log104.次に備えて ~コータとレミの場合~
ミッドガルド郊外。いや、むしろ辺境と呼んで差し支えないであろう遠方の平野にて、コータとレミはアマテルより光属性のレッスンを受けているところであった。
「――という感じ。大体わかった?」
「うん! 大丈夫だよ!」
コータは一つ頷くと、アマテルに教えてもらったことを反復し始める。
「基本的に特異属性には副属性はなく、さらに属性内で一つのラインを選択すると、特定のクエストをクリアするまでは別のラインのスキルを覚えることは出来ない」
「ただしそのライン一本でゲームクリアまで到達できるほどに、全てのスキルが強力。種々様々ではあるけれど、戦況を一変させるものが揃っている」
コータに続くように、レミもアマテルの言葉を復唱してゆく。
「光属性は“照射”“反射”“吸収”の三種類。それぞれが“遠距離攻撃系”“移動回避系”“自己強化系”という感じの特性を持っている」
「アマテルさんのメインスキル群が“照射”。レーザーによる遠距離攻撃が主な攻撃であり、光属性の中で抜群の火力を誇る」
「その通り。私はもう“吸収”のラインを解放してるから、他のスキルも使えるけどね」
自身の教えたことをその通りに答えてくれた二人に満足し、アマテルは小さく微笑む。
「まあ、この分類自体は私の独自のものだから、呼び方は人によって違うかもだけどね。大体、光っていうものの現象がどんな感じかでイメージすれば、そのラインのスキル構成の参考になると思うよ」
「ありがとう! 大体掴めたよ」
「どれにしようかなぁ」
二人はクルソルからスキルブックを呼び出し、光属性スキルの取得画面を開く。
三本存在するライン、その始点に当たるスキルを一つ一つ確認しながら、二人は悩ましげに呻いた。
「ビーム……“照射”の始点で、有視界範囲すべてが有効射程かー……。さっそくバランス崩壊しそうな感じだなぁ」
「でも、有効射程は十メートルって書いてあるよ? こっちのソーラーチャージは……“吸収だね”。光を集束することで、しばらくの間攻撃力を強化するんだって」
「太陽か光点のあるなしで効果がガラッと変わるけど、最高倍率がパワースラッシュを上回ってるねこれ……。 “反射”はワープってなってるね」
「一定距離を瞬間移動、間にある障害物を無効かぁ。どれも強力だね……」
どれもこれも破格の効果をもつスキルが揃っているだけに、悩ましい選択であった。
ゲームの仕様の関係で、スキルの効果を知ることが出来るのは取得が可能になっているスキルだけとなっている。どれか一つでも取得できればその先の効果もわかり、選択の決め手になるかもしれないが、選んだ瞬間にそのラインが確定してしまうので意味はない。
「うーん……アマテルさん。お勧めはあるかな?」
「おすすめ? そうだね……コータが吸収、レミが反射でどうかな?」
「その理由は?」
「吸収は自己バフが揃うラインだからね。前衛剣士を続けるなら、これ以上ない選択肢だと思うよ。吸収ラインの先には自己再生っていうスキルもあるしね。これがまた反則級なんだ」
「自己再生……なるほど」
「対して反射は移動回避系と説明したけれど、言ってしまえば防御系スキルが揃うんだ。割とラインの低い位置に無効化系スキルがあったはずだから、レミのようなサポート系プレイヤーにお勧めだと思うよ」
「無効化はすごい……!」
アマテルの勧めを聞いて、二人は決心したように頷く。
「よし……アマテルさんのお勧めどおり、吸収取ってみよう!」
「私は反射! 最初のワープだけでも、結構選択肢広がるよね!」
「勧めておいてなんだけれど……私の言葉を全部鵜呑みにしないほうがいいんじゃないかな? 照射系はともかく、他のラインのスキルに関してはあまり詳しいわけじゃないし……吸収も、飛翔系のスキルが欲しくて取ったようなものだし」
あまりに即決でスキルをとってしまう二人を見て、不安になったアマテルは遠慮がちにそう問いかける。
