演習
翌日
東富士演習場ではアメリカ陸軍と陸上自衛隊の多脚装甲車が集まっていた。
LV6スティルウェルは自衛隊の95式G型よりスマートかつ少し背が高く、どこか格の違いを感じさせた。
それこそ、相撲取りと柔道家みたいだ。
スティルウェルの頭部の設計は額にあたる部分がミリ波レーダーになっているらしく、スリット型バイザーに光学機器を集約し、マスクの部分は暴徒鎮圧にも使える高指向性スピーカーなのだそうだ。
それに対して95式G型の頭部は15式の首回りを太くしたようなデザインだ。部品の共通化でコストを圧縮しているという話の通り、機体各部の新規部品の殆どは見る限り15式の部品の流用改造品だ。整列している隊員たちの装備も15式の搭乗者向けと同様の物が見られる。
「この演習は諸君らの日々の研鑽の結果を存分に発揮する場である。諸君らにおいては、機材の性能差をものともせず、奮励してもらいたい」
95式G型の搭乗者達を前に指揮官が激を飛ばす。
『はい!!』
応答は力強い。
「これが」
その後継を遠目に、並び立つ巨人を仰ぎ見て東は嘆息する。
日米の運用中新鋭機が並び立つその姿は、どこか現実離れした雰囲気がある。
「ああ。スティルウェルと95式G型だ」
不意に目の前に人影が見えて東は敬礼する。
「君の名は?」
目の前の人影は上官のようだ。どこか優しげな、心にしみわたるような艶のある声と階級章と比べると若い顔立ちの持ち主だ。
「東仁司三尉です」
「松原大路三佐だ。三尉か。幹候や防大を出てほやほやか?」
「いえ。先日まで駒門の第1多脚機大隊に所属していました」
「なるほど。成績優秀も伊達じゃないわけか。ようこそ教導隊第一中隊へ」
そういって松原三佐は右手を差し出す。
「あなたが!?」
握手すると東は確認するように問う。
「そう。第一中隊長というわけだ」
「74式との演習は何時になりますか?」
「1400だからトップバッターだ」
時計を見ると松原三佐は言う。
「74式もかわいそうですね」
今回はいうなればやられ役。いかに戦車が優位と言えども、新鋭の多脚装甲車相手では不利なのだ。
「まあ、そういうものだ。世の常だよ。戦後最初の国産装軌装甲車である60式自走無反動砲だって最後は演習のやられ役だった」
どこか懐かしむように
『これより、74式戦車と95式多脚装甲車G型による、模擬戦闘訓練を開始します』
スピーカーからの声が響く。
「始まるぞ」
テント内のテレビではクアッドコプターが録画している映像を映している。
松原三佐以下第一中隊がそろって演習を見つめている。
『状況開始』
号令とともに 74式戦車と95式は移動を開始する。平地と市街地の複合演習場。
74式の圧倒的な速さに比べると、95式はどこかもたもたした印象がある。平地では不利だ。
「15式を知るとさすがに油圧の二足歩行は遅いですね」
東は当たり前のことを再認識する。
クアッドコプターの映像では明らかに戦車の方が速い。
「これでも同世代では標準より速いはずなんだがな」
赤塚曹長は首をひねる。
「けどこのままじゃ体のいい的っすよ」
巴三曹の言うことはもっともだ。
「早く市街地に突入しないといけないな」
松原三佐もそう言いつつ画面をひたすらに見つめている。
多脚装甲車が戦車に対し優位に立つのは遮蔽物が多く狭い市街地。
速度よりも小回りが重視される状況では圧倒的ともいえる。
「お、交戦レンジに入ったようだ」
小谷一曹が気が付いたようだ。
一斉に停止して74式の砲塔が旋回を始める。
砲口にはレーザーバトラーが付いている。受光器とセットのこの装置は撃破判定をするのに重要なのだ。
「中りますかね?」
相田二曹が呟く。
「天下の教導団だからな」
山田一曹がじぃっと画面をにらむ。
発砲したことを示すアイコンがテレビに表示される。
「!?外したっ!?」
佐々二曹が画面にかぶりつく。
命中判定は無い。
「ジグザグ移動。追随が間に合わなかったか」
かぶりついた佐々を引き戻しつつ穂積二曹がその状況を考える。
