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log102.次に備えて ~ソフィアの場合~

 マンスリー・イベントが終わってから次のマンスリー・イベントまでの間の期間は、基本的に次のイベントに向けての準備期間といわれている。

 ゲームを始めたばかりの初心者であればギアや属性解放クエの攻略。その時期を過ぎた中堅プレイヤーたちであれば、イベントで磨耗したアイテムの補充や、武器防具の強化など。ハイエンドを目指す上級者たちは……まあ、各々の道をいつもどおりに。

 ようはいつもどおりの生活に戻り、次に開催されるマンスリー・イベントを心待ちにする時間というわけだ。

 ゲームによっては綱渡りのように、イベント終了直後に次のイベントが、という場合もあるかもしれないが、イノセント・ワールドでは基本的にイベントが連続して発生することはない。どこかの大ギルドが自費で何らかのイベントを企画したのであれば話は別であるが、運営側が用意するイベントは必ず一ヶ月の間に決まった期間だけだ。

 “イノセント・ワールドでは世界そのものを楽しんで欲しい。我々が用意するのは、その為の余興に過ぎない”というのがイノセント・ワールドのプロデューサーである如月純也の言葉だ。

 本物の世界に負けず劣らずに広がるイノセント・ワールド……その隅々までを余すところなく楽しんでもらいたいという、運営側の粋な計らいという奴なのだろう。それを粋と感じるのか怠慢と感じるのかは、人によって意見の分かれるところではあるが。

 ともあれ、イベントが終わって一週間ほど経過した現在。異界探検隊もまた、次のイベントに向けて着実に力を蓄えているところであった。


「ハァッ!!」

―シィアー!?―


 目にも留まらぬ鋭い一閃。ウィンド・サーペントと呼ばれる大蛇の臓腑を抉る一撃を放ち、ソフィアは軽く血振りの動作を行う。

 クリティカルの快音を体内から響かせていたウィンド・サーペントは微かに痙攣を繰り返した後、静かに大地へと倒れ付していった。

 その瞳には命の輝きはなく、HPバーも完全に0だ。ソフィアのレイピアによって討伐されてしまったウィンド・サーペントは役目を終え、静かに消滅していった。

 その役目は“風属性開放クエストのボス役”。先のイベントにて、目出度くレベル30を超えることとなった異界探検隊マイナス1は、それぞれに目指す属性を開放すべく、各個にクエストに挑戦することと相成ったのだ。

 「いつも一緒に行動してきたから、たまには一人でクエストに挑戦してみたい」とソフィアから申し出たのだ。無論リュージは一も二もなく同意してくれ、マコやレミたちも首を傾げつつ頷いてくれた。

 他の者たちは、リュージはニダベリルにて火属性の、マコとサンシターはヴァナヘイムで水属性の、そしてレミとコータはアマテルと一緒に光属性の修練を行っているはずだ。レミたちに関しては、アマテル協力の下、一発で光属性を引き当てた。あの引きは相変わらず異常というべきか。

 そしてソフィアは、先日知り合いになった四聖団……その長に協力を仰いでいた。


「ふう……」

「お見事です、ソフィア様」


 サーペントの消滅を見届けながら、脇に退いていた四聖団の一角“風雅”の長であるヴァル助ことヴァルトが拍手をしながらソフィアへと近づいていった。

 


「フン。四聖団の長にお褒めいただき、恐悦至極といったところか」

「そう、仰らないでください」


 笑顔のヴァルトに向かって悪態をつくソフィア。

 拗ねた子猫のような様子のソフィアを見て、ヴァルトは苦笑しながら弁明を始める。


「ソフィア様に黙ってこのゲームを始めたのは申し訳ありませんでしたが、リュージと遭遇したのは本当に偶然なのです」

「奴の評判を聞く限り、遅かれ早かれ接触していたのではないか? 奴はリアルもゲームも関係ない。お前も知っての通り、我が道を包み隠すことをせん輩だ。気が付かんということはないだろう」

「ハハハ……」


 不機嫌な様子を隠さないソフィアを前に、ヴァルトは苦笑を繰り返すしかない。

 ――とあるコンサルタント企業の社長令嬢という表の顔を持つソフィア。彼女の周りには父や母、そして自分につき従う侍従たちが数多くいるわけなのだが、目の前に立つこのヴァルト、リアルにおいては父の右腕として辣腕を振るう執事長としての顔を持っていたりする。

 先の邂逅において彼らの正体を察し、今回の協力を仰ぐ際に問い詰め、本人の自供によりそれが確定となったわけだ。


「ゲームに関しては特に何も言わん。これは趣味の範疇だ。だが、リュージと私の知らんところで会っていたのは腹立たしい。奴に余計なことは言っていないだろうな?」

「それはもちろん。彼と話をしたことは幾度かあれど、全てゲーム内に収まる会話です。決してソフィア様や旦那様方のことを話したことはありません」


 ソフィアの問いに対し、ヴァルトは深々と頭を下げながら答えている。ヴァルトのことを知っている者たち、特に四聖団の面々が見たら卒倒しそうな光景だ。端から見たら、無名ギルド所属の少女に、大ギルドに名を連ねる四聖団の長が平伏しているわけなのだから。