人を信じすぎるというか、見ていて怖くなるくらいにアマテルの言葉を信用する二人であったが、アマテルの言葉に軽く笑ってみせる。
「大丈夫だよ、アマテルさん! リュージのフレに悪い人はいないし!」
「それに、アマテルさんはいいひとだもの! 信用できます!」
「そ、そうかい? それならいいけれど……」
さっそく限界までスキルにSPを振る二人を前にたじろぐアマテル。
人がいいのも度が過ぎると、不気味に見える好例のような二人だ。
純粋すぎる信用を背負わされ、その重さに若干負けそうになるアマテルに、コータとレミは満面の笑みで礼を言う。
「それにしても、ありがとうアマテルさん!」
「うん! 光属性のためのランダム開放イベントにも付き合ってもらっちゃって……」
「ああ、うん……。気にしなくていいよ。エレメント・クリスタルは仕組み知らないとすごくきつい相手だからね」
ボス撃破に際し、ギミックを要するモンスターは数多くいるが、エレメント・クリスタルはその代表格のようなボスモンスターだ。
何も知らずに挑めば、熟練のプレイヤーでも苦戦必死。ならば経験者が同行するのは道理と言える。
「まあ、二人とも光属性を一発で引き当てちゃったから、私の出番はあってないようなものだったかもしれないけれど……」
「そんなことないよ!」
「そうだよ、アマテルさん! 本当にありがとう!」
「どういたしまして……」
純真無垢な笑顔を向けられ、戸惑いながらも笑顔を返すアマテル。
そのままスキルの練習を始める二人を眺めながら、彼女はポツリと呟いた。
「……なんていうか、調子狂うなぁ。特に何もしなくても、仲良くなってくれちゃったし」
「え? それは当然じゃないかな?」
チャージのタイミングを計りながら、コータは首を傾げる。
「リュージのフレで、僕らともフレになってくれたんだし。仲良くするのは当然だよ?」
「いや、まあ、そうなのかもだけど……。私はてっきり、もう少し警戒されるものかと思って」
「警戒……ってなんで?」
正直に白状し始めるアマテルを前に、レミは首を傾げる。彼女がなにを言っているのかわからないといった様子だ。
アマテルはしばし迷うように口を開いていたが、すぐに二人から視線を逸らしながらその理由を告げた。
「……ほら、私は……リュージのことを……」
「あ、ああ。この間のイベントのとき、そんなこと言ってたよね」
「けど、それとアマテルさんを警戒する理由に何か関係あるの?」
遠慮がちなアマテルの告白にも、二人は首を傾げたままだ。
わざとなのか、本気なのか。どちらか図りかねたアマテルは、意を決しはっきりと口にする。
「……だから、君たちを味方に引き入れてさ。リュージと少しでも仲良くなろうとか、そういう下心を見透かされるんじゃないかって。そう思って……」
「あ、そういうこと? うん、いいよ? リュージに都合が合うかどうか、間を取り持つくらいはできると思うし」
意を決したアマテルの告白に対し、コータはあっけらかんとそんなことをのたまう。
さすがにこれは予想していなかったアマテルは、度肝を抜かれ呆然とコータを見つめる。
「……君、頭おかしいんじゃないかい? 私は、君の友人に、横恋慕してる上、君たちを利用しようって言ったんだよ?」
「うん、聞いたよ? でも、今のところはリュージの一人相撲になっちゃってるし……」
コータは苦笑し、それに同意するようにレミも頷く。
「それに、そのくらいしないとソフィアちゃんもハッキリしないと思うし。どちらであれ、いい機会だと思うんだ」
「……? 君たちは、リュージの恋が実らなくてもいいと言っているんだよ? わかっているのかい?」
アマテルは不審を露にする。
アマテルのいっていることを理解していない、と言うのであればまだしも、彼らはアマテルの言葉を理解した上で、それに協力しても良いといっているのだ。
それはリュージの恋を邪魔する行為であり、ソフィアの恋を断つ行為だ。
