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log1.はじめてのおねがい

 人類の技術は発展を極め、人の精神を電子上に投影できるようになった時代。

 教科書は学習机に備え付けのタブレット内のデータに取って代わり、黒板は空間投影式の極薄モニターへと変貌した時代にあっても、学生たちの学力を測るためのテストにおいては依然として紙を基本様式として利用されていた。

 古き良き伝統を守るだとか、製紙技術を絶やさないためだとか、様々な理由が存在するが、その中でも比較的大きな割合を占めるのは“カンニング防止”だろうとまことしやかに囁かれている。

 黒板にも利用されている空間投影式モニターが開発された当時には、モニター形式のテスト用紙などが学校教育を席巻したものだが、それと同時にカンニング専用の小型PCというものが世間に氾濫してしまったのだ。

 技術大国とも呼ばれる日本という国は、特に小型高性能化を得意としているわけなのだが、発展を極めた技術の一つに“衣服の袖にも隠せるパソコン”などという冗談極まりないデバイスが開発されてしまった。

 極小のモニターに小さすぎるキーボードと、実用性は皆無に等しいデバイスであったが、前述のように長袖の中にも隠せるようなサイズであったために容易に試験会場に持ち込むことができ、始末の悪いことにある程度の知識と技術があればテスト用紙代わりに使用されていた空間投影式モニターを通じてインターネットにまで接続できてしまうことが発覚したのだ。

 どれだけ難解なテスト問題であろうと、広大なネットの海の中に必ず答えはあるものだ。そうして得た答えを、ハッキングによって自身の回答として提出すれば試験はラクラク合格。始末の悪いことに、ある程度の知識や技術は、試験問題の勉強を比べれば遥かに単純で習得の容易なものであった。おかげでこの極小デバイスによるカンニング問題は一時期社会問題にもなった。

 当然、この極小デバイスの販売元は一般への棚卸しを急遽中止したり、試験会場への持ち込み検査強化なども図られたが、効率が悪い上にすでに一般に流布してしまったデバイスの回収は困難を極めた。

 ……であれば、そもそも小型デバイスの利用できない状況にしてしまえばよいわけで。当時前時代的とさえ罵られていたペーパーテストが速攻で復活したわけなのである。

 衣服の袖に隠せるデバイスも、それ単体ではネットに繋がり続けるだけのパワーを維持することはできず、例えネットに繋がったとしても答えを探している間に試験官に見つかってしまうのがオチだ。試験のさなか、袖を覗き込む輩なんぞ、早々に問題を解き終えて寝ているか、カンニングしているかのどちらかしかありえないのだから。

 そんなわけで、バーチャルリアリティなんて言葉がリアルのものとなった時代においてもペーパーテストは依然として現役を誇っているものであり。


「――――――」

「~~~~!?」


 私立雨上大学付属高等学校の一教室にて、たった一点の差でテストの獲得点数に勝利した少年の実力も、まじりっけのない純粋なものであると証明されるわけなのである。






 無言で天井に向かって両手を突き上げている、中肉中背の少年の名は辰之宮隆司。類稀なる運動神経を誇る雨大付属高校のスポーツ特待生だ。しかし特定の部活には所属せず、様々な競技において代理選手として出場する、珍しい特待生である。

 一方で教室の床に手を付き項垂れている、厚手の制服の上からでもわかるスタイルのよさを誇る少女の名は間藤ソフィア。一代にて巨万の富を為した手腕を持つ、間藤コンサルタントの社長令嬢である。容姿端麗頭脳明晰品行方正と、絵に描いたような優等生であり、学年内でもトップクラスの人気を誇る美少女だ。

 一見すると接点のなさそうな二人であるが、こうしてテストの点を争い合う程度には仲がよい。

 そんな二人を遠巻きに、三人の少年少女が見つめていた。


「……ついにやらかしたわね」


 声を上げることなく淡々と両腕を上げて勝ち誇る隆司と、声もなく愕然とした表情で項垂れるソフィアの両名を眺めながら、100点しか書かれていない答案をカバンの中にしまいこむショートヘアに切れ長の瞳を持った少女、琴場真子。彼女も隆司と同じ特待生であるが、テストの点から察するように学問における特待生だ。成績において常に学年上位に食い込む才女である。