 だが、ヴァルトはそんな自らの評判に傷がつきそうな状況であることも考えず、いつものようにソフィアに対して敬意を持って接する。


「我々とて、自らの立場を弁えております。いくらリュージが、どのようなものを積もうとも、ソフィア様のことを勝手にお話しすることなど……」

「……だが奴はいろいろ底が知れない。お前らとて、それは知ってるだろう……?」


 ソフィアは見たこともないような……といっても、ここ最近はヴァルトもよく見るようになった、どんよりと落ち込んだような表情で肩を落とした。


「この間なんか、我が家の晩御飯にしれっと混ざっていたぞ……? 母様との会話にナチュラルに混ざってきたときは、もう色々死ぬかと思ったわ……」

「いや、あれは私も度肝抜かれました。さらに言えば、旦那様も奥様も彼の存在を承知していたというのがショックでした」


 ヴァルトもソフィアに似たような表情になりながら、ゆっくりと頭を振った。


「旦那様に“そういえば隆司君に黙っているように言われていたな”と真顔で言われた時は、理解が追いつきませんでしたな……」

「なんぞ、波長が合うようだからな、リュージと父様……。あの二人が手を組むと、私たちの想像の斜め上を行かれてしまう……」


 いたずらの成功したガキ大将の顔をしたリュージといつもの真顔を保った父が、肩を組み合っている光景を思い出し、二人は深いため息をつく。ちなみにソフィアの母はいつものようにわかってるんだかわかってないんだかよく分からないのんびりとした笑顔を浮かべてソフィアの父を見つめていた。天然とは彼女のような人間を指すのだろう。

 ともあれ、リュージの行動力というのはソフィアのような真面目な人間の想像の斜め上を常に行かれてしまう。父母が向こう側にいる時点でもう駄目な気もするが、ソフィアとしてはこれ以上頭痛の種を増やすわけにもいかないのだ。


「……まあ、これが八つ当たりなのは承知している。だが、リュージに余計なことを吹き込んで欲しくはないのだ。わかってくれ」

「もちろんです。彼は良き友人ですが、ソフィア様との間柄は当人同士の問題。一使用人たる私ごときが踏み込んでよい領域ではありませんとも」


 嘆息と共に言葉を吐き出すソフィアに、再び頭を垂れるヴァルト。

 だが、彼はすぐに頭を上げるとしたり顔でこういった。


「……しかしそれはリュージが一番よく理解しているものと思われますが」

「……というと?」

「我々はリュージに正体を明かしていませんし、リュージも我々の正体を追求したことはございません。あくまで彼にとって私は“四聖団のヴァルト”であって“旦那様の付き人”ではないのです」

「……? あいつは、お前の正体を察していないということか?」

「いえ。恐らく感づいてはいると思います。ですが、リアルに関して踏み込んできたことは一度もありません。少なくとも、私が知る限りは」

「……あいつが、気が付かんということはなかろう。私でもわかったくらいだ」


 ソフィアは仏頂面で腕を組みながら呟く。


「このゲームはよく出来ているが、それがリアルの正体につながるというのがよく分かった。貴様らの細かいリアルの仕草がゲームにも反映されているのだ。近親者であればあるほど、リアルバレしやすいというのは難儀だな」

「まったくです。このゲームの出来は褒められて然るべき部分でしょうが、出来すぎもよくないというわけですな」


 ソフィアの言葉に、ヴァルトは苦笑する。

 非現実のVRMMOにおいて、リアルの癖が原因で正体がばれるというのも皮肉な話だ。喋り方は意識すれば何とかなるかもしれないが、体の動きはもうどうしようもない。


「……ですが、実際リュージは一度も“隆司”として私に接したことはありません。ソフィア様のお名前を出したことすらないのです。あくまで彼は“傭兵のリュージ”としての姿を徹底しておりました」

「……貴様の言葉である。信じよう」

「ありがとうございます」


 父の信頼厚いヴァルトの証言にソフィアは一つ頷き、少しだけ肩の荷が下りた様子でため息をついた。


「……独り言だが、リュージのことで悩む時間が増えた」

「ほう?」

「不思議と忌々しさはない……だが、息苦しさを覚える。窮屈な感じだ。それをどうしたらいいかわからない。相談したくとも、これは私事だ。どう、聞いたらいいのかわからない」


 ソフィアの独り言を聞き、何故彼女が単身自分を頼ってきたのかを、ヴァルトは察する。

 この独り言は、確かに仲間がいるときでは難しいだろう。

 主の愛娘の、ささやかな、しかし勇気を振り絞ったその言葉に、ヴァルトは応える。


「私も独り言になりますが、悩むよりは行動に移した方が良いこともございます」

「む」

「言葉にする。行動で示す。文を送る。古来より、その手の悩みを解決する作法は様々です。解に至らぬ場合の相談も、難しく考えるとどつぼに嵌りがちです。そういう相談が出来る、気恥ずかしさを覚えない間柄の者を頼ってみるべきかと」

「………」


 ヴァルトの言葉に、ソフィアは少し俯く。

 行動で、示せればよいのか? ではどんな行動を示せばよいのか?

 リュージが喜ぶこと? それとも、関係を明確にすること? あるいは、周囲への牽制?

 なにをすればよいのかと、ぐるぐると言葉が頭の中を駆け巡るが、それを捕まえることが出来ない。それを相談できそうな相手にも、心当たりはない。

 ……結局自分の言葉ではソフィアを導けなかったと察したヴァルトは、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら彼女の頭をゆっくり撫でた。


「……あるいは、ラミレスに聞くのもよいでしょう。あれは色々いい加減ですが、真剣にソフィア様の疑問を受け止めてくれるでしょう。口の堅さも、私が保証いたします」

「……うむ……」


 曖昧に頷くソフィア。ヴァルトは彼女の背中を軽く押しながら、ゆっくりと歩かせる。


「ひとまず、属性開放を完遂してしまいましょう。異界探検隊の皆が待っております」

「ああ、そうだな……」


 どこか上の空のソフィア。その脳裏に浮かぶのはリュージの姿か、はたまた彼に懸想する少女たちの姿か。

 ヴァルトは恋煩いを抱く彼女の姿を見て、また少し笑みを深めた。




なお、その日の晩御飯はフルコース料理だったが、隆司のテーブルマナーは完璧だった模様。

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