両者の不遇を好んで行うような外道には、どうにも見えない二人の真意がわからない。
「リュージはソフィアを嫁と呼ぶ……けれど、ソフィアがその言葉に応えなければ、それは永遠に叶わない。君たちはそうなっても、構わないと?」
「うーん。最悪は」
コータは唸りながらも一つ頷く。それから、ため息をつきながら軽く頭を振った。
「……もちろん、心底リュージたちが憎くてこんなこと言うんじゃないよ? 僕らは、ソフィアさんに変わって欲しいんだ」
「変わる?」
「うん。アマテルさんはリュージ君に嫁と呼ばれるソフィアちゃんしか知らないよね?」
「それは当然」
アマテルは一つ頷く。リアルのソフィアに接する機会など、どこにもなかった。
レミはそれを確認し一つ頷くと、彼女の過去を一つ明かした。
「リュージ君に出会う前のソフィアちゃんはね、“孤高であろうとした人”なんだ」
「? 孤高で……?」
「うん。自分はそうあるべきなんだって、言い聞かせて。そうして仮面を被って、学園でもトップクラスの才女を演じる、そんな子だったの」
レミは当時を思い返してか、物悲しい表情になる。
「誰も寄せ付けず、誰にも寄り付かず。ただ黙々と頂点を目指し。たった一人で先頭を突き進もうとする、そんな人……。けれどその一方で、周りが自分と違うことを自覚し、他者との比較に怯え、自分で自分を傷つけてしまうような、そんな人だったの」
「…………」
“孤高にこそ憧れを持つ”アマテルにはいささか理解しかねる思考であった。
人は弱い。時に見知らぬ誰かと互いに手を取り合わねば、目的を達せられぬほどに。故にこそたった一つしかない頂点は光り輝いて見えるのだ。その輝きにこそ、人は憧れるのだ。
アマテルはそれを一身に求めているが、ソフィアはそれを求めながらもそれに傷ついていたということか。
だが、だからなんだというのか? アマテルは素直に疑問を口にする。
「……ならば何故、彼女の孤独を強めようとするのかな? リュージと恋を断てば、彼女はより孤独を強めるよ」
「うん、そうだね。私たちが欲しいのはその結果じゃない。私たちは過程が欲しいんだ」
「ソフィアさんが、リュージ君への気持ちに正直になるという、過程がね」
二人は口々にそういい、軽く微笑んだ。
「リュージと出会って、ソフィアさんは本当によく笑うようになったんだ。それこそ、ほんの些細なことでも」
「リュージ君が、ソフィアちゃんの仮面にひびを入れてくれたんだ。孤高と言う仮面を破って、本当のソフィアちゃんが顔を出し始めたんだ」
「………」
だからこそ、と二人は口にする。
「もっと、素直になって欲しいんだ。ソフィアさんに」
「自分の気持ちに、正直に。とある企業の娘じゃなく、一人の女の子になって欲しいの。その変革を近くで見ていたからこそ」
「………なるほど、ね」
生まれ付いて高貴なる者たちは、自らに枷を施す。
高貴であるが故の義務。アマテルに言わせれば、自らの立場に満足してしまった者たちの傲慢でしかない言葉だが、それがソフィアを苦しめる枷であり……。
この二人はそれを破壊することを望むわけだ。リュージに対する恋敵と言う、天敵の存在をもって。
「……なら、君たちを訪ねてたびたびギルドを訪問するくらいは当然、かな?」
「それはもちろん」
「いつでも遊びにきてね」
やわらかく微笑むアマテルに、満面の笑みで答えるコータとレミ。
微笑の裏で苦笑するアマテル。
(君はひどい友人を持っているな、ソフィア。同情するよ)
親友の苦難こそを望むなど、聞いたことがない。
それを存分に利用させてもらうことを決意しながら、アマテルはソフィアに詫びる。
(十全に付け入らせてもらうよ。君の高貴であるが故の義務に)
弱点を突かねば、覆せないアドバンテージがある。ならば、利用せぬわけにはいくまい。
アマテルは胸中の呟きを密やかに沈め、コータたちと今後の予定を詰めることにするのであった。
なお、リュージの変態性に関しては、コータもレミも処置なしと判断している模様。