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log103.次に備えて ~マコの場合~

「海でいただくタイっぽい魚の煮付も乙なものねー」

「タイっぽいっていうか、一応ボスだったはずなんだけどね……」

「ボスも食材になるでありますなー」

「なんだって食えるさ、この世界はね」


 ヴァナヘイム近海。水属性開放のためのクエストボスが出没する海域にて。

 マコはクエストを無事完了したお祝いに、サンシターのお手製料理に舌鼓を打っていた。波間に揺れるタコツボクルーザーは乗り心地はいまいちであったが、サンシターの料理は最高であった。

 遠慮なくどこでもキッチンUDXを振るい料理を作るサンシターはどことなく嬉しそうな様子であった。


「いやぁ、まだ使用を始めて一週間程度でありますが、この道具は素晴らしいでありますな! 本当にどこでもお料理ができるであります! もうこれを手放すなど考えられないでありますな」

「いやぁ、良いもんだねぇその道具! こんな洋上で、こんなに酒のすすむ煮付が食えるんだからねぇ!」

「あんたらももうちょっとこう……まあ、いいけどさぁ」


 カレンはどんよりとした眼差しで、マコの隣で煮付を頬張るラミレスを見る。

 マコの属性開放に辺り、四聖団の一角である“水鱗”の長である彼女に助力を願った。そのおかげで属性開放自体はつつがなく終了したのだが、その後こんな即席の料理会が開かれるとは思わなかったカレンだ。

 ため息をつくカレンを見て、サンシターがやや申し訳なさそうに問いかける。


「……ひょっとして、お口に合わなかったでありますか?」

「あ、いや」

「食べないんならあたしが」

「いやいや、ここはあたしが」

「だー! 人の皿に手ぇ付けんじゃないよ、意地汚い!!」


 サンシターの言葉と同時に伸びてくるマコとラミレスの魔の手から、慌てて自分の皿を遠ざけるカレン。

 煮付を奪われない内に口の中に放り込みながら、カレンは叫ぶ。


「そうじゃなくて、こんなのんびりしてていいのかって話だよ! 煮付はおいしいよ!」

「わぁ、よかったでありますよ」

「のんびりっていうけど、そんな急ぐ用事あった? 今はイベント終わって一週間程度だし、あたしらに不足してる物資なんてないし。あ、煮付お代わり」


 煮付のお代わりを要求するマコの言葉に同意するように、持ち込んでいた冷酒を呷るラミレス。


「そうさねー。レベルアップは急いだほうがいいかもね。属性開放したばっかりじゃまだまだスキルも足りないしねぇ。贅沢言うなら、あと最低5レベルは欲しいかね?」

「ああ、やっぱり結構SPいるのね……。副属性の開放は?」

「それも大体5レベルだね。推奨レベルは40レベルだけど」

「まだまだ先ねぇ……」


 マコは少しうんざりしたように呟きながら、カレンの方を窺う。

 発言主のカレンはいささかばつが悪そうな顔になりながら、煮付を頬張りポツリと呟く。


「……まあ、あたいもいうほどプランあるわけじゃないんだけどさ」

「勢いか。まったく……せっかく会食の席を設けたんだから、もう少しゆっくりしてもいいでしょ?」

「会食って、どういうことさ」


 マコの言葉に、カレンが胡乱げな表情になる。

 マコはしたり顔になりながら、カレンへこう告げた。


「前に軽く言ったわよね? あたしらは、リュージとソフィアとの間にトラブルを必要としている……って」

「……言ったかい、そんなこと?」

「言ったわよ、そういうこと」


 マコはサンシター謹製の野菜ジュースで喉を潤しながら語り始める。


「まあ、理由としては単純。あの二人の間に進展が見られないからね。一方的にリュージがソフィアを好いて、ソフィアがそれをあしらう。そんな状況が一年以上続いてるもんだから、いささか飽きがきてる訳よ」

「……それをあたいに言うのかい?」


 苦々しい表情で、カレンはマコを睨み付ける。

 カレンの気持ちくらい、マコは気が付いていないはずがないだろう。それを知っていてこんな話題を出すというのであれば、マコの性格は捻じ曲がっているなどという話ではないだろう。

 当のマコは睨みつけられながらも、涼しい顔で一つ頷いた。


「あんただから言うのよ。あのバカにモーションかけたがる輩なんざ、リアルにゃいないからね」

「……リュウはモテるタイプじゃないと思うけど、さ。だからって鞘当役に選ばれたってうれしかないよ」


 拗ねるカレン。今のところ、カレンにとって嬉しい話題は一個も出てきていない。これで拗ねるなというのは無理な話だろう。

 マコはマコでそんなカレンの様子を無視して一方的に話を進めていってしまう。


「まあ、そう拗ねないの。別に最後に負けろなんていうつもりはないわよ。死ぬ気でリュージを落としにいってもらっていいのよ?」

「……リュウがあたいになびくと言いたいのかい?」

「可能性はゼロじゃないと思うけど?」


 マコは煮付を口に放り込む。

 口内に広がるしょうゆにも似た風味に顔をほころばせながら、話を続けた。


「んまー。……確かにリュージの奴はソフィアに向かって一直線だけど、必ずしもソフィアと添い遂げることが目的ではないのよ。あのバカ、基本的に“ソフィアを愛すること”に心血注いでいるだけであって、その結果がどうなるかは一切考慮に入れてないのさ」

