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観測

5/25一部改訂 機体重量関連を変更。

東富士演習場


脚をしゃがませてランディングギアが背中と足の裏から飛び出すと機体は止まった。

「ハッチ解放」

号令とともに背面の単一成形複合装甲が大きく開く。

背もたれと鞍が後ろに迫り出すのと同時にステップが飛び出す。

スキー靴のような足のペダルユニットへの固定を外す。

セーフティプラグとディスプレイケーブルを機体から取り外すと残るはシートベルトと大きなヘルメットだけだ。

HMDを跳ねあげ、目をつぶって少し休ませ同時に伸びをする。一度乗ると体中ガチガチといった感じになるのは、一人でやることの多さと乗り心地、そして姿勢だ。

ある程度身体がほぐれたらシートベルトを外し、手すりとステップで降りる。

一息つき、機体を見るとどこか不思議な気分になる。

15式多脚装甲車。空挺戦、山岳戦、市街戦を前提とした歩兵追従型装甲車両。

車両といいつつも作戦行動中には車輪なんて存在しない。そこには全備重量14.8トンを悠々支えるという二本の脚があるだけ。

脚部駆動モード1で全高4.62メートル。立ち上がると足場の高さも3メートル近くあるこの機体は、乗降時には機体をしゃがませたかのような着座姿勢になる。この時ばかりはどこか車両らしく、普段は格納している車輪を足の裏と胴体から出している。

地味なオリーブドラブ一色の機体。関節という間接は巻き込み防止を兼ねた防塵防水カバーが施され、機械がむき出しの部分はほぼ存在しない。

モジュラー装甲ということもあってか、どこかロボットアニメに出てくるやけにモールドの多いデザインにも似た雰囲気である。

胸部、脇腹部、腰部と分割された胴体装甲は、特に搭乗員の乗る胸部と駆動系のかなめである腰部が厚い。これらならバルカン砲にも使われる20ミリ弾も余裕で弾くことができる。

無骨で直線や平面が多用されたデザインは、小柄なはずの機体を大きく見せていた。

頭部にあたる部分は人間の顔を想起させる、趣味性の高いデザインだった。一部でリーゼントと呼ばれているというその形状は額にあたる部分にレーザーや赤外線の照射システムがまとめられ前方に出っ張っていた。その下にHMD出力に最適化した左右対称なカメラ配置と、そのすぐ下のマスク状に覆われた火器管制用ミリ波レーダーがある。これらの機能をまとめ、外観の与える印象にまでこだわったデザインになっているのはさすがロボット大国といった部分がある。

人一人がどうにか乗っていられるサイズのコックピットは閉所恐怖症にはたまらない。陸幕のつけた広報向け制式愛称として「ストライクフット」があるが、その狭いコックピットからどこで付いたか他科内でのあだ名は「新カンオケ」。84式「スイーパーフット」に対しての「アシヘリ」、95式「アーマーフット」に対しての「カンオケ」に次ぐ名前だ。

全高の高いものは戦車にとっては格好の的でしかない。一撃でぶち抜かれるであろうこの機体のあだ名にはぴったりといえるが、しかし、今のところ戦車と戦ってもそこそこイケているのがこの15式だった。

搭乗者にとってみればこれらの名前はセンスがないわ縁起でもないわというのがあってか富士教導団では勝手にイカヅチシリーズとして「84式迅雷」「95式轟雷」「15式撃雷」の名をつけていた。乗っていた機体にも右肩に『撃』左肩には『雷』の荒々しい白文字が、額の複合照射システムの両横には黄色い稲妻マークが描かれていた。

汎用機甲指揮車が止まる。機動戦闘車との共通プラットフォームで開発されたこの車両は、狭い車内に指揮用のC4I用機材を満載してオペレータによる指揮を行うための車両だ。

さらに重装輪回収車を基にした多脚車運用支援車も出てきた。

全長11メートルのこの一台で運搬できるのは着座姿勢の一機にその関連機材と搭乗者のみ。さっきまで東が乗っていた15式もこの車両に着座姿勢で積まれていた。

二機以上を同時に運搬するには中型セミトレーラが必要になってくる。しかし運用支援車は起立用ジャッキだけでなく、一応の回収機能に簡易武器弾薬庫付きの贅沢仕様。しかも縦向き搭載のため、やろうと思えばエリコンKB25ミリを機体に取り付けたまま運搬ができるのだ。中型セミトレーラは即応時には横向き搭載のために長い火器の搭載には一部不都合がある。