 そして彼女の隣に立つ男女の名前は桜野光太と春日礼美。並んで立つ二人の姿は一枚の絵画のようであり、整ったスタイルとあわせて学園内における容姿を争うコンテストにおいては両者とも常に優勝を掻っ攫う、学園のアイドルたちである。


「隆司、ついにやったねぇ……」

「頑張ってたもんねぇ、隆司君……」


 しみじみと頷く二人は感無量といった風情だ。

 この三人が何の話をしているのかといえば、隆司とソフィアの間に交わされた一つの約束事に関わることだ。

 話せばいささか長くなるが、約束の内容は単純にテストの合計点で相手を一点でも上回れば相手に次のテスト期間までの間、一つだけお願い事をすることができるというものだ。

 何故こんな約束を二人が交わしているかといえば、これは単純に隆司がソフィアにべた惚れであるためだ。もちろん、単に惚れているだけであればこんな約束は必要ない。文字通り、ソフィアにべったり張り付いてしまうほどに惚れてしまっている為、問題が発生しているのだ。

 時に抱きつき、時に頬ずりし、酷い時には太ももにダイブすることもしばしば。真摯な愛を持って行なわれる愛情表現は、傍目には単なるセクハラ野郎の行動にしか見えなかった。

 ソフィアとしては全力で突っぱねるのが正しい選択肢であるわけなのだが……少なくとも隆司の側に下心はまったくなかった。信じがたいことではあるが、隆司の行動に性的な接触を目的としたものはほとんどなかった。太ももに関しては言い逃れのしようもないが。

 中学一年生のときに中途入学して以来、一心にソフィアのことを追いかけ続ける隆司。初めこそ、周りの生徒たちや教員たちが彼を止めようとしてくれたものだが、その行動も一年を過ぎる頃には生暖かい視線と共に容認されるようになってしまった。どれだけ止めてもどれだけ言っても効かないのであれば、もう放置するより他はあるまい。誰も馬には蹴られたくはないだろうし。

 ともあれ、純然たる好意を一心に向けてくる隆司に対して邪険な行動を取るに取れなかったソフィアの苦肉の策が「テストの点取り合戦」だったのだ。

 ソフィアが懇願してもなかなか言うことを聞いてくれない隆司であったが、いわゆる約束の類は比較的律儀に果たす性格であった。一年程度の付き合いでもそれくらいがわかるほどに濃密な過ごし方をしてしまったことに若干の頭痛を覚えた彼女であったが、これを利用しない手はないと考えた。

 スポーツ特待生である隆司は、特待生の例に漏れず勉学に関してはいまひとつであった。そんな彼をテストの点で突き放す程度であれば、比較的優等生であったソフィアにに簡単にできることだ。

 そうして勝負事の約束として、隆司の手綱を握る。それが、ソフィアの考えた隆司のセクハラスキンシップ対策であったのだが……。

 ソフィアは重大なことを忘れていた。つまり、自分が点取り合戦で敗北した時のことをである。


「適当なとこでやめときゃいいのに。何で高校に上がってまで律儀に点取り合戦続けたのよあんたは」

「だ……! だってこうでもしなきゃこいつ、また私の太ももとかに飛びつきかねないじゃないか!!」


 真子に声をかけられ放心から抜け出したソフィアは、半泣きのまま真子に噛み付いた。


「普通に言ってやめてくれるなら、私だって苦労は……苦労はぁ……!」

「あーもう泣かないの……。アンタもなんだって太ももになんか飛びつくのよ……」

(ソフィたん)の太ももは聖域であるが故に」


 びしりとポーズを決めつつ、常人には理解不能な言霊を吐き出す隆司。


「黒のニーハイに紺色のスカート……その二つに挟まれた白磁のような肉つきの良い太もも……。この絶対領域はもはや凶器! いや、聖器や神器と呼んで差し支えなし! そんな聖域、或いは神の庭とさえ呼べる場所を愛でずにはいられないなぁ!!」