「……つまり?」

「別に伴侶はソフィアでなくてもOKってこと。前にそれとなく聞いてみたのよ。ソフィアにガチで振られたらどうするのか」


 マコは静かな瞳でカレンを見つめながら、リュージの答えを口にする。


「“なら身を引くさ。引き際を見誤らないのも、いい男の条件だろ?”……ってね」

「……だから、どうしろってのさ?」

「完全勝利は無理でも、五:五か六:四くらいには持っていけるって話。ソフィアに本気で身を引かせるだけの要素は必要だけど、あんたならそれくらいはいけると思ってるよ」


 マコは一拍おいて、カレンの瞳を見てはっきりと告げる。


「本気で、リュージのことを好いてるあんたなら。ソフィアから勝ちを拾える。あたしはそう考えてるわよ」

「………」


 カレンはマコの瞳を見つめ返す。

 まっすぐに自身を見つめる瞳。その中に、偽りがないのをカレンは確認する。

 ほんの僅かの迷いの後、カレンはマコに問いかけた。


「……仮にそうなのだとして、あんたがあたいの背中を押す理由は?」

「もちろん善意じゃないわ。むしろ悪意よ。単純に見ていてイライラするの」


 マコはカレンの問いに対して、そう答える。


「ソフィアの奴、自分に向けられるまっすぐな感情を受け止めないで、スルーしてばっかりでね。向き合うことを怖がってるのかどうなのかはわかんないけど、ああいう態度は見ててイライラするわね」

「リュウの奴が情熱的に迫りすぎなんじゃないのかい? あれだけ熱烈にモーションかけられたら、普通の感性の女ならたじろぐもんだろ?」

「あたしもあのくらいの勢いで迫られたいもんだけど、それだけじゃないのよ」


 次の煮付を作っているサンシターの背中に流し目をくれてやるマコ。

 サンシターはその視線には気が付かず、鼻歌交じりに煮付の具合を確かめていた。


「……まあ、その話は一端置いておくわ。話せば長くなるし、あたしよりも詳しい奴は他にいるし」

「リュウかい?」

「あのバカはソフィアのそういう一面から最も遠い場所に立ってるわ。ともあれ、あの二人の間を引っ掻き回してやりたいってのがあたしがあんたの背中を押す理由」


 マコは口早にそう告げると、軽く肩をすくめる。


「もちろん、こんな理由じゃあんたは不服でしょう? だから協力しようなんていわないわ。不和が欲しいんじゃないしね。あたしが欲しいのは、刺激」

「………」

「不純な話だねぇ。そっちのお嬢ちゃんにとっては酷な話だし」


 そこで、端で話を聞いていたラミレスが呆れたような笑みを浮かべながら話に割り込んでくる。


「闇雲に期待を持たせるようなことを言うもんじゃないよ、マコ。カレンちゃんは、本気でリュージのことを好きなんだろ? その言葉は、むしろカレンちゃんを傷つけるだけさね」

「んー……まあ、ね」

「んで、カレンちゃん。あんたはマコの言葉を聞いてどうするんだい?」

「どう……って?」

「本気でリュージを狙うつもりはあるのかってことさ」


 軽く冷酒を呷り、ラミレスは切れ長の目で冷ややかにカレンを見やる。


「ソフィアさ……ソフィアちゃんから、リュージを奪って。その隣に収まることが出来たとしよう。でも、リュージが見ているのは常にソフィアちゃんなわけだ。その心は、カレンちゃんの元には届かない。マコが言ってるのは、そういう生活なら送れるようになるって事さ。あたしの見立てでも、そういう生活なら送れるだろうねぇ」

「………………」


 カレンは深い沈黙を返す。

 そんな彼女に、ラミレスは追い討ちをかける。


「あんたなら、そこまでいけるさ。―――それで、いいのかい?」

「……いいわけないだろ」


 沈黙は一瞬、カレンはラミレスとマコを睨みつけ、大声で叫ぶ。


「そんなの、いいわけないだろう! あたいだって、リュウのことが好きなんだよ!? なのに、リュウはソフィアの方を見っぱなしなんて……そんなの、良くない! あたいだって……あたいだって……リュウに、ちゃんと、見て欲しいよ!!」


 目じりに微かな涙を浮かべた、カレンの魂の叫び。

 それを聞いて、マコは小さく拍手を始めた。


「それだけ言えれば結構結構。あのバカに惚れられるとなると茨の道でしょうけど、がんばんなさいよ? 多少なら援護射撃位するわよ?」

「茨の道は恋につきものさね。あたしも、助言くらいはするよ? まだ横恋慕にゃなっちゃいないんだ。真っ向から掻っ攫っちまいな」

「ああ、はいはいありがとうよ! ちくしょうがっ!」


 カレンはやけを起こしたように煮付を口の中いっぱいに頬張ってゆく。

 恋心を暴露した乙女にあるまじき行動に苦笑しながら、サンシターは出来上がった煮付を空になったカレンの皿によそってやる。


「勝負に出るなら体力勝負。少しでも、力がつけばよいでありますが」

「あ、サンシター。あたしにも」

「こっちにもおくれー」

「恋する乙女で遊ぶ悪い人たちには煮付はなしであります」

「「ドイヒー」」


 ピシャリとサンシターは二人に言って、カレンのための新しい煮付を作り始める。

 何であれ、明日の活力はおいしい食事なのだ。




なお、海の上に浮かぶタコツボクルーザーはラミレスの趣味である模様。

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