表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/193

log101.イベントを超えて





_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/






 波乱万丈、紆余曲折を経て迎えたイベント終了日。

 “マンイーター”を撃破したリュージの賞金額が倍に跳ね上がったおかげで、紅組の総大将代わりをやっていたギルドにわかりやすい疑似餌として引っ張り出されてしまい、十万貢献度稼いでそのままさようなら、とはいかなかったものの、何とか保有貢献度十万ポイントを維持し続けることには成功した。

 あらかじめ稼いでおいた五万ポイントとレベルが低かったのが幸いした。どれだけ倒されても、十万ポイントを下回るほどに削れる心配はなかったからだ。


「まあ、それでも最終貢献度は十一万ちょい……。強化素材とかそれなりに手に入ったけれど、稼ぎとしちゃ微妙なのよね?」

「基本、貢献度が一万超えると、もらえるアイテムは一種だけになるからなー。全部手に入るんじゃ、どっかの大ギルドにくっつくだけでよくなっちまうし」

「大ギルドとて、無償でアイテムを供与するほど寛大ではあるまいよ……まあ、それはともかくだ」


 リュージたち異界探検隊は、貢献度交換によって入手した「どこでもキッチンウルトラDX」を、ミッドガルドのいつものカフェでサンシターにプレゼントすることとした。


「――と、いうわけで。サンシター、これが今後のアンタの武器だからね?」

「また無茶をしたでありますな……」


 ここしばらくは大学のゼミの関係でログインできておらず、異界探検隊の大暴れを知らなかったサンシターは思わず苦笑してしまう。

 戦えない自分のため……と言われてしまうと、彼らの気持ちを無碍にするのも憚られてしまう。というより、現状の自分がどれだけギルドに貢献出来ていないかは重々承知しているつもりだ。

 漆塗りの重箱のような待機形態を持つ“どこでもキッチンウルトラDX”に手を添え、サンシターは柔らかな笑みで異界探検隊の皆に礼を言った。


「……ありがとうでありますよ、皆。これで少しは、皆の役に立てるようになるといいでありますなぁ」

「いやー。前線にも出張で出てきてくれる食堂とか、士気上がりまくりだべ?」

「軍隊を支えるのはうまい食事ともいうしな。そこは間違いないだろう」


 謙遜するようなサンシターの言葉に、リュージとソフィアがしたり顔で頷いてみせる。

 コータとレミも笑顔で頷き、サンシターに太鼓判を押す。


「そうですよ! サンシターさんが一緒に来てくれれば、心強いです!」

「サンシターさんは私たちが守りますから! 安心してください!」

「それは、色々と申し訳ないでありますな……」

「まあ、そこはしょうがないんじゃない? まさかキッチン盾にするわけにもいかないし」


 眉尻を下げるサンシターに、肩をすくめながらマコが笑顔を向ける。


「けど、せっかくのプレゼントで、アンタしか使えないアイテムなんだからね? 使わなきゃ、承知しないわよ?」

「わかっているでありますよ」


 マコの笑顔に、サンシターも笑顔を向けながら一つ頷く。

 愛しの人に活躍の場とプレゼントを一緒に渡せたおかげか、ここしばらくで一番の笑顔を見せるマコを見て、レミが感涙の涙を流す演技をする。


「ああ、マコちゃんのあの笑顔……! ほんの少し前まで鬼の形相で「このクソポンコツ、賞金倍額のせいでただ働きじゃないのよ!」とかリュージ君をののしっていたとは思えないよ……!」