多脚装甲車特有のジグザグ移動。装輪、装軌車両ではできない細やかな進行方向の切り替えは多脚装甲車そのものの特徴と言える。距離と技能があれば戦車砲の回避も可能なのだ。
「10式なら確実でしょうが……。あ、ミサイル撃った」
権田三曹がアイコンの変化を実況する。
今度は多脚装甲車側のアイコンがミサイルロックを示す。
「対戦車か」
「中多ですね」
松原三佐に東はそう答える。
アイコンが示すのはMMPM――中距離多目的誘導弾である。
「贅沢だなぁ」
難波三曹がその選択に嘆息する。
「煙幕張ったか。タイミングはばっちり。100点」
雄琴曹長が勝手に採点する。
クアッドコプターの画面が煙で見えなくなる。
もう一つのカメラに切り替わる。
「IRは」
「迷走して……」
ミサイルの軌道が切り替わり第二目標に切り替わる。
全員で固唾を飲んで行方を見つめる。
「あ、違う車両にあたった」
似鳥三曹がその様にぽやんとこぼす。
『タイガー02に撃破判定』
戦車のアイコンが暗くなる。
トップアタックの演習弾が照射したレーザーが破壊したことを誇っている。
「さすがに厳しかったか」
赤塚曹長が腕を組んだままうんうんと頷いている。
「お、一発」
難波三曹が言い放った時には、砲撃はMMPM搭載機に向けられ放たれていた。
『アトラス04左肩に命中判定。状況、搭乗員失神』
「一矢報いたか」
松原三佐が呟く。
「あれ?機体が転倒しない」
東はその様に驚く。
95式は制御系の問題で戦車砲命中、搭乗者の失神で転倒してしまうことがある。95式の経験があればすぐにわかることだ。演習では状況失神の場合は安全のこともあってフィールドランディングすることになるはずで、立ったままは違和感がある。
「オートバランサで踏ん張ったんだろうな」
「機関砲で牽制を始めた」
各機搭載の25ミリ機関砲が火を噴く。
そんな中一際大きな砲を搭載した一機が盛大に排煙を噴きつつ砲撃する。
「あれって106ミリ無反動砲だ」
東は初めて搭載機を見た。
ジープにも積め、戦車をも倒す。ジャイアントキリングの象徴ともいえるそれはもうすでに時代遅れと言われながらも未だに多脚装甲車向けに運用されているとはいうものの、いわば廃品の再利用で一回使用で再装填が絶望的なのだ。無論、装備なんて大抵はしない。
『アトラス04撃破判定』
立ちんぼになった95式が撃破判定を受ける。
「15式に積めますか?」
渡辺二曹に東は聞いてみる。
「一応は」
渡辺二曹は淡白に返す。
『タイガー04に撃破判定』
106ミリHEAT砲弾の命中判定が出る。
『アトラス03に撃破判定』
「貴重な106ミリ搭載機が」
穂積二曹が撃破に嘆く。
「優先順位としては正しいな」
相田二曹は穂積二曹を尻目に言う。
そのまま移動が始まり、双方かきまわされつつ、市街地に入っていった。
「双方市街地に突入か」
雄琴曹長の言葉とともに場はさらに画面に注目する。
「74式の動きが悪くなった」
権田三曹がもたつき出した74式の動きを指摘する。
「長い砲身に全周警戒。用心に越したことはない」
「あ、真横で待ち伏せ」
似鳥三曹が気づく。
気が付いた74式が旋回するが左腕のカールグスタフがハッチを狙う。
『タイガー03に撃破判定』
「カールグフタス命中だ」
小谷一曹の実況が始まる。
『アトラス01に撃破判定』
「あ、背面とられてた?」
巴三曹が驚きの声を上げる。
「さすがに厳しいか」
松原三佐は呻りつつ見据える。
「お、これは」
山田一曹が機体の動きに気付く。
撃破した74式が砲塔を旋回すると照準をつけている95式と面と向かう。
74式が慌てて砲撃をするが、同時に95式は25ミリ機関砲とカールグスタフをありったけ叩き込む。
『アトラス02左脚に命中判定。タイガー01撃破判定。状況終了。青軍の勝利』
「最後のヤケクソ攻撃、効果ありましたね」
「命中判定があれだけでてる。カールグスタフがうまく中ったのか」
渡辺二曹が呟くと赤塚曹長は答えた。