「アンタもうニーハイ履くの止めなさいな」

「うう……そうしようかな、ホントに……」


 瞳の輝き具合から大真面目なのを察し、真子はソフィアにそう進言する。

 ソフィアは自身の太ももを撫でながら涙声で呟く。

 そんな彼女に、クラスメイトの一人がポツリと問いかける。


「……でも、今回は隆司が一点多いんだよな?」

「っ!?」

「そうなると……隆司君のお願い、何でも一個ソフィアさんが聞くんだ!?」


 さらに別のクラスメイトが黄色い声を上げると、俄かにざわつき始める教室内。

 隆司とソフィアの二人が繰り広げる、このテストの点取り合戦を初めとしたドタバタ劇はクラスメイトたちにとってもひとつの風物詩のようなものとなっていた。

 熱烈なアイラブユーを叫ぶ隆司に対し、時にそっけなく時に冷たく、或いは戸惑いや恥じらいを入り混ぜながらも突っぱねようとするソフィア。

 どこまでも一途にソフィアを想い続ける隆司の姿は、クラスメイトたちには滑稽にも真摯にも見えた。

 初めこそは多くの者が隆司をただの道化だと考えていた。だが、今はそんな者はいない。隆司の想いがどれだけ本気であり、そしてどこまで真面目なのかいやというほど知っているからだ。

 そんな隆司が、今日、初めて。ソフィアに対してお願いをすることができる。

 もちろん、ただのお願いだ。強制力があるわけではない。

 だが。


「え、マジで? どんなお願いでも聞いちゃうの!?」

「~~~! ……も、もちろんだとも!!」


 ソフィアは声を張り上げ、宣言する。


「今までだって、隆司は私のお願いを聞いてくれていた! なら私だけ、その約束を反故にするなど許されないさ! どんな願いだろうが、きっちりと聞き届けようじゃないか!!」

「「「「「おおー!!」」」」」


 ソフィアの堂々とした宣言を受け、クラスメイトたちが歓声を挙げ、拍手を鳴らす。

 隆司が、ソフィアにお願いをする。そのことが、二人の関係に一体どのような影響を与えるのか……。

 常日頃からあれだけ熱いモーションをソフィアにかけている隆司の願いだ。その内容を想像するのは容易い。恐らく、ソフィアとの仲に更なる進展をもたらすものだろう。

 それは、ソフィアも察しているようだ。先の宣言から来る羞恥か、或いは心の片隅にある淡い期待か。その白い頬は薄紅色に染まっていた。

 ソフィアは宣言の勢いのままに、隆司に指を突きつける。


「さあ、隆司! 言ってみろ!! お前は、私に何を望むんだ!!」

「フフフ……俺の願いはもう決まっているんだよ、ソフィたん」


 ソフィアの百面相をいつものようにスマホに取り込んだ隆司は、大切にそれを懐に仕舞い込むとソフィアをまっすぐに見つめる。

 うっすらと、いつものように自信に満ち溢れた笑みを浮かべる隆司。だがいつもと違い、その顔には僅かな真剣味を帯びているように見える。

 これからソフィアに願う望みのためか。いつもと違う隆司の表情を前に、ソフィアの新造は早鐘のように高鳴ってゆく。


「――――」

「………ッ」


 いつの間にか、教室の中はシンと静まり返っている。

 誰も言葉を発しない。ただ静かに、教室の中心に立っている二人の姿を見つめている。

 隆司の、次に放つ言葉に誰もが期待を寄せている。


「………」


 普段、一番隆司との付き合いが多い光太も。


「………!」


 ソフィアから、たびたび隆司のセクハラ被害の愚痴を聞いている礼美も。


「………」


 二人の茶番劇を覚めた眼差しで見つめている真子も。

 隆司の、次の言葉を静かに待った。


「――」


 そして、隆司が僅かに唇を開き……。






「――俺と一緒にVRMMOイノセント・ワールドやろうぜ、ソフィたん!!!」






 ……と、一息に叫んで隆司は恥ずかしげに顔を隠す。まるで初恋の告白を終えた少女が「キャ、いっちゃった!」と呟いているかのごとく。

 数瞬、教室の中の空気に空白が生まれ。


「「「「「………はぁ?」」」」」


 やたらドスの効いた呟きが、あっという間に教室内に満ちてしまった。


なお、渦巻く殺気は飛ぶ鳥が即死する勢いだった模様。

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