「お前も根にもつね、レミ。“マンイーター”撃破後に賞金額が上がるなんてさすがに想像できんわい」

「そうかなー。僕なら、余計な出費覚悟でも、道連れ代わりに賞金額上げるけど」


 さらりと黒いことを呟くコータに同意するように、ソフィアも一つ頷く。


「元の目的が意趣返しであるなら、余計な恨み辛みを重ねたようなものだしな。こちらとしても得るものは多かったとはいえ、余計な一手間であったのは否めまい」

「フフフ……。今だけは新居代金稼ぐ方法に何でも屋を選んだ自分が憎い……」


 影を背負いながら一つ呟くリュージ。まあ、彼の勇名と今日までの暴れっぷりを考えれば、元の額が少なすぎたのだろうと彼を除く異界探検隊の者たちは痛感していた。

 対人戦の向きが強い本イベント、間違いなく場慣れしていたリュージがいなければ十万貢献度を稼ぎきることは出来なかっただろう。

 彼のアドバイスのおかげで、ソフィアとコータも終盤辺りはある程度は純粋技量の力を発揮できるようになっていたが、“マンイーター”を初めとする賞金首に抗するには恐らく力不足であっただろう。

 カレンや軍曹の反応も、今ならばある程度はわかる。剣一本でマンイーターたちとも渡り合ったこの男の、規格外の力量が。


「して、今後はどのように動くでありますか?」

「そうさねー。ひとまずは、壊れた武器の代替探しかねー。草剣竜素材に匹敵する武器ってのは、なかなかなさそうだしなぁ」


 だが、件の男はグテリとテーブルの上に突っ伏しながら、テーブルの上で二つにへし折れた草剣竜のバスタードソードを弄ぶ。

 一応、この状態でも劣化素材の武器より多少はマシ程度の攻撃力を備えてはいるが、正規品とは比べるべくもない。早々に新しい武器を入手すべきである。

 幸いにして、紅組の総大将はきっちり異界探検隊に働いた分の褒章は支払っている。その全てはゲーム内通貨であったが、まだレベルの低いリュージたちにはヘタな強化アイテムよりよっぽどありがたいお礼であった。


