log10.盗賊の隠れ家
そうして一同がジャッキーに導かれたのは、ミッドガルドの郊外の一角。灰色の岩石がのっぽのように聳え立つ、草原の隣に存在する立地としてはいささか不自然な岩山郡。その中にひっそりと隠れるように存在する、暗い洞穴であった。
ジャッキーが選んだ場所を見て、リュージは納得したような表情で何度か頷き始める。
「あー、ここねー」
「ふむ。そういえば、リュージは来た事があったか。だが一応、初見の体で頼むぞ?」
「それはもちろん」
ジャッキーの注意にリュージは頷き、その後は口を噤む。
コータたちはリュージの反応が少し気になったが、それを口に出すより先にジャッキーが話を始めたのでそちらのほうに注意を向ける。
「さて、今回皆を連れて来たこの洞穴の名前は“盗賊の隠れ家”。そのものズバリ、亜人系モンスター達が盗賊として拠点にしている場所のひとつ。攻略可能Lvは1Lvからで、序盤に潜りにくるのにちょうどよいダンジョンである」
「盗賊……名前からすると、何らかのクエストが発生しそうだな?」
「うむ。チュートリアルイベントの際、モンスター討伐先として選択できる場所のうちのひとつだな。ソロであるならば、この前に攻略するダンジョンである始まりの森が最適なのだが、これだけ人数がいればここくらいでないと歯ごたえはないだろう」
「歯ごたえ……ということはモンスターもそれなりに手ごわいんですか?」
「そうだな。この人数に見合うだけのモンスターが湧き出すし、それに相応しいだけのアイテムも手に入る。周回が嫌いでなければ、10Lvになるまでひたすらここを潜るのが高効率であるとも言われているな」
「ふーん。そんなになんだ」
そこまで言われると、薄暗い洞穴が少し輝いて見えてくるから不思議な話だ。
だが、リュージはジャッキーの顔を曰く言いがたい顔で見つめている。
どう説明するべきか……強いているなら、詐欺師を見る目とでも言うべきか?
そんなリュージの様子に気が付いたソフィアが、不思議そうに彼に問いかける。
「? どうしたリュージ。変な顔して」
「いんや。なんでもないよ、ソフィたん」
リュージは軽く首を振って返事を返し、ジャッキーに声をかける。
「んじゃ、そろそろ出発しようぜ、ジャッキーさん。リスポン設定頼むわ」
「うむ。任された」
ジャッキーはリュージの求めを受け、懐から一本旗を取り出して洞穴の入り口あたりにつき立てる。旗は風もないのにたなびき始め、さらに突き立てられた地点を中心として半径三メートル前後の半透明の半球体が現れる。
ジャッキーの立てた旗を見て、コータが不思議そうに首をかしげた。
「それはなんですか?」
「これはリスポンフラッグ。時間制限はあるが、リスポン位置を一時的に街の中以外に設定できるアイテムだ。まあ、時間制限といっても二時間は持つので、そんなものはあってないようなものだがな」
イノセント・ワールドのリスポン位置は、特に設定をしない限りは街中となる。初めてログインしたのであればミッドガルドの噴水辺り。ギルドに所属していればそのギルドのギルドハウスといった具合だ。このままだと、ダンジョン攻略に多大に時間がかかってしまう。
その為ダンジョン攻略の際は、リスポンフラッグを初めとした、リスポン位置指定のアイテムを忘れないようにしなければならないとのことだ。
「リスポンフラッグはフェンリルの雑貨店で初めから購入できる。値段設定は若干割高に感じるかもしれんし、一度に持てる数は一本だけとなるが、他のリスポン指定方法と比較して最もお手軽というのが売りだな」
「旗立てるだけだもんな。他の奴は、INTが必要だったり、誰かが残ってなきゃいけなかったり、使用方法に難があるのが多いもんな」
「そうなんだ……。けど、リスポン位置を指定する必要ってあるんですか? 初めのうちのダンジョンなんですよね?」
不思議そうなレミ。序盤のダンジョンで死んでしまうことがあるのか?と問いかけてくる彼女に、ジャッキーは爽やかに返す。
「なに、習慣のようなものさ。どんなダンジョンでも、リスポン位置を設定するのはとても重要なことだからな。こうして習慣として君たちに根付いてくれることを願ってのことだよ」
「あ……そうですよね。ありがとうございます!」
「………」
ジャッキーの気遣いに、レミは素直に礼を言う。彼の真心を感じ、感銘を受けているのだろう。
対してリュージはまた微妙な表情になる。
「だからどうしたリュージ。さっきからおかしいぞお前」
「いんや、お気になさらず」
ソフィアに見咎められたリュージは、表情筋を伸ばすようにほっぺを引いてから、一本のたいまつを取り出して火をつける。
「したら、経験者はたいまつ持ちをやりますかね。ジャッキーさんは、後衛の方をよろしく」
「ああ、すまんな。私が灯り持ちを使えたらよかったんだが、地味に必要INTが高いんだよな、あれ」
「詐欺だよな、あの魔法は。灯り一つ照らすのに、どんだけINT振らなきゃならんのかと」
燃えるたいまつを片手に、ぶつぶつと文句を呟くリュージ。
バスターソードを右手に、たいまつを左手に構えるリュージを見て、コータが申し訳なさそうに尋ねる。
「なんかごめん……。僕も、一本持とうか?」
「いや、それにゃおよばねぇよ。洞穴の中は狭いし、何より片手たいまつって案外難易度高いんだよな」
「……なら尚のこと複数で持つべきじゃないのか? 負担は分担すべきだろう?」
