。
そのまま崩れ落ちるゴーレムの後ろでリュージが血振りの動作を行うと、剣から炎が晴れてゆく。
真っ赤な炎の下から現れた刀身は、なんと言うかメカニカルな印象を受けた。
片刃の大剣をベースに改造されているらしく、刀身の峰には横一列にブースターのようなパーツが取り付けられており、それに繋がっている細目のパイプが絡み合うように刀身に張り付いている。パイプの先はリュージの背負っているらしい燃料タンクに繋がっており、柄の部分で何らかの操作を行うことで炎をブースターから吹き出す仕組みのようだ。
戦いを終えたリュージの元に、自信満面と言った様子のリアラが近づきドヤ顔でなにやら話し始める。
「どーよ、今回の自信作! 昔あったゲームから色々アイデアを拝借させてもらった一品なんだけどね、剣のスピードを上げるためにブースターを取り付けて斬撃を加速!って奴なんだけど、普通の剣にブースターを内在させるような形じゃ刀身のほうが先に壊れちゃうから、炎を保護膜のような形に展開することで武器の防御力を上げられる様な工夫を」
「つっかいづらいんじゃぁー!!」
リュージはリアラの長ったらしい講釈を遮るように、背負っていたタンクごとブースターソード(仮)を地面に叩きつけ、さらに全力で蹴り飛ばす。
「あーっ!!?? 私の試作ブース太君一号がぁー!?」
「まあ、どう考えたって扱いづらい武器ですね」
リュージが挙げた当然の感想を前に、トレードマークの片眼鏡を押し上げるマルコ。
ブース太君一号を追いかけて駆け回るリアラを眺めつつ、自身の所感を述べ始めた。
「全体的にバランスよくブースターを取り付けたのはいいですが、そのバランスのせいで斬撃を放つ道具としては壊滅的な軌道を描いてましたね。斬撃というのは弧を描くもの。バランスとしては、むしろ切っ先側に出力を偏らせるべきでしょう」
「遠心力を利用してぶった切るのが大剣だろうに、それが水平にすっ飛んでいこうとしたときは何事かと思ったぞ……」
「なにさー!! 初め見たときはチョーノリノリだったくせにー!!」
半泣きでブース太君一号を抱きかかえるリアラ。
自分は依頼されて武器を出しただけなのにと、その顔には不満いっぱいの抗議が満ち溢れていた。
「大体、武器ぶっ壊れて一週間はそのまんまってリュージの方が悪いんじゃないのさ! さっさと新しい武器買えばいいじゃん!」
「いやぁ。もらった礼金は全部、こいつの代金に消えたからなぁ」
そういいながらリュージが取り出すのは、旧式のサブマシンガン。
大容量のドラムマガジンに木製のストックを備えたサブマシンガンで、通称はタイプライターと呼ばれるものだ。
リュージはトリガーハッピーと名付けた二丁のサブマシンガンを構え、軽くポーズを決めてみせる。
「やー、面制圧系のスキルは剣じゃ覚えられねぇからね! 火でも魔法によってかないと範囲攻撃は絶望的だったからこういうのがどうしても欲しくて!」
「近接職ですと、そのあたりが悩みの種ですからね。妥当な選択肢かと」
「なによ、こっちのほうがよかった? ガトリングブレードっていうんだけど……」
「ただならぬ英国面の香り! どうやって使うんだそれ……」
リアラが取り出した珍兵器を見てリュージは呆れたような表情を浮かべる。
六連回転式の銃身……の代わりに片刃の刃が付いている。どう見てもミキサー未満のよく分からない武器だ。
ガトリングガンのように腰ためにガトリングブレードを構えるリアラを無視して、マルコはリュージへと問いかける。
「しかし、武器の選択に難儀するのであれば、何故、焔王カグツチノタチを手放されたので」
マルコの出した遺物兵装の名を聞き、リュージは微かに顔をしかめる。
だが、すぐにそれをなかったことにして首を横に振りながら答える。
「いや、前も言ったけどギルドハウスのための資金を……」
「貴方の当時の稼ぎを考えると、むしろあのギルドハウスはグレードが低すぎる。その気になればミッドガルドの一等地に居を構えることも出来たでしょう?」
「いや……まあ……」
リュージはマルコの追及に口をつぐんでしまう。
そのままマルコは畳み掛けていった。
「第一、遺物兵装の流通価格を考えればそれにすら留まりますまい。いや、元来遺物兵装は値が付くようなものではありません。手放すのであれば、イノセント・ワールド引退時に、最も親しいフレンドに死蔵として手渡すか、ワールドのいずこかに埋没させるべきでしょう。優れた遺物兵装を入手するために血で血を洗う抗争が起きた例は枚挙に暇がありませんからね」
「………」
「それを考えれば、貴方の行動は迂闊としか言いようがない。幸いにして、今のところカグツチをめぐった争いが起きたとは聞きません。だが、何かあった時に貴方は責任を取れるのか? ゲームとはいえ、無用な争いは避けるべきだ。なにを考えて、貴方はご自身の遺物兵装を手放し……いえ、野に放ってしまったのです?」
もはや糾弾と呼んで差し支えないマルコの追求を前に、リュージは気まずそうに視線を逸らす。
静かな、いっそ冷徹とさえいえる鉄面皮で己を見つめてくるマルコの視線に曝され続けたリュージは、やがてポツリと白状した。
「……いや、その。前の二つ名を、一緒に手放そうかと……」
「前の?」
「二つ名?」