「まあ、金だけはたっぷりあるし、いろんな武器をこの機会に試し直すのもありかね。バッソばっかりじゃなくて、槍とかハンマーとか」

「じゃあ、大弓なんてどうだい!? 破壊力抜群だし、でかいから近接武器にもなる! ツインブレードとの組み合わせで遠近両用だよ!」

「どこから湧いたのだ!」


 唐突に現われ、目を輝かせながらぐいぐい弓矢を推して来るカレンを、ソフィアはぐいーっと押し返す。


「あぁん。ソフィアひどいじゃないか」

「ひどいも何もあるか! そもそもリュージは弓のギアを持ってないじゃないか……」

「いや、後天的に別のギアの取得は出来るから、ありっちゃありだな。それよりも属性開放が先だけどさ」

「属性といえば、アマテルさんの光属性すごかったよねー」


 カレンがおとなしく席に着くのを待ってから、コータがもの欲しそうな顔でアマテルの活躍を思い出す。


「空飛びながらビカーッてレーザー撃って……。このゲーム、あんな戦い方も出来るんだね……!」

「すごかったよねぇ……! 私も、あんな風に戦えるようになるのかなぁ……!」

「あれはなぁ。割と特殊な事例だから参考にしづらいっつーか」


 純粋にアマテルの戦い方に憧れを抱いている様子のコータとレミを見て、リュージは難しい顔で唸り声を上げる。


「そもそも、光属性になるの自体が運ゲーだからなー。あんまオススメしかねるっていうか」

「そうかなー? 私としては、すごくお勧めなんだけどな、光属性」


 噂をすれば光差すとでも言うのか、いつの間にかリュージの頭上に現れたアマテルが、彼の頭の上に圧し掛かりながらにっこり笑ってコータとレミを誘おうとする。


「私みたいな後方支援型でもすぐに火力が出せるようになるし、回避重点の近接型ならスキルの補助が強力だからね。お勧めだよー?」

「おいおいアマテル。初心者にあまり無茶振りすんなよ」


 頭の上に圧し掛かるアマテルの体をリュージは軽い動作で持ち上げ、適当な場所に降ろしてやる。


「えー? でも強力でしょう?」

「それは認めるが、取得にまずは運ゲーを乗り越えなきゃならんだろうが……。何度もやるのいやだぞ、エレメント・クリスタルは」

「まあね。そこは認めるけど、だからこそ普及もしたいんだよ」


 アマテルは小さく笑いながら、コータとレミの肩に手を置く。


「もっと多くの人に、自分と同じ属性に染まって欲しい。それが、良い属性ならなおさらね。もし必要なら、手伝うし、ね?」

「本当ですか!?」

「ぜひお願いします!」


 高レベルのアマテルの言葉に、コータとレミの瞳が一際強く輝く。

 リアルでもよく見る不退転の輝きを前に、リュージがゲンナリと肩を落としながらため息をつく。


「おぉう、やる気に火が。どうなっても知らねぇぞ」

「……だが、運が絡むと途端に事象を捻じ曲げるだろう、この二人」

「案外、その運ゲーとやらも一発で切り抜けたりしてね」


 アマテルの登場により、光属性に対してやる気を滾らせるコータたちを見て、ソフィアとマコが乾いた笑みを浮かべる。

 実際、素材探索の一発目でレアエネミーを引き当てる強運の持ち主たちだ。そこに運が絡むのであれば、一発で目的を達してしまうかもしれない。


「ふぅん? 運が良いのねぇ、その子たちは」

「いや、まあ、な」


 ……と、不意に見たことのない少女が声を上げる。

 年の頃は十代程度。リュージたちよりも下だと言っても通用しそうな幼さだ。

 緩やかにウェーブを描く金髪に、淑やかなゴシックを身に纏ったその姿はビロードの人形のような雰囲気を醸し出している。

 いつの間にか茶の席に混じり、したり顔でコーヒーを啜っている少女を見て、リュージが怪訝そうな顔でその名前を呼んだ。


「そんなことより“マンイーター”。お前、こんなところでなにしてんだよ?」

「んー? 暇つぶしかしらね。フフ、フフフ」

「「「「「………え?」」」」」


 リュージの告げたその名を聞いて、その場にいた全員が呆けたような顔になる。

 一人だけ事態を理解していないサンシターだけが、不思議そうな顔で“マンイーター”に問いかける。


「“マンイーター”……と言いますと、先ごろリュージたちと果たし合われた?」

「古風な言い方ねぇ。その通り。先日は大変お世話になりました」


 にっこり笑って慇懃無礼に頭を下げる“マンイーター”。

 彼女を見て、マコが化け物を発見したような顔つきになる。


「……いや、いやいや。おかしいでしょ? アンタいくつよ?」

「あら? 女性に年齢を尋ねるのはタブーじゃないかしら? フフ、フフフ」


 さらりと無礼なマコの質問に対しても、“マンイーター”は笑みを浮かべて余裕の態度だ。一体どのような仕掛けで今の見た目を維持しているのか……。

 気になるところであるが、“マンイーター”はそんなのはどうでも良いといわんばかりにリュージへ向き直り、唐突にこんなことを尋ねてきた。


「……それで、ソフィアさんのどこに惚れたのかしら?」

「「「は?」」」

「見目麗しい女性だけれど、同じ程度の容姿というならこの世界に腐るほどいるでしょうに。カレンさんもアマテルさんも、方向は違えどレベルは同じはず。どうして、ソフィアさんを選んだのかしら?」