「ああ、いやごめん。言い方間違えたわ。人に寄っちゃ反射的にたいまつぶん回すことがあるから、ある程度余裕というか慣れがいるのよ。たいまつは武器じゃないから速攻で壊れて、そのまま真っ暗ってのが最悪のパターン」
「ああ、そういうことか……」
明かりが必要な場所でたいまつが消えれば、後はどうなるかは言わずもがなだろう。
リュージの言葉に納得したコータとソフィアは、先ほど買ったばかりの武器を手に取る。
そこから数歩離れた位置で、レミとマコも武器を取り出す。ジャッキーは彼女たちの後ろに立って、手には何も持たずにリュージたちを見守っている。
「さて、陣形は……とりあえず前3の後ろ2でいいか?」
「それでいいと思うよ。先頭には、一番防御の厚い僕が立つね」
「じゃああたしらは、後ろから適当に援護するわね。……このゲーム、フレンドリーファイアは?」
「ダメージは入らないが、多少衝撃が入る。慣れれば踏ん張れるだろうが……」
「じゃあ、そっちも気をつけないとね……」
「ダメージ受けたら、私が回復するからね!」
「じゃ、覚悟完了したところで出発しますかー」
「足元に気をつけろよ」
それぞれの役割を決め、リュージたちは“洞窟の隠れ家”への第一歩を踏み出す。
リュージの手にしたたいまつが、暗い洞穴の中を照らし、中の様子を鮮明にする。
ごつごつとした岩肌を晒す洞穴は緩やかに下り坂になっており、グネグネと曲がるくねっているようで、奥のほうまではっきりと視認することができない。
「曲がってるね……奥はどうなってるんだろ」
「下り坂か……気をつけないと、そのまま転がり落ちそうだな」
「あー、今回はこうなってんのかー……」
「リュージ今なんていったのよ、アンタ」
「いや、空耳空耳」
「ちょっと? ……まあ、いいか」
経験者の言葉を耳ざとく聞きつけるマコ。
リュージは適当に誤魔化しつつ、先を行くコータとソフィアの背中を追って洞穴の中へと入ってゆく。
リュージの返事に軽く柳眉を上げるマコだが、それ以上追求せずに三人の後を追った。初見は情報なしというのも、こうしたゲームの醍醐味だろう。ジャッキーが何も言わないのも何か理由があってのことだろう。
レミも緊張の面持ちでマコに続く。ジャッキーは当然、彼女たちの後に続いて歩いた。
リュージがもっているたいまつのおかげで足元を確認するのに不自由はないが、それでも歩くのに難儀するほど“洞窟の隠れ家”の足場は不安定であった。
大小様々なサイズの岩石が道として存在するゆえ、平らな部分がまったくないのだ。
まだ下り坂であるため階段のようなイメージで進めば多少歩行も安定するが、これで道に角度がなければ、恐らくもっと歩くのに難儀したのではないだろうか。
「道が悪いなんて話じゃないな……」
「これ、転んだりしないのかな、盗賊たちは……」
「まあ、元が獣系の亜人だったりするし平気なんじゃね? ただまあ、最悪の地形だよなこれ」
コータたちの先を照らすように高くたいまつを掲げながらも、辟易した様子のリュージはため息をついた。
「これじゃ走れねぇし、とっさのローリング回避も無理だし……戦闘の時は覚悟したほうがいいな」
「ローリング回避?」
「ほら、普通のゲームで地面を転がりながら回避するアクション。見たことないか? ああいうの」
「ああ、あれか……。このゲームでも無敵がつくのか?」
「基本スキルの一つにあるよ。まあ、スキルがなくても当り判定が低くなるから結構かわせて、便利なんよ。このゲームの攻撃範囲は基本的に見たままの形になってるし」
「そうなんだ。じゃあ、より慎重に――」
「あだー!?」
進まないと。そう言おうとしたコータの言葉は、悲鳴によってかき消された。
叫んだのはリュージ。突然大きく仰け反った彼の額には、グッサリと太い矢が突きたてられていた。
「あがが……」
「リュージ!?」
「いきなり!? どこからだ!!」
突然のヘッドショットに動きの止まるリュージ。それでもしっかり握ったたいまつを取り落とさないのはさすがというべきか。
コータとソフィアは、いきなりの不意打ちに慌てて武器を構え、戦闘態勢を取る。
ここまでの道中は一本道だった。であれば攻撃方向も自然と限られる。
これから進もうとしていた進行方向に視線を向けると、十メートルほど先、少しだけ曲がり始めた道の部分に赤い光点が二つ確認できる。何がしかのモンスターには違いないだろう。
コータとソフィアがこちらを見たのを確認したらしいモンスターは、攻撃を続けずにそのまま曲がり角の奥へと姿を消してしまう。
「あ、まて!」
「逃がすかぁ!」
「ちょ、ちょいま……あばば……」
突然の襲撃に我を忘れたように突貫するコータとソフィア。
それを制止しようとするリュージだが、ヘッドショットの(精神的)ダメージが抜けずに立ち往生してしまう。
慌てて背後から寄ってきてくれたレミがリュージに回復魔法をかける。
「リュージ君、ヒール!」
「す、すまねぇ……ソフィー! まってー!」
HPを回復させたリュージは、額に刺さったままの矢も抜かずに慌ててソフィアたちを追いかける。悪環境もものともしない健脚っぷりを発揮する彼なら、直ぐに追いつけるだろう。
クロスボウにボルトが収まっていることを確認しながら、マコも置いていかれないように彼を追いかけた。
「急ぐわよ、レミ!」
「う、うん!」
すでに剣戟の音は響いている。先行した二人が戦い始めているのだろう。
慌てて援護に走る二人の背中を見つめながら、ジャッキーは楽しそうな笑みを浮かべていた。
なお、リュージにとっては初リスポンと言う苦い思い出がある模様。