汎用機甲指揮車から一人降りてくる。オリーブ色の制服を纏ったがっしりとした体格の男だ。

「三宅二佐!」

東はその姿を認めると急いで敬礼をする。

「ご苦労、東三尉」

敬礼を返しつつ三宅は歩いてきた。

「どうだ?気に入ったか?撃雷は」

大きい声で感想を催促してくる。

「凄い機体です。シミュレータで操縦した時以上に追従性がいい」

「だろう?轟雷とは比べ物にならん」

答を聞いた三宅は白い歯を見せ笑う。多脚装甲車の設計開発に携わってきた彼は誇らしげだ。

そのまま三宅と東は歩き始める。

「この機体は先行量産型?」

気になっていたことを東は問う。

「そうだ。10機の先行量産型の内の3号機。ガスタービンも、制式量産型では現在7号機から10号機に詰んで試験している燃料電池に変更される」

「燃料電池ですか」

東にはどこか想像できなかった。

「最新技術の粋を集めた奴らしい。商用オフザシェルフのガスタービンと蓄電池に比べれば効率も騒音も排熱も雲泥の差だそうだ。航空電源車も不要になる」

「そんなにすごいものを?」

驚きでしかなかった。ガスタービンは95式、84式改で検討されいずれも却下されてきた。

それが採用されただけでも驚きなのに、量産機ではガスタービンではなく燃料電池になるとなると想像もつかない。当初は却下されたはずの装備なのだ。

ただ、ガスタービンにも問題はあった。排熱が高温で危険なうえに、騒音が大きく、燃料の食い方も既存の物より大きい。起動時の燃料の食い方は特に大きいためにエンジンの始動と停止は最小限にしなければならない。その大出力のために高効率発電機と大容量蓄電池を装備しているのだ。これが燃料電池になればシンプルかつ軽量、小型になる。

「今までに比べれば画期的な進歩だよ」

誇らしげな三宅はさらに誇らしげになる。

「欠点は?」

「燃料が高純度のメタンのみになるという点だな。ガスタービンなら適当な燃料でも動かせはするが、燃料電池じゃそうはいかないらしい」

三宅は仕様書のメモを見て言う。

「なるほど」

「まあ、こいつ用のガスタービンと蓄電池は災害時などでも運用できるようにする多目的発電装置の一部として生産するらしいが」

親指で15式を指し示す。

「そんなことを」

三宅の言葉に東は素直に驚く。

「メタンの輸送なんて悠長なことしてられないだろ?災害時なんかは。どんな燃料でも動いた方がいい」

「なるほど」

今までは使用出来る燃料の多いディーゼルエンジンだった。ガスタービンも液体燃料なら何でも使える。

だが燃料電池は化学反応から直接電力を手に入れている。そういう場合は燃えれば何でもいいというわけにはいかない。燃料電池内で化学反応しやすい燃料でないといけない。

「まあ、排熱の問題を考えると有事には使いづらいが」

「水素燃料よりかは良いでしょうが」

燃料電池は多くの場合純水素を利用する。だが、水素燃料は管理の難しさや安全性、貯蔵用の吸蔵素材のコストを考えると軍用には向かない。メタン燃料はその点安価で管理法が十分確立されている。そのメタンで燃料電池を動かすのだ。

「さて、記録を見てみよう」

そうこうしている間に指揮車に到着する。後部ハッチから入るとすぐコンピュータにメモリを挿し込み操作すると画面を見せる。

演習中のHMDの画面と機体の位置情報、機体の駆動系負荷などが一斉に表示されている。

「判断の速さはさすがだ。実機に初めて乗ったようには見えない。君がいくらシミュレータで訓練を重ねていたとしても、これは実機で十分経験した人間に近い」

「そうなんですか?」

「ああ。普通なら脚に変な負荷がかかったり、照準の判断に数秒ほど遅れが出る」

「それは緊張によるものでは?」

「まあな。それもあるし、既存の機体より反応速度や駆動特性が違うというのもある。君が言うにはシミュレータともいろいろ違うようだしな」

「脚部駆動モードに既存機と同じような感覚で動かせるモードが欲しいところですね」

「制式量産機には組み込んでおこう。プログラムの書き換えだけで済むからな。コンソールも一部変わるわけだし」

そういって三宅はメモをとる。

「あと、照準のシステムも、モード1はかなりの熟練者じゃないと」

「自動照準だともしもの時に対応できない可能性があるというのはあるからなぁ。モード1はフルマニュアル操作だから、通常時はモード2かモード3で動かすから問題は少ないはずだ」

シミュレータではモード2、自動目標判別とモード3、自動目標判別追尾は非常に便利だった。

「なら、なんでモード1を?」

東は画面を見たまま気になっていたことをつぶやく。

「今後は非対称戦の比重が増えてくる。君ならどの程度やれるか気になったんだ。重機に武装を施した場合や自動車爆弾のことを考えるとな」

「なるほど」

「駐屯地に帰ったら今後のことを考えよう」

三宅はそう言って肩を叩くと降車して高機動車へと向かった。

15式多脚装甲車 先行量産3号機

製造 三菱重工業


全高 4.62メートル

全幅 2.45メートル

全長 2.33メートル

機体重量 9.8トン(武装、弾薬、搭乗員含まず)

乗員数 1名


装甲素材 複合装甲


主武装 25ミリ機関砲KBA

副武装 74式7.62ミリ機関銃(同軸)

その他装備 STANAG規格対応五本指マニピュレータ 発煙弾発射機


最高速度 60km/h

エンジン 三菱重工製小型ガスタービンエンジン 250ps

蓄電池 東芝製リチウムイオンポリマー二次電池

駆動系 東レ製人工筋肉TEIP‐223 油気圧サスペンション(脚部補助)

行動距離 200㎞以上

(全て第2話現在)

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