 先ほどのマコすら上回るような無礼極まりない、踏み込んだ質問を前に少女たちは目が点になる。

 唐突過ぎる上に、何故“マンイーター”がそんなことを尋ねるのか? 意味がわからない。

 だが、あまりにも突然すぎる質問は少女たちの思考を停止させてしまい、リュージの次の発言を止めることが出来なかった。


「太もも」

「「「―――は?」」」

「ソフィたんのあらゆる点に一目惚れしたが……中でも俺の目を奪って離さなかったのが太もも!!」


 言うなりリュージは立ち上がり、ソフィアの太ももにダッシュして頬ずりを始めた。


「女性のセックスアピールポイントといえば胸におなかにうなじにと種々様々あるが中でも太ももはどんな女性でも隔たりなく男へのアピールに使うことのできる優良部位だと俺は思う!! 染み一つない白磁のような肌と、健康的な弾力を備えた張りのある筋肉! 程よく脂肪が付いてもっちりした感じも捨てがたい! あらゆる人間に通用する黄金比率を導くことは現代のスーパーコンピュータなどでは導き出すことが出来ないといわれるほどだ! そんな、ありとあらゆる女性が持つ共通の武器の中で、俺にとってソフィたんの太ももはまさに絶対不可避の黄金比を兼ね備えたオーパーツと呼ぶべき凶器!! 肌の色、張り、つや、全てのおいて俺を魅了して離さない凶悪さ! こんなものが現実に存在しうるのか!? 俺は三日三晩幻想という名の悪夢に悩まされたが、二度ソフィたんに会えたことで、現実を知った! 夢に覚めた少年は再び黄金郷を発見するに至っt」

「そぉい」


 怒涛のように戯言を垂れ流し始めるリュージの頭に、ソフィアが逆さに花瓶を被せる。花瓶はカフェーの備品として花を生けられていたものだ。

 水を被せられ、花を叩きつけられ、花瓶を被せられたリュージは思わずといった様子で両手を前に出し立ち上がる。


「と、突然の暗闇! ソフィたんどこー?」


 さすがのリュージも完全に視界を奪われると動きが鈍るのか、迷うように両手を前に突き出しながらソフィアを求めて辺りを彷徨い始める。

 ソフィアはそんなリュージの頭に、一切の迷いなく持ち上げた椅子(不意のケンカに備えて鉄枠による補強済み)を全力で叩き付けた。


「沈めっ!!」

「あべしっ!?」


 砕け散る花瓶。脳漿をぶちまけるようなひどい音が辺りに木霊し、リュージの体が木の葉のように吹き飛んでゆく。

 そのままカフェーの向かいの路地に逆さに落下して行くリュージから視線を外し、ソフィアは椅子を置きながら、小さく呟く。


「阿呆が」

「………ふともも………」

「………ふともも………」


 静かに怒るソフィアに対し、しょんぼりした様子で自身の太ももを触るカレンとアマテル。

 端で茶番劇を見ていたマコたちには、ソフィアの太ももとカレンたちの太ももに違いは見受けられないが、今それを指摘するのは自殺行為だろう。マコたちに、今のソフィアの鉄枠椅子を避けられる自信はなかった。

 そして目の前の茶番劇を見て、“マンイーター”は実に愉快そうに笑い声をあげた。


「フ、フフ、フフフ……! いいわぁ、やっぱりいいわぁ……! 人の恋路は端から、茶々を入れつつ、お茶を飲み、優雅に堪能するに限るわぁ……!」

「趣味悪いわね。……理解できなくはないけど」


 “マンイーター”が現れた理由を察し、マコは一つため息をつく。

 まあようするに、リュージを取り巻く少女たちの悲喜交々を見たかったというわけだ。

 まさか今回のイベント全てが、この一瞬のための前振りという訳ではないだろうが……リュージに対する仕打ちを考えると、そう仕向けたのには意趣返しが含まれているように見えて仕方がない。


「フフ、フフフ……。素敵じゃない? 色恋に揺れる女の子たち……。見ていたいじゃない? 女の子たちが一番輝く瞬間を。フフ、フフフ」

「その為に花瓶一つ犠牲にするのはどうかと思うけれどね」

「店長殿がこちらに猛進してきているでありますが……」


 NPC店長が騒ぎを聞きつけ、こちらに向かって駆け寄ってきている。

 その険しい形相を見て、“マンイーター”はまた笑い声を上げた。


「フフ、フフフ。お代くらいは払うから、安心してね?」

「人事のように……ったく」

「アハハ……」


 固まっているコータたちや、リュージの演説に硬直している少女たちを横目に、皆を代表してサンシターが立ち上がる。

 こういうときは、年長者が泥を被らねばなるまいて。




なお、決闘宣言(コール)込みの一撃はリュージを気絶させるに十分な威力があった模様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