リュージの告白を聞き、マルコとリアラは軽く首を傾げ、思い当たる名を上げた。
「それって……竜斬兵って奴?」
「そうそれ。その忌名は、あの剣と一緒に広まったもんだから……」
気恥ずかしげなリュージを見て、リアラが小首を傾げる。
「何で恥ずかしがるのさー。かっこいいじゃん、竜斬兵」
「お前……わかってないな!? 絶望的なダサさだろうが! 竜を斬る兵隊と書いて、なんでアサルトストライカーなんだよ! 突撃強襲兵とか、そんな意訳が付くんじゃねぇのこれ!?」
「当て字的には、ドラゴンスレイヤーですかね。まあ、日本語と当て字が違うのは、貴方の伝説が理由でしょう?」
「そういえば私、名前の由来になった事件知らないなぁー。マルコ、教えて!」
「いいですよ。と言っても、事の顛末はたいしたことはありません。リュージがドラゴンを一撃で倒してしまったと、ただそれだけですよ」
それだけならば、同じことが出来る実力者はイノセント・ワールドに多数存在する。レベル100まで極めきれば、その程度のことは容易に可能だ。
問題は、その方法だった。
「ただし、リュージが使用した攻撃系スキルはパワースラッシュ一点のみ。しかも、スキルの使用回数は一回だけです」
「え……えぇ?」
マルコの言っていることが一瞬理解できずに、リアラは首を傾げる。
パワースラッシュは、次のプレイヤーの攻撃を一度だけ、スキルレベルに対応した倍率強化すると言うスキル。わかりやすく、状況を選ばず、使いやすい良スキルとして戦士系のプレイヤーたちに長く愛用されるスキルの一つであるが、さすがにそれ一本で、なおかつ一回のみの使用でドラゴンクラスのモンスターを倒しきるなど、このゲームが長いリアラでも想像が出来ない状況だ。
パワースラッシュは効果が攻撃一回分である分、倍率が高めではある。だが、それでもボスクラスのモンスターを一撃で倒せるほどの威力は出せないはずだ。
困惑するリアラに、自身も同じだと言わんばかりにマルコはひとつ頷き、リュージがなにをしたのかを語った。
「当然身体強化系スキルも込みではありますが……リュージはその時、ドラゴンにパワースラッシュの斬撃を三度重ねる、と言う方法でそのHPを0にしたんですよ」
「……え、三度? え、つまり三回?」
「はい。リュージの得意技であるパワークロスに、さらにもう一回斬撃を重ねたわけです」
パワースラッシュの効果が途切れぬ内に、二度攻撃を重ねるリュージの得意技、パワークロス。
一度で切れる効果のスキルを二度発揮させるだけでも大概であるというのに、絶頂期のリュージはそれを三回重ねてしまったのだと言う。
なるほど。であれば竜を斬る兵であるし、突撃強襲兵と言うのも納得か。
「私も話に聞いただけですので、その絶技を目にしたことはありません。当時それを目撃した方は自らの目と脳を疑ったそうですよ」
「そりゃあ……スキルの効果が切れるのって、確実に一秒未満じゃん。そんな短い時間に三回斬撃をぶち当てたってなればねぇ……」
要はその瞬間だけ、剣が三本に増えるようなものだ。
当時を振り返り、リュージはこう述懐した。
「いやぁ……遺物兵装の入手とか、なんか色々重なってはっちゃけてた時期だからなぁ……。若気の至りって怖いね……」
「今も十分若いでしょう?」
「っていうか、普段のお嬢に対する行為ははっちゃけてないの……?」
ポツリと呟くリアラの頭を押さえて黙らせたマルコは、リュージの様子を窺いながら、話を続けた。
「純粋技量の極みの一端と窺っています。恥じることはないのでは?」
「称号そのものはな……。問題は、当時の俺の行動だよ……」
リュージは陰鬱なため息をつきながら、当時の自分の行動を思い返した。
「二つ名貰ってテンション上がって、なにを血迷ったか一時期“クールで寡黙な傭兵キャラ”を貫こうとしていた時期があってなぁ……。口数減らして小難しいこと言って……今思い返しても自爆もんだわ」
「ああ、そういうことですか」
ようやく得心いったと言う風に、マルコは一つ頷く。
竜斬兵の名を聞くたびに、黒歴史とでも言うべき自身の行為が脳内を駆け巡るわけだ。それは確かに、封印したくなる過去だろう。
まあ、それを恥じ入るのも若さの一端か、などと爺臭いことを考えながらマルコはリュージへと問いかける。
「とはいえ、いつまでも封じておくわけにもいかないのでは? イノセント・ワールドにおける貴方の風評には必ずその名が付いて回るかと」
「まあな」
誰に、とは言わないマルコの優しさを前に、ふてくされたようにリュージは頷く。
「いずれは耳に入るだろうさ……。でも、今じゃねぇよ」
「でしょうね。ですが、それを抜きにしてもカグツチは手放すべきではなかったでしょう。あれは良い遺物兵装でした。万能型のお手本となるべき一品でしょう」
マルコはリュージをまっすぐ見つめ、軽く微笑む。
「思い出は置いておいて……取り戻せるなら、そうしたほうが良いでしょう。そのほうが、イノセント・ワールドは穏やかでありますよ、きっと」
「……まあ、そのうちな」
リュージはマルコの言葉にはっきりとは返さず、曖昧に頷く。
その顔に浮かぶ羞恥が消えるのは、まだまだ先の話になりそうであった。
なお、ソフィアへの愛を叫ぶ行為はリュージにとって必然であるとのこと。